鬼神西住   作:友爪

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君は何時も見返されていることを、肝に銘じておかなければならない。


鬼神西住21

 校内練習試合の後始末を全て終えた大洗の女子たちは、一日の疲れを癒すため、大浴場へと訪れていた。

 生徒会の特権により貸切となった大浴場は、多少年季の入っているものの、戦車道履修者のみにとっては十分広い。粋な計らいに喜びつつ、少女たちは自然とチーム毎に集まり、今日の試合を振り返りながら、のびのびと入浴を楽しんでいた。

 

 浴槽の真ん中辺りで元気にしている一年生とは違い、みほたちは縁に寄りかかり、ゆったり湯を満喫しながら会話に花を咲かせていた。

 内容は、やはり今日の試合の事である。

 

「蝶野教官、褒めていましたね。特にAチームは大活躍だって!」

 

 興奮覚めやらぬ様子の優花里が、大袈裟に手を広げて言った。沙織や華は嬉しげに頷き、みほは目を閉じたまま薄く笑う。

 

 敵チーム全てに半包囲されてからの完全殲滅という華々しい初戦果は、大いに教官の関心を集めたのだった。明らかに試合の流れを仕組んだであろう亜美は「グッジョブベリーナイス!」とIV号の乗組員を讃える言葉を惜しまなかった。

 特に吊り橋での攻防は、その対象になった。

 

「最後の五十鈴殿の砲撃は、実に見事でありました。あの逼迫した状況で、あんなに正確で冷静に引き金を引けるだなんて。これが初めてだなんて信じられないですぅ!」

「ありがとうございます」

 

 華は少し照れて、頬に手を当てた。

 

「けれど、あれは私の功績だなんて、あってないようなものです」

「と、言いますと?」

「みほさんが角度単位で逐一指示を出してくれていましたし、何より……」

 

 華の言葉は、少し離れた位置でげんなりしている麻子へと向いた。

 

「狙いの調整は、車体の位置取りでほとんどが付いてしまっていました。私は、本当に引き金を引くだけで良かったんです。冷泉さんのお陰ですね、有難うございました」

「……おう」

 

 華は丁寧に頭を下げる。

 褒められているにも拘わらず、当人は居心地が悪そうに応じた。麻子は試合が終わった時からずっと難しい顔をして、自分からは何も言おうとしない。

 また、みほとの間には絶対に沙織を挟む形を取り続けていた。

 

操縦によって狙いを定める(・・・・・・・・・・・・)

 

 みほは閉じていた目を片方だけ開けた。

 

「麻子さんがやってのけたのは、最終的に操縦手に求められる技術であり、最も速やかに敵を撃破するための技能。地面の凹凸(おうとつ)を瞬時に見極めて、敵との相対位置を計算、繊細な操縦桿捌きによって理想的な場所(ポジション)へ着ける」

「そ、それって凄い事なの」

 

 二人の板挟みになっている沙織が、麻子とみほの間で、視線を忙しなく交互させながら尋ねた。

 

「とっても高度な事だよ。戦車を自分の手足にしなきゃ、絶対に出来ないし……本当なら長年の熟練を経て、ようやく身に付くかも(・・)しれない腕なんだけどね」

「マジで凄かった! やるじゃん、麻子!」

「興味無い。疲れるだけだ」

 

 だから構うな──と言いたげに、麻子は皆に背を向けて目を閉じた(沙織から離れた訳ではない)。

 脱力し尽くして、小柄な体躯を湯船にぷかぷかと浮かばせる麻子の姿は、とてもそんな優れた事ができる人間には見えなかった。

 幼少の頃から、あらゆる分野で飛び抜けた才能を発揮する麻子を間近で見てきた沙織でさえ、そのギャップには慣れていない。

 天才の習性は考えても分からないので、沙織は「そこが麻子の可愛いところ」と妙な納得の仕方をする事にしていた。

 

 そんな、自分の能力がつまらないものであるかの様に受け答えをした麻子を、みほは両目を開けてじっと見つめていた。その瞳に、暗いものは写っていない。

 ただ微かな、何かしらの感情が写っているだけであった。

 

「つまり、全て西住殿の采配が正しかったという訳ですね」

 

 優花里が、些か個人的に過ぎる見解を示した。

 

「あの局面で、あの窮地で、冷泉殿の才能を見出した慧眼……まさに西住殿でなければ成し得ない采配と言えましょう!」

「……うん、確かにそうだね!」

「みほさんには人を見る目も備わっているのですね」

 

