有栖とアリス   作:水代

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有栖と真琴

 

 マグネタイトとは、感情の揺らぎが生み出す産物である。

 それが具体的にどういうものなのか、と言うのはよくわかっていないが、とにかく、悪魔はこのマグネタイトを使って現世に現れ、そしてマグネタイトを使ってその力を(ふる)う。

 だからマグネタイトが足りなければその力を十全に揮えなかったり、召喚が半端で呼び出そうとした悪魔が変異してしまったり、そもそも呼び出せなかったりとろくなことにならない。

 

 さてこのマグネタイトだが人間の体のどこに最も濃く存在しているのだろうか。

 答えは血である。

 正確には血と肉にマグネタイトが宿っている。だから悪魔と言うのは人の血を啜り肉を喰らう。

 高レベルのデビルバスターの血や肉と言うのはそれは濃縮されたマグネタイトが流れており、悪魔にとっては強敵であると同時に極上の餌にも成り得る。まあ高レベルの悪魔と言うのは、デビルサマナーにとっては良い交渉相手であり、倒せば大量の活性マグネタイトを得るチャンスであるので、ある意味お互い様とも言えるが。

 

 例えば、ではあるが。

 マグネタイトが減少しても尚、COMPなど間接的な方法で使役する場合、COMPが自動的にパスを切断し、悪魔を強制帰還させてしまう。それはCOMPに取り付けられた外せないセーフティー機能である。

 だが例えるなら俺とアリスのようにCOMPを介さず直接的に魂で契約を交わしてしまっている場合、召喚者と悪魔との間に直接的なパスが結ばれているためCOMP側が自動的に、と言うのができなくなる。

 だからマグネタイトが尽きかけて尚悪魔を使役しようとすれば、足りないマグネタイトは別の場所から補われる。

 即ち、召喚主自身の命を削りながらの召喚、そして使役となる。

 

 当たり前だがそんな状態で何度も無理をすれば、最悪召喚主の寿命をも削る。

 

 さらに度を越えれば召喚主の命を危うくする。

 

 だから身の丈に合わない召喚は危険なのだ。

 

 そしてそんなマグネタイトが欠乏した人間に、サマナーの血液を飲ませると、足りないマグネタイトが補われる形になる。

 結果的に、召喚主の命をも守る形になるのだ。

 

 なので。

 

「だからいい加減、許してくれ」

 

 ふい、と顔を背ける真琴に、思わず嘆息する。

 

 

 先の地下での一件より三日後。

 病室のベッドの上で頭を下げる男とその脇で顔を背ける少女。

 ぶっちゃけ俺たちである。

 俺としても不本意であったのだが、先の一件で、俺が真琴の唇を奪った。

 それは切り傷だらけの口内に溜まっていた血液を真琴に飲ませ、その体内のマグネタイトを少しでも回復させるためだったのだが、それでもまだ年若い多感な年齢の少女の初めてを奪ったことには代わりなく。

 いや、けれどそもそもどう見たってマグが欠乏し、自身の命まで削って悪魔を使役している真琴の姿が見ていられなくて、このままではダメだと思って、咄嗟にやってしまったのだが。

 あのままでは二人とも死んでいた。最悪俺は生き残っても真琴は死んでいた。そのくらい無茶だったし、そのくらい無理があった。

 だからあれは二人共に生き残るには仕方のない処置ではあった。

 それは真琴だって分かっているのだろう、だから文句は言ってこない。

 ただ感情で飲み込めない、と言ったところか。

 

「…………………………………………」

「…………………………………………」

 

 とにかく気まずい。あの場面では仕方なかったとは言え、けれど真琴の心情を考えればこちらが悪いのも理解できるからこそ、こちらからどう言えばいいのか分からず言葉に窮する。

 そして真琴も真琴で無言を貫いているので、結局のところ、病室内に二人、気まずい空間が出来上がっていた。

 

 どうする、なんて言おう、なんて俺が必死に考えている、その時。

 

 はぁ、とため息が聞こえる。俺ではない、とすると必然的に目の前の真琴から。

 

「もういいよ、アリス先輩」

 

 そうしてようやく真琴が口を開く。心なしかその声は柔らかかった。

 

「少なくとも、アリス先輩がああしなかったらボクは多分死んでた。分かってるよ、分かってるんだ。ただちょっともやもやしてたから、何も言えなかったけど。うん、助けてくれたんだよね、先輩」

