有栖とアリス   作:水代

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有栖と小学校

 

 

 

 市立赤木小学校。

 十年ほど前に校舎の増改築を行い、けっこうな大きさとなった吉原市の西端に位置する小学校だ。

 生徒数は全校児童合わせて八百人程度だったはずだ、少なくとも俺の通っていた頃は。

 と言うのも、この近辺で小学校と言うのが余り無い。元々私立の小学校が多くあったらしく、そのせいかこの辺りに公立の小学校と言うものを余り作らなかったらしいのだが、その私立の小学校が次々と経営不振で無くなっていき、結局行き場の無くなった児童たちの受け入れ先に、新しい小学校を作るだけの土地の確保もできなかったので、現在ある小学校を拡張する方向で推し進められたらしい。

 現在は赤木小学校と、東端のほうにある東川小学校、それから吉原市と隣接する他市の小学校が近くにあるので、なんとか数を捌いている状態らしい。

 

「で、七不思議の一つがその赤木小学校なのか?」

 尋ねる言葉に真琴が、多分ね、と返す。

「それを実際に見に行ってみるんじゃないかい」

 真琴がそう言うが、正直気乗りしない。現在時刻四時過ぎ。今から見に行って帰るのならば問題無い、それほど警戒する必要も無いだろう。

 だが小学校…………学校と言うものが関わるだろう七不思議と言えば。

 

 学校の校庭に現れる死神

 

 これ以外に無いだろう。だが日中にそんなものが現れたなら当たり前だが、大騒ぎになる。何せ八百人もの人間がいる学校だ、どこかのクラスが授業で校庭を使っていてもおかしくない、誰かが通りすがっていてもおかしくない。だがそんな騒ぎはこれまでに無かった、と言うことは日中での目撃ではない。となれば目撃されたのは夜、しかもかなり暗くなってから、と言うことになるがだとすれば、そんな暗い状況で学校の校庭に何かいたとして、死神なんてものがどこから出てきたのだ。

 そもそもどこか嘘臭いのだ、学校に現れる死神だなんて、まず学校でそんなもの見たら最初に何かの見間違いかもしくは不審者を疑うべきだろう。にもかかわらず、警察が動いた様子は無い、学校内での問題ならともかく、不審者の類や事件の予兆などがあればすぐに警察が動く。直接的に学校に警察が来なくとも、見回りなどが増えるなど、明らかな兆候があるはずなのだ。それが無いということ自体、嘘臭い。

 さらに言うならば、学校の校庭と死神と言う共通点がまるで見当たらない。これが墓場で、と言うのならまだギリギリ繋がりも見えてくるのだが、そう言った類のものも無い。だったら一体、何を見て死神だなんて話が持ち上がったのか。

 一体この噂は誰がどんな状況で目撃して、どういう経緯で広まったのかが分からない。

 

 否、この話だけではない、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 考えれば考えるほどに胡散臭い、だが現実に昨日向かった旧ビジネス街の交差点では明らかな異常があった。

 だとするなら、他の七不思議も何かあるかもしれない、と考えるべきだろう。

「異常だったのは交差点だけ…………だったら楽なんだがなあ」

 そんなことあるわけない、自分の言葉を自分の直感が否定していることに、何故だか泣きたくなった。

 しかし、それにしても……………。

 

「死神、ねぇ…………」

 

 目を細め、真琴に聞かれないよう小声で、そう呟いた。

 

 

 * * *

 

 