 優花里のみほを褒め称える言葉に、沙織と華も便乗した。きらきら輝く純真な瞳で、自分たちの隊長を見つめる。三人の高揚した頬は、湯に当てられたばかりではないのは明らかだ。

 みほは、喜びに満ちた彼女らの顔を見て、うんざり(・・・・)した。もちろん、表情には出さない。

 

 彼女たちは、とにかく、初めての勝利を喜びたいのだ。特に深い考えも無い、ただ感情的に。故に、突飛な論法にも安易に乗ってしまう──みほにとっては、何時もの(・・・・)パターンだった。

 

 深い考えが無い故に、勝手に深読みをするのだ。

 

 麻子があらゆる事柄に対して、天賦の才能を持っている──使える(・・・)と判断できたのは、優花里の言う『慧眼』とやらの仕業ではない。

 生徒会から確保した全生徒名簿の綿密な分析(プロファイリング)と、実際に接触し観察した成果だ。

 生半可をした覚えは無い。

 全ては骨を折って、一生懸命に努力した成果なのだ。

 それが全て『慧眼』のお陰か。

 本当に、そうならよかったのに。

 

 慣れた事だ、文句などない。

『自分を見て欲しい』だなんて、そうそう叶う筈もないのだ。

 誤解させるように仕向けているのは、他ならぬ自分である。

 ただ少し、腹立たしいだけだ。

 そう考えてみれば、やはり、地元(・・)は良かったな──

 

「……ふふっ」

 

 やはり(・・・)、疲れているな──かなり我が儘な心の動きに気付き、みほは我ながらおかしくなった。心の支配を緩めると、直ぐにこういう身勝手に飛んでしまうのが、我が身の悪いところだ。

 こんなつまらないものが、私の『素』か。

 けれど、まぁ、それも面白い。

 

 この時のみほは、傍からであれば、敢えて謙遜をせずに静かな微笑みで返答をするという、実に天才的(・・・)で、頼もしいものに見えた。

 本人の内心とは裏腹に、三人は重ねて誤解をした。

『彼女は確かな自信に満ちている!』この心証は、隊長に対しての敬意を一層深める事となった。

 

 例え意図せずとも、みほにはこういう誤解(・・)をさせる術が身に染み付いていた。これも、みほの積年の努力の結果であった。

 

「ねぇ、みほ。ずっと気になっていたんだけど、どうして私を通信手にしたの?」

「その事、私も気になっていました。どうして私が砲手なのでしょうか……」

 

 敬意も新たに、全く戦車道が初心である華と沙織(優花里は知識だけは豊富である)が、最後の疑問を解消しようと、みほに訊いた。

 

「沙織さんは、誰とでも仲良くなれる凄いコミュニケーション力をもっているからね。それは、何より転校生だった私が知っているもん。だから通信手になれば、お互いの意思疎通が一番上手くいくと思ったの」

「ええ〜っ、やっぱり、みほもそう思う?」

「華さんは、華道の経験がとても深いから。私も少しかじった(・・・・)ことがあるけれど……花を生けるのって、もの凄く集中力を使うんだよね。その集中力が、きっと砲手の仕事にも活かせると感じたの」

「そんな、華道の腕前だなんて、本当にまだまだで……けれど、光栄です」

 

 あまり謙遜しない沙織と、大いに謙遜する華。二人の反応に違いはあったが、内心で思っている事は一緒である。

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 そうして、お互いに良く見つめ合う事は、友人として素敵な事だと、二人は同時に強く思った。

 

「あ、あのぅ……私は……」

 

 恐る恐る、といった風に優花里が小さく手を挙げた。本当は黙っていても良かったのだが……沙織と華の事が羨ましくて堪らなかったのである。

 

 みほは優花里に目を移すと、無言で近付いた。二人の胸の膨らみが触れてしまいそうな距離……みほは両手を伸ばして、優花里の二の腕を優しく握った。そのまま、何度か揉みしだく。

 

「ににににしじゅみどのっ!?」

 

 もちろん、優花里は真っ赤になって狼狽えた。

 しかし、みほは気にしない。両手を二の腕から肩に移し、同じ様に揉みしだく。それが終わると、両手は脇腹をなぞって通り、最後には腹を撫でて、やっと優花里の身体から離れた。

 その頃には、優花里は茹でダコと同じ色だ。

 

良い身体(・・・・)

 

