胎動する。地下がざわめき立ち、振動する。
ゴゴゴゴゴ、と言う音と共に揺れる足場。
「っ、なんだ?!」
突然の揺れにバランスを崩し、転びかけるが、何とか持ち直す。
とすぐ様、足元に眠る真琴を引き寄せ、腕の中に抱き寄せる。
COMPをいつでも使えるように手をかけ、周囲を警戒する。
変化はすぐに訪れた。
ゆらり、と視界の先、前方にゆらめく黒い影のようなものが現れる。
それが何なのかは分からない、
陰は周囲の変化に一切気を止める様子も無く、ただじっと佇んでいる。
安全なのか、それとも危険なのか、その判別がつかず、迂闊に動けない自身の見つめる先で、さらに変化が起きる。
部屋の中央、エレベーターからさらに上に伸びる柱が光る。
今現在何が起きているのか、これから何が起こるのか、それすら分からないままただ見るだけしかできない。
一人なら良かった、逃げ伸びるだけの自信はあった。
だが腕の中には真琴がいる、気を失ったまま動かない彼女の存在が、俺の行動を著しく制限させていた。
そうして佇んだまま動かない俺と陰をけれど状況は待ってくれない。
発光する柱から突如光の塊が飛び出す。
まるで人魂のようなそれは柱から飛び出し、そして陰へと向かう。
そして陰に光が触れると同時に、陰が一瞬淡い輝きを見せ、そして僅かにその色を濃くする。
そしてそれを皮切りに次々と飛び出していく光、そしてそれを受けるたびに色をそしてその輪郭を濃く、はっきりとさせていく陰。
三十秒もしないうちに、黒く
「あじぃおq4にぃぽhsんりおyんhksrnyklgね3ちおあghぴおrshにygんれwkyんhけtんヵえんrtqtgwsろhんwrsんろういwんgほwんsろgんq3hんt5いw45hんりおえwな」
狂ったような声で、狂ったように、言葉ともつかない言葉を発するソレ。
頭に被ったトンガリ帽子、体をすっぽり覆うマント、そして特徴的なカボチャ頭と手に持つランタン。
妖精ジャックランタン
と、呼ばれる悪魔にそっくりな外見を持つ――――――――
――――けれども、まるで別物な異質な怪物。
揺らぎも、翳みも、滲みも無くなり、はっきりとした形としてソレが現れる。
と、同時に、その目に光が灯る。歪に動く口が弧を描き。
「yhtおうg日psrhんびぽsんりぽhんwせいyないおんtがいおせbんtじょあべこんtヵdmgあhksrhdhでぃあひひsdlきひひひひひひひひひひひひひひひひひひヒヒヒヒヒヒヒヒhイヒヒヒhいひっひhいひひいひひひh」
また狂ったように叫び、そして笑いだすと同時、動き出した。
「アリス!!!」
ジャックランタンが何かしようとするより一瞬早く、COMPを操作し、アリスを呼び出す。
「吹っ飛ばせ!」
「メギドラ」
召喚されたアリスが魔法を放つ、と同時ジャックランタンの持つランタンの火が輝きを増す、そして。
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒhイhイhイヒヒヒひひひひひひひひひひhヒヒヒヒヒヒhいひh」
メギドラオン
瞬間、何もかもが消し飛ぶのではないかと言うほどの莫大な熱量が空間を焼き尽くした。
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒhいひいひひひひひひヒヒヒhいひひひひひヒヒイヒヒヒヒヒヒhイヒhイヒヒhイヒひっひひひh」
焼け焦げた空間で、狂ったようにジャックランタンが嗤う。
闇に覆われていた空間は今現在、燃え盛る炎に照らされていた。
そしてジャックランタンの窪んだ目の光が、ソレを捉える。
床にぽっかりと空いた穴。
その意味を考えるより早く。
「――――――――」
何かが聞こえ。
そして足元の床が弾けた。
* * *
「…………っくそ…………ったれ」
焼け焦げる肺腑が体の内側から痛みを発する。
けれど全身はそれどころではない。生きているのが不思議なくらいの全身の火傷。
否、並の人間ならもう死んでいる。活性マグネタイトを取り込んだデビルサマナーだからこそ生きてる。
それでも被害は甚大だ。
直撃したわけでもない、ただの余波に過ぎない程度の熱波でこのザマである。
