有栖と学院
「…………はあ」
朝。開口一番のため息。
入院から早二週間。ようやく退院手続きが終わった日の明けて翌日。
平日と言うこともあって、自身も通う
「見られてるね」
俺の隣の席でクラスメート…………詩織がそう言う。こいつともう一人と合わせて小学校来の友人だ。
「…………はあ」
再度ため息。そう見られている。まだ入学一月だと言うのに早くも二週間の入院。それは注目されるな、と言うほうが無理だろう。
さらに言うなら一年前にも半年の長期入院をしたばかり、同じ中学出身のやつも多いこの学校でクラス内でもその話はすぐに広まるだろうし、これだけ良く入院するクラスメートに注目するな、と言うほうが無理だ。
「ま、高校デビューに失敗したって、俺らがいるだろ?」
そう言って気楽そうに笑うのは悠希。詩織と同じく小学校来の友人。
一言で言うならバカだ。良くも悪くも…………だが。
「にしてもいきなり入院とはな、去年もそうだったが、さすがに俺らも驚いたぞ」
「そうだよね、バイト中の事故ってメールにあったけど、もう大丈夫なの?」
小学生来の友人…………つまり、俺の両親が死ぬより前の友人である二人には、俺がサマナーであることは知らない。二人とも一般人であり、そもそも悪魔の存在すら知らない。
だからこそ悪魔と戦って大怪我しました、なんて言えず二人にはサマナーの仕事をバイトと偽り、その際の怪我を全てバイト中の事故で片付けている。
「っかし、有栖も良く怪我するよな。どんなバイトしてんだ? 危ない仕事なんじゃないだろうな?」
不思議そうに尋ねる悠希に適当に手を振って誤魔化す。
悪魔と戦う思いっきり命がけの仕事だ…………なんて言えないしな。
「あ、そう言えば有栖。お爺ちゃんが呼んでたよ?」
「ん…………そうか。なら昼にでも行ってみるわ」
「何の話だろうな?」
「入院のことじゃないかな?」
詩織の祖父はこの私立吉原高校の理事長をしている。んで、なんで学校の理事長が俺を呼ぶのか、と言えば。
「また悪魔ですか? 面倒な」
「第一声がそれか? まあいいがな」
学校と言うのは思春期の多感な少年少女が集まって一日の半分近くを過ごす場所だ。
当然ながらそう言った場所には非常に感情の揺らぎが溜まり易く…………マグネタイトが充満しやすい。
そして溜まったマグネタイトに釣られて悪魔が居つきやすい。
つまり学校とは悪魔が生まれやすく、また居つきやすい場所なのだ。
ただそれだけなら悪魔が出た時にサマナーがやってきて退治する…………その程度なのだが、この場所は違う。
何を隠そう街の周辺を巡る霊脈の交差点、霊穴の上に建てられている学校なのだ。
何でわざわざこんな場所に建てたのか、それはもう偶然としか言いようが無い。素人が霊穴のことなんて知っているはずも無いし、当時はちょうど終戦直後ごろで、国内におけるヤタガラスの力が弱まっていたことも原因としてある。気づいた時にはすでに遅し…………と言ったところか。
霊穴と言うのは地脈を走る霊脈の交差点、霊力と魔力の吹き溜まりのような場所で、術師でも無い俺には良く分からないが、とんでもない代物らしく、それはもう建てられて一年目で悪魔が発生し、ヤタガラスが介入するほどの事件が起こったこともあるらしい。
まあそれももみ消されてすでに無かったことにされているのだが…………。
と、言うわけで理事長たる目の前の爺さんはそんな学校の理事長を創立当初から務めており、当然ながら悪魔と言うものの存在を知っているのである。と言うかぶっちゃけ、最初の事件後からヤタガラスに所属している。
ついでに霊穴に何の守護役もいないのはさすがに不味い、と言うことで毎年ヤタガラス経由でクズノハからこの学校に霊穴の守役となる教師か生徒を何人か派遣しているのだが、ちょうど俺がこの街に住んでいると言う理由から、キョウジに命じられ、数年前からクズノハの一員でも無いのにそのお鉢が回ってきて、そのせいでこの爺さんとは知り合いになった。と言うわけだ。
因みにこの爺さん、詩織の祖父でもある。つまり詩織は身内が理事長を務める学校に通っている、と言うことでもあるのだが、しかし良くこんな危ない学校に通うのを許したのものだ。
「いや、今回の用件は悪魔がらみではない」
だが俺の予想をあっさり裏切り、理事長は首を振って否定する。
それから机の引き出しから数枚の書類を取り出すとこちらに見せてくる。
「明日から新しく、クズノハから守役が派遣されることになった」
「…………この時期に?」
新入生としてもしくわ転入生として、と言うなら少しばかり遅い気がするのだが。もうすぐ五月だ。
「事情があって、編入が遅れることになったらしい。キミの一つ上だ」
そう言われ、手元の書類に目を落とし…………固まった。
「……………………………………」
「クズノハからの希望でキミにその守役の補佐について欲しい、とのことだそうだが」
「……………………………………」
「知り合いか?」
「………………………………ああ、まあな」
搾り出した声はそれだけ紡ぐとまた口を閉ざす。
俺の答えになるほど、と手を打つ理事長。