「あ、ああ…………明らかにマグネタイトが欠乏してたからな、咄嗟のことだったんだが…………いや、その、悪かった」

 真琴が口を開き、こちらに問いかけてきたことで、ようやく俺も言葉を発すことができる。

 

「うん、だから許すよ。それと、助けてくれて、ありがとう」

「いや、助けられたのは俺のほうだよ」

 少なくとも、真琴が命を削ってまで仲魔を使役してなければ死んでいたのは俺だ。

「けど、そもそもの原因はボクだ。ボクが余計なことをしなければあんな状況に追い込まれることもなかった」

 それは否定できない。少なくとも、真琴が最初から万全の状態でいれたならさっさと逃げ出すこともできた。

 そしてそれを否定しても、真琴自身がそれを分かっているから、何の慰めにもならないだろうことは理解できた。

 

「悪魔の蔓延る裏世界において、弱いことはそれだけで罪だ。弱者は強者にどれだけ蹂躙されようと、それは弱いほうが悪い。そこに法は無い、理は無い」

 どこと無く、自分自身に向って語りかけるような真琴の声に、自身もまた言葉を潜める。

「ボクはそれを犯した。手に負えない危険に向って自ら進んでいった…………」

 そこで一度、真琴が言葉を止める。

 

「今回のことで良く分かったよ。ボクの目指す先が、そのために必要なものが。うん、やっぱりアリス先輩が居てくれてよかった。()()()()それだけ、言っておきたかったんだ」

「……………………帰る前に?」

 

 妙な言い回しが気になり、鸚鵡返しに問いかけると、真琴がくすりと笑った。

 

「あはは、実は実家に帰ることにしたんだ」

 

 あっけからん、とそう告げた真琴の言葉に、大きく目を見開いた。

 

 

 * * *

 

 

「行ったか」

 人の去った病室で一人、誰にとも無く呟く。

「そーだねー、いっちゃったねー」

 

 訂正。一人ではなかった。

 

「お前また勝手に出てきたのか」

 掛け布団の上に転がるアリスを見て、ため息を一つ。

 何となく手持ち無沙汰になり、ごろん、と俺の膝の上で仰向けになりながらこちらを見て笑うアリスの頬をつつく。ふにふにと柔らかいその感触に軽く癒されながら。

 

「ヒーホッホッホ、サマナーオイラも混ぜてくれホー」

 

 俺の肩越しにそれを覗く存在に、軽く頬を引き攣らせる。

「お前まで勝手に出てくるな、()()()()()()()()

 そう、それはついこの間、俺たちが命懸けで戦ったカボチャ頭の悪魔である。

 

 時は三日ほど遡る。

 

 ジャックランタンが結集したエネルギーを撃ち抜き暴発させる。

 そして爆破が起こるより先に自身たちはさらに地下へと潜り、さらに深く潜り。

 追い迫る爆発の威力をメギドラオンで削り、そして真琴の召喚したテュポーンが受け切り、それが限界だったかのようにテュポーンが再度消滅していった。

 

 その直後のことである。

 

「ひー…………ほー…………」

 

 ふわり、ふわりと、上階から何かが降りてくるのが見えた。

 ゆらりと影が揺れる。

 すぐに気づく、それが先のジャックランタンであると。

 まだ生きていたのか、そんな内心の疑問を押し殺し。

「アリス」

 対処しようと、指示を出した、と同時に

 

 獣の眼光

 マハマカカジャ

 マハマカカジャ

 獣の眼光

 マハマカカジャ

 マハマカカジャ

 

「マハラギダインだホー!」

「メギドラオン」

 

 魔法が放たれるのはほぼ同時だった。

 先ほどまでの狂ったような威力の魔法ではない、だが魔法を放つ前に、魔力強化を重ねがけしたらしいその一撃は、本来威力の勝るアリスのメギドラオンすらも凌駕し突き破り、そして劫火をばら撒き、そして俺とアリスを飲み込む。

 

「あう」

 短い呟きと共に、アリスがCOMPに帰還する。

 アリスは火炎属性が弱点だ、こんな威力の火炎魔法を受ければ一撃でやられるだろうことは予想できていた。

 アリスと俺は真琴と同じように、COMPを介さない契約を結んでいる。

 だから下手にアリスがやられれば、こちらにまで被害が及ぶ可能性もあったのだが、COMPを間に噛ませることにより、現状そう言った問題は解決している。正確にはアリスの耐久の限界を迎えると、COMPが自動的に帰還させてくれるのだ。

 契約の後付とでも言うのか、そう言った多少の誤魔化しは効く。そう言った意味で、このCOMPは凄まじい技術で作られていると思う。

 

