有栖とアリス   作:水代

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緊急速報:執筆中の本編残り一話、エピローグ書いたら四章終了。明日書き終わったらもう全部一気に更新。


名取と姫君

 攻勢は苛烈にして、強烈。

 だからこそ、護りに入ればそれが脆いと葛葉名取は理解している。

 敵はヒトキリと名乗る魔人、そしてそのサマナーである騒乱絵札の一人、姫君。

 だが姫君は基本的に何もしない完全なるサマナータイプであることは事前に分かっていたこと故に、実際の敵はヒトキリ一体に集約されると言っても良い。

 対してこちらは自身、葛葉ナトリ、そしてサマナー門倉悠希とその仲魔であるジコクテン。そして残された一般人である上月詩織。

 だが実際、あのヒトキリにまともに対抗できるのは自身だけであり、辛うじて一撃、受けれるかどうかと言ったところがジコクテン。悠希は未だ未熟であり、とてもではないがあの強大な魔人に対抗する術などありはしないが故に、こちらでフォローする必要がある。上月詩織はそもそも悪魔に関わっただけの一般人であり、サマナーでも異能者でもない、つまりヤタガラスの護るべき範疇の存在である。

 だが強大な敵に相対するは自分一人、そして護る対象は二人。とてもではないが、手が足りない。

 

 だから、ナトリは攻め続ける。

 

 攻撃こそが最大の防御と言うが、攻め続け相手に防御させ続ければ護るべき対象が危険に晒される確率は極端に下がる。

 ナトリ単独ならば、攻め手に欠け、結局ヒトキリにと言う名の巧者にあっさりと攻守逆転を許していたかもしれない。

 だがジコクテンが共に攻めてくれているこの現状、ナトリは好きなタイミングに好きなスキルを取得し、そして使用できる。レベル的には不安のあるジコクテンだが、さすがの戦上手と言うべきか、その立ち回りはナトリにも見るべきものがあった。結果的に徐々にではあるが、ヒトキリを押して行くことが可能となっている。

 だがそんな均衡も、ヒトキリが未だに全力を尽くさないからであり。

 

 戦況は膠着している。

 

 だが膠着を崩す一手を、ナトリは持っておらず、そして相手は持っていた。

 

()()()()()()()()()

 

 姫君がそう呟いた瞬間。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 魔人が、何かをした。

 何か、などと抽象的な表現ではあるが、けれど他に言い様が無い。

 具体的に何か見ただけで分かるような変化があったわけではない。

 だが、あからさまに魔人の気配が変質し、そして空気が変わった。

 

「キヒヒ、ブレイブザッパー」

 

 けれど魔人は止まらない。停止した一瞬を突いて、斬撃を放ってくる。

 故にこちらも対抗せざるを得ない。

 

「ブレイブザッパー」

「鬼神薙ぎ」

 

 ジコクテンと共に攻撃を放つ、飛ぶ斬撃、それを魔人が斬り払う。取得すると同時に破棄、そして再取得。すでに何度繰り返しただろうか。

 打つ手が無いとは言った。膠着を崩す一手は無いと確かに言った。

 だが勝算が無いなどとは言ってもいない。

 ナトリの考え通りならば、そろそろ良い頃あいではあるのだが。

 

 ぞくり

 

 そんな思考を掻き消すかのように、背筋が凍る。

 僅かに背に感じる重みに、魔人から距離を取り、そしてその背を確認するため振り向く。

「……………………」

 だが何も居ない。何も無い。今も僅かな重みを感じている、だがそこには何も無い。何かが触れた痕跡すら無い。と言っても、背中など直視したわけではないが。それでも目だった異常はどこにも無い、触れても特におかしな点も見当たらない。視界の端ではジコクテンが何やら怪訝な様子で何か呟いていた、何かあるのかもしれない、そうは思う、だが。

「…………………………思う、これ以上は無駄」

 それでも分からない以上、何も無い以上、これ以上考えても無駄だ。

 敵はこちらを見つめながらそうして…………。

 

()()()()()()()()()()()()()()()|」

 

 そうして。

 

「断罪刃」

 

 振り上げられた太刀が…………振り下ろされる。

「っ!!」

 受けるのは無理だ、ナトリが持つもは大振りとは言えただのナイフ。そして相手の武器は大太刀。能力の差も大きい以上、受ければナイフごと斬って落とされる。

 つまり、選択肢は受け流すか、もしくは避けるか。

 

 瞬間、嫌な予感がした。

 

「…………………………呟く、仕方ない」

 

 振り下ろされた太刀をナイフで切り払う。だが完全に受け流しきるのは無理だったようで、ずぶり、と腕が切り裂かれる、深い、とは言えないが、浅いとも言えない。少なくとも、またあの斬り払いの技術を盗んでも、成功率は確実に落ちる。

