鬼神西住   作:友爪

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 西住家と清正公の関りは深い。現在でも西住家の菩提寺は、清正公信仰の本拠地として在る程だ。
 これは西住家と清正公の繋がりが如何に深いか伝えられた、西住家初代頭首『闘鬼西住』についての、ある一つの小話である。


闘鬼西住1

 華々しい宴会の席での盛り上がりは最高潮に達しようとしていた。

 積年の働きを評価されての加藤主計頭(かずえのかみ)清正、肥後転封の上、大幅加増の知らせは、長年親しんできた友たちにとっても喜ばしい知らせであり、こうして集まって宴会を開いたのだった。

 

「儂は九州という地はとんと知らぬが、かの地一番の猛将とは誰を呼べば良いのであろうか」

 

 酔いも大分回った頃、ふと誰かが言い出した。

 それを皮切りに、誰もが口々に私見を言い出す。

 全く男というのは、昔からこういう話題が大好きであった。

 

「島津中務大輔(なかつかさだゆう)(家久)という者だな。最後の最後まで楯突いた島津どもの中でも一等の(つわもの)じゃ」

「いや、関白殿をして鎮西一と称された立花左近将監(さこんのしょうげん)(宗茂)の事であろう。かの者の忠義忠節、実に天晴」

「あいや待たれよ。主計頭(清正)が九州に入られるからには、主計頭が第一であるに決まっておる」

 

 結論はいつまで経っても出なかった。そのうちに肥前の熊だの、雷神だの、阿蘇の軍師だの意見が出て、酔いも手伝い収集が付けられなくなった。

 埒が明かぬと覚った 酔っ払い共は、遂に主役である清正に意見を求めた。

 

「主計頭はどう思う」

 

 これまで静かに様子を見ていた清正は「皆々の意見、もっともである」と前置きをして、話し出した。

 

「じゃが儂は、皆の言った誰でもないと思う」

 

 驚いたのは客人だ。意見が出尽くしたと感じたからこそ意見を求めたのだから当然である。異口同音に「それは誰ぞ」と清正に尋ねた。

 清正ははっきりと答えた。

 

「九州一の猛将とは、我が配下、西住右馬助(うまのすけ)のことよ!」

 

 そう言った清正の表情は、どこか気持ち良さげであった。

 

「その者は女子(おなご)の身で在りながら、馬に乗らば風の如く走り、槍を突かば三人までを容易く貫き、種子島で狙わば針の穴をも通す。皆々が先に出した猛者共とて『闘鬼西住』の名に恐れをなして手を出さなかったというではないか。加えて先の戦において、奴は上方の大軍に退かぬばかりか、大立ち回りをしてみせた。西住の流儀(・・・・・)というは正に九州一……いや、儂は日本一と言っても良いと思うておる!」

 

 清正の宣言に、誰もが赤い顔を見合わせた。

九州征伐の折の西住の蛮行はもちろん知っている。しかし『闘鬼』が女子である事や、実際隈本の小勢力である事から、噂に尾ひれのついた眉唾だと捉えていたのだ。

 

「疑っておるな」

 

 その様子を見て、清正は言った。皆は正直に首肯する。

 

「儂もそう思っておった。所詮女子よ、玉無しよ、とな。それが大坂で見えた時、見事覆ったわ」

「何があった」

「それは見る方が早かろう」

 

 清正は手を叩いて人を呼んだ。

 暫くすると、手に長い物を携えた小姓がやってきて、清正に渡した。

 清正はそれを見せびらかすように掲げる。

 

「我が愛槍よ、元は十文字槍であった。今や、片鎌(・・)じゃがな」

「これは……折れておるのか」

折られた(・・・・)のよ。右馬助と立ち会うた時にの」

「まさか!」

 

 皆は笑ったが、清正の顔は真剣であったので、次第に笑声は小さくなった。

 まじまじと、片鎌になった槍を見る。

 清正と言えば、言わずと知れた賤ケ岳七本槍が一人。当然、槍にも並ならぬ心得がある。それがまさか、女子に折られるとは──

 

「これを折られた時には、天狗の鼻もへし折られたわい。そして決めたのじゃ。何としてもこやつを家臣に召し抱える、とな」

「思い出した。お前、あの時珍しく大坂に出てきたと思うたら、足繁く何処かに通っておったな。てっきり女でも出来たのかと笑ったもんだが」

「ま、全部は間違ってはおらんわな」

 

 それからの宴会は清正による家臣の自慢話ばかりになった。

 それは殆どのろけ(・・・)と変わりなかったが、それを指摘すると、清正は槍を振り回して怒ったので、黙って聞いている他なかったという。




『闘鬼西住』は上方の兵を根切りにした問責のため、大坂に上った時、逆に『正六位下・右馬助』を授けられている。
 何故その様な運びになったのか、詳しいことは分かっておらず、歴史学者は頭を抱えている。

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