有栖とアリス   作:水代

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一学期の成績が残る試験が二つ今日終わったああああああああ。
ようやく執筆の時間が取れる。


有栖と選択

 

 悪魔に関わってしまった人間は、自ずと選択しなければならない。

 即ち、これからも悪魔と関わるか、否か。

 親を、子を、家族、恋人を…………大切なものを悪魔に殺され復讐に走る人間もいれば。

 自身は巻き込まれただけで、もうこれ以上危険なことに首を突っ込みたくない、逃げ出す人間もいる。

 俺など分かりやすい例で、アリスを生かすためにはどうやってもサマナーになるしかなかった。

 正直それを後悔ことは無いし、きっとあの夜にもう一度戻っても同じ選択をするだろう。

 

 だが誰もが必ずどちらかを簡単に選択できるわけでも無く、大抵の人間は悩んでしまう。

 大多数の人間は、本当ならばもう悪魔に関わるのなんて真っ平御免だ、と言わんばかりに悪魔を忌避し、できることなら関わりたく無いと思っているだろう。

 だと言うのに、何故きっぱりと否と言えないのか?

 

 もしまた何かの偶然で悪魔に出会った時、自分は生き残れるのか?

 

 そう考えてしまうのだ。一度その存在を知ってしまったが故に、いつどこに現れるか、すら分からない、そんな危険性を知ってしまったが故に…………力が欲しくなる、悪魔に対抗するための力が。いざと言う時生き延びる術が欲しくなるのだ。

 悪魔から逃げるために、悪魔に近づく。そんな矛盾した行動をしたサマナーのなんと多いことか。

 だがそれが悪いとは言わない。否、言えない。

 けれど、それが正しいとも言えない。

 未来を見通すことなど出来ない以上、どちらを選んでも正解であり、不正解でしかないのだ。

 

 最悪なのは、中途半端に関わったまま逃げようとするやつだ。

 悪魔と対峙する上で最も重要なことは、己の心をしっかり保つことだ。

 どんな呼ばれ方をしようと相手は悪魔だ。人を貶め、人を騙し、人を堕落させる人の天敵だ。

 中途半端な意思で悪魔に関わり、その薄弱な意思につけ込まれ、悪魔に堕とされた人間など迷惑以外の何者でもない。

 だから、関わる以上は覚悟を決めなければならない。

 

 例えそれが…………どんなに己の意思に反していても。

 

 

 

『残念な知らせだ』

 その電話が届いたのは、武器類の調達を終えて帰宅した直後、ちょうど夕方ごろのことだった。

 さて、今晩は稼がないとな、と考えつつ部屋で購入してきたばかりの武器の点検を行なっていると、机の上に置きっぱなしだった携帯が震える。

 発信者の名前を見て、そこにキョウジの名前を見つけ、何事かと首を傾げながら通話ボタンを押し…………第一声がそれだった。

 

「いきなり何だよ? 先日会ったばかりだろ、何の用だよ?」

『検査結果が出た』

 その言葉にはっとなって、手に持っていた銃を即座に手放し携帯に耳を傾けた。

「それで…………結果は?!」

『…………あの女のほうは問題無い。こちらが首を傾げるくらいどこにも異常は無かった』

「そうか…………良かった」

 安堵の息をついた俺の動きを止めたのは、キョウジの次の言葉だった。

『だが…………あの男のほうは陽性反応が出た』

「……………………………………なに?」

『…………話を聞く限りでは、長く悪魔に触れ過ぎたな。瘴気中毒だ』

「………………瘴気中毒、嘘だろ」

 嘘だと言って欲しかった。だがどこまでもキョウジは現実を告げる。

『レベル2…………比較的軽度だ、と言ってもお前にとってはそこは問題じゃないんだろうな』

「ああ、そう言う問題じゃねえよ………………軽くて済んだ、なんて言えねえよ」

 全身を襲う虚脱感に抗う。続きを聞きたく無い、と言う心の叫びはけれど逃げても現実は変わらない、と言う理性に止められる。

『今はまだ自覚症状が薄いかもしれんが、汚染は確実に広がってくぞ、方法としては二つ』

「分かってる…………それに、二つなんて言っても片方は侵攻を抑えるだけだろ」

『そうだ、実質取りうる選択肢は一つしか無い』

 認めがたい現実を、けれどキョウジはきっぱりと突きつける。

 

