鬼神西住   作:友爪

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発見された戦車五輌のオーバーホールは自動車部に丸投げされた。


鬼神西住15

 カラスも巣に帰り始める夕暮れ時。

 遠くから彼らの切ない鳴き声を聞きながら、大洗女子学園自動車部の面々は、五つの錆びれた鉄塊を前にして途方に暮れていた。

 文字通り、()()()()戦車である。形こそ良く保っているものの、中を弄る側からすれば、もはやスクラップ同然だ。

 然もありなん。何十年も(酷いものは沼の底で)野ざらしにされていたのだから。

 

 生徒会長が言うには「戦車の洗車はこっちで済ませたから、中身の修理は任せたよん。あ、明日までに終らせておいてね。よろしく」とのこと。

 無茶苦茶を通り越して理不尽だった。

 専門外、しかもゴミ一歩手前の機械を一晩で五つ直せとは。もちろんボランティアで。

 

「クヨクヨしててもしゃあないか。まず取り掛かろう」

 

 自動車部らしく一人が前向きに言うと、やれやれ全くあの会長は、の様な文句を垂れつつ彼女らは作業に取り掛かろうとした。

 

 その時である。

 夕暮れの向こう側から、いくらかの群衆が近付いて来るのに気が付いた。自動車部と似たツナギを着た連中が殆どだったが、集団を先導している一人だけは制服であった。

 その一人に、皆、見覚えがある。

 西住みほだ。学校の有名人が、人を引き連れて向かって来ていた。

 

「こんばんは、自動車部の皆さん」

 

 日が沈みかけている。

 薄暗闇の中で、西住みほはごく丁寧に、手を挙げて挨拶をした。

 慌てて礼を返すと、彼女は満足げに微笑んで、後ろに続く群衆のことを紹介した。

 

「工学科の皆さんです。私が修理の手伝いを頼んだら、快く引き受けてくれました」

 

 そちらを見やると、スパナやレンチ等々を手にした連中が、口々に何かを言っていた。

 

「ふっ……ひひ……滅多に触れない機関……戦車……」

「こっ……こんなの逃すわけにいかない……到来……大チャンス……」

「弄りたい……弄り倒して……回したい……珍物……ふへ……」

 

 誰も彼も、変態めいた様子で手にした道具と体をゆらゆらさせていた。

 自動車部の面子は、思わず後ずさりしてしまったが、なるほど使()()()ことについては疑いなかった。

 

「ど、どうもありがとうございます。非常に助かります……」

「このくらい、当然です。会長が無茶を言ったそうですね。困ったものです、あの人はそういうところがあるから」

「分かるんですか?」

「近くに居れば、転校早々にだって、すぐ分かります。きっと必死なんですね」

「必死、ですか。会長は、そういった感情とは無縁に思えますけれど」

「その実は……ってね。そうなる理由もあるんでしょう」

「理由?」

「そう、()()です。きっと、重い重い……だとしても」

 

 みほは、校舎のある一室……生徒会室の方を見つめて、ぽつりと言った。

 

「私なら()()()()()()()()()

 

 自動車部には、意味がよく理解出来なかったが、返すみほの視線には力強いなにかを感じた。

 頼もしい。

 会長への不満が溜まっていた自動車部にとって、この新しい仲間が、今は生徒会の協力者という立場に過ぎない転校生が、非常に頼もしく思えた。

 この人なら、現実問題として親切にしてくれる、ピンチの時には助けてくれる……そういう確信が心の片隅に芽生えた。

 西住みほという人間に対し、無意識な好意を抱くに十分だった。

 

「人を待たせているので、私はそろそろ失礼します。工学科の皆さん共々、修理、頑張ってくださいね」

 

 する事は全て済んだと言うように、みほは立ち去ろうとした。

 既に、周囲は大分暗くなっていた。

 

「あの!」

 

 自動車部の一人がそれを呼び止めて、大きく言った。

 

「さっきの言葉、本当にそう思います! 西住さんなら、この学校を良く出来る! 上手くやれるよ!」

 

 この言葉に、他の自動車部のメンバーや、工学科まで「そうだ、そうだ」と同調した。工学科も、あの気ままな会長には少なからず苦労をかけられていた。

 決して会長が嫌いな訳ではない、むしろ好意的には思っている。けれど、これについては()()の問題であった。

 みほは、振り返りざまににっこりして、一言だけ言った。

 