 一方ジコクテンは受けきれぬと悟ったか、攻撃を避けていた。

 

 そして瞬間。

 

「ぬう?!」

 がくん、と。一瞬、ジコクテンの膝が崩れそうになり、そうして何とか持ち直す。

「……………………私は思考する、不味い」

 理由は…………恐らく、ヒトキリが二度呟いたあの言葉。

 

 この場この時において攻撃/回避を禁ず。

 

 恐らく常時発動し、そして条件に当てはまった瞬間、強制的に効果を発揮するタイプのスキルだ。

 こう言った類のスキルはさすがに盗めない。何せそれは技術ではない。葛葉ナトリがいくら天才であり、怪物染みていても持っていないものを持っていると言い張るのは無理がある。

 最も、何度も何度も確認し、解析し尽くせば可能…………かもしれないが、今のナトリには不可能だ。

 

 効力は恐らく、魔人が禁じた条件を破った対象の体力を奪う、もしくは能力を減少させる、と言ったところか。

 

 厄介なスキルである、ただでさえレベル差がある格上だと言うのに、妨害系スキルなど使われれば溜まったものではない。

 何よりも厄介なのは。

 

 葛葉ナトリは他者のスキルを盗むことでしかスキルを使えない。

 

 もしジコクテンを落とされれば、ナトリはあの魔人が決めたタイミングで、あの魔人が決めたスキルしか盗めいと言うことになってしまう。

 先に述べた妨害スキルとあわせれば…………まあ詰むと言っても過言ではないかもしれない。

 

 まあ、奥の手が無いわけでもないのだが。

 

 先ほども言った、勝算。

 だが出来れば使いたくは無い…………悠希の前でそれを使うことは、()()()()()()()()()()()()()

 

 珍しく、このナトリと言う少女にしては本当に珍しく。

 たった一人の人間に、執着にも似た感情を抱いていた。それが何故か、ナトリ自身にも分からない。

 だが、それでも…………また会いたい。そう思った人間は、初めてだった。

 たった一人の特別。そんな思いに何という名前を、意味をつけるのか、それはまだ分からないが。

 だからこそ、躊躇していた、足踏みし、悩む。

 

 けれど事態はナトリの心境を無視し動き出す。

 

「コノ場コノ時ニオイテ回復ヲ禁ズ」

 

 次なる魔人の宣託は回復行動の禁止。 

 腕の怪我を治せないのは辛いものがあるが、まあ能力低下を付けられるよりはマシだろう。

 

 そう考えていた、だが。

 

「ナトリ!」

 声が、彼の声が聞こえた、次の瞬間、腕の傷が癒えていく。見ればジコクテンも共に回復していっている。

 それが彼の持つ道具の力だと気付き…………そしてすぐにハッとなる。

「私は呟く、やられた!」

 珍しく、声量が大きくなってしまうほどに、焦っていた。

 体が重くなる、先ほどのジコクテンと同じ、能力低下を付与されてしまった。

 

 完全にナトリのミスである。思考に没頭し、あの魔人の宣言の意味を伝え忘れていた。

 

 まだ成り立ての新人サマナーである彼がその可能性に自ら気付けるはず無かったのに、それを忘れていた。

 二度目の能力低下付与。ジコクテンにいたっては三度目だ。その事実に対して、直感が危機を叫ぶ。一体何が危険なのかは分からないが、とにかくこのままでは不味い、と直感が叫んでいる。

 だがその前に彼に伝えなければならない。そのために後退としようとして…………瞬間、こちらの行動に被せる様に魔人が前進する。

 完全に虚を突かれた。

 

「キヒヒヒヒヒヒ…………仏の顔も三度まで、だ」

 

 すぱん、と。一切の抵抗を許さず、何の躊躇も無く。

 

 ジコクテンの首を落ちる。その姿が霧散していき、消えていく。

 

「許されざる者に断罪の刃を」

 

 魔人がこちらを向き、そうしてニィ、と嗤う。

 

 お前もあと一度でこうだ、暗にそう告げていた。

 

 

 

 * * *

 

 

 切り札を切ったキョウジの攻撃に、王の仲魔たちは全て倒れた。

 

 残るは王一人…………ではない。

 

 召喚(来たれ)

 

 たった一言、そう呟くだけ。

 それだけで、王のすぐ傍の空間がぴきん、と音を立てて割れる。

 そこから這い出してきたのは、以前にも見た三つ首の獣…………ナベリウス。

 本来ならばたった一体でこの街の全てを破壊しつくせるほどの怪物。

 

 レベルオーバー、レベル100と言う理を超えたまさしく化け物。

 