『悠希…………とか言ったか、あいつはもうデビルバスターになる以外に生き残る方法は無い』

 

 

 俺たちの住む街、吉原(きつはら)市の南東、そこに鬱蒼と茂る小さな森がある。

 東側ほぼ全域を山と接するためか、小さいはずの森は一度入ってみれば不思議と大きく見える。

 帝都…………東京都内にあって、開発の行き届いてないこの森は非常に珍しく、自然保護のため立ち入り禁止区域にされている。

 そして、その森の入り口に、俺と悠希は二人立っていた。

 時刻は夜八時。自転車を漕いで三十分ほどかけてここまでやってきたのだが、悠希が不思議そうな顔をしている。まあそれもそうだろう…………いきなり電話で呼び出して、ここまで連れてきたのだから。しかも朝あんな話をしたばかりなのに。

「……………………行くぞ」

 どうせ誰も来ないだろうと自転車を入り口の止めたまま俺は何の躊躇いも無く森へと踏み出し…………。

 

 瞬間、景色が一転する。

 

「おい、どこ行くんだ……………………よ…………」

 少し遅れて悠希が俺の後に続いて足を踏み出し、一転した景色に目を見開く。

「………………ようこそ、妖精郷へ」

 諦観した心中で、それを表に出さないようにしながらそう声をかけると、さらに歩みを進める。

 

 

 * * *

 

 

 ただその背中を見続け歩く。

 無言で歩を進めるその背中は、いつも見ているはずのその背中。だがそこからは何の感情を見えない。

 

 どうしちまったんだよ、有栖。

 

 声には出さず、心の中で自身が親友の名を呼ぶ。

 けれど当然、と言うべきか、親友からの答えは無い。

 

「………………ようこそ、妖精郷へ」

 

 この場所に入った時、親友はそう言った。

 自然保護区のため、実際に入ったことはないが、表面上は普通の森林だったはずである。

 だが一歩足を踏み入れた瞬間、周囲の景色が変わった。

 否、何も変わってはいなかった。だが何もかもが違った。

 入り口から見たのと同じ景色、同じ森、同じ場所のはずなのに、どうしてか違うと思える。

 それが具体的には何か、そんなことは知らない。けれどこう言った有り得ないような何か、それをなし得る存在を自身はつい最近知ったばかりだ。

 

 悪魔。この世ならざるもの。人知を超えた存在。

 

 有栖は言った。

 

 ようこそ、妖精郷へ、と。

 

 つまりこの異常は妖精の仕業と言うのであろうか?

 そもそもこんな街の近くに悪魔が存在しているのか?

 

 思考が深まるほどにグルグルと空回りする。

 そうしてしばらく考えながら歩いていると。

 

 ぼふっ、と有栖の背中にぶつかって歩みを止める。

 

「悪い…………考えごとしてて見てなかった」

 簡素に謝罪し、顔を抑えた手を退ける…………と。

 

 能面のような無表情な有栖が俺を見つめていた。

 

 

「……………………有栖?」

 立ち止まり、無表情にこちらを見る親友の姿にたじろぐ。

 先ほどまでと同じように見えて、けれどどこか違和感を覚えるその姿。

 この森と同じだ、同じように見えるのに、どこか違う。

「……………………なあ」

 そうして、しばしの無言の後、有栖が口を開く。

「お前は今幸せか?」

「は?」

 突然の問いかけに答えに詰まる。一体何を? そう尋ねるより早く、有栖がたたみかけるように質問を重ねる。

「生きてて楽しいか?」

「…………何を言ってるんだよ、有栖」

「自分が生きる意味を知っているか?」

 質問は止まらない。まるでこちらの言葉に反応せず、ただ淡々と質問を繰り返す。

「生きることは祝福か? それとも呪いか?」

「さあ…………ただ俺にとっちゃ祝福だな」

「ただ生きたい、そんな願いが踏みにじられるのなら、どうする?」

「分かんねえよ…………そんなの。けど生きたいなら足掻くしかないだろ」

「自分を守ることと、他者を守ること、どちらが大切か?」

「…………自分かな、自分の身を守った上で他人も守れれば最上だと思うが」

「自分の命と他人の命、天秤のかけたならどちらを取る?」

「そんなもん…………両方に決まってるだろ」

 止め処なく続く質問に、不審に思いつつも返していく。

 そうしてそれからさらに数十にも渡る質問が続き…………そして。

 

