「……………………っ」
一体、何を言おうとしたのだろうか。
葛葉ナトリ自身にすら分からない。
ただ、砕け散ったアスファルトの上で、無残に転がる門倉悠希を見て、ただどうしようもなく動揺した。
目を見開き、硬直した。
けれど、それも一瞬。
悠希を見て動揺する心が邪魔だったので、切り捨てた。
そうしてナイフを構え、けれどどうすればいいのか分からず戸惑う。
葛葉ナトリのスキルは主に対人戦に特化している。
あのヒトキリのような悪魔ならばともかく、こんな化け物相手に使える様なスキルはそう多く無い。
『
ぼそぼそと、それまで口にしていた日本語ではない言葉…………恐らく生まれ故郷の言語だと思われるそれを口にする。
『
視界の端で葛葉朔良が崩れ落ちていく。
活性マグが急激に減っていっている。恐らく死んだ。
これで残るは葛葉ナトリ一人、と言ったところか。
だが、関係無い。
どの道、これを相手にすれば、一人も二人も変わらない。
自身もまた、どうせすぐに死ぬ。
目の前にいるのは、そう言う相手だ、そういう類の正真正銘の怪物だ。
逃げようにも逃げても逃げ切れるものではない。
恐らくここで放置すれば、世界を滅ぼすレベルの怪物である。
どうしてこんなところでそんなものが生まれるのか、だがそんなこと言っても仕方の無いことである。
それでもせめて一矢報いてやろうと、ナイフを握り締め。
「グレイトフルワン」
真横から飛来した砲撃が怪物に直撃し、その巨体を揺らす。
突如として出現した巨大な気配にナトリが驚き、即座に後退する。
すぐ様そちらを確認し…………そして二重に驚く。
「…………兄様?」
そこにいたのは、死んだはずの在月有栖だった。
* * *
「■■■■■■■■■■■■!!!」
チャージとコンセントレイト。それを同時に使う術は実を言えばジョーカーも持っていた。
一度だけ使われたそれは、どうやらこの
カズィクルベイ
突如として放たれたその魔法、地より杭を生え出でさせ敵を貫くその魔法を。
ぐっと、こちらもまた力を…………魔力を
「至高の魔弾」
銃を構え、引き金を引く。
放たれたビームのような巨大なエネルギー塊が生成された杭を破壊し尽し、そのまま
「■■■■■■■■■■■■!!!」
痛みに絶叫する神霊が、こちらの
「デスペラード!」
銃弾をばら撒くようにして撃ち出す。あの
「グレイトフルワン」
さらに後押しするように、
「■■■■■■■■■■■■■■■!!」
ずどん、とその巨体が後方へと倒れていく。
その隙を逃すつもりはさらさら無い。
「アリスっ!!!」
「ふふ…………そうね、いつでもいけるわ、有栖」
サマナーと仲魔、両者の全力を乗せる一撃。
つまり。
「「震天大雷」」
合体技。
天を衝かんばかりの轟音が、夜の空に響いた。
* * *
神霊、と言う存在について端的に述べるなら。
神の一面、と言う言葉が一番分かりやすいだろう。
全能…………と呼ばれる神のその全てを世界に顕現させるには、世界が耐えられない、分かりやすく言えば、存在を許容できるだけのリソースが足りないのだ。
故に神は天使、つまり使途を使って干渉するのだが、稀にだが神そのものを呼び出そうとする者たちがいる。
真っ先に思いつくのはメシア教だろう、と言うか実際問題、彼らは何度と無く神を世界に呼び出そうとしている。
ただ世界最大の宗教と呼んでも過言ではない彼らをして、神を世界に召喚する、と言うのは途方も無い所業である。
そんな時、呼び出されるのが神霊である。
神の権能を切り取った神の御魂の一部。神の分霊、と呼んでも言いのだろう。最もその神自体、唯一神の分霊なのだが。
故に神霊とは、神の奇跡の力を一部分とは言え、実際に所有しており、そしてそれぞれが司る権能においては、実際に神に限りなく近いレベルであると言える。
神霊ノーライフキングが所有するのは、生と死、つまり生命の権能である。
故に、他の神霊たちと違い、その強さ自体はそれほどでも無い…………とは言っても
だがその強さも、他の…………純粋な神霊たちには劣る。