「…………化け物が」
毒づき、腕の中の真琴を床に転がらせる。
「だいじょーぶ? さまなー」
こちらを気遣う様子を見せるアリスに、少し考え、けれど頷く。
「問題無いことも無いが、それでも致命的にはまだ程遠い。それよりそっちは?」
「ぎりぎりでもどされたからだいじょーぶだよ」
アリスのその言葉に、安堵の息を吐く。
そもそも、アリスが放った魔法はジャックフロストを狙ったものではない。
当たり前のことだが俺は真琴と言う護衛対象を抱えたままあの狂ったような明らかな異常を見せる悪魔と戦う気なんてさらさら無かった。
だから最初から考えていたのはどうにか逃げること。
だから最初に魔法は足元、床を狙ったものだ。
それが功を為した。ジャックランタンのあの魔法の威力、直撃すれば一撃でお陀仏だろうし、アリスですら耐えれないだろう。
あまりにも異常な火力。そもそもジャックランタンと言えばレベル二十前後の悪魔のはずだ。こんな壊滅的威力の魔法を撃てるはずが無い。
だが実際には撃ってきている。理由は知らないが、相当に高レベルなのは間違いない。
アリスの魔法で穿った穴から落ちた先、エレベーターの行き先に途中階層が無かったせいでいまいち確信できず不安だったが、どうやら一つの下の階層がちゃんとあったらしい。
高さは五メートルほど。少なくともマグネタイトで強化された簡単に人間が死ぬような高さでもない。
穴に落ちていく中、敵が魔法を発動させるより先にアリスを帰還させる。そして穴に落ちて、すぐに上階から溢れ出た炎が穴から下層にまでやってきたが、それでもその威力を大幅に減衰させ致命傷に至るほどの威力は無くなっていた。
そして魔法を防ぎきると同時、再度COMPを操作、恐らくまだ動いていないだろう敵の真下に向けてアリスのコンセントレイトからの最大威力のメギドラオンを叩き込んだ…………のだが。
「ヒヒヒヒっひひひひhヒヒヒヒヒヒヒヒひひひひひhヒヒヒヒhヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
再び聞こえてくる狂ったような嗤いに、自身の最大の一撃がたいした威力にならなかったことを悟った。
* * *
「結局のところ、お前は何がやりたい?」
キョウジのその問いに、けれど王は鼻で笑って返す。
「お前には分からんよ、例え一生を費やそうとな」
最早戦う力も残されていない両者。だから言葉を交わす以外にやることはないのだと二人は互いに口を開いていた。
「処分とはなんだ、あの場所で何をやった?」
そんなキョウジの問いに、王が一瞬口を閉ざす、そして逡巡するように間を持たせ、やがて口を開く。
「あの場所にかつて何があったか、貴様を知っているか?」
その問いにキョウジは数秒思考を巡らせ、やがて思い出したのか王のほうへと向いて口を開いた。
「あの場所、駅か…………確かかつては何らかの工場があったと聞いているな」
その答えに、王がほう、と呟き笑みを深くする。
「存外よく知っている、伊達に街の守護をやっていないと言うべきか」
良いだろう、と王は呟く。
「気が変わった、少しだけ俺の目的を語ってやろう。と言ってもお前には到底理解できないだろうがな」
そうしてその笑みを一瞬消し去り。
「反万能を作っていたのだよ」
王は言う。
「反万能、つまり万能属性に耐性を持った存在と言うのはあらゆる悪魔を探してもその数は恐ろしく少ない」
それが何故か、と考える前に。
「万能属性とは一体、何だと思う?」
火炎属性なら火つまり熱さ、氷結属性は氷つまり冷たさ、電撃属性はそのまま電気、衝撃属性は風など属性は一体何の力を元として使っているのかを示している。。
破魔属性、呪殺属性など多少特殊ではあるが、名前からまだ検討の付く範囲ではある。
だが、万能属性とは一体何であろうか?
万能属性はほぼ全ての悪魔に通じる、だから万能。
それが一体何の力なのか、知るものは少ない。
炎であるか、否。
氷であるか、否。
雷であるか、否。
風であるか、否。
破魔…………つまり祓であるか、否。
呪であるか、否。
だったら一体、万能属性とは何だ?
