有栖とアリス   作:水代

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そしてまさかの連続投稿。


有栖と荒御魂

 

 会った瞬間、抱きしめられた。

「お、おい…………」

「…………………………」

 けれど、泣いている少女を突き放すこともできず…………。

「大丈夫だ…………もう、大丈夫だから」

「……………………ありすぅ」

 詩織の頭をそっと撫で、背中を摩ってやる。

 大丈夫、大丈夫と気持ちを込めて。

「…………ランタン、悠希を暖めてやれ」

「ホー!」

 ランタンが小さな火の玉を作り出すと、それをふわふわと浮かせ悠希の傍に寄せる。

「フロスト、階段のほうを見ていてくれ、アリスは今来た通路のほうを見ててくれ」

「了解だホー」

「はーい」

 仲魔たちに通路の前後を見張らせ、これでようやく一安心。

 そして見渡してみるが、詩織以外の姿は無い。

 小夜はいないのだろうか? いないのなら、それはそれで良いのだが。

 小夜は非常に不確定要素だ。白か黒か判別のつかない上に、白でも黒でもさらに別々の可能性を持っている。

 いないなら、予想しやすくて助かるのだが…………。

 

 ガアアアアアアアアアアアアアア

 

 遠くから蛇の声を聞こえ、俺の腕の中の詩織がびくり、と震える。

「大丈夫だから、いい加減落ち着け」

「……………………うん」

 ようやく落ち着いたか、俺から離れる詩織。そして周囲にいる悪魔の存在を見て目を丸くする。

「………………有栖、何これ?」

「うん、まあ…………後にしてくれ。今正直それどころじゃないし」

「え、う、うん」

 どこか納得いかない様子だったが、どうにか引いてくれた。

 傍に降ろした悠希の頬にそっと触れる。

「…………まだ冷たいな。もうしばらく頼むぞ、ランタン」

「分かったホ、サマナー」

「さまなあ?」

 詩織が不思議そうに口にする言葉を気にするなと告げ、思考に耽る。

 さて…………どうしようか?

 

 現状取れる方法が二つある。

 

 一つはこのまま二人を連れて強引に異界から脱出する方法。

 脱出したら後はヤタガラスの到着を待ち二人を保護させてから再度異界に突入、元凶たちを撃破する。

 

 二つ目は二人をここに置いて先にあの魔人と蛇を倒し、異界化を解除させる方法。

 そうすれば後はヤタガラスに事後処理してもらうだけで済むが、俺の負担は半端じゃない。

 

 そもそも昨日殺されかけたばかりの魔人とさらに蛇を同時に相手して勝てるのか? と言われれば恐らく可能だ。

 両者とも敵対しているようだったし、もうしばらく放っておいて両者が疲弊しきったら奇襲して爆破すればどちらも倒せる…………と思う。

「昨日、対戦車手榴弾使っちまったからなあ…………アレを抜けるようなのあるか?」

 あの魔人、魔法はほとんど斬ってしまうので爆発物で倒すしかないのだが、あの魔人を落とせるほどの火力の爆弾は昨日使ってしまったし、残っているのは殺傷能力の低い類のものしかない。

「アレを使うか? けど…………なあ」

 切り札中の切り札、みたいなものが一つあることはあるが…………できれば使いたくない。

「そう言えば詩織…………小夜はいないのか?」

 そう問うと、詩織がはっとなって答える。

「そうだ、小夜さん!! まだ悠希が下にいると思って行っちゃったんだよ!!!」

「行ったって、あの化物どものところにか?」

「う、うん。私も止めたんだけど、大丈夫だから、ってそれの一点張りで」

 大丈夫、ねえ…………本当に大丈夫だったら完全に黒だな。と言っても善意寄りだから恐らく問題ないだろうが。

 

 石動小夜がこの街に作られた異界の元凶であるか、否か。

 それを見極めるチャンスでもある。

 

 もし黒なら、この騒動も彼女が関わっている可能性は十分にある。

 

 と、なるとこのまま脱出する、と言う案は却下だな。

 出来れば下で何が起こっているのか把握しておきたい。

 出来れば見つからないところが良い…………そう言えば先ほど見た案内図に、入り口から入ったすぐのフロアと吹き抜けになっているフロアがあったな。

 そうと決まれば…………。

 

「詩織、しばらく悠希を見ててくれないか?」

「…………え?」

「俺はちょっと小夜の様子を見てくる」

「そんな! 危ないよ!」

 詩織がそう叫び、俺の袖を掴んでくる。

「アリス、フロスト、ランタン」

「はーい」

「ヒーホー」

「はいホ?」

 俺の声一つで集まってくる悪魔たちを見て、詩織が驚く。

「こいつらがいるから大丈夫だ…………安心しろ、ちゃんと戻ってくる」

 詩織と目を合わせ、言い聞かせるように言うと、数秒沈黙した詩織は俺の袖を放す。

「ちゃんと戻ってきてね…………聞きたいこといっぱいあるんだから」

「…………ああ、分かってる、後で全部聞かせてやるよ」

 五年前の一から今に至る十まで。

 

