深海凄艦との戦闘から一か月が過ぎた。それまでの間、色々なことがあった。
村の鎮守府が完成したという知らせが届いた時、勇次郎と名取は複雑な気持ちでその知らせを聞いた。
せっかく仲良くなった者とも別れなくてはいけないという事実が辛かったのだ。
「次は合同演習でもしよう。そうすればまた会えるさ」
棗はそう言ったが、やはり寂しさは拭えなかった。
そんな勇次郎たちを見て、暁達第六駆逐隊が主催し、送別会を開いてくれた。
「歓迎会もするの忘れてたし、いいんじゃないかな」
棗も賛成し、スポンサーを得た暁達は、鎮守府中の艦娘、整備部や補給舎のメアリー、鎮守府の関係者を全員を招待した。日程は勇次郎たちが横須賀を発つ前日となった。
大規模になった送迎会は、間宮の従業員による料理や、事務課の一発芸で沸いた。
「いやぁ、今日は楽しぃねぇ」
棗は日本酒を片手に楽しそうに宴会と化した送別会を見ていた。
「はい……」
勇次郎は、それでも少し影を残した顔で同じく日本酒を飲んでいた。
「そんなに名残惜しいかい」
「もちろんです」
自分の鎮守府が褒められたように思い、棗は嬉しそうに日本酒をあおる。
「でも、もうひとつ。不安なことが」
「なんだい?」
「俺が、明日から提督だっていうのが信じられなくて」
勇次郎は不安げに棗に尋ねる。
「俺、ちゃんとやっていけるんですかね。なっちゃんと二人で、あの村を護って、深海凄艦と戦って。棗さんみたいにうまくやれる自信ないです」
棗は目を丸くした。そして、頭を抱える。
「君と名取君の二人じゃ無理だろうね。でもうちから何人か整備師や事務員や」
「それはすごく感謝してます。貴重な、大切な人員を」
「話は最後まで聞きなさい。君に言うのを忘れていたことがあったんだ。というか本人たちから言うものだとばかり」
棗はその場で立ち上がり大声を上げた。
「じゅーーだいはっぴょーーー」
少しふらついた足取りで、周囲の視線を集める。木曾や扶桑が支えようとしているのを、手で制した。
「たぶん知ってる人もいると思うが、明日この鎮守府を発つのは勇次郎君と名取君だけではない。僕のえりすぐりの整備部から二人、事務員も数人、そして――」
皆が黙りこくったところで、勇次郎にとって衝撃的な発言が飛んだ。
「艦娘も数人、移転する」
そこで周囲がざわついた。
「それは提督が選んだのか?」
木曾が尋ねる。
「最初はそうやって移転してくれる子を探そうとしたんだが、その必要がなくなった。なんと驚くなかれ、自主的に、勇次郎君に付いて行くと言った艦娘がいる。よっ、色男」
あんたが言うなというヤジが飛び交った。
「まぁまぁ。それで、その艦娘を今正式に発表する」
赤ら顔を抑え、真剣な目で周囲を見渡す。もう茶化す輩はいなかった。
「川内型一番艦、川内」
「よろしく頼むよ、勇次郎」
川内はビールのはいったジョッキを持ち上げる。
「陽炎型一番艦、陽炎」
「よろしく……」
少し恥ずかしそうに手を上げた。
「金剛型三番艦、榛名」
「よろしくお願いします!」
隣に座る比叡は酔ったせいか知らないが涙を流しながら榛名に抱き付く。
「今言ったものは明日から勇次郎君の率いる鎮守府所属になる。一生会えないわけじゃないが、気軽に会えなくなる。もし他に勇次郎に付いて行きたい艦娘がいたら名乗りあげてくれ。あと一隻ぐらいなら余裕がある」
勇次郎の隣に座っていた名取は、ある一人の少女を探していた。
「いいのか……締め切るぞ!」
島風がとある少女の肩を叩く。
「別の鎮守府でも、連絡は取れるし、ここで出遅れたら一生後悔すると思うなー」
少女は親友の助言に苦笑いし、大きく深呼吸をする。
「よし、締め切っ」
「夕雲型四番艦! 長波!」
周囲からひときわ大きいざわめきが起こる。特に整備部の数名が涙を流しているのが見えた。
棗はその名乗りを待っていたと言わんばかりに、手帳に何かを書き込んでいた。
「よし、これで締め切りだ。みんな、もっと騒げ!」
会場は再び興奮に包まれた。勇次郎が呆けていると、周囲にはいつの間にか新しい仲間が集っていた。
「いやぁ月子に会うの楽しみだなぁ」
「まぁ大変そうだし? 助けてやろっかなって。海に突き落としたことのお詫びも含めてね」
「榛名は大丈夫です! 頑張ります!」
「お前の、自分の中の筋を通すところが気に入った。アタシもついていくよ」
勇次郎は混乱した様子で、名取に目をやった。
「……騒がしくなりそうですね」
「……だな」
勇次郎は周囲の面々に頭を下げる。
「みんなありがとう。頼りないかもしんないけど、よろしく頼む」
「あはは、まったく礼儀正しいねぇ」
また赤ら顔に戻った棗は、勇次郎の盃に日本酒を注ぐ。
「これでもまだ不安かい?」
勇次郎は首を横に振り、棗にも頭を下げた。
「いいえ。ありがとうございます。みんなが誇れる提督になりたいと思います」
その眼差しからは不安が消え、芽吹いたばかりの若葉のような輝きを持っていた。