ヤタガラスとは護国機関だ。
つまりその所属は国家となっており、それ故に裏世界のみならず、間接的には表世界においても大きな権力を持つ。
「…………本当に便利なこって」
ヤタガラスに連絡し、この吉原駅の更に地下の存在について、詳細に調べてもらう。
そうして、分かった地下への入り口へと向かう、その道中に駅の中に入る必要があるが、ヤタガラスに連絡しておけば、フリーパスだ。
一応俺はキョウジから依頼を受けてこの七不思議について調査しているので、ヤタガラスからのサポートを受けることが出来る。異界内の調査などでは事前準備と事後処理くらいにしか頼ることも無いが、表世界に関わる案件に関しては有ると無いとで大きな差だ。
「…………にしても、嫌な予感がビンビン強くなってくるな」
それがサマナーとしての経験則から来るのか、それとも…………■■■の影響なのか。
それは分からないが――――――――
「真琴のやつ…………生きてるだろうな…………」
とにかく今は急ぐしか無い。
* * *
死々累々。
状況を端的に表すならそれが最も近い表現だろう。
敵も味方も、ぼろぼろになりながら、それでも互いを警戒している。
呵呵と男…………王が笑う。
「あの三体を使ってまだ倒れんか…………つくづくふざけた強さだな」
「……………………ふん」
王の言葉に、キョウジが鼻を鳴らす。
だがふと思案顔になり、それから王へと問う。
「お前は…………この街で何をやろうとしている」
「何を、か…………」
そんなキョウジの問いに対して、意外にも王が少しだけ考える素振りを見せ。
「そうさな…………牙を作ろうとしているのさ」
「………………牙?」
「そうだ、牙だ」
最もお前には分からんだろうがな、と王がキョウジを見据え…………嗤う。
「だが失敗だなあれは…………■■■■を得たとしても、■■を宿さなければ何も意味は無い」
どうしてか、極普通に話しているはずなのに、王の言葉の一部が聞き取れない。まるでテレビに砂嵐が映るかのように、
そんなキョウジの様子を見て、王が僅かに眉をひそめ……………………落胆する。
「そうか、お前には理解できぬか…………」
それは先ほどまで戦っていた男から初めて透けて見えた生の感情。
そして、だからこそ分からない。この男が何を考えているのかが。
まあ、だからどうした、と言う話なのだが。
「何でも良い。だが俺の街で好き勝手やってもらったツケは払わせるぞ」
「…………くく、やって見せろ、葛葉キョウジ!」
僅かな休息を間に挟み、再び両者が激突を始めた。
* * *
階段の終端にあったのは、一つの扉だった。
鉄製で、自身の身の丈よりもさらに大きな両開きの扉。
手にかけ、ゆっくりと押す。
錆びた鉄がぱらぱらとこぼれ落ちながらゆっくりと扉が開く。
そうして扉の向こう側に見えたのは…………。
「…………………………なんだここ」
ブブブブブ、と言う震動音とガチャンガチャンと言う機械の駆動音。それと時々聞こえる蒸気の音。
何かの施設であることは分かる。だがこれが一体何の施設であるのか自身の知識では分からない。
一歩、足を踏み出してみる。カシャン、と金網状の床が音を鳴らす。
床がそんな状態なので、下の様子は良く見える。
そしてだからこそ、筆舌に尽くしがたい。
「……………………マジでなんだよこれ」
下はかなり奥の方まであるため暗く良く見えないが、何か広がった場所になっているようだった。逆に上は天井があるため上の階と言うのは無さそうだと推測する。
カシャン、カシャンと音を立てながら道なりに歩いていく。
道は左右にあったが、軽く歩いてみた結果、どうやら円状の通路になっているらしく、どちらから言っても結局戻ってくるようだった。
そしてその途中で気になったものと言えば、たった一つ。
部屋の中央に天井から下のほうまで伸びる巨大な円筒状の柱。
先ほど歩いた時に見た限りではその柱に扉らしき物が一つだけあった。
「………………行くか」
少なくとも、この場所に真琴は居ない。それだけは確かだった。
少し歩き、その扉らしき物の前で立ち止まる。
先ほどの扉と違い、ステンレス製の扉は錆び付いた様子も無く綺麗そのものだった。
「……………………胡散くせえ」
