有栖とアリス   作:水代

50 / 103
実は昨日の夜中三時半ごろに必死で書いて3000字くらい言ってたという。


和泉と告白

 

 

「あーあ………………」

 呟きの声が夜空へと消えていく。

 こちらへ向かってくる彼を横目で見ながら、ため息をつく。

 やれやれ、と心の中で『私』が呆れているような気がする。

 決めたはずだ、全部話してしまう、と。

 ただの押し付けだ、全部話して私の気持ちを軽くしたいだけだ。

 そんなこと分かっている。ただ知っていて欲しい。

 私の過去を、私の本心を。

 だったらいまさら尻込みしてどうするのだろうか。

 

「よう…………調子はどうだ?」

 

 振り返る。そこに彼がいる。だからにっこりと笑って返す。

「最悪ね、こんな埃っぽいところからはとっとと帰って、熱いシャワーでも浴びたいわ」

 そんな私の軽口に、彼が苦笑する。彼の傍に彼女はいない、今頃COMPの中だろうか?

 正直、あまり得意ではないのでいないことにほっとする。

「ずいぶんと強くなったな…………いや、本来の強さを取り戻したのか?」

 少しだけ驚く。確かに自身のペルソナは強くなったわけではなく、元来の強さをようやく発揮できた、と言うそれだけの話だ。だがそれにペルソナ使いでもない彼が気づくとは思わなかった。

 今までペルソナが弱かったのは私自身が自分の気持ちに蓋をしていたせいで、自分の本質から目を逸らし続けていたせいで、自分の弱さを認めなかったからに過ぎない。

 だがそんな精神的な問題がペルソナの強さに直結する、そんな事実を彼はどうやら知っているらしい。

「よく知っているわね…………そうね、自分のルーツとでも言うものを知ったら、自分の醜さを見てしまった、そんなところかしらね」

「…………………………そうか」

 そうやって彼は話を流す。まあ半ば分かっていたことではあるが。

 そうやって結局、人の深いところには立ち入ろうとしないのだ。

 人を惹きつけるくせに、人に踏み入らない。だからこそ、惹きつけられたほうがもどかしいのだ。

 そして。

「聞いてくれる? 私の話」

「…………………………ああ、聞くだけならな」

 踏み入ろうとしないくせに、こちらから歩み寄れば囲い込んでくれる、だから卑怯なのだ。

 残酷なくらいに寛容だから、だからダメになってしまう。甘えてしまう。そして離れられなくなってしまう。

 けれど内に入れても手を伸ばさない。ただ思ったことを呟くだけ、ただその呟きが相手にとって欲しかった言葉であるだけで、本人は相手のことなんて考慮しているわけではないのだ。

 本当に…………恋愛なんて惚れたほうの負け、とはよく言ったものである。

 

 

 * * *

 

 

 クローン、ねえ。

 聞かされた和泉の過去。明かされた和泉の本心。

 だからどうだと言うのだろうか。

「お前を前にして言っちゃなんだが、クローンなんてこの界隈以外でも良く聞く話ではあるからなあ。だからどうした、ってところか」

 絶対に言わないが…………どうでもいい。そのことを悩んでいる和泉には言えないが、本気でどうでもいい。

 だって、出自がどうだからと言って、和泉が和泉でなくなるわけでもないし。

 そもそもそんなことを言えば、俺なんて前世の記憶持ちだ。最近話題に出ることは無かったが、転生なんてものを経験しているだけに、クローン程度、だからどうした? と言ってしまえる。

「まあ、出自の問題なんてこの界隈じゃ有り触れてて珍しくもねえよ。気にするな、とは言わないが、気に病むな」

 それに、すでに終わった話だ。考えたところでどうなるわけでもない。和泉に突然普通の両親が沸いて出てくるわけでもない。

 ただ問題は誤認して殺したと言う夫婦のことだが。

「お前は背負うんだろ? ならお前が決めればいい、その夫婦の子供…………お前のクローン元とやらにあったとき、お前がどうするのか。割り切るのか、償うのか、無視するのか、お前が思うとおりにすれば良い」

 しかしクローンねえ…………と言う事は、和泉にそっくりな誰かがいるのだろうか?

