有栖と訪問者
旅行から帰ってきてから二日後。
ようやく一段落ついたと言ったところだろうか…………。
問題は。
あの二人に未だ自身のことを説明し切れていないことだった。
あの竜宮で説明しようと思っていたのだが、俺は俺で全身怪我だらけだし、悠希も衰弱しているし、詩織も精神的にかなり弱っていて、とにもかくにも全員休養が必要だったのだ。
龍神と小夜の話に決着がついて一度全員で帰ったのは良いものの、翌日にはもう旅行から帰るので帰り支度もしないといけないし、街は水族館のことで大慌てだし、ヤタガラスもこの件のもみ消しにてんてこ舞い。
水族館には詩織たち以外にも客がいて、負傷者も死者も多数続出し、近年稀に見る惨事に俺にもヤタガラスへの出頭命令のようなものが出た。と言ってもほとんどただの事情聴取だったのだが。
そこで語った魔人との戦闘、剥離した神、そして現れた争乱絵札の姫君を名乗るサマナーの存在。
「
俺の聴取を担当した男、葛葉キョウジが俺の話を聞いてそう呟く。
「知ってるのか?」
「ああ、一番上の王と一度戦ったことがあるな…………よく生きていたな」
「俺はその王とか言うのと戦ってはいないが…………強かった、とんでも無く、な」
「姫君な…………それに先の騒動に時に会ったと言う独立固体。厄介なやつらだ」
ふう、と煙草を吹かせながらキョウジが呟く。いつもの白いスーツとは違い、今日は黒いティーシャツにジーパンとラフな格好をしている。
「随分とまあ珍しい格好だな」
「最近行っていた場所じゃあのスーツは目立つからな…………これが終わったらまた仕事だよ」
やれやれ、とため息をつくが、サングラス越しからはその目に浮かぶ感情は伺えない。
「そいつはご苦労さん。でだ。ヤタガラスでは争乱絵札について何か知らないのか?」
「分かっているだけで数年前から活動をしていること、メシアにもガイアにも、勿論クズノハにもヤタガラスにも属していない、それどころか敵対していること」
「ちょ、ちょっと待て」
キョウジの述べた言葉の内容に思わずストップをかける。キョウジもそれをわかっていたのか、みなまで言わなくても良いと、俺の疑問に答える。
「分かっている、そうこいつは異常だ…………メシアとも、クズノハとも、ガイアとも敵対している、それは言ってみればこの世界の半分以上を敵に回す行為だ」
法と秩序を司る世界最大の宗教であるメシア教。
混沌と自由を司るメイア教最大の敵であるガイア教。
そしてどちらにも属さない中立者たちをまとめる真なる中立であるクズノハ、そしてヤタガラス。
世界最大の勢力であるメイア教とガイア教、そして日本と言う一つの国に古くから根付くヤタガラスと言う巨大なサマナー組織。
これら全てを敵に回しておきながらまだ日本で事を荒立てる。
その意味を考えれば。
「戦争でもしたいのか、そいつら」
「さあな…………だが、メシア、ガイア、ヤタガラス。この三勢力から狙われておきながら未だに組織の全貌が見えていない、それだけでこいつらの異常性が分かる」
例えば、もし俺がこの三勢力を敵に回したら、真っ先にアフリカにでも逃げる。メシアは西洋において最大の勢力を誇り、ヤタガラスは日本だけにとどまらず、アジア圏において強い力を持つ、そしてガイアは世界中のあらゆるところに根付いている。
正直言って正気の沙汰ではない…………が、あの姫君の様子を見る限りは、正気などとっくの昔に失くしてしまっているのだろうことは容易に推察できた。
「そしてとある悪魔を探していることだけは分かっているな」
「とある悪魔?」
鸚鵡返しに尋ねるとキョウジが灰皿を寄せて煙草を消す。そして手を組み、両の肘を机に乗せてこちらを見る。
「可能性だけで言うならお前も十二分に気をつけるべきだ、三年前に起きたヤタガラスの支部の襲撃事件のこともある…………やつらは背後にいる組織などお構いなくやってくるぞ」
「ヤタガラス相手にそこまでやるとは…………何が狙いなんだ?」
「…………………………特異点悪魔だ」
キョウジが呟いたその言葉の意味を理解すると同時に目を見開く。
「三年前、これまでにヤタガラスが記録していた特異点悪魔についてのレポートが襲撃と同時に盗まれた。六年前にはメシア教が、二年前にはガイア教も襲撃を受けている、いずれも特異点悪魔についての情報が盗まれている」
「…………………………気をつけろって言うのは、そういうことか」
「最悪逃げてでも生き延びろ、正直言ってあの王とか言うやつ…………お前じゃ勝てないだろうよ」
勝てない、そうはっきり言われて僅かに眉を潜める。
それは別に悔しいとか言う反骨精神では無く。
「それほどの相手か?」
「ああ…………俺の体感だが、な」