思わず呟くが、けれどこれ以外に行くあても無く、扉を開こうと思うが、けれど取っ手らしきものは無い。
と、言うか…………この扉の形状に見覚えがある。
扉の右側のほうを見る、すると一見して壁のように見えるが、一箇所だけスライドできる部分があり、それをスライドさせるとスイッチのようなものがあった。
「…………エレベーター?」
上と下、二つのボタンがある。まさしくエレベーターだ。
どうすべきか、数秒悩む…………だがすぐに決断を下す。
「行くか」
押したのは上。理由は簡単だ、もし上に何かいた場合、下に行けば逃げ場が無い。知らずに下に行き、下にも何か居ればそれだけで挟み撃ちに合う。少なくとも、逃げるのは容易ではない。
退路の確保はこの手のケースでは必須事項だ。
すでに入ってきた通路があるが、最悪のケースも考えて複数あるに越したことは無い。
逆に今上に行けば、少なくとも挟まれる心配は少ないし、最悪退路が無くともまたここに戻ってこれる。
個人的に今考えうる中で最悪なケースとしては、エレベーターが使えなくなる、と言うのがある。
特に、下に向かった後に使えなくなった場合、もしエレベーター以外の脱出手段が無いとかなり厳しいことになる。
もし上に向かって使えなくなっても、降りるのは比較的容易だ。通常の人間ならともかく、マグネタイトで強化された人間なら特に。壁走りとは行かなくとも、僅かな出っ張りを掴んで降りるくらいのことはできる。逆に上がるのはそれ相応の技術がいる、素人が簡単に出来るものでも無い。
まあ長々と考えたが、メリットデメリットを考え、さらに最悪真琴を担いで逃げる可能性を考えると迂闊に下へと向かうことは出来なかったのだ。
と、そうこうしている内に、エレベーターが上へと到着する。
このエレベーターの階層表示は非常にシンプルで、上、中、下の三つしかない。
つまり、もうこれより上の施設は無いと考えてもいいだろう。
そしてセオリー通りに考えるなら、ここが施設の入り口にあたるはずだ。
一体、どんな場所なのか。
多少の不安を覚えながらエレベーターの扉が開き…………。
出た場所は、開けた広い空間だった。
暗い。正直、エレベーターの明かりが無ければほとんど何も見えないかもしれないほどに暗い。
そしてエレベーターの明かりが差し込む先には何も見えない。それほどに広く、深い闇が広がっている。
「…………気配は、無いか」
少なくとも何かが動く気配は無い。ただ何か違和感がある。頭の片隅に何かが引っかかった感覚に気持ちの悪さを覚えつつ、けれどそれをはっきりと言葉に出来ない以上、一時置いておく。
地下という事で念のために用意しておいた懐中電灯の灯りを付ける。
照らされた範囲で見えたのは、床一面に転がる灰色の鉱石。懐中電灯の灯りに透かされ、一種プリズムのようなことになっているソレらは…………。
「非活性マグネタイトか…………いやそれにしては色がおかしいな」
マグネタイト結晶に良く似た形をしている、と言うCOMPのマグネタイトバッテリーが僅かながら反応しているあたり、これもマグネタイトだと思われる。
だがマグネタイトバッテリーに蓄積は出来ない、恐らく変質してしまったマグネタイト。何をどうすればこうなるのか分からないがまるで石のように灰色に染まったそれは、言うなれば石化マグネタイトと言ったところか。
そうしてマグネタイトについて考察していたからこそ気づく。先ほど感じた違和感の正体に。
「…………この部屋だけ濃いな」
マグネタイトの濃度がこの空間だけやたら濃いのだ。
この濃さはまるで異界だ。いや、ここまでにいたる経緯などを考えれば、とっくに異界化していてもおかしくはない。
一歩、また一歩とこの空間を進んでいく。方向は完全にあてずっぽうではあるが、エレベーターの位置だけは常に把握してあるので帰るのには問題無い。
しかしこうして歩いてみて思うのは、この空間の異常性だ。
足元には石化マグネタイトが転がっている。
そしてそれ以外には何も無い。
本当にただそれだけが広がっているのだ。
一体この場所がどういう場所なのか全く検討がつかない。
そうしてエレベーターのあった場所からしばし歩く。一分ほど経ったところで壁に突き当たる。
「…………そこそこ広いな」