元々神霊とはその権能に特化した存在であるのだから、当然とも言えるかもしれない。
だが…………否、だからこそ、と言おうか。
その権能においては絶対の力を誇る。
端的に言おう。
ノーライフキングに殺された存在は、蘇生することが出来なくなる。
転生することすら無くなる、何故なら、ノーライフキングによってその魂を束縛されてしまうから。
どれだけ肉体を修復しようと、どれほど生命力を滾らせようと。
魂を握られている時点でノーライフキングを倒さなければ蘇生は出来ない。
もっと言おう、ノーライフキングがその場に居るだけで、ノーライフキング以外の全ての存在は回復行動すら出来ない。
生命の権能を持つノーライフキングにとって、その程度は出来て当然のことである。
そして最後に一つ。
神霊ノーライフキングは、
故に――――――――
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」
――――――――この程度のことで滅びるはずが無いのである。
* * *
「
神霊と言うのがどれほど馬鹿げた存在なのか、どれほど出鱈目なのか。
だからこそ。
神霊が起き上がってくる前に。
「チャージ」
手の構える銃に力を、魔力を充填させていく。
そして――――――――
「■■■■■■■■■■■■■■■!!」
神霊が叫び起き上がると同時に。
「至高の魔弾」
全身全霊の一撃を叩き込む。
銃先から放出される莫大なエネルギーが神霊へと直撃し、再びその巨体を地へと這い蹲らせる。
「アリス、ジャアクフロスト!」
コレが最後だ、と仲魔たちを呼び出し。
「これで――――」
銃を構える。
アリスが魔法を生み出し。
ジャアクフロストは拳を振り上げる。
「――――終わりだ!!!」
三者三様の全力が神霊へと叩き込まれ――――――――
――――――――永い永い夜に終わりを告げた。
* * *
かつての篠月有栖が、篠月天満より与えられた物は多い。
例えば命、例えば思想、例えば価値観…………etc
結局のところ、それもまた兄が弟に与えたものである。
否、与えた、と言うよりかは、誰よりも近くにいたせいで、影響してしまった、と言うべきか。
即ち、神殺しの因子。
言い換えれば。
理殺し、概念殺しの力。
体内のMAGの枯渇、そして死を引き金に発現したその血に眠った力。
殺神鬼の力、殺しの極みたる権能の一端をまた有栖も受け継いでいたと言うことである。
その力を持ってして、不死、不滅のはずのノーライフキングを滅ぼしたのだから、間違いなくそれは兄のお陰であると言えるだろう。
「…………全く、どこまで頼りになる兄貴だ」
呟き、笑う。
まさか、ここまで予想していた…………なんて、あの兄ならば有り得るからこそ、困る。
「人を救えるのは人だけ…………か」
ノーライフキングを殺し尽くした影響、それを考えれば笑いしか出てこない。
酷い戦いだった。
この永い夜を一言で言い表せばそれに尽きる。
和泉が死んだ。
詩織も、悠希も死んだ。
朔良も死んだ。
もしかしたら有栖が知らないだけで他にも死んだ人間がいるかもしれない。
有栖の大切なものが、次から次へと零れ落ちていく。
そのことに戦っている間、ずっと嘆きがあった。
だからこそ、最早笑いしか出てこない。
「アリス」
「はーい?」
くすり、と笑って首を傾げる少女に、たった一言呟く。
「頼んだ」
主語の無い、端的な一言に、それでも少女は笑って。
「りょーかい」
その手をかざした。
呟かれた言葉、そしてかざされた手のひらから、青白い光が溢れた。
* * *
その光景を、葛葉ナトリは一生忘れることは無いだろう。
青白くぼんやりと輝く光。
その発生元である少女の足元を中心とし、巨大な魔方陣が広がっていく。
半径百メートル近くはあろうかと言う超巨大な魔方陣が輝き、同じように青白い光を放つ。
直後。
ふわふわと浮いていた青白い光が弾け、四方八方へと飛んでいく。
否、それは良く見れば、それぞれ特定の箇所に集まっていた。
