顔も、声も同じ…………だが、その気配は別人のそれだった。
自らを龍神と名乗った少女の姿をした何かは、薄く笑いを浮かべてこちらを見てくる。
「龍神…………? ミズチだろ?」
「ああ、そこまで分かってるんだ…………でもそうだね、
人差し指を立て、軽い口調で続ける。
「
立てられた人差し指の先が小さくスパークする。
「龍神って言うか、竜の権能だね…………虹、雷、風。まあその辺りか、あと蛟だから蜃気楼なんかも操れるね」
「風…………?」
「ガルの魔法って言えば分かるかな?」
分かる、分かってしまう。それがどういう意味なのか。
「この世界の属性は火炎、氷結、電撃、衝撃、破魔、呪殺、万能の七種だぞ?」
「へえ…………やっぱり知ってるんだ、僕たちのような存在を」
本来世界に無い魔法属性。それを使えると言うことはこの世界の法則以外を持つということ。
それら悪魔を総称して…………。
「特異点か…………お前」
大正解、と呟く龍神の口元がニィ、と吊上がった。
「ところで…………さっきあんた、
「薄々は分かっているんじゃないかな? 僕と、下で暴れてるアレは同じなんだよ」
「つまりあんたは…………和御魂ってことか」
それを告げると龍神が驚いたような、感心したような声を上げる。
「へえ…………いや、そこまで知ってるんだ。さすがに驚いたよ」
「本当にそうなのか…………なんで荒御魂と和御魂が分離してんだよ」
尋ねると、龍神が少し困ったような表情になり。
「うーん、何でだろうね…………ずっとずっと、長い間眠ってたはずなんだけど、気づいたら閉じていたはずの龍脈が開いてて目が覚めたんだ。けど起きてみたら力が全然足りない、不思議に思ってたら信仰が全然無いことに気づいた。海の中から地上を見てて分かった…………この街の人間は僕たちへの畏怖を忘れたのだと」
「それで荒御魂が生まれたのか…………?」
神の二面性とは、一種の飴と鞭だ。人を助ける和御魂だが、人がそれを当たり前とし、神への畏怖を忘れた時、神は荒御魂となり人に恐怖を与え、戒める。
信仰を忘れた人間を見て、神がどうなるかだなんてだいたい検討が付く。
龍神もその問いに頷き、話を続ける。
「そう…………そこで下で暴れてるアレが出てくる、はずだった。そう、はずだったんだ。けどね、見つけてしまったんだよ、未だに一途に信仰をくれる
そこからおかしなことになった、と龍神は言う。
「荒御魂の僕が出ている時に見つけたこの子に、他の人間なんてどうでも良くなった。ただ全ての人が忘れてしまった僕を未だに信仰してくれるこの子は一体どんな人間なのだろう、ってそう興味が沸いちゃって」
気づいたら、荒御魂の僕を残して抜け出しちゃった………………失敗失敗と苦笑いするその頭を思いっきりチョップする。
「いたっ…………何するのさ」
「お前が何してんだよ」
「ちょっとした手違いじゃないか」
「お前のその手違いのせいで、被害が甚大なんだよ!!」
こいつのせいで悪魔の存在が悠希や詩織にバレたのだと思うと、くびり殺してやろうかと思ってしまう。
と、ふと気づく。
「…………待て、じゃああの魔人は何なんだ? 明らかにあの蛇を狙ってるだろ」
ここに来た時、最初のフロアで蛇と魔人と三つ巴になったが、魔人は一切俺を狙わなかった。
それどころか逃げる俺を追おうとする蛇を足止めしていた。
だと言うのに小夜が来た時は真っ先に小夜を狙った。
蛇と足の引っ張り合いをしながら、蛇と小夜の両方を倒そうと動いていた。
だが、殺そうとはしていない…………それが引っかかる。
あの魔人だけ何なのか不明過ぎる。
「お前、あの魔人が何なのか知っているか?」
「いや、知らない…………これは本当だよ。ここ一週間くらい街の中でおかしな気配がしてたのは知ってた。だから小夜が迂闊に気配のする方向に近寄らないように、無意識に干渉して回避させてたから」
「無意識に干渉?」
「嫌な予感がする、ってやつだね…………小夜が不味いほうに行きそうになったら、背筋をぞくり、とさせたり。まあそうやって僕の存在に気づかれないように回避させてたから魔人なんて危ない存在がいたことすら知らない」