エレベーターからここまで三十か四十メートルほど。恐らくエレベーターの反対側にもまだ空間が広がっていることを考えると、相当な大きさである。
取りあえず一度思考を脇に置いて、外周に沿って歩き出す。
どこに出口があるかは分からないが、あるとすれば壁伝いに外周を回るのは一番確率が高いだろう。
そうしてしばらく壁伝いに歩いていくと。
「…………あった」
端のほうに木製の扉が佇んでいた。
周囲を確認するが、敵の気配は無い。そっと近寄り扉をゆっくりと開き…………。
その向こう側に続く通路を確認すると一度扉を閉める。
「…………さて、どうすべきか」
呟いた、その時。
………………ん。
ふと、何かが聞こえた。
「………………………………」
ゆっくり、周囲を見渡す。懐中電灯で右を照らす、何もいない。正面を照らす、何もいない。左を照らす、何もいない。ではもっと奥を…………何も…………っ。
「っ!!」
一瞬、懐中電灯が何かを照らした。明らかに足元に転がる石ころとは違う何か。
咄嗟にCOMPを持ち、いつでも召喚できる体勢を取りながらゆっくりと懐中電灯をその何かへと向けて…………。
「っ、真琴?!」
そこに倒れ付した少女の姿に、目を見開き、すぐ様駆けつけ…………ようとして、立ち止まる。
周囲を確認する。敵の気配は無い…………少なくとも、自身たちが気づけるような気配は無い。
罠、と言うことは無さそうだ、すぐ様駆け寄りまず最初に呼吸を確かめる。
ゆっくりと上下に動く胸がまだ生きていることを証明する。
首の脈を計ってみるがいたって正常だ、どうやら単に気を失っているだけらしい。
見たところどこにも怪我などは無さそうではある、とにかく一安心と言ったところか。
そうして一つ、息を吐いた。
次の瞬間。
カチリ、と、
何かが
そうして――――――――
* * *
抉れた道路から剥がれ、転がったアスファルトの塊を邪魔だと蹴り飛ばす。
ごとん、ごとん、と音を立て転がるそれに見向きもせず、ただただ互いに睨み合う。
とは言うものの、互いにこれ以上に継戦能力は無いに等しかった。
仲魔は全て倒れ伏し、持てる力の全てを振り切って。
それでも互いが立っている、満身創痍で。
「…………………………」
「…………………………」
互いに睨み合ったまま動かない。否、動けない。
互いにもう全力を振り絞った結果、指一本動かせないほどに疲労してし、ダメージの蓄積で体にガタがきている。
互いに後一手が足りない。
騒乱絵札と自身たちを呼ぶ組織の頂点の一人、王と呼ばれる男とこの街の支配者たる葛葉キョウジが戦うのはこれで二度目だ。
一度目は完全なる引き分け。と言うよりはあれはお互い様子見だった。
ほんの僅かな攻防で互いが気づいたのだ、相手が自身と同等の力を持つ、紛れも無い敵であることに。
だからこそ、互いの限界を測っていた。お互いの底が見えるまで戦った。
戦って、そしてあっさりと退いた。
今のままではお互いを倒すには足りない、互いがそう感じたのだ。
そうして再び会うことを必然として互いを高め、手札を揃えて迎えた二戦目。
けれど結果はこの様である。
「…………くく、くくく」
そんな結果に、王が嗤う。キョウジは憮然とした表情で王を見つめている。
もう互いに殺しあうほどの力が残っているはずも無い。そんなこと、分かっているはずなのに。
まるでそれが最後の意地であるかのように、互いに隙だけは見せない。
と、その時。
カチン、と何かが填まった音がした。
瞬間。
視界の先、向こう側の橋辺りに光の
川岸から反対側の岸まで真っ直ぐ伸びるその光の線は、見れば川向こうの小学校のほうから伸び、そして街の中央…………つまり、駅の方へと伸びていっている。
「始まったか」
王がふと漏らした一言。それが目の前の男の仕業だとすぐに気づく。
「何をした」
そんなキョウジの言葉に、王が嗤い。
「処分だ」
そう告げた。
遅くなりました(土下座
いや、仕方無いのデスヨ。今年からわたくし、社会人となりまして、就職いたしましたゆえ。
引越しとか、引越し先のマンションのインフラ整備とか、ネット開通とか、そしたら就職した会社の入社式とか研修とか、色々あって執筆の時間が、ね?
まあそれはともかく、そろそろこの番外編も終わりに近づいてきてますね。
多分、あと二話か三話くらいかな? 長くても四話で終わる(多分