即ち、悠希たちの遺体へと。
悪魔たちの持つ魔法の中には、回復魔法と呼ばれるものがある。
一つはディア系統、これは傷などの肉体的損傷を物理的に修復していく魔法で、対外の怪我はこれだけで治すことができる。さすがに腕が切断された、などの大怪我はディア系
そしてもう一つがリカーム系統。これはリカームとサマリカームと言う二種類の魔法があるのだが、厳密にはこれらは同じ系統とは言えない。
リカームは生命活性、つまり生命力を活性化させる、自然回復力を極限まで高めるような魔法だ。また死亡した人間でも、まだ魂が残っているうちにこれを使えば、致命傷レベルで蘇生することが出来る、まあ当たり前だがすぐにディア系などで治癒しなければ再び死ぬだけだが。
サマリカームは気力活性。と言っても、別に精神を回復させるわけではない、言うなれば、魂を活性化させる魔法だ。瀕死状態や意識の無い人間に使えば、一気に意識を回復させることが出来る。ディアやリカームなどの物理的なものとは違う、魂と言う概念的なものに干渉する数少ない魔法だ。
奇跡のような魔法の数々だが、けれど一つだけどうしようも無いことがある。
体から魂が抜け出てしまえばもう蘇生は不可能なのだ。
だからこそ、先ほどのあの怪物は恐ろしい。
殺されると同時に魂が抜き取られるのだ。
それはつまり、あの怪物が魂を戻さない限り、蘇生は不可能、と言うことである。
そして、魂と言うのは肉体から抜け出てしまうと容易く四散してしまうものなのだ。
それこそ…………オンリョウなど悪魔化してしまわない限り、吹けば消える蝋燭のか細い火のような脆さがある。
だからこそ、これは奇跡、としか言いようが無い。
四散した魂が肉体へと戻り、そして魂が、精神が、肉体が修復されていく。
「う……………………あ………………」
聞こえた声に、葛葉ナトリともあろうものが思わず呆けた。
門倉悠希が動いていた。
ただそれだけのことで、切り捨てた感情がまた蘇ってくる。
そっと、撫でるような優しさでその頬に触れる。
「………………私は感じる、暖かい」
安堵したような柔らかな笑みで
と、その時。
「……………………あ…………なと…………り…………?」
悠希が薄く目を開き、呟く。
とくん、と鼓動が強まる。
その意味を葛葉ナトリはまだ知らない。
ただ、悠希が自身の名を呼ぶことが、どうしようも無く嬉しくて。
「悠希」
「えっと…………俺…………確か」
一つ一つ、記憶を探るように、朦朧とした頭を動かす悠希の体へとそっと手を伸ばし。
「…………」
「な、なと……り……?!」
溢れる気持ちが指し示すままに、その体をぎゅっと抱きしめた。
* * *
「…………これで全部解決めでたしめでたし…………なんて、あるわけないよな」
「あら、こわいかおね、さまなーってば」
くすくすと笑う目の前の少女に、けれど憮然としまま告げる。
「…………どうすんだよこれ」
これ、つまり今の自分の状態。
端的に言って。
人から魔人へと堕ちていた。
つまり、半分ほど悪魔になっている。
半人半魔、と言ったところか。COMPでアナライズしたら魔人になっていたが。
半分、とは言え人間辞めてしまった事実に、どうするんだこれ、と言ったところである。
まあ最も、結局のところ、それもこれも自分が死んだせいではあるのだが。
「よく生きてたな…………いや、死んだのか」
自身の言にアリスが笑って頷く。
「ねえ、サマナー…………有栖?」
アリスがそっと手を伸ばしてくる。
「けいやく、わすれてないわよね?」
「ああ…………まあ、そうなるのか」
「ずっといっしょよ?」
「最初からそうだろ、それと、これからも」
かくして有栖とアリスの契約は為された。
と、言っても。
こうなってしまうと、これまでと何が違うんだ、と言ったところではあるが。
「なるようになるか」
今までも、そしてこれからも。
「ふふ」
そう思ってしまったのだ。
四章全員分のデータあとがきに入れるのも何なので、もう一回、ステ付きの人物紹介書きます。