黒森峰女学院は悲願の十連覇を達成した。
表彰台に上がった女生徒たちは、優勝を飾ったというのにどこか暗い。優勝旗を掲げる隊長、西住まほの顔は俯いていた。
皆、この勝利の罪悪感に囚われていた。
ただ一人。ただ一人だけ、隊長の隣で満面の笑み、喜びの微笑みを湛えている者がいた。
副隊長である、西住みほだった。
◆
空気が重い、息をするのさえも辛く感じた。
西住まほは固唾を呑んで目の前の親子のことを見つめている。西住流戦車道師範しほと、その娘みほの対峙であった。
みほがしほに呼び出されて部屋に着いてから一切の会話がない。しほは普段よりずっと険しい顔でみほを睨めつけていた。その隣のまほは、事の重大さを肌で感じていたが、当のみほは平素通りといった様子で、のしかかるような空気を感じていないようだった。
「何故あの様なことをしたの」
沈黙を破りしほは切り出した。
「あの様とは一体何のことでしょうか」
みほは平然と返した。
それに母が怒気を帯びたのをまほは感じた。
「とぼけないで。味方の戦車を川に突き落とした、その馬鹿げた真似のことを言っているのよ」
「馬鹿げた真似」
「貴女の行為は西住流の名を著しく汚すものよ。分かっているの?」
「名を、汚す」
みほは考え込んだ。師範の言葉について考えているのだった。そしてすぐに答えた。
「一体全体、仰っている意味が全く分かりません」
力を込めてしほは机を叩いた。まほは驚き竦み上がる。机が間に無ければ、叩かれていたのはみほの頬だっただろう。
「何故、あの様なことをしたの」
机を叩いたしほの手は怒りに震えていた。
「射線の邪魔だったからです」
「馬鹿な!」まほは咄嗟に声を張り上げた。隊長として、皆を束ねる役を持つ彼女にとって聞き流せない言葉だった。
「みほ、みほ! お前は射線の邪魔になるのなら仲間を川に突き落とすのか、あの氾濫する川に。仲間がどうなるのか考えなかったのか。みほ、答えろ!」
今までしほに目を合わせていたみほは、まほの方を向いた。
「状況によるなら、そうするでしょうし、そうしました。仲間? 射線の邪魔になる仲間はその時仲間ではありません、それは障害物です」
「お前本気で、言っているのか」
「本気もなにも、だって、そう思いませんか。邪魔だな……って」
やはり平然として応えるみほの顔に、まほは寒気がした。どうしてこんなことが平然と言えるのか。
「私の知るみほは、もっと……優しかったはずだ」
「優しさ。最も尊ぶべきものですね、私はそう思います」
「なら、どうして……」
「撃てば必中、護りは硬く、進む姿は乱れなし。鉄の掟、鋼の心」
みほは目を閉じて西住の流儀を諳んじた。
目を開けて、二人を交互に見る。
「実行しました、ええ、間違いなく。西住の流儀に何一つ悖る所が有りません。そして勝ちました。馬鹿げた真似? 本当にそう思われるのですか。西住流の後継者が、本気でそう思っているのですか」
娘が何を言っているのか、母親は理解出来なかった。
だから、ただ一つ分かることを口にした。
「みほ、あなたは正気じゃない」
狂っている……母の隣で青ざめた顔をしてまほは呟いた。
「此処から出ていきなさい。あなたに戦車を動かす権利はないわ」
みほは驚いた顔をして、その後俯いた。「なんで……」と俯いたまま、か細く言った。
「なんで分かってくれないの……」
人目には、母と姉に拒絶された可哀想な妹に見えた。
だが実際にみほを目の当たりにしている二人には、全く別のものに見えた。
「それなら」
みほは顔を上げて、悲しそうに笑った。
「西住流なんて、いらない」
母と姉には、妹がまるで地獄の軍団長に見えた。