キョウジの目利きは十分過ぎるほどに信用に値する。少なくとも俺は信頼している。
そのキョウジが言うのなら、かなりの相手だろう。
まあ…………だからと言って。
「つっても…………俺だけじゃ勝てない相手なんて最近多過ぎて今更だがな」
そう言って、俺はふっと笑った。
聴取も終わって明けて翌日。連休最後の日。
「えっと、お邪魔…………します」
「ここに来るのも久しぶりか?」
俺の家に朝から来客。二日前に分かれたばかりの友人たち。
さて、何から説明したものだろうか。
自宅に招きいれた友人二人を前にして、まず最初に思ったのはソレだった。
コップに薬缶からお茶を注ぎ、二人の前に出す。
普段使わない机に三人分の椅子を出し、それぞれが座ると。
「さて…………何から説明するかな」
そう切り出した。
「そう…………だね、まずはやっぱり、あの水族館にいたあの蛇のこと、かな?」
どこか戸惑いがちにそう言う詩織に、分かった、と一つ頷く。
「ミズチって知ってるか? ああ、まあ知らないだろうな…………簡単に言えば竜の一種だ。そう、竜だ、英語でドラゴン。お前らの知ってる通りの空想上の生き物だよ。この世界にはお前らが知らないだけで、幽霊、妖怪、果ては神までなんでもいる。そう言ったのを全部ひっくるめて悪魔と呼んでいて、その悪魔たちの脅威から一般市民を守ってるやつらをデビルバスターと言う」
「「…………………………」」
ぽかーん、とした表情の二人。だがそれも仕方ないだろう。正直いきなりこんなこと言われても納得できるはずも無い。
本来ならば…………だが。
「信じる信じないは勝手だけどな…………お前らはもう一度見てしまっただろ、普通じゃ有り得ない蛇の存在、そして海底に沈む不思議な御殿。有り得ないなんてことは有り得ないなんて、本当に的を得た言葉だよ」
そう言われると言い返せないのか二人が黙り込む。
「それに証拠ならあるしな」
左腕に付けた腕時計型のCOMPを操作する。
SUMMON OK?
「よんだー? さまなー」
「ヒーホー!」
「お呼びだホー」
現れた少女とカボチャおばけと雪だるまを見て二人の目を見開かれる。
「って何やってんだお前」
「んー?」
俺の背にしなだれかかってくるアリスだったが、いつものことと無視して話を進める。
「こいつらが悪魔だ。さっきのデビルバスターの中でも俺みたいに悪魔と契約して悪魔と戦うやつらを総称して
と、そこまで説明した時、詩織が少し慌てたように言う。
「ちょ、ちょっと待って…………戦うって、有栖も?!」
「ん? ああ…………そうだな」
「ってことは有栖のいつも言ってるバイトって」
それに気づいた悠希が恐る恐ると言った様子で尋ね。
「ああ、悪魔と戦ってるな」
あっさり返した。
二人が帰ったのが昼も過ぎたころと言ったところか。
どこか放心気味のまま流されるように俺の作った昼食のパスタを食べて帰した。
まだ言ってないことも多いが、あの様子では一度に言っても情報を整理しきれないだろうことは明白だったからだ。
「さて…………困ったな」
そうして俺と仲魔だけがリビングに残り…………そしてぽつりと呟く。
マグネタイトバッテリー確認、残量僅か。
予備バッテリー確認、残量零。
「…………これ不味いぞ」
そう、サマナー必須の魔法の源、マグネタイトが過日の戦いですっからかんになっていた。
正直魔法を撃つどころか、戦闘可能な状態での戦闘すら難しい。
「背に腹は変えられないか…………こうなったらキョウジに」
キョウジに適当な異界でも紹介してもらうしか、と考え携帯を取り出しキョウジの番号へとかけようとした、矢先。
ピンポーン
インターホンが鳴る、と同時に首を傾げる。
一体誰だ? 正直この家に人が訪ねてくることなど滅多に無いし、サマナー関連の話は全て携帯を通して伝えられるので、来るとしたら表の連中だろうが…………。
「悠希か詩織か? 何か忘れ物でもしたのか?」
首を傾げながら玄関の覗き窓からそっと覗く…………と。
そこに白い少女がいた。
雪のような白い髪と肌。そして白いワンピース。そして血のように煌々と紅く輝く瞳。
玄関を開き、それが見間違えでは無いことに驚きつつ。
「和泉?」
少女の名を呼んだ。
「こんにちわ、有栖君」
「………………和泉?」
思考が現実に追いつかず、思わずもう一度少女の名を呼んでみるが、現実は何ら変わらない。まあ当たり前ではあるが。
白い少女はいつものワンピースに今日は何故か麦藁帽子を被っており、ぱっと見ればどこかの良い所のお嬢様のような格好だった。その手には日傘が握られているのもそれを増徴しており、だからこそ反対の手に握られた不釣合いなトランクが目立った。
「どうしたんだ? 一体、こんなところに」
「うん…………それなんだけどね」