 まさか…………とは思っていたが。いや確定したわけではないが。

 まあその話は後でいいか。

「で、お前はこれからどうするんだ? その話を聞いた上で、だ」

 その問いに、和泉が数秒目を瞑り、そして答える。

「変わらないわ…………救われざるものに救いの手を。何も変わらない、私の出自がどうであろうと、あの時助けてくれた、差し出されたキミの手を、私は忘れられないから」

「………………………………………………そうか」

 律儀なことで、内心で呟く。どうせ口に出しても当たり前だ、と言われるだけだ。もう何度も繰り返したやり取りでしかない。

 

 

 * * *

 

 

 タクシーが赤信号で止まる。

 頬杖をついて窓の外を見る自身を、隣で詩織が心配そうに見ている。

「ねえ、大丈夫? 悠希、なんだか様子が変だよ?」

「ああ………………大丈夫、だと思う」

 そんな自身の生返事に心配の色を濃くする詩織だったが、それ以上自身が何も言わないのを悟ってか、ため息をついて追求を止める。

 悪い、とは思う。何も言えないのも、何も言わないのも。

 だが、知ってしまった以上、俺も有栖と同じだった。

 

 大事な友達を巻き込みたくない。

 

 詩織はまだ一般人の範疇にいる。一度は悪魔絡みの事件に俺と共に巻き込まれはしたが、俺のようにサマナーになる必要も無く、悪魔とは縁の無い生活を送ることができている。

 有栖も言っていたが、この世界は危険だ。いついかなる時、場所で命の危機があるかわからない。

 

 痛みを知らなければ人は何も学ばない。

 

 目の前で有栖が倒れた、そんな有栖に俺は駆け寄ることしかできなかった、焦って、パニックになって、犯人を見つけることも、助けを呼ぶこともできなかった。

 嫌だ…………あんな光景、もう嫌だ。だからこそ絶対に巻き込まないように、有栖はずっとそうやって生きてきたのだ。

 だから何も言わない、何も言えない。なまじ一般人でありながら、悪魔の存在を知っているからこそ。

 言えば関わる、知れば関わる。例えそれが本人が望もうと、望むまいとも。

 

 タクシーが止まる、俺の家、自宅の前。

「…………じゃあな。詩織、また、明日」

「…………うん、あの悠希?」

「何だ?」

「大丈夫?」

 詩織がそう尋ねる。街で習い事の帰りだと言う詩織と出会い、そうして無理矢理俺をタクシーに乗せたのは詩織だった。

 一目見て分かったのだろう、俺の異常に。長い間、有栖と三人でずっと過ごしてきたのだから。

 だからこそ、分かってしまうのだ、互いに異常に。

 そして、だからこそこう答える。

 

()()()()()()

 

 数秒、詩織と見つめあい、そして詩織がため息を吐く。

「そう、ならまた明日、学校でね」

 そう言い残し、タクシーは去っていく。

 全部分かってて、それでもあの答えか…………。

「ホント、いいやつだよ…………俺には勿体ないくらいに」

 携帯を握る手に力が込められる。ぎゅっと目を瞑り、きっとなって目を開く。

 

「俺は、強くなりたい」

 

 弱いままは…………置いていかれるのは嫌だから。

 

「だから、一緒に戦ってくれ、ジコクテン」

 

 携帯型COMPの中の自身の仲魔へと語りかけ。

 

『うむ』

 

 返事は短く、だからこそ、万感の思いが込められていた。

 

 

 * * *

 

 

 和泉と二人並んで帰路を歩く。

 まるで地震と台風と大火事が同時に直撃したかのような惨状の廃ビル群はすでに駆けつけたヤラガラスの手によって人払いがされ、隠蔽工作が始まっているので俺たちは後は任せてとっとと帰ることにする。

 空の月は流れる雲に隠され夜の闇が深くなる。不安定な街頭の灯りだけがチラチラと道を照らす、そんな薄暗い道路を二人並んで歩いていると、ふと和泉が言葉を漏らす。

 

「探してみようと思うわ」

 

 それまでの沈黙から一転しての一言。

 一体何を? とは言わない。そんなこと言わなくても察しはついている。

 だから返す言葉も決まっている。

 

「そうか……………………和泉の好きなようにすればいいと思う」

 

 俺のその言葉に、和泉がふふ、と微笑を浮かべる。

 その時、流れる雲と雲の隙間からふと月がその姿を浮かべ、その光を照らす。

 和泉の白い髪が月の光を受け、銀に輝く。

 

 月の妖精。

 

 ふとそんな言葉を思い出す。

 さて、それは一体どこで聞いた言葉だったのだろうか?