「答えは…………神の力だ」
神、その辺にいる悪魔たちもまた元を正せばそれぞれの土地で神と崇められていたものたちもいる。
だがそれとは違う、一線を画す神。
全ての悪魔と格を違える、別格の、たった一柱、唯一の神。
絶対なる者。
呼び方は様々ある。
だがそう考えれば万能属性がほぼ全ての存在に通用するのも納得の行く話だ。
絶対なる神の振るう奇跡。それを防ぐことのできる存在など早々居ようも無いだろう。
「だが、だとすると、どうして万能耐性なんて持つ悪魔がいる?」
神の力に対しての抵抗を持つ。そんな存在がいること事態がおかしいではないか。
だって神は唯一にして絶対のはずなのに、それに抗する者がいる時点で絶対ではなくなる。
「神はかつて、人を堕落させる八つの欲を戒めた。欲は七つの罪として後の世に伝わった」
「何故神はこれを戒めたのだろうか。人を堕落させるから? けれど神ならば戒めずとも人を悔い改めさせることくらいできるのはないか、もっと過激に言えば、この世から消し去ることだってできるのではないだろうか、もしくはそれらの感情を持たない存在を作ることだってできたはずだ、何せ人を生み出したのは神他ならないのだから。だとすればどうして神はヒトを作る時にそれらの感情を消さなかったのか」
一体どうして?
「それは」
それは――――――――
* * *
「ヒヒヒhイヒヒhイヒhいひひひひhjそいrgbhrgbdhし0へごいしょghs@おghsりおほいえhぐぃおghそんvsdfんhdちおhjにおえtj」
床に空いた穴からジャックランタンが飛び込んでくる。そうしてこちらを見つけた途端、また狂ったように何かを叫びながらそのランタンがまた輝き出す。
下層となっている空間は広い、ただ横方向に広いだけの何も無い空間が広がっている、だがあの威力の炎が溢れれば飲み込まれるのもまた事実だ。
出口らしきものは見えない。ここが何をする場所なのか、分からないだがとにかく逃げ場が見当たらない。
結局、対処法らしきものは先ほどと同じ。
「アリス!」
「メギドラ」
アリスのはなった魔法が床に当たり穴を開ける。
開いた穴に真琴を抱えたまま、滑り込むように入ると同時にアリスを帰還させる。
直後。
メギドラオン
何の魔法かは分からないが、劫火が部屋を燃やしつくし、穴から噴出した炎が俺たちを燃やそうとする。
「アリス!」
「メギドラ」
けれど二度同じことを繰り返すつもりは無い、迫り来る炎にアリスを召喚、その魔法で余波の炎を打ち消す。
そうして降り立った更なる下層は先ほどの何も無い空間とは違う、大量の機械に囲まれた場所だった。
「…………これまさかとは思うが」
ヤタガラスに調べてもらったこの駅の地下の存在。そして判明したのは過去この場所にあった施設。
信じられないことに百年近く前に原子力発電所が過去この場所にあったらしい。
勿論表世界では日本どころか世界中探したってまだ一つたりともそんなもの存在していない。
と言っても本当に原子力発電所なのかは分かっていない、と言うもの表向きはただの工場として扱われていたらしいからだ。だが当時搬入された機器や周辺の状況などからもしかしたら原子力を扱う施設だったのではないか、と言う予想が立てられていた。
そしてその工場が閉鎖されたのがいつか、実はそれもほぼ分かっていない。
吉原駅が移転した数十年前にはすでに無かった、と言うことは分かっているがそれ以前のいつ無くなったのか、誰が建物を解体したのか、持ち主は誰なのか、その辺りの情報が微塵も出てこなかったらしい。
正直言えば怪しい、と言うか怪しすぎる。
だがこれと言った情報も無く、ただ漠然と危険であると言うことだけは分かったままここにやってきたが。
地下に並ぶ施設、そして目の前の機器の数々。
これはもしかしていつの間にか無くなったとされる工場なのではないだろうか。解体したのではない、地下に移転させたのだとしたら…………。
誰がどうやって? と言う疑問はどうでもいい、この世の全てを知っているわけではないのだが、何からの方法で移転させたのかもしれないがその方法を一々考える意味も無い。
問題、この施設の数々の危険性。そしてこれからやってくるだろう敵の存在。
「ひひひひヒヒヒヒヒヒヒヒhいひひひひひhヒヒhイヒヒヒヒイイヒヒヒhいひひ」
上からやってくるこいつがここで迂闊に炎を出せば。
果たして自分たちが無事で済むのか、と言う問題である。
そしてそんな自身の内心を他所にけれど状況は推移する。
「…………う…………ん…………」
腕の中で少女が目覚めかけていることに気づかないままに。