有栖とアリス   作:水代

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有栖と旅館

 

 

 

 夜。

 旅館に戻ったのは夕暮れ半ば。と言っても日の長くなってくる五月だ。時間にすれば六時近かった。

 それから三時間ほど経った現在。

 すでに夕食も終え、旅館の目玉である温泉にも入った。

 ああ、そこまでは良かった。

 現在時刻九時。普段ならまだ起きているような時間だが、今日一日歩きまわった疲れと、温泉で火照った体が空調の効いた室内の風に冷やされている心地よさに全員ウトウトとしだし、もう今日は寝てしまうか、と言う話になる。

 和室の部屋にベッドなどあるわけも無く、当然敷布団が押入れに入っていた。

 そう…………ちょうど三人分。

 どうしてもっと早く気づかなかったのか。

「ねえ…………私もここで寝るの?」

 チラシに書いてあったこの旅行の煽りは()()()()

 

 そう、つまり全員一部屋で寝ることを想定されていた。

 

 いくら友人同士と言えど男女で同じ部屋で寝ると言うのはさすがに抵抗がある…………特に詩織が。

 

 と言っても今から一部屋取る、と言うには時間が遅すぎる上に金がかかり過ぎる。

 詩織など一つの学園の理事長の孫娘ではあるが、所詮は学生の身。それほど多くの金銭を所持しているわけでも無い。

「う…………うう…………分かったわよ。我慢すれば良いんでしょ」

 最終的に詩織が折れた。俺たちとしても無理強いさせるつもりは無かったが、その空気を察した詩織が自ら折れた。

「つっても本気で嫌ならもう一部屋取るぞ?」

 俺の言葉に悠希が財布の中身を気にしながらも頷く。だが詩織が首を振る。

「いいよ、まだ今日を抜いても二泊もあるのに、そんなお金勿体無いし…………それに二人なら大丈夫でしょ?」

 まあ小学校からずっと友人している仲ではあるし、正直俺的にはどうでも良いのだが。

 俺の場合アリスと言う見た目女の子なのが昔から傍にいて、朝起きると時々潜り込んでいたりするので、あまり異性と同じ部屋で寝ることに対して忌避感は無い。慣れとも言うが。

 ただ悠希や詩織はそうではないだろうと思ってのことだったのだが、その気遣いが余計に詩織を頑なにしてしまったようだった。

「…………じゃあとりあえず荷物で仕切って寝るか。電気消すぞ?」

「いいよー」

「こっちもいいぞ」

「んじゃ、おやすみ」

 俺が電気のスイッチを消すと、室内が真っ暗になる。

 そしてすぐ傍の一番入り口近くに敷いた布団の中に潜り込むと、そのまま目を閉じる。

 一日の疲れのせいか、すぐに意識が薄れていき、すぐに眠りについた。

 

 

 

 りす…………有栖。

 揺さぶられ、呼びかけられる声に目を覚ます。開いた瞼。見えた視界には金髪の少女の顔。

「アリスか…………?」

「おはよー? こんばんわ?」

「どっちでも良いが、まあ寝起きだからおはよう、だな。今何時だ?」

 枕元に置いていた携帯を手繰り寄せ時間を見るとちょうど午前零時。

「良い時間だ」

「それじゃ、しゅっぱつだね」

「ああ」

 寝る前にCOMP内のアリスに午前零時ごろになったら起こすように頼んでおいたのは、この街に来た当初の目的のためだ。

「とりあえず街中は省くぞ」

 見つからないようにこっそりと抜け出す、案外深夜と言うのは客が寝静まって暇になるので受付(フロント)に誰もいない、と言うことは良くあるのだ。

 特にこの旅館の受付はまだ俺たちと同じくらいの年頃の小夜、誰かと交代しているだろうが、小夜に聞いた話によればこの旅館は夜には従業員の大半が帰る、とのこと。だとすればフロントに入っている人間も別の仕事と掛け持ちで長時間はいないだろう。まあそもそも見つかっても構わないのだが、残してきた二人に知られたくは無いので見つからない方向で行く。