どこか言い辛そうに視線を逸らしながら言いよどむ和泉。
そんな彼女の姿に首を傾げるが、玄関先に何をやっているのだろうか、と気づき家の中に入るように促す。
「えっと…………じゃあ、ただい…………じゃなかった、お邪魔します」
「別にただいまでも構わないけどな…………和泉がここに住んでたことがあるのも事実なんだし」
三年ほど前だったか。
ちょうど朔良と出会ったちょうどその次の年くらいだったはずだ。
メシア教とクズノハが激突する事件があった。
そいつらはメシア教の中にあって尚異端とされる危険思想の持ち主たちで、同じメシア教内にあってすら危険視される狂気の集団だった。
聖教十字信徒。信仰心の篤さと反比例するようにその他への関心と言うものが欠落しており、同じ人間を路傍の石か何かのようにしか思っていない正真正銘のカルト集団だった。
生贄の儀式を始めとして、メシア教徒以外を異端狩りと称して無意味に殺し、挙句の果てには同じメシア教徒すらも実験と称し手にかける。それら全てが神の敵たる悪魔をより効率的に殺すための実験と言い、さもそれが当然のように振舞う。
そんな冗談みたいな存在がこの日本に存在していたのだ、数年前まで。
彼らの実験は多岐に渡ったが、その中でも目をつけられたのが。
ペルソナ能力、そう呼ばれるものだった。
人の無意識は全て集合的無意識の海によって繋がっている。
そして、その海から自身の精神の有り様を形と為し、己の心の仮面として力を引き出す。
それがペルソナだ。そしてペルソナは力を引き出しやすいように、最も己の気質に似た悪魔の姿を取ることが多い。
と言うのが彼らの説らしいのだが、ぶっちゃけペルソナを使っている本人たちが良く分かっていないのだから、使えない俺たちがどうしようと分からないものは分からない。
一つだけ言えるのは、ペルソナは悪魔の姿を類似することが多い、と言うこと。
またペルソナ次第ではあるが、その悪魔の精神のようなものが宿るらしい、と言うことだ。
例えるなら、もし俺にペルソナ能力が宿ったなら、まず間違いなく出てくるのはアリスだろう。
そして俺の能力が強ければそのアリスは仲魔であるアリスと同じような調子で言葉を話しだす。まるでアリス本人であるかのように…………と言うよりも、悪魔の意識すらも類似させてしまっているのだろう。
だからそう言ったペルソナは自分がその悪魔本人である、と言う自覚とペルソナである、と言う自覚の両方を持つらしい、難儀なことだ。
さて、問題だ。
悪魔の意識を類似するペルソナ能力。
そしてそれに目をつけたカルト集団。
導き出される答えは?
神の意識の類似。
それが彼らの目標だった。
「もう二年になるんだな、和泉が出て行って」
さきほどまで来客用に使っていた机を再利用して、二人で席に着く。
「そうだね…………うん、本当に懐かしい」
表情にありありと懐かしいと出ている和泉がキョロキョロと室内を見渡す。
「あのテレビ、買い換えたんだね」
「ん? ああ…………去年調子が悪くなってな、元々古いやつだったし買い換えた」
そんな二年前との些細な違いに苦笑する和泉を見て思わず笑う。
そんな俺の様子に気づき、和泉もくすりと笑う。
どこか穏やかな空気が流れる…………が、いつまでもそれでは話が進まないだろう。
「それで? 今日は一体何の用だ? お前がうちを訪ねるなんて初めてじゃないのか?」
案に出ていってから一度も尋ねなかったことを責めてみると、和泉がうっ、と言葉に詰まって謝罪する。
「ごめん、私もさ、色々立場がアレだから…………ここに来たら有栖君の迷惑になるかな、って思って」
「…………なるほど、けど気にするな。お前はお前らしくやってきたんだ、だったら何も恥じる必要もねえよ、堂々と来たら良い」
そう言ってやると、和泉もどこかほっとした様子で頷く。
「うん…………ありがとう、やっぱり有栖君、優しいね」
「はいはい…………そりゃどうも」
薄く笑って返すと、和泉も笑顔で返してきた。
なんかさっきと同じ雰囲気になりかけてる、と思ったので暗に続きを促してみると、それに気づいた和泉がこほん、と一度咳払いして話を続ける。
「あのね、今日はちょっとお願いがあって来たんだ」
先ほど玄関で見せたような、どこか遠慮と戸惑いを含んだ表情。
言いよどんだままの和泉にけれど続きを促すと、ぽつり、と言葉を漏らした。
「しばらくここに住ませてもらえないかな?」
そして、そのいきなりの発言に、俺もまた、目を丸くした。
ペルソナについては、公式設定を元に作った独自設定です。
公式設定が非常に曖昧なので仕方ない。
ミズチについてはまだ次の時に。
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