 瞬間、とくん、と一つ心臓が強く鼓動し…………すぐさま収まる。

「有栖くん? どうかしたのかしら?」

 気づけば赤い双眸がこちらを見つめていた。どうやら足を止めていたらしい。

 何でも無い、そう言って再び歩きだす。

 そう、とだけ呟き、和泉もまた歩きだす。

 

「ああ、それと一つ聞いておきたいことがあるんだが」

 

 再び訪れた沈黙を切り裂き、言葉を紡いだのは俺のほうからだった。

 俺の前起きに、何かしら? と和泉が返す。

 その言葉に、質問を続けようとして、逡巡する。

 だがすぐに思考をまとめ、質問を続ける。

 

「ガイアとメシアは一体何を目的としてこの街にやってきた?」

 

 俺としては一つ、覚悟を決めていたはずの質問だった。

 ガイアとメシア、世界最大勢力の二つが同じ日に同じ街にやってきて、しかもどちらもいきなり実力者を送り込んできた。

 この街の特殊性を考えるならば実力者がやってくるのは分かる、が前者と合わさるとどうにもきな臭い。

 今日…………正確には昨日だが、和泉が俺の家にやってきた時に確かに尋ねた。

 

 ガイアとして動いているのか、それとも和泉として動いているのか。

 

 和泉は個人として動いている、と言った。

 だがガイアの思惑など無い、とは言っていない。ガイアが関係無いとも言ってはいない。

 メシアまで出てきた以上はさすがに聞かずにはいられない。

 

「恐らくお前らは同じ一つの目的を巡って争っているんだろう、と予想してる。だがそれは何だ? キョウジから聞いたが、あのメシアンは相当な実力者らしいな。メシアがそれだけ本気だと言える、だとすればそれは何だ? メシア教とガイア教、この二大勢力に執着されるようなものがこの街にあるってのか?」

 

 その問いに、和泉がたっぷり数十秒沈黙する。

 足を止め、言葉を止め、動きを止める。

 その一挙手一投足を見逃さないように、ジィと見つめ。

 和泉と視線がぶつかる。そうして互いが一分近く見つめあい…………。

 

「そう、ね…………話しましょうか」

 

 和泉がため息を吐いた。

 そうしてどこか遠い目をしながら、言葉を紡ぐ。

 

「始まりはメシアに降った一つの予言よ」

 

 

 * * *

 

 

 某月某日、メシア信徒の全てが歓喜した。

 理由などあまりにも簡単だ。

 

 予言を賜った。

 

 ()()()()()()()()()()()、と。

 

 聖女。

 

 神よりメシアンたちに遣わされた救世の巫女。

 

 予言者は言った。

 

 東の果ての混沌の街へと赴け、と。

 そこに聖女が目覚める、と。

 

 過去の予言を読み解けば自ずとそれがどこを指すかは分かってくる。

 東の果ては極東の国、メシアンにとって今最も注目を集める国、日本。

 そして八百万、土着信仰、神仏習合などの要素が絡みあい、複雑怪奇極まり無い混沌としたこの国の中で、尚も混沌と呼べる場所と言えば自ずと限られてくる。

 帝都東京。人間の坩堝でもあるその都市の中でも一際多数の勢力がひしめきあう混沌の街を冠するに相応しいその場所…………吉原市。

 葛葉キョウジと言うメシア教としても無視できない、葛葉ライドウと同じ、危険要素が治める街。

 否、葛葉ライドウと違い、表に出てこず暗躍する分、より厄介な相手であると言える。

 闇雲に数を集めて探せば無数の勢力がひしめくあの街を悪戯に刺激することになる、メシア教と戦って勝てるとは思わないが、そんな隙をあのガイアーズどもが見逃すはずがない。