「どうだアリス? いるか?」

「だれもいないよ、さまなー」

 アリスの返事にそっと顔を出し、受付に誰もいないことを確認。耳を澄まし誰かがやってくる様子も無いことを確認すると玄関から抜け出す。

 

 大半の悪魔と言うのは一般人には見えない。

 分かりやすく言えば霊感、と言うやつだ。

 幽霊が見える人間を指して、霊感があるなどと言うこともあるが、幽霊も悪魔の一種なのだから悪魔を見るのにも霊感が必要になる。

 と言ってもこれは非活性マグネタイトのことであり、これが体内にあると近くにいる悪魔の同じく非活性マグネタイトで構成させた肉体に反応し、その姿を直感的に読み取り、視覚的に映し出す。

 非活性マグネタイトは基本的にはCOMPバッテリーに吸収されるのだが、物質に宿ることも多々としてある。

 活性マグネタイトとは違うあまり多量には吸収されない、と言うか吸収されても器からこぼれて漏れていくせいであまり多く留めることは出来ないのだが、多少ならば人間の体にも宿るのだ。

 まあ何が言いたいかと言うと、常日頃から悪魔と戦いマグネタイトを浴び続けているデビルバスターならともかく、一般人が悪魔を見ることはほとんど無い。

 いつぞやの呪いのように、肉体を持っていると物質的に見えてしまうのであれは例外だが。

 またある程度強大な力を持っていると、内包する力の大きさに存在が強固になってしまうため、物理にまで干渉し、視認できるようになってしまう。

 このある程度、と言うのが厄介で、だいたいレベル15を超えた辺りから誰でも見えるようになってしまう。

 と言うわけで今のアリスはいつぞやも使った写し身でレベル1まで下げているので一般人には見えない。

 戦闘になった時一度戻さないといけないのだが、俺を起こす時に万が一、他の二人が起きていたらアリスの姿を見られることになるので最初から写し身を召喚していた。

 

 旅館を出ると暗い空に波の音が響いていた。

 周囲を崖に囲まれ、下は海。こんな暗い中で歩くのは危険だろう。

「どうするかねえ…………」

 はっきり言ってどこを探索するなどと具体的には何も決まっていない。

 情報が少な過ぎる、街中以外、だけでは探しようが無い。

 と言うか街自体が山に囲まれ、さらには海にも面していると言う性質上、どこに異界があってもおかしくなく、それはつまりどこもかしこも調べつくさないといけないと言うことで…………。

「方法は三つだな」

 一つは先も言ったが片っ端からしらみつぶしに調べていく方法。

 ただこれは時間がかかり過ぎる。中心である街を除いたとしても可能性のありそうな街を囲う山々はいくつもあり、海辺にだって可能性はある。

 二つ目は異界の場所を術式で探していく方法。これなら旅館に居てもできるが代わりにかなり長期間になる上に術者の力量次第なところがあり、俺程度の腕で探し当てることができるか非常に微妙なこと。

 三つ目は異界の主の正体を探り当て、そこから場所を導きだすこと。山なら山に伝承を持つ悪魔、海なら海に伝承を持つ悪魔、街なら都市伝説として噂される悪魔、など異界を起こす主は大体が自身の住みかを中心に異界化させるので悪魔の伝承から場所の特定をしやすい傾向にある。勿論いつかのジャックフロストの時のように例外もあるのだが。

「やっぱ三番目だな」

 一番現実的なのはそれだろう。一つ目はもう個人でやることではないし、二つ目は力量の高い術者がやることだ。どちらも無い俺は三番目くらいしか選択の余地が無い。

 人間側が意図的な異界化を引き起こすと全く当てにならないのだが、今回の場合、龍脈の乱れによる自然発生型の異界だ、だったら中心となる主の住処が異界の所在地と考えて良いだろう。