 満足した様に頷いて、みほは言った。

 その言葉に、何か他意を見出した沙織が黄色い声を出す。

 しかしながら、それも勘違いである。

 

「思った通り、引き締まった筋肉をしてる。毎日トレーニングを欠かしていないんだね。装填手は体力勝負だから、優花里さんみたいな人が理想形かな」

 

 みほの労いを込めた微笑みで、優花里に積年の思いが蘇る。

 戦車道に憧れを持ってから、報われる日を夢見て、毎日毎日繰り返してきた筋力トレーニング。女の子らしくないと親には止められ、同級生からは偏見の目で見られ、時には自己嫌悪に陥る事もあった……それが今、一番認めて欲しかった人に、ようやく。

 優花里の目尻からは、自然と涙が溢れ出した。

 あと鼻血も。

 

 何だか知らないが、急に涙と鼻血を流し始めた優花里に、ともかく周囲は驚いて介抱し始めた。

 だが、みほが近付くと余計に酷くなるので、少し離れている事にした。

 

 ◆

 

「あ、あのうっ」

 

 優花里から少し離れた先で、みほは直ぐに、とあるグループに話し掛けられた。どうやら、今までタイミングを計っていたらしい。

 

「八九式の、ええと、バレーボール部の皆さん」

「あはは……正確には部でなくなってしまったんですけどね……」

 

 苦笑いをしつつ、代表して話し掛けてきたのは(元)バレーボール部のキャプテン、磯辺典子だった。

 みほが「どうかしましたか」と訊くと、典子は少しの間迷っていたが、やがて意を決したように大声で言った。

 

「西住隊長、さっきの試合ではご迷惑をおかけしました! 助けてもらって、本当にありがとうございます!」

『ありがとうございます!』

 

 (元)部員たちも、典子に続いて深々と礼をした。彼女たちの大声は、呆れるほど浴場全体に響いたので、否応なしに他のグループの注目が集まった。

 

「私たちの戦車が危険な動きをしたせいで、他のチームも危険に晒してしまいました。運転していたのは私です!」

「私はそれを急かしました!」

「見ているだけで、何も言えませんでした!」

「ごめんなさい!」

「いや、根性で何とかしようと最初に言った私が一番悪い!」

 

 堰を切ったように、一斉に謝罪をするバレーボール少女たちは、それでもお互いを庇い合っていた。「私が、私が」と責任を自分だけに負わせるための主張は、眺めているだけでは永遠に終わりそうになかった。

 みほは暫くその議論を見ていた後、何時もの様に、小さく手を挙げた。

 彼女たちの議論は、ぴたりと止んだ。

 

「良く分かりました。けれど、何故私に? 謝るのなら、別の人でしょう」

「あの後直ぐに、III突の人たちには謝りに行ったんです。皆、笑って許してくれました。凄く危ない目に合わせちゃったのに……」

「気持ちの良い人たちですからね」

「それで、言われたんです。私たちは気にしていないから、謝るのなら西住隊長に……って」

「なるほど」

 

 つまり、投げられた(・・・・・)訳か──みほはそう理解した。

 

「簡単に許してもらおうなんて、思っていないんです。本当にすみませんでした!」

『すみませんでした!』

 

 再び深々と頭を下げる彼女らの姿を見て、みほは、何故投げられてしまったのかを悟った。

 この者たちは許しを請うておきながら、許してもらおうと思っていないのだ。むしろ、遠回しに罰してくれと言っている。

 

 なるほど、面倒くさい。

 

 スポーツマン精神によるものだろうが、特に怒りを抱いていない相手にこういう事を望むのは、謙虚を通り越して卑屈だ。

 スポーツ根性と言うより、これは軍人根性に近いものがある。

 前の学校(くろもりみね)であれば、一発張って(・・・)やれば済んだのに。

 

「顔を上げて下さい」

「いいえ、上げません!」

「私は、謝罪を望んでいる訳ではありません。人は失敗するものです。まして初心であれば尚更です。それを何故悔いる必要がありますか」

「他の人に迷惑をかけたんです」

「確かにそうです。けれど、許してもらったんでしょう?」

「西住隊長に助けてもらった事を忘れた訳じゃありません」

「あれは私だけの働きじゃありませんよ。IV号の皆が居たお陰です」

「でも、でも……何か報いなければ、気が済まないんです!」

 