「で? どうする気だ?」

 赤木小学校の手前にあるコンビニの駐車場の縁石に座り、買ったばかりの肉まんを齧る。ホカホカの皮の中から熱々の餡が出てきて身も心も温まっていくような幸福感がある。

 冬場に外で食べる肉まんは麻薬みたいな中毒性があるな、なんて思考の端で考えながら視線を動かすとそこには赤木小学校がある。

 最近の小学校と言うのはとかく不審者対策に厳しい。例えOBやOGでもあまり歓迎されないと言うのが実情である。

「普通に入っても多分追い出されはしないけど、長居はできねえぞ?」

 その僅かな時間で目的を達成できるか、と言われると厳しいと言わざるを得ない。

 それに、目的も無く何度も訪れていては、いくらなんでも怪しいと言わざるを得ない。

「まあボクたちの目的を考えるなら、普通に入ろうとしてもダメだろうね」

 真琴が小学校のほうを見ながら呟く。その手には先ほど買ったばかりのコンビニおでんがある。

 蓋を開けた容器の中にはタマゴが五つ、六つとごろごろしており、その他の具材は無い。好物が実に分かりやすい女である。

「まあ方法は二つだろうな」

 正攻法と、裏技。

 正攻法は暗くなってから忍び込む、いや、これを正攻法と言っていいのか知らないが、もう一つに比べればマシだろう。

 裏技として、キョウジに連絡を取って、ヤタガラスの力で学校に調査協力させる、と言うのもある。

 どちらにもメリットとデメリットはある。例えば忍び込むメリットは、何も無くても俺たち二人だけの話で済む上に、他人に干渉されずに済む。要するに、誰も巻き込まずにこっそりと調査できること。逆にデメリットは何か起こった時に、俺たちだけで対処しなければならない上に、もし不法侵入が発覚した場合、面倒なことになる点だろう。ヤタガラスの力を借りるメリットは、学校側に協力を要請できるので気兼ねなく調査できることと、いざと言う時ヤタガラスのフォローが入ることだろう。逆にデメリットは、何か起きる可能性が高い、と言うヤタガラスを動かすだけの理由付けが必要となることだ。さらに今から協力を仰いでいては、最悪調査が明日以降になる可能性もある。

 別に急いでいるわけではないが、ここまで来て帰れ、と言うのも癪ではある。

「やっぱ忍び込むか?」

「そうだね…………まだそこまで本格的な調査をしているわけでも無いし、それでいいと思うよ」

 話はまとまったので、暗くなるまではこの辺りで待機することにする。

 

 と言っても暇なので、時間潰しに真琴に尋ねてみる。

「真琴はこっちに来るまでどんなことをしてたんだ?」

「急にどうしたんだい?」

 人形のような容姿の少女を不思議にそうに小首を傾げる。それがまた可愛らしいのだが、狙って見せているのなら少々恐ろしいけれど、多分天然だろう。

「別に…………ただの時間潰しの話題だよ。真琴、と言うよりメイスン家ってのは今一何やってる家系なのか俺自身知らないからな、ただの興味本位だ、答えられないなら答えなくてもいい」

「んー、答えられないってわけでもないけど。そうだね…………僕自身はここ何年かはフランスにあるメイスンの分家で育てられてたんだよ」

「分家?」

「うん、ボクのお爺さん、メイスン家の初代とも言われるフォートレス・D・メイスンには二人の子供がいた。二人は兄弟で兄のオークス・メイスンが本家を継いだんだけど、弟のジェームズ・メイスンは分家として兄の補佐をしていたんだ、これが二代目メイスン…………まあつまり、今のメイスン家だね」

 頭の中で家系図を思い描く、と言ってもまだ登場人物は三人だ、簡単に想像はできた。

 ただ同時に疑問も浮かぶ、真琴自身それを察したのか笑って話を続けた。

「ボクは兄のオークス・メイスンの子供なんだけどね、オークス…………父さんには二人の妻がいた、一人はイギリス人女性エリザ・ヴァーレンタイン。そしてもう一人が当時留学でイギリスにやってきていた日本人、七瀬響子…………ボクのお母さん」

「二人の妻って…………イギリスって一夫一妻じゃないのか?」

 そんな自身の問いに、真琴が苦笑しながら頷く。

「と言っても、父さんはお爺ちゃんから貴族の称号と栄誉、そして役目を受け継いでるしね。裏の…………悪魔たちの世界と関わるなら、割と人間の法律ってのは無視される傾向にある。そもそも実際に結婚したわけじゃないしね、日本で言うところの内縁の妻、ってやつ? 正式に結婚してるのは、エリザ母さんだけだし」

 呟くその言葉に少しだけ驚く。今、エリザ母さん、と真琴は呼んだ。そこに特に感情は感じられない、いたって自然な口調だった。妻が二人、と言う部分になにやら暗いものを想像したが、少なくとも真琴とその正妻の仲はそれほど悪くないらしい。

「エリザ母さんとお母さんは留学時代の友人らしくてね、同じ人の妻になっても凄く仲が良かった。お陰で別の女の娘だって言うのに、エリザ母さんもすごくボクに良くしてくれてね、幼い頃は毎日楽しい日々だったよ」

 思わず無言になる。まだ十三の少女の口から語られる想像以上に重苦しい話に、表情を歪める。

 そんな自身に気づき、真琴がまた苦笑する。どうやらそれが真琴の癖らしい。

「ああ、ごめんごめん、こんなことアリス先輩には興味ない話だったよね。まあそんなこんなで幼い頃は楽しく過ごしてたんだけどね、五歳の時にお母さんが病気にかかってね、療養のためにフランスにある分家で養生することになったんだ。まだ小さかったボクもお母さんについていく形でフランスに渡った、そこで迎え入れられたのが父さんの弟、ジェームズ叔父さんの家だった」