「あなた方の仕事に、最大の成果を期待します」

 

 それ以上余計なことは言わず、西住みほの姿は暗闇の中へ消えていった。

 

 ◆

 

「着いたよ。ここが私の住んでる学生寮」

「ええっ、ここ!?」

「あらあら」

「す、凄い……」

 

 みほ、沙織、華の何時もの三人に、今日の戦車捜索時に加わった優花里を加えた四人は、寄り道をしつつ、みほの家へと帰路についていた。

 始めのうちは会話も弾んでいたが、歩くに連れて、何だか周りが妙に豪華な建物と雰囲気になってゆくので、妙な気分になり、言葉少なになっていたところだった(華は何時も通りだったが)。

 

「みほ、ここって最高級学生寮だよね?」

「そうだね」

「最高級学生寮って、全国でも超優秀な生徒しか入れない所だよね?」

「それも、そうだね」

「その超優秀に、みほが入ってるってことだよね!?」

「まあ、そうだね」

 

 詰め寄る沙織に、みほは特に謙遜するでもなく涼しげに応答した。そのことについて、特別な思いは全く抱いていないからだった。

 

「こっちに転校してくる時、黒森峰女学園(まえのがっこう)の学長が、色々世話をしてくれたの。私は普通の学生寮でも良かったんだけど、好意を無下にするのも何だったから」

「そうだったんですね」

「流石っ!! 西住殿でありますっ!!」

 

 三者三様な友人の反応へ適当に応答しつつ、みほは先んじて建物内に踏み込んだ。

 入口のパスワード・指紋・声帯認証の厳重なセキュリティを抜けた後、最上階までエレベーターで登り、長い廊下を歩き、最後は鍵で大きい扉を開けて、ようやく一行は()()に着いた。

 

「ようこそ、私の(ねぐら)へ」

 

 招かれた三人は、扉が開かれた瞬間、大口を開けた。

 全く、学生に相応しくない住処だった。間取りが3LDKもあって、洋室和室があり、備え付けの家具は一人暮らしには余計な程大きかった。

 しかし、友人たちを驚かせたのはその高級感ではなかった。

 本来、一人で暮らしているならば確実に空間にゆとりができる広さだったが、この住処は違った。

 

 ありとあらゆる場所に、クマのぬいぐるみが敷き詰められていた。

 

 空間にゆとりが有ろうが無かろうが、まさに節操なしといった風に、包帯やツギハギだらけの痛ましいクマが並べられ(中には人間大のものもあった)、むしろ家が狭く感じられる程であった。

 

「み、みほさん……これは、一体……」

「ボコだよ?」

 

 絶句する沙織と優花里を横に、三人の中で最も肝が座っている華が尋ねると、みほはさも当然の様に応えた。

 

「いえ、その……この量は……」

「可愛いでしょ」

「あの」

「──可愛いよね?」

「はい、そう思います」

 

 華は考えるのを止めた。間もなく、その他の二人もそれに習った。

 理解の範疇を超過していた。

 

 家主に案内されるがまま、三人はリビングに通された。

 やはりここもクマだらけだったが、客人はこの部屋に()()の安らぎを求めて目をきょろきょろさせた。すると、ある棚上の空間がすっきりしていることに皆気が付いた。

 クマの代わりに置かれていたのは、一つの小さい写真立てだった。

 

「こっ、このお方はぁっ!! まさかっ!?」

 

 これには優花里が大袈裟に反応し、写真立ての傍に飛んでいった。ブルブル細かく震えながら、それを凝視する。

 白黒の写真の中では、若い女性がにっこり笑っていた。

 

「かの軍神、西住戦車隊長では!?」

 

 優花里は視線を写真とみほの間で忙しく行ったり来たりさせ、二人を見比べた。

 みほは優花里の様子を面白そうに眺めて「そうだよ」と言った。そして、優花里の脇から写真立てを取ると、それを皆に見やすいように自分の顔の脇に並べて見せた。

 

「私の、曾お祖母様。大好きな人」

 

 照れくさそうにはにかむみほの様子と、写真の中で穏やかに笑う()()の姿は、本当によく似ていた。写真でさえこれなのだから、きっと実物と並んでみたら、より似ているのだろう。

 