 まあソレはさておき。

 アリスは火炎属性に弱い、それはある意味どうしようも無いことである。だから逆にサマナーである自身は耐火炎装備をつけている。上着の下に着込んだ断熱服もそうだし、こっそりと身につけているアクセサリー類の中に火炎属性を弱体化させる効果の装備もある。

 仲魔がやられてもサマナーが生きていれば戦闘は続行できる。だからサマナー諸共倒されるのだけは最悪だ。そう言う意味で火炎属性に耐性を持つ装備をしておくのは、俺にとって必須だった。それ以外の属性なら、大抵はアリスを前面に押し出せば、レベルの差で防げることが多い。

 どういうわけか先ほどまでの炎には全く機能しなかったのだが、どうやら今の魔法には通用したようだった、ほとんど魔法を遮断してくれたお陰で、ほぼ無傷でいられる。

 

 だが代わりにアリスがやられたことで、俺の仲魔は居なくなった…………が、問題は無い。

 後でアリスに文句を言われそうだが、メギドラオンが効きづらい敵と言う時点で、最早アリスでは火力不足だ。

 まあかと言って俺で火力が補えるか、と言われても微妙だが。

「ほら、取っておきの鉛玉だ、たっぷり味わえ」

 氷結属性の篭った弾丸を撃つ。撃って、撃って、撃ちまくる。

 大したダメージにならないことは理解している。だがこれで動きは止まる。

 

 そうして懐から、ここまでどのタイミングで使うか悩んで、結局使えずじまいだった魔法石(ストーン)

 本来よりも威力は低いため切り札と呼べるほどの威力にはなりづらい。

 だが。

 

「これで終わりだ」

 

 すでに魔法の暴発による自滅で十分に弱っており。

 

「ブフダインストーン」

 

 威力が下がった、とは言え、弱点属性の最上級魔法の込められた魔法石ならば。

 

「ヒーーーーーーーーホーーーーーーーーーーーーーーー」

 

 十二分にこいつを打ち倒せる。

 

 放たれた魔法に撃たれ、ジャックランタンがついにぽてり、と地に落ちる。

 

 そうして再び起き上がることは無かった。

 

 

 * * *

 

 

 そうして倒したはずなのだ。

 だが異変はその翌日に起こった。

 当たり前だが、途中で真琴が守ってくれたとは言え、一度はあのジャックランタンの劫火を真正面を受けた俺は全身火傷、臓器類も肺など一部焼け付いていて、正直体内に高濃度のマグネタイトを蓄積したデビルサマナーでなければ死んでいてもおかしくないレベルの負傷をしていた。

 活性マグネタイトの濃度が濃い人間と言うのは、それだけ人から悪魔へと存在が近づく。故に悪魔のごとき身体能力や頑丈さ、異能などを獲得していくのだが、とにかく常人なら死ぬようなレベルの損傷でも、そこそこのレベルのサマナーである俺は地上まで戻る程度の気力は残していた。

 とは言うものの重傷には違いないのだ、地上に戻り、キョウジに連絡をつけると、ヤタガラス経由ですぐに病院に運ばれ治療を受けた。

 

 魔法の治療は確かに強力だし、即効性もあるが、それで何もかも解決するわけでもない。

 程度にもよるが、俺の場合、臓器のダメージが酷いらしく半年程度は様子見もかねて入院することになった。

 とは言っても、実際には二、三ヶ月で通院に切り替えれるらしいが。

 

 そうして病院のベッドで先ほどまで命を賭けていた緊張感、そして真琴が無事だったことによる安堵感、そしてようやく安全ば場所に居られると言う安心感から気が抜け、丸一日眠っていたらしい、目が覚めるともう日付が変わろうかと言う時間帯になっていた。

 

「…………夜。今何時だ」

 

 携帯を開き、自身の覚えている日付と一日のずれがあることに気づく。

 丸一日眠っていたと気づいたのは直後。

 

「…………ふむ」

 恐らくだが事件は終わったと見ていいだろう。

 一安心、と言ったところか。

 だが一つ気がかりもある。

「真琴はどうなった?」

 自身の守るべき対象である彼女がどうなったのか、知りたくて、携帯で電話をかけようとして。

 

 見知らぬ表示が出ていることに気づいた。

 

 contract

 

 和訳するなら、約束、否、契約、と言ったところか。

 そして、ふと視線を感じ顔を上げると。

 

「ヒーホー! お目覚めかホー!」

 

 カボチャ頭の悪魔がそこにいた。

 突然のことに一瞬固まるが、すぐ様拳銃を探し。

「待った、待った、待つんだホー! オイラもう何もしないホー」

 その言葉に動きを止め、ジャックランタンへと視線を向ける。

 その俺の様子に、自身の話を聞く気になったのだと取ったランタンが口を開く。

 

「オイラと契約しないかホー?」

 

 瞬間、手元の携帯…………COMPが再び表示を変える。

 

 contract?

