有栖とアリス   作:水代

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有栖とヨコマチ

 

 

「これで大体は回ったか?」

「んー、たぶん?」

「けど色々情報は集まったね」

 三人並び、異界内の街並みの一角で立ち止まる。

 異界内の悪魔たちを相手に話しを聞いたり、時に金を払い、時にぶちのめしたりしながら集めた情報から考えるに、どうやらこの異界内で何か起こっているのは確実だ。

 

「確か東区のほうだって言ってたな」

 

 この異界ヨコマチは現実の世界に似せて作られており、入り口のある南区、異界の主のいる北区、比較的非戦主義の多い商売っ気の強い西区、そして荒くれ者の多い東区と分かれている。

 今俺たちが調査したのは南区と西区。比較的穏健な場所とされているが、東区は違う。

 

「あそこは好戦的な悪魔が多い、真琴、お前どうする?」

 

 できれば連れて行きたくない。一応とは言え護衛なのだから、俺は。

 と言っても、こいつにそんなことを言っても無駄だろう。

 

「勿論行くさ…………何、いざとなれば切れる札に一枚や二枚はある」

 

 そう言って、頷く真琴に、そうか、とだけ呟き足を進める。

 止めはした。それでもついて来るなら自己責任だ。

 それに、この後輩は頭が良い、そのくらいの計算自分でも出来て、それでもついてくるならきっと大丈夫なのだろう。

「じゃあ行くぞ」

 そうして三人で歩いていく先は東区。

 

 この異界で最も好戦的なやつらの集落だ。

 

 

 * * *

 

 

「……………………妙だな」

 居並ぶ街並の中でも一際大きな通りを歩きながらふと呟く。

 そんな自身の漏れ出た言葉に、真琴が首を傾げる。

「妙って、何がだい?」

 真琴の問いに、その場で足を止め、周囲を見渡す。

 

 居並ぶ街並の一際大きな通り。間違いなくここが東区の中心通りだろう。

 

 だと言うのに。

 

「なんだこの静けさ」

 

 しん、と静まり返り、物音一つしない。

 俺はかつて東区に来たことがある。正確には、東区の端に足を踏み入れたことがある。

 だが、その時でさえ三歩歩けば悪魔が襲い掛かってくるような危険地帯だった。

 その中心地であるこの通りが、どうしてこれほど静まり返っているのか。

 

「アリス、何か感じるか?」

 

 そう問うてみるが、アリスはけれど首を振って返す。

「…………なにもかんじないよ」

 そうか、と零し、さてどうするか、と考えたその時。

 アリスがさらに一言、付け加える。

 

「なにもかんじないよ、ほかのあくまのけはいも」

 

 瞬間、体が硬直する。

 その意味を、一瞬理解できなかった。

 けれど、すぐに理解する。理解して…………けれど飲み込めず、思わず声が漏れる。

「…………はあ?」

 

 待て待て待て、今こいつなんて言った?!

 

「感じない? 他の悪魔の気配を? この異界の中で? 一切?」

 

 一つ一つ区切って尋ねる自身に、アリスがこくりこくりとその全てに頷いて返す。

 なんだそれは、この悪魔の巣窟で悪魔の気配が一切しない?

 十分過ぎるほどに異常事態である。

 

 この異界はだいたいレベル20前後の悪魔が集まる中級レベルのサマナー向けの異界だ。

 中でもこの東区は最もレベルの高い悪魔たちが揃っており、そのレベル25に迫る。

 そんな場所で悪魔の気配が一切しない。

 

 それはつまり。

 

「……………………アリス、本当に気配が無いんだ? 一切」

「ないよ、サマナー」

 

 恐れて逃げたと言うことだ。

 

 この異界で最も好戦的な連中が。

 

 ここに在る何かに。

 

「…………………………真琴、注意しろ」

 

 何があるか分からないぞ、そう言おうと振り返り。

 

「了解だよ、アリス先ぱ……」

 

 その後ろで手に持った武器を振り上げる悪魔の姿を見て――――

 

「っ?! 真琴!!!」

 

 ――――咄嗟にその手を引いた。

 

 ぶおんっ、と風を切る音が直後に聞こえる。

 だがそれに構わず、腕を引いた真琴の腰を抱えたまま後退する。

「アリスッ!」

「マハムドオン」

 アリスの足元に青黒い光で描かれた陣が現れる。

 それが一層強く輝く、だが悪魔はそれをものともせず再度武器を振り上げる。

 