「みほさんに似て、凛々しい方だったのですね」

「すごーい、そっくりだよ! みほは曾お祖母ちゃん似なんだね」

「似ているのはご尊顔だけではありませんよ!!」

 

 優花里は興奮冷めやらぬ調子で続けた。

 

「西住殿の曾お祖母様は、それはもう凄い人でっ! 日本陸軍の伝説的英雄であり、戦いぶりはそれはもう凄まじくっ、日本史上初めて正式に『軍神』と認定されたのであります! 今なお語り継がれる伝説の、その先を紡ぐ者こそ、まさに! 西住みほ殿であるのですっ!! これまで打ち立てた偉業は国内外共に数知れず、そしてこれからは此処大洗でさらなる偉業を──」

「優花里さん」

「ハッ……」

「その辺で」

 

 留まることを知らない優花里の語りを、みほは制した。ここまで暴走気味に誇張されるのは、流石にばつが悪かった。謙虚さは尊ぶべきだ。

 

「うぅ……申し訳ありません……」

「ゆかりん、今イキイキしてた……」

「アグレッシブですね」

 

 沙織と華の生暖かい視線に優花里はしょんぼりした。

 またやってしまった……こんな調子だから友達ができないんだ……西住殿にも幻滅されてしまった……。

 優花里は慙愧の念に絶えなかったが、みほは別段気にする様子もなく(こんな状況には慣れていた)、写真立てを優しく棚に戻すと、話を切り替えた。

 

「さて、晩御飯を作りましょう。せっかく買い物をしてきたんだから」

「……そうだねっ! 私、料理にはちょっと自信あるよ。男は胃袋から落とせって言うし!」

「落とせたことはあるんですか?」

「それは、無いけどぉ……」

 

 何時もの沙織の空回りと、華の容赦ない合いの手という、普段の軽快な調子の会話に戻ったことで、妙な雰囲気は一掃された。

 優花里はほっとすると同時に、戸惑いも抱いた。何しろ、こんなに友達と仲良くすることなんて今まで無かったのだ。

 どう振舞って良いのか分からず、その場でおろおろしていると、みほに肩を叩かれた。

 

「一緒に、作ろう?」

「はっ……はい!」

 

 それだけで優花里の表情は、ぱっと明るくなって、何となく表情がだらしなくなった。

 みほは、実家の飼い犬を思い出した。あの子は元気にしているだろうか。

 

「うわーっ、みほの家の台所、皆で並んでもまだ余裕がありそうだよ。羨ましいぃ」

「普通ではないですか?」

 

 先に台所に行っていた二人の声がした。みほと優花里が一緒に行くと、沙織が目を輝かせてあちこち見ていた。

 

「凄く立派なキッチン……みほはよく料理するの?」

「うーん、私は人に作られるばかりで自分で作ったことはあんまりないかも」

「あら、それでは私と同じですね」

「ハー、お嬢様だねぇ……キッチンが勿体ないよ……」

 

 宝の持ち腐れとはこのことか、沙織はため息をついた。

 

「あの、取り敢えず買ってきた食材は冷蔵庫に入れちゃいますね。西住殿、よろしいでしょうか?」

 

 一家族でも余裕がありそうな大きい冷蔵庫を指して、優花里が聞いた。みほが「いいよ」と直ぐに答えたので、それを開けると、優花里は驚いた様な困っ様な顔をして言った。

 

「い、入れる場所がない……」

 

 まさか冷蔵庫の中にもぬいぐるみが!?

 軽い恐怖を抱いた沙織と華も、冷蔵庫を覗き込んだが、想像とは違うようだった。

 通常の意味通り、冷蔵庫はぎっしり食材で満たされていたのだ。

 

「うわっ、冷蔵庫ぱんぱんじゃん! しかもなんか品目がバラバラっぽいし」

「全国の()()()がその土地の名物を送ってくれるの。昨日一気に届いたから、そんなになっちゃった。どうせだから、それも料理しちゃおう」

「まあっ! それは素敵ですね!」

「いや、こんなに食べられないでしょ?」

「何時もは一人で食べてるし、平気だよ」

「私もお手伝いします」

「あなたたちの胃袋は一体どうなってるのよ!?」

「新潟の美味しいお米も沢山有るよ、30キロくらい」

「お米くらいなら私でも炊けます、任せてください」

「もう好きにして……」

 

