鬼神西住   作:友爪

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西住みほは『点』ではなく『線』として此処に存在している。


鬼神西住12

 あの人は死ぬ事ことを恐れもしなければ、かといって、強がったことを言ったりもしませんでした。ただ「愉快だ」と言って微笑みを絶やしたことがありませんでした。

 私が見聞きした限り、少なくとも、皆様が思っているような勇猛果敢な性格ではありませんでした。けれど、弱音を漏すことには全く縁のない人でした。ですから、勇敢であったことには間違いがないと思います。

 今際の際でも同様でした。死の淵にも関わらず、自分を顧みず、後のことを心配しておりました。「後は任せて下さい」と小隊の面々が言うと「じゃあ任せた」と仰って、やはり「愉快だ」と笑って、息を引き取りました。

 我々は小隊長の最後の命令を、守り続けています……今となっては、私しか残っておりませんが。

 

《西住戦車隊長口伝 松尾スミ元上等兵》

 

 ◆

 

 軍神西住戦車隊長。

 

 知る人ぞ知る、旧日本帝国陸軍の軍人。

 西住流戦車道を世に知らしめた『軍神』。

 そして……()()()()の象徴的人物。

 

 秋山優花里は度々考える。

 この人物が、現代に至るまで群集に根強い人気がある理由は何だろう?

 

 確かに()()は強かった。幾数倍の敵の戦車団を、寡兵弱兵にて打ち破るという戦果報告は、多く後世に伝わっている。

 その強者ぶりが、人の羨望を生むのだろうか?

 

 若くして戦場に駆り出され、何度も何度も無茶な戦闘を下知され、最後には一人娘を残して異国の地に散っていった。

 その悲劇性が、人の哀れみを誘うのだろうか?

 

 それとも……軍人らしからぬ慈悲を持ち合わせ、何時も部下の平時を振り返っては、常に無事を心配し、事があれば直ぐに救出に向かう。

 その優しさに、人は心打たれるのだろうか?

 

 いや、きっとどれも違う。

 

 戦時中、彼女は祖国で初めて公式に『軍神』と認められ、祭り上げられた。特に死後は、国のプロパガンダの格好の題材として、その華々しい実績を声高に公表された。

 その最中で彼女は半ば神格化され、おそらくは人格さえもねじ曲げられて、現代に伝わっているのは超人の様なエピソードばかりである。

 それらが事実かどうかは兎も角、当時はそれが真実として認識されていた。大和撫子の鑑、死をも恐れぬ七生報国の軍人だと。

 

 しかし今となってはそれらのメッキも剥がされて、愛国心に基づいた無条件の賛美は鳴りを潜めた。

 先に並べた偉業の数々だけならば、別に彼女でなくても似たような人物はいるだろう。何も、その人に固執する謂れもない。

 それでも彼女が今でも人の歓心を呼び起こすのは……その()()()()()()が原因だと、優花里は思う。

 

 彼女の成し遂げた偉業……それらは全て日本(みかた)側に言われた、いわば『正』のものだ。だが、敵側からは、この人の評価は全く異なる『負』の面が強調される。

 味方にとっての英雄は、敵にとっての悪夢に他ならず、今に至るまで忌まわしい記憶を伝承していた。

 

 敵、曰く。

 

 現地調達した糧食を摂取したところ、大隊の過半数が謎の中毒死を遂げた。兵站がズタズタになった頃を計ったように攻められ、完全に殲滅された。

 圧倒的な数で、西住隊を迂回・包囲しようと崖際を行進していたところ、崖崩れが起きて戦車の殆どが川に沈み、残された歩兵は為す術なく撤退を強いられた。

 敵に捕縛されていた兵士が脱走し帰ってきたと思えば、唐突に発狂し、大勢の味方を撃ち殺した。以降、味方同士で疑心暗鬼に陥り、統率の取れないまま粉砕された。

 敵の戦車隊長と思しき兵を捕らえ、監獄に収容し、翌日尋問しようと監獄に赴いたところ、看守の死体だけが残されていた。死因は自殺だった。

 

 これらは、彼女の仕業だと()()されるごく一部の出来事だ。

 