 意地になって食らいついてくる典子に、みほは眉をひそめた。

 なんだ、手強いな。

 少し意外に思った。元バレーボール部のが根っからのスポーツ少女だと言うことは知っていたが、ここまでのスポ根論者(マゾヒスト)だとは思わなかった。最早、引っ込みが付かなくなっているらしい。

 面白い連中だ。

 だったら望みのものをくれてやる。

 

「──だから何だ(・・・・・)

 

 みほ言葉に、酷く冷たいものが混じった。

 浴場全体の空気が一気に凍りつき、この会話に注目してい者たちに緊張が走る。普段から柔和なみほが、そういう態度を公然の場で示すのは初めてだったのだ。

 言われた方は、ぎょっとして下げていた頭を持ち上げた。

 

「あなたたちの気が済もうが済むまいが、私に関係あるんですか? そんなのは知った事じゃない。私は必要だと思った事を、ただ静かに実行したに過ぎない。恩に思われる様な事は何もしていない」

 

 みほの目は、思わず視線を逸らしてしまいたくなる程の冷たさに満ちていた。

 しかし、バレーボール部のメンバーは、恐ながらも真っ直ぐな視線で相対していた。持ち前の根性が、そうさせていた。

 

「今この時、気が済んだ(・・・・・)ところで何になるんです。それは卑屈な、唯の自己満足であって、失敗を帳消しにする事などできやしない。過去の過ちが消える事は決してない。ですから、あなたたちがするべきなのは、失敗を胸に刻み、忘れない事です」

 

 みほは、彼女たちに負けないぐらいの大声で言う。

 

「次のために前へ進む! 私が望むのは、それだけです」

 

 静まり返る大浴場の中、バレーボール部は、ハッと、自分たちが叱られた(・・・・)のだと気が付いた。

 妥協のない厳しい態度は、むしろスポーツ根性の塊である彼女たちの胸を打った。冷たい声ではあったが、話の内容は、むしろ熱血であると捉えられた。

 バレーボール部の血が滾る。

 

『ありがとうございましたっ!』

 

 彼女たちの、一際大きい感謝の声が浴場に響き渡った。

 それはまるで、部活の顧問へ頭を下げている光景だった。

 

 ◆

 

「──馬鹿らしい」

 

 麻子は一人呟いた。

 一件落着したというように、楽しくお喋りしている周りの連中が心底愚かに思えてくる。

 どいつもこいつも、人を信頼するという行為に抵抗を持っていないのか。どうしてそんなに簡単に、心を売り渡す事が出来る。相手がどういう人間なのか、深く考えたりはしないのか。

 腹立たしい、胸がむかつく。

 

 麻子は無言で静かに立ち上がる。一刻も早く、このむかつく場所から去りたかった。これ以上の関わり合いはごめんだ。

 それに何より、自分が此所に居るという現実に腹が立つ。

 

「どこ行くの、麻子」

 

 浴場から出ていくスライドドアに手を掛けようとした直前、沙織に呼び止められた。その発言で、皆の意識が、一気に背中に集まるのを感じた。

 麻子は小さく舌打ちをする。

 沙織め、私の事を良く見ていやがる! 畜生、何て有難い事だ。

 

「帰る」

 

 振り返らず端的に言うと、背後がざわついた。

 私がこのまま、残るとでも思っていたらしい。

 

「ちょっと待って! 麻子が居なくなったら誰がIV号の操縦をするのよ!」

「戦車道を選択した人がやれば良いだろ。私は既に書道を選択している」

 

 取り付く島もない調子で、麻子はドアを開ける。

 

「冷泉殿が居て下されば、私たち助かります!」

「先程の操縦の腕は見事でしたっ」

「……今回だけだと、私は言ったはずだぞ。そもそも、私がこの場にいるのがおかしい話なんだよ」

 

 沙織たちが騒ぎ出したのを皮切りに、他のチームからも「やめないでください」とか「お願いします」とか、必死の懇願が投げかけられた。

 相手にするつもりはないが、彼女たちの愚かな一途さには、うんざりすると同時に心が痛む。

 彼女たちは悪くない、ただ騙されているだけなのだ。ならば、騙す方が悪いに決まっている。

 

 麻子はちらりとみほの方を見たが、普段のように笑みを浮かべているだけだった。

 一番焦るべき人間が余裕ぶっているのには、無性に腹が立った。

 

「麻子、遅刻ばっかりで単位足りてないんでしょ。このままじゃ留年しちゃうよ。私のこと、先輩って呼ぶ事になるよ、良いの!?」

「全て私が招いた事だ。そうなるのなら、受け入れる。なあ、沙織先輩(・・)