 こと食事となると女子離れした様相を呈すみほと華、これで太らないのだから全く羨ましかった。

 けれどこれだけの食材、料理のしがいが有るなぁと沙織が思っていると、未だ黙って冷蔵庫の中身を覗いていた優花里が、やけに小さい声で言った。

 

「あの、西住殿……これは……」

「それは黒森峰名物のノンアルコールビール。私の好物だったから、友達が送ってくれたんだ」

「それは分かるのですが、その缶の奥にあるものたちは……」

「お米のジュースに麦のジュースにブドウのジュースにお芋のジュースだね」

「でもこれ度数が」

「ジュースです」

「度数」

「ジュースです」

「了解しました!」

 

 何も見なかったことにした。

 

 ◆

 

 その後、皆で料理に四苦八苦しながら、何とか冷蔵庫の中身を料理し尽くした。料理を盛り付け、華が大真面目に炊いた悪ノリのような量のご飯をよそって、それらをリビングのテーブルに並べると、大洗のあんこう鍋を始め、全国津々浦々の名物がずらりと揃う壮観となった。

 

 全部でとんでもない量だったが、みほと華があらかた()()()()お陰で、皿は綺麗さっぱり空になった。

 

「あーもうダメ! お腹いっぱい!」

「もう食べられないでありますぅ……」

 

 ごろんと後ろに身を投げ出す一般人二名を眺めて、超人二名は「大袈裟だなぁ」と内心に思った。

 

「凄く美味しかったよ。調理次第で、こんなに美味しくなるんだね。皆で作るのも、とっても楽しかった」

「お料理も乙女の嗜みですものね。これからは少しずつ身に付けていきたいです。また一緒に作りましょう?」

 

 ここまで食べっぷりが良いと、料理の苦労の殆どを引き受けた沙織の気分も良くなって、にんまりした。

 

「あーあ、こんなに食べさせる相手が彼氏だったらもっと嬉しいのになぁ」

「武部殿はこんなに素晴らしい料理が作れるんだから、すぐに出来ますよ!」

「うぅ、ありがとう……ゆかりんは優しいね……よよよ……」

 

 こうして談笑していると余裕が出てくるもので、クマだらけに見えていた部屋も、実はそうばかりではないことに気が付いた。

 戦車関連の本や小物など、普段のみほ()()()ものが散見され、何となくこの部屋にも違和感を感じなくなってきた。

 

「西住殿のお姉様も、その……ボコがお好きなのですか?」

「何度も勧めたんだけど、結局ボコの良さは伝わらなかったなぁ」

 

 優花里は興味本位で聞いた。戦車道ファンとして、この姉妹には大いに興味があるからで、この答えには少しほっとした。

 

「みほのお姉ちゃん? 寄り道した戦車ショップでテレビに出てた人だよね?」

「うん、そうだよ」

「凛々しくて、何となくみほに似てたよね。私も妹がいるけど、みほみたいな妹だったら喧嘩なんかしなかっただろうなぁ」

「そんなことないよ。私だって、大きい()()もしたし」

「えー、そうかなあ? けど……もし一人っ子だったら、それはそれで寂しかったかも」

「もし一人っ子だったなら──」

「え?」

「ううん、何でもない」

 

 みほは頭を振って、不意に傍らの棚から二つ折りの板を取り出した。机の上にそれを開いてみせると、白黒のモザイク模様が現れた。収納されていた駒が、カラカラと音を立てて転がる。

 それは、チェスの盤面であった。

 

「お姉ちゃんとよくやったんだ。これ、本当はお姉ちゃんのなんだけど……持ってきちゃった。誰かできる? 久しぶりにやりたくなっちゃった」

「おぉ、チェスってなんかカッコいいね」

「将棋ならできるんですけれど……」

「あ、私できますよ!」

 

 優花里が勢い良く手を挙げたが、直ぐに曇った顔になった。

 

「けれど、相手になるかどうか……」

「どうして?」

「だって、その……西住殿はとても強そうですから」

()()

 

 その言葉に、みほは大きく笑った。

 

「私なんて、とてもとても。だって──」

 

 みほはブラックのクイーンの駒を手に取って、それを弄びながら言った。

 

「お姉ちゃんに勝ったことなんて、ただの一度もないんだから」

 




西住一族は代々酒豪である。



洗車時の水着シーン……?そんなもの、ウチにはないよ……。

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