有栖とアリス   作:水代

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有栖とカルト

 

 

「しばらくここに住ませてもらえないかな?」

 

 和泉のそんな一言に目を丸くする。

 和泉も唐突だと分かっているのか、話を続けるようなことはせず、少しばかり無言の時間が流れ…………。

「えっと…………お前、自分の家は?」

 出てきたのはそんな捻りの無い質問だった。

 そんな俺の問いに和泉は特に困った様子も無く淀み無く答える。

「んー、まああるのはあるのだけど。()()()()()()()()()()()()()()()だから、こっちで住む所見つけるまでの間、ここに住ませて欲しいのよ」

 

 待て、今こいつ何て言った?

 

「しばらくこっちで活動する? お前が? それとも………………」

 

 ガイアが?

 

 暗に込めたその言葉。その答え次第では、また厄介ごとの可能性が大だった。

 

 

 

 さて、カルト集団について触れたところで、いよいよ持って俺と和泉の出会いについて触れることができる。

 これまでの説明を持ってして察しの付く者もいるかもしれないが。

 

 和泉はカルトの実験台の一人だった。

 

 それが事実で、それが結果だ。

 だが真実と言うにはあまりにも一面的で、答えと言うにはあまりにも足りていない事実が多い。

 だから、一つの事実とその結果、こう称さざるを得ないだろう。

 そもそも本来なら全てメシア教内部で片付けられるべきカルト集団の問題に何故俺が関わったか、と言う部分を言及すれば、それはカルト集団がその実験体を一般人を攫って行っていたからだと言える。

 先も述べた通り、カルト集団は神へ捧げる絶対的な信仰とは反比例するように、それ以外のものへの関心と言う関心が欠落しており、人の命など文字通り空気に等しい、それほどまでに何の興味も、感慨も持っていなかった。

 

 悪魔に関わる者たちは、大なり小なりどんな形であれ、悪魔の存在を一般には隠そうとする。

 それは暗黙の了解。それぞれ表社会に対する優位性であったり、民衆の平穏のためであったり、表の権威の介入を嫌ったためであったり、と全員が全員違う思惑を持ってはいるが、結局のところそれは区別しているのだ。

 表は表、裏は裏で完結させないと、表と裏が交じり合えばより混沌とした予測も付かない世界になることが分かりきっているから。表の力はほとんどの場合、裏では無力だ。軍隊で経験を積んだ兵士でさえ駆け出しのサマナーの相手にもならないくらいに。裏の存在が露見すれば、表と裏のバランスが崩れる。それは社会の崩壊を意味する。

 何故人は法律を守るのか? それは国家と言う巨大な力を持つものが定めたからだ。

 極論を言えば、この世界が一見の平和を保っているのはあらゆる国が薄氷のような均衡を保っているからだ。

 氷の上はそれは平和に見えるだろう、だが水面下では激しい闘争が常々行なわれている。

 そこに裏の存在と言う巨大な石を投じれば脆い薄氷は割れ、水はかき回され、微妙なバランスで保たれていた平和は一気に崩れる。

 そうなれば戦争が始まるのも時間の問題だろう。

 悪魔と言う兵器よりも強大な存在がいるのだ、核などと言うふざけた武器が投入されるのも目に見えている。

 どう考えても世界崩壊。少なくとも国家と言う枠組みが破壊され尽くす。後に残るのはメシア教やガイア教という勢力だろうか?

 だがそこまで荒廃してしまってはメシア教もガイア教もただでは済まないのも事実だ。

 その他のサマナー組織など崩壊してしまうかもしれない。

 

 つまり誰にとっても利益が無いのだ、そんなことをしても。

 

 だからこそ、表も裏も関係無い、そんなカルト集団はすぐにヤタガラスに目をつけられる。

 そしてメシア教内部だけに止まらず、裏さえ越えて表にまで手を伸ばしたカルト集団は、ついにメシア教からも見捨てられて…………。

 二年と半年前に、メシア教、ガイア教、クズノハの三勢力が総力を上げて最後の一人にいたるまで粛清された。

 異例中の異例。お互いを大敵とも呼ぶメシアとガイアが共に戦った、と言うのは世界中を駆け抜けた衝撃の話題だった。

 つまりそれほどまでに表世界と裏世界の交わりを危険視していたのだ、全ての勢力が。

 