「っ、呪殺無効かよ…………厄介な」

 

 一度アリスを後退させ、その隙を補うように手にした拳銃が銃弾を吐き出す。

 一発、二発では大して効いた様子も見せない悪魔だったが、三発、四発、五発と突き刺さっていく弾丸に、(たま)らず後退した。とは言うものの、煩いだけで大して効いた様子は見せない。

 

「んで…………銃撃耐性か」

 

 こちらの手札の半分以上が封じられたことになる。厄介な相手だ。

 そして何より、この悪魔は…………。

 

「オンギョウキ…………なんでこんなところに居やがる」

 

 妖鬼オンギョウキ。レベル80近い大物悪魔だ。

 恐らくレベルだけで言えば、アリスを超える。

 こんなやつが異界の中にいれば、それは確かに東区の悪魔たちでも逃げ出すだろう。

 

 悪魔オンギョウキがじっとこちらを見つめる。

 

 その空虚な瞳からは何の意図も伺えない。だが目の前のこいつは確かに一つの意図があって動いている。

 

 即ち、俺たちを殺そうとしていることは間違いなかった。

 

「アリスッ」

 後手に回れば性能の差で押される。

 だが真琴と言う護衛対象がいる状況で後手に回るのは望ましくない。

「メギドラオン」

 だから最大手を最初に叩きつける。

 黒紫色の光がオンギョウキを飲み込む。直後に起こる、異界を震わす大爆発。

「悪いが、これで終わらせる…………アリス!」

 俺の呼びかけに応え、アリスが魔力を、精神を研ぎ澄ませる。

 そこに生じる隙は、土煙の中に隠れたオンギョウキへと銃弾を放つことでカバーする。

 だが銃撃に耐性のあるオンギョウキはそれでは止まらない。

 ほんの僅かな停滞を生むことはあっても、それでその前進を止めることはできない。

 

 だがそれで十分だ。

 

「アリス!」

 研ぎ澄まされた精神が、魔力が、一瞬のみながら爆発的な魔法の威力を生む。

「メギドラオン!」

 極限集中(コンセントレイト)による、爆発的に威力を高めた破滅の黒紫光(メギドラオン)がオンギョウキを飲み込み…………。

 

 そのままその姿形を塵にまで消し飛ばした。

 

 

 * * *

 

 

 オンギョウキを倒した俺たちは一度異界の外へと出てきていた。

 薄暗い地下。本来下水道として作られた場所は臭気が篭り、不快な様相を呈している。

 あの後、オンギョウキを倒した跡には何も無く、大量に集積されたマグネタイトだけが、その存在の証明をしめしていた。

「…………しかし、また有りえないほどの高レベル悪魔が出てきたな」

 これで二度目である。一度目は校庭にいたチェルノボグ。だがあれとは違い、こちらのオンギョウキはそのレベル通りの強さを持っていた。魔人などと言う規格外がいたため何とかなったが、普通のサマナーなら敵うような相手ではない。

 下手すればこちらだってやられていた。少なくとも、アレを相手に確実に勝てると言い切れるのは、この街ではキョウジだけだ。

 

「それに、何故か動きが遅かったしな」

 

 最初に一発目、真琴を狙った攻撃もそうだ。あのタイミング、すでに武器を振り上げていたあのタイミングで真琴の腕を引いて避けることが出来たのは、一重にオンギョウキの動きが遅かったからだ。

 パワーだけなら確かにレベル通りだったが、その部分は確かに劣化していた。

「やっぱりあいつも…………校庭にいたチェルノボグみたいに…………」

 思考する、思考する、思考する。

 

 そうして考えてみれば、始まりの交差点での一件。

 その実あの時から兆候はあったのではないだろうか?