 

 Yes No

 

 契約。と言う言葉にすぐに気づく。

 要はこの悪魔は自身を仲魔にして欲しいと言っているのだ。

 極稀にだが自分からそう言う悪魔がいることは知っている。

 だがそれは自分が殺されそうな時に、仲魔になることで助かろうと言う命ごいのようなものだと思っていたので、すぐに気づけなかった。

「…………どうして?」

 そうして数秒考え出た言葉がそれだった。

「どうしてかホー?」

「他にもサマナーならいるだろ、どうして俺なんだ?」

 そんな俺の問いに、ランタンが笑って答える。

「助けてくれた礼みたいなもんだホー!」

 

 その意味が分からず首を捻る俺に、ランタンが説明をする。

 何でも、ランタンは気づけばあの場所に居て、自分が何なのか分からなくなっていたらしい。

 要するに自身が何の悪魔なのか、自身を構成する要素である悪魔の概念を抜き取られていたらしい。

 それでも消滅しなかったのは何故かは分からない。そしてそこでランタンは何かをされていたらしい。

 何をされていたのか、それはランタン自身も知らないが、その何かをされた結果として、自身の中に次々と知らない情報が流れ込んできて、段々と自我を保てなくなっていったらしい。

 気が狂って暴れまわっていたその時、やってきたのが俺たち。

 そして俺の放った弾丸、それによって暴発したエネルギーはランタンを飲み込み、その衝撃でランタンに取り込まれていた情報がほとんど消え、そしてジャックランタンとして概念をどういうわけか取り戻したらしい。

 

「だとして、最後に俺たちを襲ったのは?」

「試したんだホー。オイラをここまで追い詰めたサマナーがどんなやつか、面白そうなやつなら付いていくのも楽しそうだと思ったホー」

 

 で、その結果、御眼鏡にかなった俺のところに来たらしい。

 

「と言うわけでオイラも仲魔にしてくれホー」

 

 その言葉で締めくくられたランタンの説明に、さてどうするか、と悩み。

 けれどすぐに悩む必要が無いことに気づく。

 

 俺自身求めていたではないか。

 

 アリスと並ぶほどの、強力な仲魔を。

 

 それが相手から契約してくれと言っているのだ

 こんな好都合なこと無い。

 

 だから、俺も口を開く。

 

「俺の仲魔になれ、ジャックランタン」

 

 その言葉に、ジャックランタンが笑い。

 

「妖精ジャックランタン! 今後ともよろしくだホー」

 

 そうしてその日、俺に二体目の仲魔ができる。

 

 こいつの相方、ジャックフロストを仲魔にするおよそ半年前の出来事である。

 

 

 




番外編完結です。長かったなあ(
真琴関連の話が中途半端で終わってますけど、これで修了です。
多分きっといつかそのうち、真琴が本編で出てきたら、その時また語る…………覚えてたら。




妖精 ジャックランタン(狂)

LV80 HP3480/3480 MP2290/2290

力51 魔105 体41 速67 運75

弱点:氷結
耐性:破魔、呪殺、万能
吸収:火炎

特徴:炎食い

マハラギオン、アギダイン、マハラギダイン、メギドラオン
ディアラハン、マハマカカジャ、火炎ハイブースター 獣の眼光

備考:メギドラオンは核熱属性。
炎食い 火炎属性攻撃を受けた時、その攻撃を吸収。次に使う火炎属性(もしくは核熱属性)攻撃の威力を上昇させる。



邪龍 “暴威の怪物”テュポーン

LV90 HP8260/8260 MP1200/1200

力138 魔78 体121 速45 運67

弱点:電撃
耐性:火炎、氷結、核熱
無効:破魔、呪殺
反射:衝撃

毒かみつき 暴れまくり マハラギダイン マハザンダイン
マハタルンダ その他不明

備考:暴威の怪物 ギリシャ神話最凶の怪物。詳細不明。
異世界の悪魔 異世界より招来された悪魔。この世界には無い核熱に対する耐性を持つ。その他不明。

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