「と、なるとやっぱ情報が必要か」

 この街の伝承などがあると分かりやすいのだが…………こうなると昼間に街へ行けなかったことが悔やまれる。

「とりあえず今日はこの辺適当に見回って見て終わりにすr」

 

 ぞくり、と。背筋が凍るような怖気。

 

 昼の喫茶店のものとはまた違う。

 それは、純粋なまでの殺意。

 背中を指す殺意、その出所は…………。

「おいおい、冗談だろ…………」

 視線をやる。その先にあるのは…………街。

 ここから距離にして十キロ以上も離れた街から感じる殺気。

 あそこに、何かが…………いる。

「…………………………行く、しかねえよな、やっぱ」

 何かがある。何かがいる。何かが起こる。

 それが異界化と関係あるかどうかは分からないが。

 

 行ってみるしかない。

 

 

 夜の街。帝都…………東京都内、と言っても端っこのほうにある田舎街だ、夜になれば人通りも減って街を照らすのは夜に開く店の明かりばかりで全体的に薄暗い。

 一つ脇道に反れれば途端闇に包まれるような一寸先も見通せないような暗さ。

 刺すような殺気は相変わらず続いている。

 途中で気づいたが、これはマグネタイト伝播だ。マグネタイトに感受性の高い、簡単に言えば霊感の強い人間や悪魔にしか気づけない感情の波。

 つまり相手が悪魔か何かであることは確実。普通に人間がいたなんてことは有り得ないだろう。

 ズキン、と刺すような痛みを感じる。濃密になったマグネタイトが文字通り体感できるまでに強くなった殺気を伝えてくる。

 それは、つまり殺気の主に近づいている、と言うことだ。

 そうして進み続け、暗い路地裏を感じる感覚を頼りに進んで行き、たどり着いたのは街中の小さな公園。

 

 ザッザッザ…………足音が誰もいない公園に木霊する。

 感じる。もうここまで来ると嵐のような殺意一色に染まった感情の波。

 ここだ、ここに何か…………いる。

 

 そう、思った瞬間。

 

「くひっ」

 

 小さな笑い。

 そして、反転。

 一瞬にして世界が紅く染まった。

 

「きひっ」

 

 笑い声。

 いる、確かに。

 いつの間にか、知らぬ間に、気づかぬ間に。

 そこに、()()

 

「くひっ、くひっひ…………きひひひひひひ」

 

 笑っている。狂ったような笑みで、狂ったような笑いを発しているソレ。

 男だ。二十代後半と言ったとこか。時代遅れな着流し、そして腰には帯刀。

 まるで時代劇の中から飛び出した来てような

 

「くひひひっひっひ…………ああ、来たよ来たよ、蜘蛛の糸を手繰って、地獄目指して新しい獲物がやってきたよ」

 

 笑っている。血に塗れた唇が弧を描く。紅く光る瞳が愉快そうに揺れている。

 明らかな狂人。異常な精神性。そして…………通常の悪魔ならざるその気配。

 俺は…………こいつらを知っている。

 否、正確にはこいつらのような存在を知っている。

「おいおい…………今日は新月じゃねえぞ」

 そうだ、そうだ! そうだ!!

 五年前、あの日だ。俺の両親を殺し、俺を殺しかけたあの悪魔。

 

「何でこんなところに魔人がいるんだよ」

 

 不運の象徴。絶望の証。

 新月の夜に不用意に出歩く愚か者だけが不運にも出くわす、その悪魔たちを総称して。

 

 魔人と言う。

 

「良く知ってる。だが新月にやってくるやつらはオレとは別物さ、きっひっひ」

 

 腰に差した刀を抜く。

 ああ、分かってはいたが。

「魔人ってのはどいつもこいつも、結局同じだな」

 SAMMON OK?