 レベルを考えて、別物だと考えていたが、よく考えてみれば同じ七不思議なのだ。

 

 地上へと繋がる格子を上り、マンホールを開くとビルとビルの隙間から覗く裏路地。表から死角となったその場所に出てくる。

 真琴に手を貸しながら二人して地上へと上がると、すでに空は暗んでいた。

「もう遅い……か……。今日はここまでだな」

「そうだね…………本当はこのまま続行したいところだけど」

「ダメだ…………夜は悪魔も活発になるし危険だ。それに…………今日のこと、少し考えを整理したいしな」

 そんな俺の言葉に真琴が、そうだね、と頷く。

「確かに今日は色々あったし…………うん、帰って色々考えてみるよ」

「ああ…………頼んだぜ、名探偵」

 そんな自身の言葉に真琴が苦笑し。

 

「まだまだ…………未熟者だよ」

 

 そう言って去って行った。

 

 

 * * *

 

 

 暗い夜空。その中にあって煌く星々。

「…………ふう」

 一人煙草を吹かしながら、男、葛葉キョウジは佇んでいる。

 もう夜半過ぎだと言うのに、いつものスーツ姿で左手で煙草を(もてあそ)びながら右手で携帯を(いじ)っている。

 場所は吉原市を縦断するように流れる境川にかかった橋の一つ。

 後方では行き交う車のランプがキョウジの背を照らしていた。

 

 コツン

 

 そんなキョウジの方へと、

 

 コツン

 

 大柄な男が歩いてくる。

 

 コツン

 

 そうして、

 

 コツン

 

 キョウジの背後で立ち止まる。

 

「………………来たか」

「…………………………ふん」

 

 キョウジの呟き、男が鼻を鳴らす。

 

「やはり貴様か、葛葉キョウジ…………俺の目論見を邪魔しようとするのは」

「やはり貴様か、(キング)…………俺の街で好き勝手やってくれているのは」

 

 キョウジが振り向く。そこにいたのは予想通りの男。

 かつて一度だけ戦い、そうして引き分けた自身の知る中でも最強と呼んで相違無い存在。

 

 互いに目を細め、そっと呟く。

 

「「召喚(サモン)」」

 

 そうして、一つの戦いが始まる。

 

 

 * * *

 

 

 一体自分は何をしているのだろうか?

 地下へと下る梯子を掴みながら、七瀬真琴はふとそんなことを疑問に思う。

 二人で異界から抜け出し、時間的にも遅いので解散。

 ここまでは良かったはずだ。

 だがその帰路に見てしまったのだ。

 

 あの旧ビジネス街で見たモウリョウの姿を。

 

 そこは駅だった。

 街の中央にある駅は、学校帰りにも良く通っているが、けれどこれまでに一度も見たことが無かったその異常に、探偵としての勘が疼く。

 そうして後を付けていけば、高架下、薄暗いその道の半ば、モウリョウは地面へと吸い込まれるように消えていった。

 周囲に人影は無い。当たり前だが、どんな人の多い駅だろうと、必ずどこか人のいない場所と言うのはある。

 特にここは駅の中では無くその途中、しかも夜だ。

 自然と周囲はシンと静まり返っていた。

 

 この下がどうなっているのか、そんなことは分からない。

 いくら探偵でも、さすがに微塵も知らないことを推察することは出来ない。

 

 だから。

 

「お願い、クロケル」

 

 その名を呼ぶ。

 

 瞬間。

 

 真琴の背後から、バサァ、と羽ばたく音が聞こえる。

 振り返った真琴の視界に、一人の少女が現れる。

 腰まで届く薄い金糸の髪がはらりはらりとたなびく。

 その目に宿る金の瞳が真琴を見つめ、そうして形の整ったその顔が微笑みを投げかける。

 異性ならば誰もが虜になるだろうほどの、まさに悪魔的な妖艶な姿。

 そして何よりも特徴的なのはその背に生えた白い翼だろう。

 

 一言で言うならば、天使である。

 

 彼女を見た誰もそれを認めざるを得ないだろう。

 けれど彼女は天使に有らざる者。

 

 墜天使クロケル、かつて天使で在った者。

 今はもう天使に有らざる者。

 

 それが真琴の持つ仲魔の一体であった。

 

「ふふ…………可愛い可愛い私のサマナー? さて、私に一体何を望むのかしら?」

 

 目が細められ、ニィと口元が吊り上る。

 楽しそうに、愉しそうに、クロケルは嗤う。

 

「この下に何があるのか、それを教えて欲しい」

 

 そう尋ねる、そしてその問いに彼女が笑う。

 

「さあ、何があるのかしら? その想像の翼をはためかせてみれば分かるのではないかしら?」

 

 どこか怪しさすら感じる、謎めいた口調で彼女が語る。

 

「ここは人の言う駅と呼ばれる場所よ? そんな場所の地下に何があるのか、そんなこと、あなたたちのほうが良く分かっているはずでしょ?」

 