 もっと以前からずっと友達だったあいつらだからこそ、知って欲しくないと思う。だが同時に知ってほしいとも思う。

 

 どうしようも無く厄介なものだ…………感情ってやつは。

 

 

 

 * * *

 

 

 あれだ、あれがこの水族館をあんな風にしたやつだ。

 

 心中の声に従い、歩けばそこにいたのは確かに先ほど襲われた蛇。

 それと着流しを着て、腰に刀を差した男…………のようなもの。

 

 良く分かったね、あれはヒトじゃない。あんなものもうヒトじゃない。あれは、あれはね…………

 

 魔人。唇のみがそう呟く。それに気づいたのか気づいてないのか。

 男が嗤う。

「きひっ」

 瞬間、その手が一瞬ぶれて…………。

「マハブフダイン」

 呟きと共に目の前に出来上がった氷の壁。そしてさらにその直後、氷の壁が崩れ去る。

「今何された?」

 

 剣だよ。ただ剣を振るっただけ。その斬撃が距離を無視して飛んできた、それだけの技だよ。

 

 それだけなどというが、距離を無視すると言うことはどれほど離れていても当たると言うことではないだろうか?

 そんな自身の思いに反応するように、心中から呟きが返ってくる。

 

 そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただ問題なのはあれは技術だ、魔法じゃないから一切のマグネタイト消費が無い。

 

「まぐね……たいと……?」

 聞いたことの無い言葉に首を傾げる。

 

 魔法の源、みたいなものだと思っていればいいよ。キミに分かりやすいように言うなら、ゲームで言うMPだよ。

 

 言いたいことはなんとなく分かった。恐らくさきほど氷の壁を作った時に抜け出ていった何かがソレなのだろう。

 男がこちらに気を取られているその僅かな隙を突いてあの蛇の怪物が男へと襲いかかる。

 

 今だ、今なら両方巻き込める…………アレだよ。

 

「メギド」

 指先から放たれた黒紫色の光の弾が高速で射出され、大爆発を起こした。

 

 すぐに気づいたことだが、悠希はすでにいなかった。

 誰かが助けたのか、それともすでに…………。

「大丈夫、よね…………?」

 せめて、信じるくらいは、させて欲しかった。

 

 爆破の煙が晴れていく。

 その奥から見える二つの影。

 

「止めないと…………」

 こいつらだけは…………ここで食い止めないといけない。

 詩織さんのところには絶対に行かせない。

 そう、決心した。

 

 

 * * *

 

 

「なるほど…………敵が接近している状態だとあの魔法の撃ち落しは使えないのか」

 上から見る限り小夜の状況は悪い。やることなすことがワンテンポ遅れている。例えるなら他人の指示を聞きながら行動しているような…………。

 だが魔人と蛇が互いに足を引っ張り合っているからこそ何とか拮抗している、と言うところか。

「にしても…………やっと分かったぜあの蛇」

 感じる力に神聖さの欠片も無かったので気づくのが遅れたが…………。

 

「ミズチだな、ありゃ」

 龍神様ってのも、あのミズチのことだろう。龍神とは別ものかもしれないが、ミズチも蛟竜と言う、龍の一種ではあると言う説もあるし、同じ水神であることには間違いない。

 ただし不完全だ。神霊は荒御魂と和御霊の二つの側面を持つと言われている。

 日本の神の特徴とも言えるだろう、人に仇なし、人を恐れさせる荒御魂と人を助け、人を畏れさせる和御魂。

 往々にして天災と天運、両方を司るのが日本の神々だ。特に土着神にそう言った類のものが多い。

 眼下にいるミズチは狂ったように暴れまわるばかりで、ソレが一向に収まる気配が無い。

「荒御魂だな、完全に…………倒すか? それとも、戻すか?」

 荒御魂と和御魂はコインの表と裏だ。荒御魂もひっくり返せば和御魂となる。

 だから無闇矢鱈に倒してしまうのが正しい選択とも言えない。

 

「と、すると小夜は何だ?」

 あそこに神がいるのなら、何故小夜はあんな力を持っている?

 少なくとも今朝会った時にはあんな巨大な力持っていなかった。これでも俺は危機察知能力は高いと自負しているつもりだが、その俺が小夜に会って何も感じなかった。別に自身の感覚が絶対だと思っているわけでも無いが、やはり悪魔の蔓延る裏の世界に関わった者からは大なり小なり、そう言った気配がするものだ。だが今朝の小夜からはそれが一切感じられず、今の小夜からビンビンと感じる。

 考えられるのは二つ、一つは俺の探りを誤魔化せるほどに完璧な隠蔽をしていた。ただ悪魔の権能ならともかく、あの素人同然の身のこなしの少女にそんなことが出来るのだろうか?