「知り合いなら良かったじゃないか。では頼んだよ? ああその書類はキミに上げよう。どうせコピーな上に重要は部分は省いてある。ただの転入届の写しだしな」
そう言って動かない俺の背を押し部屋の外へ出すと。
「では、頑張ってくれたまえ」
ニィ、と笑って扉を閉めた。
「………………………………冗談だろ?」
後に残されたのはポツンと佇む俺と…………。
葛葉朔良、そう書かれた手元の書類だけだった。
「お帰り有栖。結局何のようだったの?」
教室に戻ると詩織と悠希が俺の席を囲んで弁当を広げていた。
「ああ、まあちょっとな…………ていうか、なんで俺の席で弁当食ってんだよ」
「いや、二週間も不在だったんで」
「ちょうどお弁当置くのに便利だったんだよね」
ねー、と息を合わせて答える二人に思わずため息を吐く。
「自分の席で食えばいいだろ」
「分かってないな、有栖」
「一人で食べる弁当なんておいしく無いに決まってるじゃん」
「「ねー」」
ねー、じゃねえよ全く…………と言う俺の意見を無視しながら、二人はいそいそと広げた弁当を片隅に寄せ僅かばかりの隙間を作る。
「俺にこのスペースで弁当を食えと?」
一人で使う用の机を三人で共用しているせいでそのスペースは非常に狭く、またため息でも吐きたい衝動に襲われる。
「まあいいじゃねえか、折角久々に三人揃ったんだ」
「…………まあ、それもそうか」
なんだかんだと八年以上続いている縁だ。この程度で目くじら立てるほどでも無いか。
「そうそう、だから有栖の弁当少し俺にくれ」
そう言ってひょい、と他人の弁当に箸をつける悠希に…………。
「ふざけんな。お前が寄越せ」
それを阻止しながら、悠希の弁当に手を伸ばす。
そうして繰り広げられる攻防に。
「騒がしいねえ」
文句を言いながらも楽しそうにそれを見る詩織。
そんな久々に平和な光景は。
「やれやれ、野蛮な連中だ」
背後から聞こえた声と共に止まった。
振り返る、そこにいたのは一人の男子生徒。
キザったらしい表情でこちらを見下すように見つめてくるその男子に、俺は首を傾げる。
「誰だ?」
「西…………? えっと、西なんとかクン」
「西野だ。覚えておきたまえ。まあ僕のような特別な人間の名前だ。いずれ忘れられない名前になるだろうね」
ふさぁ、と髪を掻き分け、微笑むイケメンくん。
なんというか……………………残念なイケメンだ。うん、言動が見ていてイタい。
「んで? その西田君が何の用だ?」
「西野だよ。それにキミたち程度に用は無い。僕が用があるのはそちらの詩織さんだけさ」
友達? とアイコンタクトしてみるが、全然、との答え。
交友も無いのにいきなり下の名前で呼ぶとか…………まああの性格ならアリそうな気はするが。
「どうだい? こんな連中ではなく、僕と一緒にランチにしないかい?」
ランチ、と言う言葉で思わず噴出しそうになる。見れば悠希も今にも笑いだしそうになっているが、西なんとかクンは俺たちの態度には気づかない…………と言うか眼中に無いんだろうな。
「えっと、私は別に…………二人と食べてるので」
「ああ、遠慮はいらないよ? さあキミたちも自分の席に戻りなよ。彼女は今から僕と食事するのだから」
ここ俺の席だよ、と言うツッコミが引っ込むほどの清清しいほどのテンプレ的小物臭に腹筋が痙攣する。
隣の悠希もぷるぷると震えており、笑いを堪えている様子がありありと分かる。
ただ当の詩織は人の話を聞かない西なんとかに困った様子だった。しかも俺たちは笑っい放しで頼りにできない。
「えっと、お断りします」
「本当に? そんなに恥ずかしがらなくても良いんだよ? さあ、遠慮しないで」
本当に人の話を聞かないな、こいつ。と思いつつ様子を見ていると、幾度か同じようなやり取りを繰り返した後。
「やれやれ、キミは相当のシャイなようだね。今日はキミに免じて下がるとしよう」
と言って教室を出て行った。
「……………………ぷっ、あはははははははは!!!」
「ぎゃははははははははは」
そして本人がいなくなったと同時に笑い出す俺たち。
「もう、助けてくれてもいいじゃん」
そして放置されたことに怒り、膨れる詩織。
実に平和な光景だ。
久々に心が洗われるような気がした。
ああ、ところで。
さっきの残念イケメン。
ふふふ………………ええ、もちろん。
やれやれ…………また面倒ごとか?
さあ…………ふふ、でもさまなーのことだからまたなにかあるとおもうよ?
勘弁してくれ…………そう心中で呟いた。
コーン
コーン
コーン
どこかから聞こえてくる音。
コーン
コーン
コーン
金槌で何かを叩くようなその音。
「…………………………」
聞こえてくるのは呪詛。
「……………………ぅ」
妬み、恨む、呪いの言葉。
「……………………る」
それが、何かを叩くような音と共に聞こえてくる。
「…………………やる」
強い感情。それは強いマグネタイトの匂いを伴い。
「…………殺してやる」
悪魔を呼び寄せる。
ケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