 二年と半年ほど前。

 

 十二月の二十四日、クリスマスイブの日。

 

 朝から雨の降っていたあの日。

 

 そう…………あの日、俺と和泉は出会ったのだ。

 

 

 * * *

 

 

 カルト集団はメシア教徒だった。

 正確には元メシア教徒。他のメシアンたちもあのカルトたちと一緒にはして欲しくないと思っているのだろう。

 だが被害者である自身からしてみれば同じだ。同じ神を崇める、聞こえの良い台詞を吐くだけの狂信者集団。

 和泉の親は元々メシア教徒だった。その娘の自身もまたメシア教徒だったのは言うまでも無い。

 十二歳の時までは自身も極普通のメシアンだった。極普通に神を崇め、その教えを信じていた。

 両親はメシア教の中でもそれなりに地位のある人間で、敬虔な信徒であったが、それ以上向上心の強い人間だった。野望を持っていた、と置き換えても良い。

 少なくとも…………自分の娘をカルト集団に売り渡し、その協力を仰ぐ程度には。

 

 実験を始めて三日で人で無くされた。

 一年で精神すら歪められ。

 その半年後、逃げ出した。

 

 そしてそこで…………彼に出会った。

 

 

 私はメシア教が嫌いだ。神が大嫌いだ。

 信じていた過去の自分に吐き気すらするほどに。

 神は人を救わない。

 本当に救ってくれるのならば、どうしてあの地獄から自分を救ってくれなかったのか。

 だから私はガイア教に入った。

 その理念は自由と混沌。

 法と秩序を重んじるメシアとは真反対の勢力。

 メシア教から抜ける時、私は自身の両親をこの手で殺した。私をあの地獄に売り渡した両親を。

 メシア教の中でもそれなりの地位だった両親を殺したことにより、私はメシア教に狙われるようになった。

 だからこそ、ガイア教なのだ。メシア教を嫌い、メシア教と敵対し、メシア教に匹敵する勢力。

 何よりも自由である彼らの生き方が好きだった。

 あらゆる序列が力で決まるガイア教だからか、私はまだ子供ながらに幹部相当の地位が与えられた。

 束縛の無い自由な生活。だからこそ、私は動き出す。

 神は人を救わない。

 だったら誰が人を救うのだ?

 人を救うのは人だけだ、彼はそう言って笑った。

 私を救ってくれたのは彼だけだ。だからこそ、私はその言葉に共感した。

 メシアの教義で人は救えない。神に人は救えない。人を救うのは人だけである。

 だからこそ、今度は私が手を伸ばそう。

 

 助けて、そう呟く声に私は手を差し伸べる。

 

 救われぬ者に救の手を。

 

 二丁の拳銃を手に取った時から、そう呟いて覚悟を決めた。

 

 

 

 

「違うよ」

 

 答えはすぐに返ってきた。

 その瞳には、何の迷いも、何の後ろめたさも無い。

 真っ直ぐで、綺麗な、いつか見たあの瞳。

「私は私よ…………私が、私の意志で動いてる。それだけは否定させない」

 ぎらぎらと光る目の色。そこに宿る強い意志。

 ああ、本当に、変わらない。あの日から全く変わらない、薄れることの無い強固な決意。

 だからこそ、信じれる。大丈夫だと、そう思える。

「…………そうか、なら良い。好きなだけ泊まってけ」

 そう言うと、和泉がほっとしたような、どこか嬉しそうな様子で。

「ええ…………ありがとう、有栖君」

 そうして、はにかんだ。

 

 

 * * *

 

 

 コンコン、と扉をノックすると、横合いにある覗き窓が開かれる。

「……………………己が悪意は誰が見る?」

「己以外の誰が見る?」

「己が善意は誰が見る?」

「己以外の全てが見る」

 符丁となる言葉を告げると、カチッ、と鍵の外れる音共に扉が開かれる。

 ギギギィ、と軋む扉を開いて中に入ると、目の前には薄暗い一本道の通路。

 それをさらに歩いていくと、見えてくるのは地下への階段。一歩一歩下っていく度に、コツ、コツ、と足音が響く。

 そうして階段を下りきったところに、やつはいる。

 

