有栖とアリス   作:水代

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和泉と女神

 

 さて、どうするか。

 

 そんな分かりきったことを考える。

 都内公園で生物災害…………まあ普通に考えれば警察の出動。けれど起こっていることを考えればその上の自衛隊が出てくるだろう。そして自衛隊が周囲を完全封鎖して。

 

 そしてヤタガラスが出てくる。

 

「…………急がないといけないわね」

 

 別にただの異界化なら出るつもりも無い。都内で突如悪魔が発生したからと言って、ガイア教の人間の和泉がそれを解決しなければならないなんてことは無い。そう言うのはヤタガラスの役割だ。

 だからこの件で和泉が出なければならない理由は別にある。

 

「どう考えても…………よねえ」

 

 築二十年以上は経っていそうなボロアパートを出る。途端に肌を焼く日差しに思わず目を細める。

 部屋の中に残してきた双子を思い、少しだけ考え込むが、まあなるようにしかならないか、と考える。

 “クロス”から電話がかかってきたのがちょうど双子が風呂に入っていた時、あの二人に気付かれなかったちょうどいいタイミングだったと思う。

 

 それにしても、と内心で呟く。

 

「熊、ねえ?」

 

 都内で熊…………まあ吉原市のほうは妖精の森があるくらいだし、熊くらい探せばいるのかもしれない。

 ただ公園に隣接された人口樹林から、となるとさすがにそれはおかしいと言える。

 しかも一匹、迷い込んだ、とかではなく何十、下手すれば百近いと言う数がいるらしい。

 それが森から出てきた挙句、周囲にいた人を襲っている、となるともう異常も極まれり、だ。

 

「…………まあそう言うことなのでしょうね」

 

 キーワードは月だ。突如空に上がっていると言う月。

 だが今和泉の肌を焼いているのは間違いなく太陽の光。

 あの戦闘(ゴシック)服はさすがに目立つので代わりに、普段着代わりの白のワイシャツとシンプルな黒のプリーツスカートと黒のハイソックス。有栖曰くどっかの学生服みたいな服装。

 この暑いのに上着が長袖なことを除けば、いかにも普通な服装だと思う。まあ自身のような真っ白な髪は珍しいので多少人目を惹くことは知ってはいるが、けれど奇抜と言うほどでもない、都内ならばもっとおかしな髪の色の人間が多くいるのでこの程度ならば特に問題無いだろう。

 

 ガイア教団内にもよくいるのだが、外見を示威行為に使う輩は存外多い。確かに見た目のインパクトだけで交渉や威圧など有利になることは多いのだが、和泉は残念ながらそう言ったことを好まない。

 好まない、と言うかはっきり言ってそれで得られるメリットよりデメリットのほうが高いことを知っている。

 

 目立つ、と言うのはそれだけ多く知られる、と言うことだ。

 

 和泉は表の戸籍を持たない。完全なる社会の闇に潜む裏世界の人間である。

 故に表社会で目立つと言うのは、それだけでリスクも増していく。

 そのデメリットを考えない、と言うか眼中に無い、と言う風に派手な動きを起す者もいるが、そう言った輩はだいたい襲撃、暗殺の的になっている。それをまとめて返り討ちにしているようなやつらもガイア内にはいるが、和泉はわざわざ好き好んで襲われたいわけではないので、基本的に必要以上には目立たない用にしている。

 

 まあ、仕事の時を除けば、だが。

 

 和泉はいつもガイアの仕事の時、白い服を着る。ガイアの白死なんて名前が示す通り、その外見自体は一種の目印になっているくらいに白で統一し、そしてそれが知れ渡っている。

 単純に和泉がその色を好いているから、と言うのもあるが、それ以上に落差をつけているのだ。

 

 真っ白な髪、と言う大きな特徴はある物の、ここは都内だ。ただ髪が白い、と言うだけでそれほど目立つわけでもない。人の多さ、そして首都ならではの人種の多様性が和泉の特徴を薄れさせている。

 

 逆に全身真っ白な人間、となると中々いないだろう。それこそ病院にでも行け、と言う話だ。

 故に和泉と言う存在を目に留めるための大きな特徴はその白一色の統一された外見になる。

 

 だから日常では普通の服装に戻す。そうすると途端に和泉と言う個人は他者の認識から消えていく。

 少しだけ髪の色が珍しいだけのただの少女がそこに完成するのだ。

 

 まあ、それでも完全に消しきれるわけでもないので、時折襲撃を受けるのだが。

 

 今回こちらの普段着で来た、と言うのは目立ちたくないと言う思いの発露と言える。

 

 それは世間にはない、ヤタガラスに…………でも実は無い。

 

 ガイア教団にこそ、自身の存在を知られたくなかった。

 

 今向っているその理由を考えた時。

 自身の目的の最大の邪魔になるのは恐らくガイア教団だろうから。

 