 至極全うな口調で当たり前のように彼女(クロケル)が語る。

 だがそんなこと分かっている。そもそもこの下に地下鉄の線路があることなど最初から分かっている。

 

「だから、そのさらに下の話だよ」

 

 彼女は助言者だ。そして答えを求める物でもある。そして同時に自身の仲魔だ。

 助言者はあくまで助言者。必要以上のことを語らない。

 悪魔で助言者なのだから、時には人を騙す。

 だから彼女と会話するなら、質問するなら、彼女の言葉に隠された意図を見つけなければならない。

 

 そうして初めて、彼女はこの世界に隠された物事について口を開くのだから。

 

「ふふ、分かっているなら語りましょう、我が愛しのサマナー。そこは暗い部屋よ、狭くて広い、暗闇の箱庭」

「そこには何がある?」

「孤独が独りで待ち受けているわ。けれど今はもう独りではない」

「孤独とは?」

 

 そう尋ねると、クロケルの言葉が止まる。

 

「孤独とは……………………」

 

 数秒思考し、そうしてクロケルが笑う。

 

「それは、秘密ね」

 

 時間切れか、と内心で呟く。

 クロケルはあらゆる隠れされた物事について答えを与える権能を持っている。

 だがそれは答えることが出来ると言うだけであり、答えてくれるかどうかはクロケル本人の気分次第な部分がある。

 

 先ほども言ったが、クロケルは助言者だ。

 悪魔で助言者だ。

 助言者はあくまで助言者、必要以上のことは語らない。

 

 そしてどこまでが必要で、どこまでが必要以上なのか、それはクロケル本人の采配である。

 だからクロケルが答えることを止めた時、それを時間切れと呼び、それ以上の質問は重ねない。

 

 クロケルはこれ以上は答えないことを知っているから。

 

「ふふ、可愛い可愛い私のサマナー、しっかりと考えなさい。常に考え、常に備えなさい。目を見開き、瞬く間に消える真実を逃さないようにしなさい。考えなさい、理解しなさい、導きなさい。そうしていつか、契約を果たしなさい」

 

 そう言って、クロケルの姿が虚空へと消えていく。

 そこからの行動は迅速だった。

 地下鉄の下、そこに何かがあることは確実だ。

 そこに向かうためには…………。

 

「まずは地下鉄に降りよう」

 

 そうして駅へと向かって、足を進めた。

 

 

 

「…………と、ここか」

 地下鉄のホームに降り、そこからさらに別のホームへと移るための連絡通路。そこに見つけた隠し扉を開いた先にあった梯子。それを降りきると、そこは手狭な部屋だった。

 と言っても、扉も何も無い部屋は四方に通路が伸びている。

 自身が入ってきたほうを除いてもまだ三方。だが左右二方向はそれほど通路が無いらしく、部屋の中からでも奥に梯子が見えた。どうやら上へ上がるためのものらしいが、自身が入ってきたルート以外にも道があったらしい。

 そして正面の方向。そこだけは先が見えない一本道となっている。

 

「…………行ってみるしかないかな」

 

 正直言えば、危険だと理解できていた。

 何があるかもわからないのに、ろくに戦えない自身が護衛のいないこの状況でここまで来ること自体が愚の骨頂だと言うのに。

 理性的に考えれば今すぐ引き返して、彼を呼ぶべきだった。

 だが足が止まらない。目の前に迫った謎に、本能が引き寄せられる。

 

 探偵の血がどうしようも無く疼いた。

 

 通路を歩いていくと、緩やかに降りになっていることに気づく。

 さらに下へと下へと進んでいく。

 

「ここは一体何なんだろうね」

 

 明らかに駅にあるべき施設ではない。

 何故駅からこんな場所へと繋がっているのか。

 謎は尽きないが、その疑問は全てこの先にあるのだろう。

 

 そう考えているうちに、通路の終端へとたどり着く。

 

 目の前にあるのは扉だった。

 

 人一人が通れるくらいの大きさの木製の扉。

 

 ノブへと手をかけ、そして――――――――

 

 

 ――――――――ゆっくりと、扉を開いた。

 




多分あと2話くらいで終わり。それ終わったらマジメに四章書く。
実は8話くらいは書けてるんだけど、まだ3割ほどと言うね。
全二十話で納まるだろうか(震え声)
と言った有様(

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