 黙って続きを促す。そうすると真琴が少しだけ逡巡する。けれど一つ息を吐くと、やがて口を開く。

「少し話は変わるけどね、ボクのお母さん、七瀬響子は一般人だった。デビルバスターでも無い、デビルサマナーでもない、異能を持っているわけでもないし、特別な戦闘訓練を受けたわけでもない、そもそも悪魔となんら接点の無い普通の人だった。翻ってメイスン家は悪魔探偵、つまり裏の世界に関わる家業だ。最初は当然だけど軋轢があったらしいよ…………けど結局、父さんとお母さんは結ばれた。結果としてボクがここにいるわけだしね。で、まあ結ばれる条件みたいなのがあって、その中の一つが、ボクがサマナーとしての修行を受けること。ジェームズ叔父さんはボクにサマナーとしての戦い方を教えてくれた人でね、気難しそうな父さんと違って何かと大雑把で、それでいて大らかな人だったよ」

「真琴はサマナーとしての修行受けてたのか?」

 初めて知った事実に、真琴がまあね、と頷く。と言っても、手持ちの仲魔は二体、しかもあまり気軽には呼べなず、片方は特定の条件が無いと召喚自体を拒否され、もう片方は出す時は最低半年は動けなくなる覚悟がいるほど代償が厳しいらしい。

 ついでに言えば前者は戦闘向けでも無いし、後者は滅多に切れない切り札、とは真琴の弁である。

 

 ふと時計を見る。どうやら大分話し込んでいたらしい、冬の空はあっけなく日が沈む。気づけば辺りが暗い。

 

 時刻は五時半。もう30分もすれば真っ暗と言ったところか。

「そろそろ行くか?」

 自身の言葉に真琴も周囲の暗さに気づいたらしく、目をぱちぱちと数秒考え、頷く。

「と言っても正門から入るのも見つかるだろうしな…………」

 さすがに公立なので警備員がいるなんてことは無いが、早くから帰る教師などがいるかもしれない。

 まあさすがに小学校なので、学生はすでにいないだろう。

 一瞬、アリスに小学校の制服着せたらバレずに入れないだろうか、とか思ったが、脳裏にどこかの仲魔の少女の嘲笑が聞こえてきたのでバカな考えを頭から追いやった。

「裏門があるから、そっちから忍び込むか」

 そう提案すると、真琴が了解、と頷く。裏門はここから歩いて五分ほどのところにあり、南のほうに例の旧ビジネス街…………廃ビル群があり、周囲に人目がほとんど無いので、暗さも手伝って、忍び込むのは容易だろう。

 そうしてしばらく学校をぐるっと周るように歩き、裏門付近に着く。

 見たところ人気は無い、二人してなるべく音を立てないように裏門へと近づき、そっと中を窺う。

「誰もいない、今がチャンスだな」

 真琴と顔を合わせ、頷く。古びた裏門は鍵がかかっているが、それほど背が高くは無い、精々自身と同じくらいの高さだ。手をかけて、跳ぶ。あっさりと跳び越え、鍵を開く。錠前タイプの鍵でなくて助かった、と言ったところか。自身はともかく、真琴ではあの高さの門でも少々梃子摺るだろう。悠長にしていては人の見られる危険性も高まるし、見られた時に言い訳ができない。

 急いで真琴を中に引き入れると再び門に鍵をかける。学校の敷地自体は昔となんら変わっていないので、校庭目指して人の気配を窺いながら進んでいく。

 幸い道中に人は居らず、すんなりと校庭へとたどり着く。

 周囲は暗く、こちらの視界はうっすらと校庭が見渡せる程度だ。

 と言っても、何も無い校庭なので、それで十分とも言える。

「おかしな様子は無いな」

 そう呟くと、隣の真琴もこくりと頷く。

 まだ決め付けるのは早計と言うものだが、現状特に問題は無さそうだな。

 

 そう、思った瞬間。

 

 サマナー!

 

 脳裏に響くアリスの声。

 

 瞬間、はっと気づく。

 

 薄暗い暗闇の中にあって、尚(くら)い影。

 

「おいおい…………冗談だろ?」

 

 キノコの傘のような頭部に張り付いたドクロのような顔。

 黒い黒いローブ、そして手に持った鋭い長剣。

 

 名前と姿だけは知っている。

 

 実際に見たのはこれが初めてだ。

 

 滅多にお目にかかれるものじゃない。

 

 何せレベルにして六十を超えるアリスにも匹敵する怪物。

 

 名を。

 

「チェルノボグ……だと……」

 

 まさしく、死神である。

 

 

 




許可が出たので、自作吉原市の地図載せてみる。
30分で適当に作ったやっつけだけど、地理の把握の役に立てて欲しいところ。


【挿絵表示】

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