「……………………………………今日は何の用だ」

 

 漆黒。上から下まで黒一色で統一されたその男を形容するなら、まさしくその言葉が相応しい。

 襤褸切れのような上着と襤褸切れのようなズボンを着た、全身煤だらけの男。

 それがこの店、罪音(サイオン)の店主だ。

 サイオンはいわゆる非合法武器店だ。真剣から銃火器まで大抵の武器がおいてる。ついでに言うと、非合法と言っても表向きには、と言う名目が付く。

 その実態はクズノハの人間も通う、ヤタガラス公認の国家指定デビルバスタ-支援施設だ。

 現在この国、日本では銃火気の販売や携帯、所持は禁止されている。

 だが悪魔と戦うのに、銃と言うのは最も手軽でそれなりに有効な武器だったりする。

 だからデビルバスターの数が増えるほどに、こう言った施設の需要もどうやっても増えるのだ。

 

「封弾を二百ほど頼むわ、ついでに(こいつ)の整備も頼む」

「…………………………三時間待て」

「分かった、払いは?」

「一発十万、整備はロハで良い」

「二千万だな、受け取りの時でいいか?」

「ああ…………」

 

 必要なだけの会話のやり取りを終えると、店主が地下室のさらに奥へと消えていく。

 いつも使っている拳銃をいつものごとく傍にある机の上に置いて、俺も店を立ち去るため地下室から上がっていく。

 

「ウオオオオオオオオレニヨウカアアアア?!」

 

 地下室から聞こえる大音量に、あいつもいるのか、と内心で呟く。

 デビルバスターの武器を扱うだけあってか、実を言えばこの店の店主もサマナーだったりする。

 正確には引退したサマナー。そして先ほど聞こえた声がイッポンダタラと言う悪魔だ。

 山と製鉄の民とされる悪魔で、悪魔の中でも珍しい職人気質を持つ悪魔だ。

 放っておくとシキミの壁、と言う迷惑なものを作る時があるのだが、仲魔にした場合、その製作技術を気分次第で振るってくれることもある変わり者の悪魔だ。

 だが、その手に持つ槌で打った鉄は非常に強くしなやかなもので、サマナーでありながら職人である、と言う変わり者のサマナーたちとの合作で生み出される武具の数々は今日のサマナーの装備事情を支える非常に重要なものだと認めざるを得ないだろう。

 

「ウオオオオオオオオオオ、ヤアアアアッテ、ヤルゾオオオオオオ」

 

 まあ…………あの煩いのだけは何とかならないものだろうか、と思うが。

 

 

 