 西住戦車隊長は()()そのものだった。

 目に見えるのなら良い、主砲で撃ち抜かれるなら納得ができる。しかし、違う。姿の見えない、得体の知れない不幸が降りかかるのだ。

 必死に関連性を見出そうと努力した者も居た。せめてそれらが敵の謀略だと分かれば、精神的に立ち向かうこともできる。

 だが、そういった者は必ず不幸としか言いようが無い()()で死んだ。死因を調査しても、本当に事故としか説明しようがなかった。

 

 そして、その事故を探った者も死んだ。

 

 調査の為の調査、その頓挫……事態は奇怪に絡まり合い、理性では解読不能になった。

 どうしようもない困惑。目には見えない第三者が殺しにかかって来るような疑念。

 そして、底すら見えぬ恐怖。

 

 たかが小隊と侮った者は、より大きな闇の奥まで引きずり込まれ、用心深い者は真っ先に死んだ。理論主義者は常識が崩壊し、信心篤い者は悪魔に許しを請うた。

 遂には他愛のない不手際や、起こって当然の事故までも、彼女の引き起こす不幸の一環だと思い込むようになった。

 一人一人に隈無く分配された深淵は、戦場の認識を濁らせ、目に見えるものの全てを敵だと錯覚させた。

 不幸にも彼女に敵対し、そして不幸にも生き残った、とある一兵卒は狂死する直前にこう残している。

 

『この世の全てが襲いかかってくる──』

 

 一体彼女の実態は如何なるものであったのだろうか。現在残っている情報の断片を組み合わせようとしても、徹底的に噛み合わない。何が真実で、何が虚構であるのか分からない。重要なファクターのことごとくが隠匿されて、研究者は頭を抱えている。

 

 もし、これら全てが彼女の謀略なのだとしたら、これは人間の仕業ではない。

 最早それは『鬼』の所業だろう。

 派手やかな栄誉と、底知れぬ不気味さ。この人にはそれが混在しているのだ。

 こんな人は他にいない。

 だから、彼女でなければ駄目なのだ。

 

 その迷信めいた伝説は、現代においても人を惹きつけて止まない。軍事とオカルトというのは、妙な親和性を持っているのだ。

 加えて、なんとこの人の直系の子孫が残っている。驚くべきことに、未だ一族で戦車に乗り続け、西住流を名乗っていた。

 

 由緒を正した誇り高き血統、西住流。そして、当世で末の子孫……軍神西住戦車隊長の曾孫こそ、優花里が尊敬する、西住みほその人である。

 今時、血統で個人を語るなどナンセンスであることは自覚している。けれど、ミリタリーファンにとって、彼女の血脈を継ぐ者が堂々と戦車に乗り、砲を撃っている姿を見るだけで、言いようのない興奮が湧き上がってくるのだ。

 それに、みほは隠しもせずに公言していた。

 

「私の最も尊敬する人は曾お祖母様です」

 

 この言葉を聞くと、どうしても()()というものを感じずには居られないのだ。

 鮮やかな手腕で勝利を引き寄せ、強いカリスマで人の心を掴む西住みほ……ミリタリーファンの間では『軍神の再来』だと密かに称されていた。

 

 そのみほが黒森峰女学院を退学に追い込まれた時、界隈は強い衝撃を受けた。インターネット上で混乱を極めた議論が昼夜を問わず連日行われていたのは記憶に新しい。

 優花里は凄まじい勢いで流れる真偽入り混じった情報の波に一喜一憂しつつ、最後には大洗女子学園に転校するらしいという結論を目にした時の喜びようといったら、前述の通りである。

 

 しかし、その事について不安もあった。

 大洗女子学園に来るということは、戦車道を辞める……とはならずとも、中断するということだ。実際、これについて世間の落胆は甚大なものだった(優花里も同様である)。

 

 だが、みほは心底()()()()()()

 大洗女子学園で戦車道が行われていないのならどうするべきか? 簡単だ、()()()()()。これは言うに易いことではあるが、行うに難いことだ。

 しかし、みほは実行した。

 自らの能力を最大に振るい、難いことを現実に為し遂げた。今や、西住みほは生徒会にも関わる大洗戦車道興隆の中核として重要な人物である。

 優花里のみほへの尊敬は、本人に会う前から天井知らずだ。これについて、界隈も賞賛の声を惜しまない。

 

 そして、幾度も思う。

 流石は()()()()()だと。

 




西住戦車隊長の一般的評価は、驚く程高い。また、彼女と敵対した側の評価は、驚くほど低い。どちらにしても、カルト的な人気がある事は間違いない。

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