「では最後だ…………もし何人たりとも抗えぬ力を持った時、お前はそれを壊すために奮うのか? 守るために奮うのか?」

 

「…………………………」

 咄嗟には答えられなかった。思い出すのは先の水族館での光景。

 あの時、俺に力があれば…………。

 

 嬉々としてあの蛇を殺したのだろうか?

 

 それとも詩織たちを守ったのだろうか?

 

「…………………………って、考えるまでも無かったな」

 

 数秒の沈黙。そして導き出した答えは、けれど最初から決まっていたものだった。

「答えは最初から決まってたんだ。でも何でそう思ったのかが曖昧だった…………うん、今まで俺の中で燻ってた答えがようやく出せそうだわ」

 己の無力を知ってから、ずっと思っていたこと。

 

「俺は、俺の大切な日常を守るために、力が欲しい」

 

 奇しくもそれが、自身が親友の考えにとてもよく似ていることに、その時の俺は知りもしなかったのだが。

 ただその時、ドクン、と胸の中で何かが目を覚ましたような…………そんな不思議な感覚がした。

 

「見事だ…………汝は守護者としての才を持つ者のようだな」

 

 ふと気づけば、目の前に巨大な何かがいた。

 

 有栖の姿が消え、有栖が今までいたところにソレがいる。

 

「我が名はジコクテン、汝、我らが主の力の欠片を持つ守護者よ、我は汝と共に歩まんことをここに告げよう」

 

 こうして。

 

 何が何か分からないうちに。

 

 自分でもそうと気づかないまま。

 

 俺はデビルサマナーとなった。

 

 

 

 

 あ、ありのまま今起こったことを話すぜ?

 俺はとある異界に行くために、この妖精たちが住む森を抜けようとしたら、悠希がデビルサマナーになっていた。

 何を言っているのか俺自身分からねえ。催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃねえ、もっと恐ろしい何かの片鱗を味わったぜ。

 と言うのは冗談だが、本気で意味が分からない。

 

 この森が侵入禁止な最大の理由は、ここが妖精たちの住処だからだ。

 帝都に存在する妖精の大半がこの森を住みかとしている。

 人が入れば迷わされること間違い無く、だからこそヤタガラスが圧力をかけて立ち入り禁止区域に指定したのだ。

 妖精ピクシーと言えば、サマナーが最初に仲魔にする悪魔の代表格だ。

 強さ云々の問題もあるのだが、何よりもその好奇心旺盛な性格と悪魔としては穏やかな気性から、交渉の難易度が非常に低いことが挙げられる。

 悠希の現状を考えるにサマナーになる以外の道は選べそうに無い。

 だから説明ついでに実際に仲魔を持たせてみようとここに連れてきたのだが…………。

 

 気づけば悠希の背後にソレはいた。

 

 ジコクテン、と呼ばれる悪魔。

 仏教の護法神であり、乾闥婆(ガンダルヴァ)畢舎遮(ピシャーチャ)を配下に持つ東勝身州の守護者。

 

 ぶっちゃけて言えば、この森の妖精などとは比べ物にならない大物悪魔だった。

 それが何故か悠希の仲魔になっている、と言うのだからさすがの俺も混乱した。

 だがどうやら俺とアリスのような、COMPを介さない契約を行なっているらしく、圧倒的なレベル差にも関わらず、ジコクテンは悠希に従順なようだった。

 と、なると結局。

「じゃあ…………その仲魔で戦えばいいんじゃね?」

 そう言う結論しか出せず。

 森に住む妖精たちもジコクテンの放つ圧倒的に濃い気配に押されて、道中一体も出会うこと無く俺たちは目的地にたどり着いた。

 

 

 * * *

 

 

 そこは寂れた神社だった。

 立ち入り禁止区域の森の奥、森を突っ切らないと見つからないそこは、長年人が来ないらしく、石畳に苔すら生えた、ボロボロの有様だった。

「ここどこだよ…………こんなところ、俺聞いたことも無いぞ?!」

 来たどころか、聞いたことすら無い神社の存在に、動揺を隠せない俺に有栖が答える。

「知らないのも無理は無いわな…………手前の森ごとヤタガラスがずっと秘匿し続けてきたからな」

 やた……がらす……?