「わざわざつっこんでいくのなんてさまなーくらいだよねー」
「うっせえアリス、黙ってろ」
ふわふわと浮きながら俺の背中にいつの間にかおぶさっていたアリスに文句を言って向き直る。
「あの魔人明らかにあのミズチとお前狙ってたよな」
小夜を狙った理由は分かりきっている。小夜の中に潜んでいたものを狙ったのだ。
「あの魔人はお前らミズチを狙っている。けれど殺さずに生かして捕らえようとしている。それは何故だ?」
尋ねてみても答えは出ない。どの道あの魔人しか知らないことだ。
だったら…………。
「ぶちのめして聞くしかない…………あの魔人相手に、かあ」
きっついなあ、と愚痴を零しながら。
「さて…………行こうか」
「りょーかい」
再度階段を下りていった。
階段を下りているとふと龍神が尋ねてくる。
「そう言えばさっきの白い煙って何だったの?」
「煙…………ああ、あれか。ただの水蒸気だ」
「水蒸気? ああ、確かに一瞬熱を感じたけど…………あの莫大な量の氷を一瞬で溶かしたの?!」
「お前と同じだよ…………俺のランタンは核熱属性が使える」
「そんな属性あった? ってああ、そういうことか。だから僕と同じ」
そう言うことだ、と言うと、納得したように龍神が頷く。
それから俺も思い出したことがあったので、龍神に尋ねてみる。
「そういやお前、物理耐性あるか?」
「物理耐性? うーん、残念だけど無いね。それが何か?」
「いや、俺も一回戦っただけだけど…………物理耐性無いとあの魔人の必殺技で一発でやられる可能性高い」
「そんな攻撃さっきしてた?」
「いや…………攻撃じゃなくて威力上昇系の魔法か何かだ。ちょっと距離の開いた状態で数秒集中しなきゃいけないみたいだから、あの蛇がいる間は多分出せないだろうけれど。気をつけろ、それを使われたら物理耐性のあるフロストでさえ一発で落ちかけたぞ」
階段を下りながら、龍神へと喚起を促す。
実際一度戦っただけだが、あの魔人はやばい、俺たちと相性が最悪に近い。
「分かっているとは思うが、遠距離攻撃は全部あの刀が振るえる状況なら撃ち落されるぞ。あと攻撃は全部物理…………と言うか斬撃属性だな」
それを言うと、龍神が納得したように言ってくる。
「なるほどね…………荒御魂のほうには氷の鱗って言う斬撃に強くなって、打撃に弱くなる技があるから、だからあれだけ互角に戦ってられるんだねえ」
「お前には…………あるわけないか」
人間の…………小夜の体に憑いているこいつに鱗などあるわけも無いか。
「それはそうと、どうやったらお前ら元に戻るんだ?」
いつまでも荒御魂と和御魂が分かれっぱなしと言うのも困る。
「うーん、荒御魂のほうを思いっきりやっちゃって、弱らせてくれれば僕が主導権握ったまま戻れそうかな?」
「なるほど…………殺さない程度にやればいいんだな」
「うん、思いっきりやってくれていいよ、あれでも神だし、そうそう死なないから」
さて…………そろそろやつらのいるフロアだ。
「それじゃあ、覚悟は良いかい?」
「そりゃあ…………こっちの台詞だ」
そうして、決戦の場所へと…………足を踏み入れた。
首を伸ばし魔人へと噛み付こうとする蛇。
その首を飛ばそうとし、氷に包まれた鱗に剣が上手く届かない魔人。
そんな化物同士の戦いを見ていて思うこと。
明確な勝ち筋が見えない…………それが現状への感想だった。
どうすれば確実にあの怪物たちを倒せるか、その明確なビジョンが想像できない。
だが黙って見ていてもこれ以上手札は増えない。
「ランタン、フロスト…………またアレやるから、お前らは待機だ」
「分かったホ」
「了解だホー」
今ある手札であの化物二体を倒す必要がある。
「アリス…………あの蛇落とすぞ」
「うん…………まかせて!」
やるだけやってみよう…………ダメだったらまあ、その時考えよう。
そう、心中で呟き。
「いくぞ、アリス」
「コンセントレイト…………メギドラ!」
乱戦状態の敵へと、魔法を放った。
* * *
「さて…………こっちはこっちでやらないとね。悪いけど小夜、もう少しこの体借りるよ」
え? ええ? は、はい…………どう、ぞ?