 何よりも、聖女の存在をガイアーズたちに悟られるわけにはいかない。

 故に、たった一人、自分たちの最も頼みとする一人を聖女捜索に当たらせ、ガイアに気づかれないうちに聖女を回収する。

 

 それがメシアの計画。

 

 そしてその計画の情報を早期段階で手に入れ、聖女とメシアの合流を阻止しようとするのがガイアの計画であり、聖女を探し出し、殺害する。それがガイアから和泉に与えられた任務であった。

 

 

 * * *

 

 

「当たり前だけど、私は殺すつもりは無いわよ? 私個人の用事と言ったのは、ガイアの任務からは反れるからね、まあ情報を隠したかったと言う意図もあったのは本当だけれど」

 一通り話終える、と有栖が尋ねてくる。

「それで? 聖女とやらは見つかったのか?」

「いいえ…………ただ、検討はついたわ」

 王の言葉を信じるなら、だが。

「私のクローン元が私の探し人だ、あの王とか言う男はそう言っていたわ。どうしてあの男がそれを知っているのかは知らないけれど、他に宛てもないし、そっちを探してみることにするわ」

 それに、あの男。私とあのメシアンの目的が同じだと言うことも知っていた。

 騒乱絵札、直接戦ったのはあれが初めてではあったが、並々ならない相手だと言うのは身にしみた。

 

 そんなことを考えていると、有栖が黙りこくっていることに気づく。

 

「どうしたのかしら、有栖くん?」

「…………………………まさか、な」

 

 目を細め、小さく呟く。

 だが徐々にその表情に焦りが浮かんでくる。

 

「和泉」

「何かしら?」

「騒乱絵札の男が、その聖女とやらの正体を知っていたってのいうのか?」

「ええ」

 

 そう答えた瞬間、有栖が血相を携帯を取り出す。

 すぐさま番号を押して、携帯を耳に当てる。

 

「有栖くん?」

 

 自分の呟きに反応もせず、携帯に神経を集中させている有栖。

 そして。

 

「あ…………」

 

 小さく有栖が呟く。

 どこか安心したような表情。

 心底ほっとしたような、そんな表情。

 

 ちくり、と胸に痛みが走る。

 

「そうか…………いや、なんでもない、こんな時間に悪かったな」

 

 面白くない。

 

 精神の殻を破った、自身の押さえつけていたものを解き放った弊害であろうか。

 

 面白くない。

 

 苛立つ。

 

 彼のそんな安心したような表情、見たことが無い。

 彼のそんな柔らかな表情、見たことが無い。

 

 羨ましい、羨ましい、羨ましい。

 

「ああ…………おやすみ、()()

 

 そうして彼の口から出た、女の名前に。

 

 我慢の限界が来た。

 

「ねえ、有栖くん」

 

 彼の名を呼ぶ。

 

「ん、どうした? いず………………」

 

 そうして振り向いた彼の唇に。

 

 自身の唇を重ねた。

 

 




告白と言う題名にいよいよ思いを伝えるのか? と思った読者。
違う、告白するのは和泉の出生の話とかガイアの目的とかである。
そして最後の最後で爆弾投下してみる。

実を言うとその前の告白が切欠である。
今までの和泉は自分ですら自分を受け入れられないのに、他人が自分を受け入れてくれるはずも無い、と言う感情から思いを秘めていたけど、今回の告白で自分の一から十まで全部話した上で有栖が受け入れちゃってるので、もう止めるものが無いのである。自制心? 今多少欲望に素直になってるから振り切ったよ。


ところで、前回の話投稿しても感想なかったのがさびしかったので、今話は感想欲しいところ。

あと総合評価8000超えました。目指せあと2000。
話数的にはまだ3分1と言ったところなので、完結までに1万超えたい。

あとさすがにもう分かったと思うけど、和泉のクローン元は詩織です。
クローンの話出した途端に、感想で正解者連発されて実はちょっと悔しかった。

というわけで読者の度肝を抜くような一言。
『最終章まで言った時点で、有栖を抜くと、最強は詩織です』
これはけっこうガチ。

質問などがあれば、感想にて受け付けてます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。