「これでいいんでしょうか」
名無しがその場でくるりと回った。
「うん、良い感じだよ。ごめんね、アタシのお古しかなくて」
「そんなことないです。これ、すごく素敵です。ありがとうございます」
名無しはペコリと冴子に頭を下げた。
「なっちゃん、変わったわね。少し前なら、謝ってたでしょ」
冴子は嬉しそうに名無しをからかった。
「皆さんのおかげです。皆さんが、優しくしてくれたから」
冴子は実の子の成長を見守る様に、優しい顔で笑った。
「いってきな。遅くならないようにね」
「はい、いってきます」
名無しが玄関を出ると、月子と勇次郎が待っていた。
「わぁ! なっちゃんすごく綺麗!」
月子は自分の事の様に、はしゃいだ。
「月子さんも、とても可愛いですよ」
月子の浴衣は、大きな金魚が胸元と膝部分に刺繍されており、普段から元気の塊のような月子に、大人しさを加えた、少女と大人の中間のような印象を与えた。
「さすがなっちゃん、見る目があるぅ。うちのバカ兄とは大違い」
「あんだとバカ妹」
勇次郎は紺の浴衣に、黒の帯締めを身に着けていた。一見無骨な印象だが、少しいかめしい勇次郎の顔つきと、少し癖毛っぽい黒髪と相まって、男らしい日本男児そのものだった。
「勇次郎さんも、その、格好いいですよ」
「おう」
名無しは、そんな勇次郎を直視できないでいた。
一方、勇次郎は遠慮なく名無しを見ていた。
「うん、月子の言う通り、綺麗だ」
感慨深く言う勇次郎に、名無しはさらに恥ずかしくなった。
名無しの浴衣は、多くのアジサイが刺繍されており、それを纏める帯はひまわりのように眩しい黄色だった。普段から大人しい印象が強い名無しに、儚さと美しさが重なって、妖艶な雰囲気が出ていた。
勇次郎と名無しの間に、しばしの沈黙が続いた。
「ほら、いくよ! お祭り終わっちゃうよ」
耐え切れなくなった月子が、二人の手を引いた。
それに引っ張られながら、勇次郎と名無しは互いにはにかんだ。
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豊漁祭の会場は、村の中心にある大きな広場だった。
その広場に続くいくつかの道には、屋台が多く立ち並んでいた。
「すごく多いですね。こんなにこの村に人がいたんですね」
「この村だけじゃなくて、都市部からも結構参加者がいるんだ。やっぱりみんな、美味いもんが好きなんだよなぁ」
勇次郎は生唾を飲み込んだ。
「お兄ちゃん? 今日はわたし達のお供なんだから。勝手にどこかいっちゃ駄目だよ!」
「はいはい、分かってま」
「きゃぁぁぁ! みかちゃん! 久しぶりぃぃぃ! 咲ちゃんも! 元気してた!?」
勇次郎が返事をする前に、月子は学校の友達らしき女の子たちのところへ行ってしまった。
「お兄ちゃーん。アタシは大丈夫だから、なっちゃんのことよろしくねー」
最後にそう言って、月子は完全に人混みの中に消えてしまった。
「……」
「……」
しばらく無言で固まった二人は、お互いに苦笑いして歩を進めた。
「月子さんは、久しぶりに友達に会えて、相当嬉しかったんですね」
「もしくは、なにも考えず行き当たりばったりで生活しているかだな」
勇次郎が茶化すと、名無しはクスクスと笑った。
「本当に仲がいいんですね。羨ましいです」
「なっちゃんには、兄弟とか、いたのか?」
勇次郎の質問に、名無しは表情を曇らせた。
「たぶん……いました。羨ましいと思うと同時に、懐かしくも思えましたから」
「きっと、なっちゃんのこと、心配してるだろう」
「どうでしょう。案外、平気な顔してるかもしれませんよ」
「だったら……ずっとうちに居られるな」
「え……?」
「お、あそこの磯辺焼き、すごく美味いんだ。行こう」
勇次郎が名無しに手を差し出した。
名無しは、しっかりとその手を握った。
確かな決心を胸に、名無しは勇次郎と歩いた。