今の状況が分かってない少女の呟きに苦笑しながら、心身にマグネタイトを漲らせながら走る。
「ふふ…………これが人間の体かあ、本当にマグネタイトが溢れてくるね」
悪魔だからこそ分かるこの感覚。悪魔の体ではマグネタイトが溢れる、と言うより自分で引き出す感覚なので、少しばかり新鮮だった。
「じゃあまずは…………小手調べに、マハジオダイン!」
フロア全体が光に包まれるような巨大な雷が蛇と魔人を襲い…………。
直撃する直前、魔人がそれを切り裂く。
「それで良いんだよ…………僕たちは電撃は吸収しちゃうからね」
だがその隙を突いて蛇が魔人の腕にその身を絡ませ、喉元へと噛み付こうとする。
それを阻止しようとする魔人と蛇の組合いが始まり…………。
そこへ黒紫の光球が直撃し、大爆発を起こす。
「メギドラ…………やっぱり強いね、彼」
正確にはその隣の魔人が、だが。
けれど従えている仲魔の強さはサマナー自身の強さでもある。魔人に妖精二匹。どれもかなりの高レベルだと感じた。それを全て従え指示を聞かせる彼はかなりのやり手だ。
今はそれが味方だと言うことに感謝しつつ、追撃を放つ。
「行くよ…………僕の全力、マハガルダイン!!!」
左の手のひらに集まった風の玉。それを腕の振りにあわせるように投擲すると、風の玉は接敵しながら序々に巨大になっていき、やがて直径十メートルを越す暴風の球体へと変化する。
メギドラにやられ、怯んでいた蛇と魔人へと近づいた球体が弾け、暴風が撒き散らされる。
そのたった一発で床が一メートル近く抉れたような後を残す強力な技、けれどそれを食らって尚、蛇も魔人も立ち上がってくる。
「散々二人で戦っておいて、まだ立ち上がってくるのか…………厄介だねえ」
呟きが聞こえたわけでも無いだろうが、ふっ、と魔人が一瞬笑ったように見え…………。
「きひっ」
嗤い声と共に刀を振り上げ…………降ろす。
「おっと」
さっ、と横に避けると、さきほどまで自身がいた場所が薙がれる。
あの距離を無視する斬撃は中々に厄介だ。
「じゃあ隠し玉二つ目と行こうか」
一人ごち、ぱっ、と両手を開くと、その手の中から半透明の何かが溢れてくる。
「イッツショータイム」
呟き、ニヤリ、と笑った。
* * *
龍神が十人に増えた。
いや、頭がおかしくなったのではなく。
分身でもしたかのように、龍神が十人ほど、横一列に並んでいる。
その内の一人を魔人が剣で切り裂く…………が剣が龍神の体を透過し、何も無い虚空を薙ぐ。
その光景で先ほど龍神が言っていた言葉を思い出す。
龍神って言うか、竜の権能だね…………虹、雷、風。まあその辺りか、あと蛟だから蜃気楼なんかも操れるね
「蜃気楼か…………」
どんな操り方したらあんな風になるのか知らないが、そこは悪魔だから何でもありなのだろう。
だとすればこれはかなり有効かもしれない。あの魔人相手には特に。
「だったら…………今のうちにあっちの蛇を叩き落す! アリス!」
「メギドラ!」
二発目の万能魔法を警戒して、ミズチがするり、とそれを避ける…………が。
「それは、予測できる」
銃口を構え、狙いを定める。
「コンセントレイト」
隣でアリスが集中を高め。
俺は銃弾を撃つ…………ミズチに直撃、弱点である火炎属性付きの属性弾だ、その動きがわずかに止まる。
そして、その瞬間。