 実を言うと、自宅から目的の公園まではそれほど離れていない。まあかと言って、徒歩三十分と言うのは近いと表現し辛いものもあるのだが。

 ただ和泉の足ならば物の五分もあればたどり着く。下手すれば五分を切る。活性マグで強化されている上に、体内に宿る吸血鬼の因子により、並の車よりも速度が出る上に、道路と言う制限も無い。ビルの屋上から屋上を飛び移り、ショートカットしていくことによりジャスト五分後には公園のすぐ目の前のアパートか何かの屋上にたどり着く。

 

「…………これは…………凄いわね」

 

 上から見た公園には、常人が見るだけで目を覆いたくなるような惨状が広がっていた。

 広がる鮮血、食い散らかされた人の肉、転がる目玉に噴水に浮かぶ人の腕。

 この場所で恐ろしいことが起こった、それがありありと想像できるそれらの痕跡。

 

 にもかかわらず、()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()

 

「……………………」

 

 眉根を顰め、そして視線を動かす。

 そうして気付く。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………そう言うこと、かしら」

 

 まさか、とは思うが。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言うことだろうか。

 

「不味いわねこれ…………凄く不味いわ」

 

 被害が拡大している、そのことを理解する。同時にそれはヤタガラス出動までのカウントダウンが早まったことを意味する。

 

 空を見上げる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「論じてる暇は無いわね」

 

 携帯を取り出す、そしてその番号を押そうとして…………数秒手が止まる。

 だが意を決して押す。

 携帯を耳に当てる、数秒の呼び出し音の後。

 

『もしもし?』

 

 聞こえたその声に、少しだけ気持ちが落ち着いた。

 

 

 * * *

 

 

「まいったねえ、こりゃ」

 

 先ほどから全く困ってない様子の十字は、公園近くのコンビニにいた。

 和泉からの指示は待機。こんな地獄めいた場所から逃げるな、だなんて随分な話だ、と思うが。

 

 結局、和泉を手伝うと決めたのは十字自身なのだから、それもまた一つの自業自得と言えるのかもしれない。

 公園内の惨状はここからでも見て取れる。すでにそこにあの化け物熊たちがいないことも。

 とは言っても、あの熊たちが居なくなったわけではないことは十字には良く分かっている。

 

「さあて…………どうしたもんかねえ」

 

 少なくとも、このコンビニにいる間は大丈夫だろう。ただ何時までここにいるのか、と言う問題もあるが。

 少なくともヤタガラスが何時動いてもおかしくないことは念頭においておかなければならないだろう。あれらに動かれると十字自身動きづらくなる。

 警察はすでに騒ぎを聞きつけ動いている、公園に数人の警官が先行してやってきていたのを先ほど見かけた、その十秒後には熊の餌に成り果てていたが。

 現状は予想以上に混沌としている。それでもこちらは動けなくも無いのだが…………。

 

 問題は、あれが何を原因としているか、それが分からないからこそ動きづらくなっている。

 

 強引に突破することも、無理矢理に解決することも、恐らく和泉と自身が居れば可能だろう。

 だがその場合、()()()()()どうなるかが分からない。

 

 すでに自身はこの件を悪魔の仕業と断定している。それを和泉にも伝えているので向こうもそのつもりで動いているだろう。

 と言うか、心当たりがあるのか、それとも根拠となる何かを向こうは持っているらしい、随分とすんなりと納得していた。と言うことは、ガイア関連の仕事か、もしくは…………。

 

 いつもの悪い癖か。

 

 否、それを悪いなどと言っては侮辱だろう。何よりも、十字自身、和泉のそれで助けられたのだから、それを否定はできない。

 それでも、甘いと思う、甘ったるいと思う。変なところでリアリストを気取っているが、けれど十字からすれば甘っちょろいにもほどがある。

 だがそれで良いとも思う。

 

 見ないフリができない彼女が美しいと思う。

 

 気付かないフリができない彼女が心底清いと思う。

 

 助けて、そこまでだと(うそぶ)きながら、結局見捨てられず最後まで付き合うのだ、いい加減認めてしまえばいいのに。

 あんなお人好し、この世界にいること自体が異常だ。

 

 だから彼女がガイア教と言うのは存外お似合いだと思う。

 

 どこまでも自由に、どこまでも自身の自由に、それを力で適えようとする有様は、結局十字のような助けられた者からすればどこまでも嘘くさくて…………けれど切り捨てられない。

 十字の事情はすでに終わっている。だからこれから先に待つのは平穏の未来だったはずなのに。

 

 結局、和泉のためにこうしてまたこの世界に舞い戻る。

 

 和泉が和泉で居られるように、和泉が和泉のまま和泉のやりたいように、自由に振舞えるように。

 

 そのための力に十字はなるし、そのための知恵も貸すし、そのためだけに十字は働く。

 

 だからこそ、少しだけ誇らしく思っている。

 

 彼女のために働けることを。

 

 同時に、最近後悔もした。

 

 五月二十六日。

 

 あの日、和泉の傍に居られなかったことを。

 自身がいれば助けれたはずだ。

 

 少なくとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ぎりり、と歯を軋らせる。湧き上がる怒りに体が震える。

 落ち着け、と心中で数度唱えると、震えが収まる。

 今は考えるな、それよりも考えるべきことがある。

 そう唱える、呪文のように、何度も、何度も、心のうちに刷り込むかのように。

 