 暗い雰囲気の店から出ると、昼下がりの日差しが目に眩しい。

「また三時間ほどしたら来る」

 覗き窓を軽く叩いてそう言うと、向こうからもコツン、コツンと軽く叩いて返答。

 さて、次の場所にでも行こうか、と脳内で必要なものをリストアップしていく。

「取りあえず…………次はアレだな」

 罪音から歩いて三十秒。なんと真剣、銃火器なんでもござれの店の三件隣に爆発物専門店があるなどと誰が予想できようか。

 扉を開くとチリン、チリンと鈴の音が鳴る。

「いらっしゃい…………おう、有栖かい。何にする?」

「よう、マスター。そうだな…………じゃあ、いつものケーキを頼む」

「焼き加減は?」

「固めで爆発はしないように頼む」

「了解、座席はいつものとこで」

 ケーキショップ春媛(はるひめ)。文字通りケーキを売っている店だ。

 まあ、こっちの場合、表向きは、と言うよりこっちが本業なのだが。

 過去に悪魔絡みの事件に遭遇したことにより、サマナーとなり、そこで資金を溜めてケーキショップを開店。

 その際、ヤタガラスから政府指定デビルバスター支援施設を同時に経営することを条件に援助金を貰い、本業がケーキショップ、副業で爆発物専門店をしている。

 店内を見ると他にも何人か人がいる。けっこう繁盛しているらしい。

 席についてしばらく待っていると、店員の一人がイチゴのショートケーキを持って来る。

 それに舌鼓を打ちながら、皿の下に隠された紙を手に取る。そこに書かれているのは八桁の数字。

 紙を懐のポケットに入れると、ケーキをさっさと食べ終え、席を立つ。

「250円だね」

 会計で立っていた店長に小銭を渡し、店を出る。

 それから店の裏側に回り、裏口の周囲に誰もいないのを確認すると、扉を開き中へと入る。

 従業員用の通路を歩いて一番奥の部屋へと入る。

 部屋は狭く、真正面に大きな金属製の扉が一つあるだけ。その扉の横に数字を入力する機械があるので、先ほどの紙に書いてあった八桁の数字を入力すると、扉が開錠されさらに奥に進む。

 扉の奥はやはり階段だが、今度は上へと続いている。

 二階へと上がると窓の無い電灯の明かりだけに照らされた薄暗い通路。その一番奥に一つだけ佇む扉。

 奥へと行き扉を開くと…………。

 

「やあ、いらっしゃい」

 

 店長がそこにいた。

 見渡す限りに棚と机が広がるとても広い部屋。そして棚と机の上にはいたるところに黒く丸いものが置かれている。これが全部爆発物だと言うのだから、やはり表の人間には知られてはならない事実だろう。

「先月くらいに半年分くらいは買って行ったと思うんだけれど、随分と早く来たね」

「ああ…………化物みたいな死神にアホみたいに強い魔人に巨大な蛇神に襲われてな、ほとんど使っちまった」

 そんな俺の答えに店長が苦笑する。

「相変わらず、と言うべきか…………キミは厄介な相手と巡り合う運命でも持っているのかもしれないね、有栖」

「冗談じゃねえよ、魔人撃退と蛇神調伏の報酬がもらえたから良かったが、無かったら俺大赤字だぜ。キョウジもキョウジだ、厄介な仕事ばっかり回しやがって」

「それだけ彼に信頼されている、と言うことだろう…………私が現役の頃でも精々がレベル35の相手が精一杯だったからね、キミレベルの相手となると想像もつかないよ」

「知ってるか…………? サマナーの業界だと一般的にはレベル30以上の敵を相手にできるやつを一流って言うんだぜ?」

 そんな俺の言葉に店長が苦笑する。現役時代を知らないが、聞いた話ではこの店長十分一流の域にあったらしい。敵の見極めと自身の引き際、この二つを見る目が高く、その負傷率は他の一流サマナーの中でも群を抜いて低かったらしい。

「取りあえず以前買ったのと同じやつ…………それと対戦車手榴弾まだ残ってるか?」

「ああ、あれかい? まだたくさんあるよ?」

「案外役に立ったから多めに入れといてくれ」

「了解」

 そう言って紙に商品リストを書いていく店長。

 そして紙に書きながら尋ねてくる。

「期限はあるかな?」

「んー、持ち運びの簡単な手榴弾を五つほど先に、後は今日中に送ってくれれば良い」

「了解…………っと。三千五百万ってとこだね」

「うげえ…………やっぱそんくらいするか」

 まあ仕方ない。やはりいざと言う時に賭ける命の代償を考えれば安いものだ。

「ああ、そうだ…………ついでにコレ」

 ピン、と指でそれを弾き、店長がキャッチする。

「…………何だい? 五百円?」

 手にした五百円硬貨を見て首を傾げる店長。

 

「うちに一人居候がいてな…………配達の時にそれで、いつものケーキ二つ、頼むわ」

 

 そう答える俺に、店長が微笑し。

 

「ああ、了解だ」

 

 そう答えた。

 

 




あれ? 久々に平和じゃね? 今回。

今日の有栖君のお買い物。
銃弾 2000万
爆弾 3500万
---------
合計 5500万

なんと言う金持ち………………。
まあここで書かれた金額なんてフレーバー以上の意味は無いので気にしないでください。


まあ過去話のところにさり気に重要な設定混ぜてるけど、気にしないきにしない。

ミズチ出てこなかったけど、次こそは出てくるはず…………?

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