「メギドラオン!」
アリスの放つ最大火力が襲う。
轟音。フロア全体が吹き飛ぶのではないかと錯覚するほどの衝撃。
やっぱりこんな狭いところ撃つものじゃないな、と思いつつ油断無くミズチのほうを見つつ、魔人の動向も見逃さないようにする。
「っつう…………タイミングがシビアだな」
「有栖…………すこしはずしたかも」
「何っ?!」
アリスの弱気な言葉、そして直後、爆煙の中から出てくる黒い影。
「っち、フロス…………いや、ランタン!」
温存しておきたかったがそうも言っていられない。
SUMMON OK?
ランタンが召喚され、魔法を使おうとする。
すでにミズチが目の前までやってきていて…………間に合うか?!
「アギダインだホ!」
一撃もらってでも当てる、そう言う覚悟でミズチを止めようとし、僅かに早く豪炎がミズチを包み込む。
ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!?
ミズチがのたうち回る。その巨体が落ち、ずどん、と音がする。
「さて…………こっちも非常事態だ。そのMAG、もらうぞ」
懐から取り出すのは一本のナイフ。それを振り上げ…………ミズチに向かって振り下ろす。
ザクッ、と炎で弱ってしまったミズチの鱗を切り裂き、ナイフがその体に突き立てられる。
「やっていいぞ、アリス」
「ん、きゅーま!」
アリスがそのナイフを握り、そう呟くと、ミズチが叫ぶ。
ギャァァァァァァァァ!!!
吸魔、と言うのは読んで字のごとくであり、相手のマグネタイトを吸収する技だ。
葛葉の人間などが時折使う技で、キョウジから緊急時の手段として教えてもらったことがある。
ただ無条件に吸い取れるわけでもなく、ちゃんと手順と言うものがある。
一つが相手の弱点属性を付いていること。
二つが弱点を付かれ、怯んでいる敵に傷を与えること。
この二つの条件を満たすと敵からマグネタイトを吸収できるようになる。
ただ俺はあまり近接戦をしないので、代わりにアリスにやらせているのだが。
実際あんな暴れまわる蛇を押さえつける力俺には無いし、普通の悪魔にはそんな技が使えない。
アリスは相手の生命力を奪う魔法を持っており、それと同じ要領でマグネタイトも奪えるらしいので、適任だったのだ。
「ついでに生命力ももらっとけ」
「はーい、んじゃーデスタッチ!」
そうして十秒ほどアリスに触れられ続けたミズチは、やがてその動きを弱め…………。
「やっつけたー!」
アリスに跨られたまま動きを止めた。
最後の書いててなんとなくプロレスを想像してしまった。
吸魔はあれです、葛葉ライドウ対アバドン王のマグネタイト吸奪システムのあれです。一応刀性能のところで「吸魔」ってのがあるので、そこから持ってきました。
というわけであと二話くらいで二章は終了予定。
三章はガイア教とメシア教が絡んできます。和泉メインの話ですね。
気づいてるかどうかは知りませんが、一章は朔良メインのNルート、二章は詩織(悠希も)メインのLルート。三章は和泉メインのCルートの話になってます。
でもって、四章は有栖とアリスの二人がメインの?ルートで、四章が終わったらいよいよ分岐点です。
というわけでアリスちゃんメインの話まであと12,3話くらい。
四章にはみんないないなあ、と思ってるだろうあの人たちも出てくる予定。