 葛葉キョウジの今の手札でソレを打ち破る法は無い。

 けれど、キョウジは慌てない。焦ることすらしない。

 元々何があろうとこの時点でもう良かったのだ。

 もうここまで来た時点で…………王の仲魔が全て消え、次の行動に移るまでの僅かな隙。

 

 その一瞬をキョウジは逃さない。

 

 シャッフラー。

 

 葛葉キョウジだけが持つ、特殊状態異常魔法。

 否、これは最早呪いである。

 燃えろ、燃えろ、激しく、鮮烈に、燃え盛れ。

 葛葉キョウジの根源を穿ち、溢れ出す呪い。

 紅黒く、そしてか黒い思いの正体。

 

 呪い札(カースド・カード)

 

 呪いを具現化し、物質化し、極限まで凝縮した一枚の黒いカード。

 本来周囲の敵全てを巻き込むシャッフラーの対象を単体とすることで、より凶悪に、より禍々しく呪いを特化させる。

 放たれた呪いは、どんな耐性をも無視して対象を強制的に一枚のカードへと変化させる。

 

 驚きの声を上げる(いとま)すら与えられなかった。仲魔がいたら庇われて終わりだっただろう、今召喚中の獣はけれどまだ空間から抜け切っておらず、とてもではないが、間に合わない。

 

 王が一枚のカードへと変化する。

 

 そして――――――――

 

 スルトが全身から炎を噴出し、それを葛葉キョウジへと集めていく。

 自身もまた燃え盛る炎に包まれながら、けれどキョウジは眉根一つ動かすことなく、そうして呟く。

 

 ――――合体奥義“トリスアギオン”

 

 あらゆる耐性を一時的に無視し、火炎属性を弱点化させられた王に、その一撃を受けきる術など、最早無かった。

 

 凄まじい劫火。アスファルトが、コンクリートが、溶け、流れ出し、そして蒸発してしまうほどの超高温で、一撃で燃やし尽くされる。

 

 と、同時に空間の割れ目から抜け切ったナベリウスが飛び出し、キョウジへと一撃見舞う。

 その攻撃を、けれどキョウジは避けなかった…………否、避けれなかった。

 

 ここまでの戦いの疲労…………もあったかもしれないが。

 

 スルトの炎を一時的とは言えその身に取り込むのは、さしものキョウジであっても相当な負担だった。

 先ほどの一撃も、キョウジにとって文字通り、死力を尽くした一撃だったのだ。

 そこにさらに怪物の一撃を喰らい、キョウジが吹き飛ぶ。

 間に割って入ったスルトたち仲魔も、けれど圧倒的なレベル差の前に、足止めすることすら出来ず。

 

 その牙がキョウジへと届こうとし…………けれど、瞬間その姿が虚空へと消え去る。

 

 召喚主であった王に限界が来たのが原因である。と、同時に、呪いを保っていたキョウジにも限界が訪れ、王が元の姿へと戻る。

 

 そうして訪れた決着は、両者戦闘不能による引き分けだった。

 

 これが正真正銘の決着だろう、何せ。

 

 二人とも、もうこれで終わりだと言うことを自覚しているのだから。

 

「………………これで、終わり、か」

 転げ落ちたタバコの代わりに、新しいタバコを取り出そうとし、けれど箱ごと落とす。

 手が震えていた、最早体はとっくに限界が来ている。

 どさり、と音がするので視線を向ければ、王が倒れていた。

「…………ふん、これで終わり、か」

 同じように、空を見上げながら大の字になった王が呟く。

「…………ジョーカーの存在、それにアイツのこと、まだ気になることはあるが…………」

 

 まあアイツならどうとでもするだろう。

 

 内心で呟く。

 

 そして同時に気付く。

 

 アイツ、と言う言葉が二人の人間を指していることに。

 

「…………く、くく…………くくく」

 思わずこみ上げてきた笑い声に、王が顔を顰める。

「…………なんだ…………貴様…………突然…………」

 最早息絶え絶えと言った様子だったが、それでもまだ生きているらしい。

「いや、なに…………大したことじゃねえよ」

 

 そう、大したことではない。

 

 ただ、気付いてしまっただけである。

 

 自身が在月有栖に対して抱いていた感情に。

 

「…………くく…………もう遅すぎたな」

 

 いや、けれど。

 

「伝える…………必要も…………ねえ…………か…………」

 

 目が霞む、世界から音が消えていく。

 

「…………くく、後は…………上手く…………やれ…………なと……り…………」

 

 それから。

 

「…………ありす…………」

 

 呟き、そうして。

 

 “葛葉キョウジ”が終わりを告げた。

 

 




今更だが。
この小説について、P3,P4のような日常系のライトな小説とレビューされてるらしいですが。

これ、女神転生ですよ(ゲス顔)?

メガテン=死は当然の公式。

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