 日本神話に出てくる三本足の烏のことだったか? 何故その名前がこんなところに?

 俺の疑問に気づいたのか、有栖が、あぁ、と一つ呟いて説明する。

「ヤタガラスってのは、日本国内のサマナーたちを纏め上げている組織だ。護国のための国家機関。もう何百年と昔からこの国を悪魔から守るために悪魔召喚師たち全てを上に立ってる。国家機関だから裏から圧力をかけて、表にも干渉しやすいんだよ…………もしサマナーになるなら必ず覚えとかないといけないからな」

 そうして告げられた説明に絶句する。サマナーと言う存在は教えられていたが、それを纏め上げる組織があり、それを国が運営しているなど、何の冗談だろうか…………まるで創作物の設定でも聴いているような気分にすらなってくる。

「ここにはな、異界がある。異界ってのは要するに現世とは異なった世界だ。そうだな…………世界の裏側、とでも言うべきか?」

 異界、世界の裏側…………次々と明かされる壮大過ぎる話に、頭がついていかない。

 と、そこで有栖が一旦言葉を止める。

 

 そうして、じっと俺を見つめ…………どこか悲壮な表情で告げる。

 

「悠希…………お前はな、デビルサマナーにならないといけない」

「…………どう言う意味だよ」

「高位の悪魔ってのはな…………そこに存在するだけで常人には耐えられないんだよ。お前、あの水族館で一体どれだけ長時間あの蛇に近づいてた? 蛇に咥えられてた? いいか、落ち着いてよく聞け…………お前はな、蛇の瘴気に当てられて、体じゃなく魂汚染されてる。今はまだ自覚症状が出ないが、近いうちに段々と体調が悪くなる。手足が痺れて動かなくなる。そうなる前に、お前はデビルサマナーとして悪魔を倒し続けなければいけない。悪魔を倒し、活性マグネタイトを吸収し、魂を強化する。汚染に耐えられるまで魂を強化するしか方法が無いんだよ」

 要するに、俺は毒に犯されているらしい…………それも魂、などと言う不明確なものが。

「だからお前はデビルサマナーにならなければならない。どれだけ嫌がっても、どれだけ逃げたくても。そうしないとお前は死ぬ…………それを伝えるために今日お前を呼んだんだ」

「……………………死ぬ? 俺が?」

 呟く俺の言葉に、有栖が頷く。

 死ぬ、などと言われても実感が沸かない。実感で言えば、あの蛇の時のほうがよほど実感があった。

「本当はな…………こんな世界に関わってほしくなかった。でももうどうしようも無いんだ。だからな、悠希」

 カチン、と…………気づけば有栖がいつの間にか拳銃を片手に持っており、いつの間にかそれをこちらに向け。

 

「覚悟だけは決めとけ、もう逃げられないぞ」

 

 バァン

 

 夜の神社に銃声が鳴り響いた。

 

 

 




瘴気とかそう言ったあたりのは全部オリ設定です。
強力なレベルの悪魔は非活性マグネタイトが微量ながらも体からあふれ出ていて、それがサマナーでも無い一般人の体には悪い、みたいな感じです。

ジコクテンが何故突然出てきた、とか悠希とどうして契約できたのか、とかその辺は秘密。ヒント:悠希の苗字は「門倉」です。これをこじつけて意味を考えると、あら不思議。分かる人はけっこう簡単かも。

アバドン王のセーブ入れてたメモリーカードが消えた…………。
金曜日から四日かけて、元の場所にまで戻した。そのうちの半分がアリスちゃんゲットにかけた時間だと言う…………。

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