 と、なると可能性はもう一つ。

 今朝会ってから、今ここに至るまでの間に今の力を手に入れた、か。

 ただ問題となるのは…………。

 

 あれは異能ではない。

 

 先天的にそう言った魔法を使える異能者と言うのはいないことも無い。あれほど強大になれるかは置いといて、そう言ったケースは無くもないのだが…………。

 小夜の場合、神が力を貸しているかのような気配がする。

 だがどの神が小夜に力を貸していると言うのだ? 一番の候補であったはずのミズチはああして暴れ狂っていると言うのに。

「……………………って、やばい!!」

 自身がこうして見ている間にも刻々と状況が変化していく。

 ふと気づけば…………小夜が魔人と蛇、両者に追い詰められていた。

 

 

 * * *

 

 

 不味いよ、次の攻撃急いで。

 

「絶対……零度!」

 放たれた極寒の魔法、だが魔人の一閃であっさりとかき消され、その合間を縫って蛇が襲い掛かってくる。

「う、あああああああああ!!」

 暴れまくり、物理スキルで蛇を殴るが、強引にのしかかられる。

 

 ガアアアアアアアアアアアアアアアアア!

 

 不味い! 何とか脱出を!

 

 「分かってるけど、どうすれば良いんですか!!?」

 不味い。それは分かっている。こちらの魔法はあの魔人に切り裂かれ、多少の物理攻撃では押し通される。

 しかも今回は相手の攻撃を避けきれず、とうとう捕まってしまった。

 今にもその口が開いて呑み込まれそうな状況で、ふと蛇の目元にある傷を見つける。

「っ、ブフ!」

 相手の目元を狙って氷の弾丸を撃ち出す。魔法自体にダメージは無かったようだが、目元への衝撃で痛みを思い出したか、蛇が暴れ拘束から逃れる。

「きひひっ」

 そして逃れた先には魔人が剣を構えていて…………。

 

 小夜!!!

 

 心中の声が自身の名を呼ぶが…………無理だ。目と鼻の先ほどのこの距離、避けるのも防ぐにも難しい。

 頑張ったけど、ダメだったな…………そんな諦めにも似た感情が自身の中を駆け巡り…………。

 

「メギドラオンだホ!」

 

 直後に聞こえた声。そして感じた熱。

 ボォォォォォン、と言う爆音。

 爆風に煽られ、地を転がり、平衡感覚を取り戻すより早く自身の手を何かに掴まれた。

 捕まった、と思った途端、ぐいっ、と引っ張られる感覚。

 その手から伝わる温かさに、それがヒトの手であると気づく。

「走れ」

 一瞬聞こえた声に引っ張られるがままに白い煙で前も後ろも分からないままに走る。

「階段だ、転ぶなよ」

 その注意の声を聞き、下を見ながら急ぎ足で階段を登る。

 二階までは先ほどの白い煙も届いてはおらず、自身の引っ張って来た人物を見て、驚く。

「有栖さん?!」

「……………………何とかなったか、無茶するな、お前」

 そこにいたのはここにはいないはずの人物。

「サマナー、追って来ないみたいだホ」

 そして階下の白い煙の中からカボチゃ頭のオバケが現れる。

 

 ジャックランタン…………? この有栖って子、召喚師なのかな?

 

「召喚師?」

 心中の声を思わず先ほどの癖で呟き、有栖が振り向く。

「………………誰と会話してる?」

「えっ…………な、何が?」

「俺の予想だと、お前神に憑かれてるな…………さっきの戦闘も一々反応が遅れてるのも、指示を聞きながら戦ってた、って言うなら納得できる」

 そのものずばりな核心を突く言葉に、思わず動揺する。

「だが一体何が憑いてる? 俺の予想だと龍神様、とやらだと思っていたが、その龍神様とやらは下にいるしな」

 視線をこちらを射抜いてくる、その有無を言わさぬ雰囲気に気後れしそうになる。

 

 この子、かなり詳しく調べてるね…………こっちのこともだいたいバレてる。

 

 ど、どうすれば…………そんな心中への問いかけに、一言、代わって、との答え。

 直後、沈んでいくような感覚。意識だけははっきりとしているのに、体は動かせない金縛りのような状態に陥る。

「うん? あー、うん。大丈夫だね」

 勝手に動く自身の体は喉に軽くトントン、と手を当て、二、三度発生すると有栖へと向き直り。

 

「ああ、うん。こんにちわ、僕が龍神だよ」

 

 そう言った。

 

 




今日の目標:一万字以上…………達成。

うーん、小夜が不思議と主人公っぽい。

しかし感想で質問とかされたことほとんど無い気がするけど、この意味不明世界に読者さんたち付いて来てるのだろうか…………?
作者ですらちょっと置いてけぼり状態なのに。

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