 “くふっ”

 

 そんな自身の心のうちを嘲笑うかのような声が聞こえた気がした。

 

 

 * * *

 

 

 通話を切る。と同時にこみ上げ来る寂寥感を押し殺し、眼下の公園を見下ろす。

「コンクリートジャングル、なんて言いかたするけど、別にそれは森じゃないのよ」

 

 だから、お帰り願おう。

 

 両の手にその体躯とは不釣合いなほどに大きな銃を握り締め。

 ふっと、屋上から眼下の道路へと飛び降りる。

 一瞬の浮遊感。常人なら自殺しているようなものだが、和泉からすればこの程度の高さ、何でもない。

 音もさせず着地すると、そのまま歩きながら公園へと進む。

 

「和泉の嬢ちゃん」

 

 そんな自身の後ろから声がかかる。

 足を止め、振り返る。そこに響野十字がいた。

「あら、ようやく来たのね、十字」

「本当に早かったな…………拠点から直接来たのか」

「ええ、ちょうど帰ってたところだったから…………それで()()()は?」

 その言葉に、十字が少しだけ視線をずらし。

()()()()()()()()()()()()()()()

 そう告げた。

 

 一瞬目を閉じ、再び開く。

 

 意識的にスイッチを切り替える。

 

 準備は整っている、ならばそう…………後は行くだけだ。

 

 一歩、公園へと足を踏み入れる。

 

 瞬間、月が淡い輝きを放つ。

 

「…………十字!!!」

 

 その輝きに覚えた嫌な予感、過ぎった直感に従い、隣に立つ十字の襟元を掴んで咄嗟に下がる。

 

 ちゅん、と短い音が聞こえた。視線をやれば先ほどまで自身と十字がいた場所に()()()()()()()

 文字通り、そこには底の見えないほどに深い深い穴が開いている。直径にして三、四十センチほどだろうか。

 少なくとも、その場で立ち止まっていれば、自身も十字も頭部から一直線に消し飛んでいたのは間違いないだろう。

 さすがにそこまでされれば、いくら吸血鬼の因子があろうと再生はできない。吸血鬼の再生能力とはそこまで万能ではない。

 

「…………気をつけなさい。あれが敵よ」

 

 空を見上げる。そこには昼間にも関わらず、月が輝いている。

 

 そして、その月を背にして空に浮かぶ、一人の女の姿がそこにあった。

 

 先ほど電話が聞いた予想その通り過ぎて、思わず苦笑しそうになるが、けれど笑えない。

 これから相対する敵の強大さを考えればそれは引き攣った笑みにしかならない。

 

 “月と熊? なんだそりゃ? ツキノワグマか? え? そう言うことじゃない? あん? 悪魔? ああ、そう言うことか。そうだな、簡単で良いから起きたことだけ伝えてくれ、それ以外に何か特徴は無いのか? うん? 森? 公園…………いや、森だなこの場合。うん…………それだけか、情報少ねえな…………いや、二択くらいにまでは持ち込めた、あと一つだけ、正直これは直接見ないと分からんからな、自分で確かめてくれ”

 

 “いいか?”

 

 “熊を使役している元凶、それが獣の姿をしていたらヴォーロスだ、スラブ神話に出てくる神の一柱。その名前の類似性から熊への信仰と関連付けられた神でな、獣の姿をした神だって言われてる。それに一説では月の神であるって話もある、今回の事例には一応当てはまってる…………ヴェーレスって神と同一視されることがあってな、こっちだとかなり厄介だ…………死を司る神であるって話もあるからな、ただまあ正直かなりマイナーな神なんで、この国で呼び出すにはちと面倒な手を使う必要がある、正直もう一方のほうが可能性は高いと思ってる”

 

 “んでもう一方のほうなんだが…………こっちはかなりメジャーだ、名前だけならかなり知れ渡ってる”

 

“いいか? 元凶が人の姿…………それも女の姿をしてたりしたらほぼ間違いないだろ”

 

 流れるような銀の髪に純白のワンピースを着た、ただ見るだけで身震いしそうなほどに美しい女がこちらを睥睨しながらその手に持つ弓を構える。

 

 和泉は有栖とは違い、神話や伝承などにそれほど造詣は無い。だがそれでも、そんな和泉でも、その名は聞いたことくらいはある。

 月の女神、狩猟の神、そして元を辿れば山野の…………()()()

 

 その名は……………………。

 

「アルテミス」

 

 “アルテミスだ”

 

 月の女神がその弓を引き絞り…………そして、ソレが放たれた。

 




正直前回で察しのいい人は分かってたと思う(
そしてこの先の展開も、こうなった原因も何となく察しは付くと思う。

それはそれとして伏線大量に埋めていく。

前章で回収するものが7割、後章まで引っ張るものが3割くらい。

先の展開って実はほぼ何も考えてないのに伏線埋めるスタイル(
そもそも赤の章自体突発的に初めてすぎてて、最終的なラスボス以外ほぼ何も決まってないままやってる感だけど、なんとか纏め上げたいところ。

最近メイポが楽しすぎて執筆が隔日になってるが一応書くのは書いてるから許して(

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