 俺の周囲に現れた三体。これで準備は出来た。

「くひっひ、よく分かっている…………結局オレたち「力でしか語れない、だろ」…………良く分かってるじゃないか」

 全くどいつもこいつも。

「カラスの連中は何やってやがったんだよ…………街中が安全だ? 全然安全じゃねえよ、魔人がいるぞ」

 本当に。

「魔人は不幸しか振りまかない。まさに天災だ」

 いらつくやつばっかりだ。

「だから…………」

 だから。

 

「ここでくたばれ!」

「オレの糧となれ!」

 

 

 

 夜中にふとトイレに行きたくなり目が覚める。

 目を覚ました時、一瞬自身のいたところがどこか分からず混乱するが、宿泊先の旅館だと気づき眠っている他二人を蹴飛ばさないように慎重に廊下に出ようとして。

 ずぼ、と入り口付近の布団を蹴ってしまう。

 たしか寝てたのは有栖だったか…………?

「起きてないよな…………?」

 そっと布団を確認し、そこに誰もいないことに気づく。

 注意深く観察する。テレビの探偵ドラマでやっていたように布団をめくって手を置いてみる。

「冷たい」

 時刻は午前十二時三十分。布団は冷たい、という事は有栖が布団から出たのは五分や十分程度前ではないだろう。

「どこ行ったんだ、あいつ?」

 よく見れば有栖の荷物が弄られたような形跡。

 詩織のほうをふと見て、寝息が聞こえる、よく寝ている。

 という事は有栖一人。

「…………もしかして」

 思い当たる節が一つ。

「バイトか?」

 アイツのバイトが夜に多いのは知っていたが、まさかこんな時まで?

「……………………行ってみる、か?」

 ずっと黙っていた。有栖が言いたくなさそうだったから。

 だが、不審には思っていた。あいつがいつも怪我して帰ってくるから。

 今なら…………もしかすれば、確かめることが、できる?

 そう思うと自然と体が動いた。部屋を出て玄関へ向かって歩く。

 受付には今の時間帯は誰もいないようで、誰にも気づかれること無く部屋を出れた。

 外に出るとさすがにまだ春だからか、ひんやりとした風が背筋を撫でる。

 ゾクゾクとした気配を感じながら周囲を見渡す。誰かがいる気配も無い。

 携帯を取り出し時刻を確認、午前十二時四十分。

 周辺にはいない、もし有栖がいるとすれば…………。

「街か?」

 石動さんに教えてもらった抜け道を使えば十分ほどだ。

 そう考え、記憶を頼りにまた洞窟を目指そうとして。

 元から崖の近くだったせいか…………携帯の光で目が暗闇に慣れていなかったせいか…………それとも考え事をしながら歩いていたせいか。

 悠希が気づいた時にはもう遅い、その足は崖を踏み抜き。

 

「うわああああああああああああああああああああ」

 

 崖から…………暗い暗い海の中へと、消えていった。

 

 後には咄嗟に手放しその場に転がった携帯が一つ。

 

 




アリス「わたしのみずぎはー? こんかいやるってやくそくしたよね?」

ま、待て、落ち着け、話合おう。というか言い訳を聞いてくれ、話せば分かる。

という訳でまたもや水着回をすっぽかして魔人登場です。
ちょこっと設定変えたけど、これは予定通りです。タイミングは大分変えたけど、今回の話で魔人出てくるのは確定してました。

ところで水着回ですが。
シュミレートした結果二種類ありまして。
「なつだーみずぎだーうみだー」「今五月だぞ?」
って感じの普通の海水浴のシーン。

でもう一個が。
「さまなー、おせなかおながしするよー」「いや、別にいいんだが、いいて、いや、マジでいいから、ちょ、やめ……アー」
な感じのアリスちゃんと 温 泉 のシーン。温泉ですよ、 温  泉 !

どっちにしようかと思って現在悩み中。
もういっそ両方出しちゃえよ、と言う場合、流れの中で書けそうだったら書くことに。と言うわけでも今回は見送りました。

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