「おばあにだって凄く怒られるよっ!」

「ぐ……」

 

 一番の弱点『おばあ』をもちだされて、麻子は一瞬言葉に詰まった。

 その隙は、見逃されない。

 

「まあまあ、沙織さん」

 

 みほの腕が、優しく沙織の肩に置かれた。

 自分に触られる以上の嫌悪感が、麻子を襲う。

 

「冷泉さんは、嫌がっているよ。さっきの判断が間違っていたとは思わないけれど……でも、出来ればこれ以上の無理強いはしたくないんだ」

「……みほが、そういうなら」

「ごめんね、冷泉さん。もう二度と、迷惑は掛けないから──」

 

 その時、麻子は見た。

 切なそうに笑うみほの腕が、まるで蛇の様な靭やかさで、沙織の首に絡みつこうとしている光景を。

 西住みほの瞳から一切の光が消え、あの時の恐ろしいもの(・・・・・・)が、沙織に焦点を合わせているのを──

 

「やめろッ!!」

 

 麻子は咄嗟に叫んだ。

 

「やるっ、操縦でもなんでもやってやる! だから、だから……」

 

 これ以上、私から奪わないでくれ──麻子の脳裏に、家族を失った時の感情が過ぎった。

 

 いきなり大声を出した麻子に驚いた皆がざわつき出した頃には、既にみほの腕は、元の湯の中に沈んでいた。

 

「ど、どうしたの麻子」

「さ、沙織……お前、何ともないのか」

「何ともって、どうにかなってるのは麻子の方じゃん!」

「何でも、ない……何でもないんだ」

 

 一先ず息をついた様子を、みほは面白可笑しそうに、目だけで笑っていた。まるで小馬鹿にする様な視線に、麻子は気付かされる。

 

 からかわれた(・・・・・・)

 

 みほがしたのは、脅迫ですらなかった。

 愚かであると断じていた周りの人間と麻子が、みほにとっては変わりない愚か者である事を認識させられただけだ。

 信頼関係の隙、みほはそれを突ついただけなのだ。

 そして、またしても選ばされた(・・・・・)

 自分で選択してしまった。

 

「やってくれるんだね、冷泉さん。こんなに心強い事はないよ。これからは一緒に、皆で進んでいこう!」

 

 みほが、嬉しそう言った。

 どの口でそんな白々しい事が言えるのか、理解が出来ない。

 一斉に拍手が沸き起こる。

 やめろ、そんな事をするんじゃない。

 

「麻子、私も嬉しいよ! 一緒に戦車道が出来るだなんて。みほのためにも、頑張ろうねっ」

 

 沙織が湯船から上がって、抱き着いてきた。

 感動的な雰囲気が、場に流れる。

 

 やめろ、やめてくれ。

 沙織、お前までそんな事を言うのか。

 私は何のために、誰のために。

 くそ、くそ、くそっ!

 卑怯だ。こんなのはずるいぞ。

 私が欲しいのなら、正々堂々挑んで来ればいい。

 なのに、こんな、沙織を使うだなんて。

 安心してしまうじゃないか。

 畜生、この鬼め。

 腹立たしい、腹立たしい、腹立たしい──

 

 この怒りを、いつか、思い知らせてやる。

 

 ◆

 

 新しい仲間を歓迎する拍手は続く。最早、この流れは止められない。

 浴場の一角、生徒会のグループも、皆に倣って拍手をしている。

 

「どうかされましたか会長」

「嬉しくないんですか?」

 

 喜びを顔全面に表した桃と柚が、あまり乗り気でない杏に気が付いた。

 

「なーんか、凄い顔してるね。冷泉ちゃん」

「そうでしょうか? 何時もあんな感じの仏頂面だと思いますけれど」

「疲れて眠くなったのかもしれませんよ」

「いやぁ、そうじゃなくて……まあ、分からないならいいや」

 

 杏は、新たな操縦手をじっと見つめた。

 間違いない。彼女は、怒っている。

 人一倍、他人の悪意には敏感な杏は、それを直ぐに察した。

 

「仲間に、なってくれるかな」

 

 心配そうな会長の呟きに、親友たちは「もちろんです!」と元気よく答えた。




独りでは敵わないと思ったとき、人は仲間を集めて立ち向かう。
そして、最終的に仲間が多い方が正義である。

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