暁がVピースを向ける横で、敵の戦艦の身体が眩しく光はじめ、その中から一人の少女が現れた。
「……暁ちゃん、あれ」
名取の指さす先に、視線を向け、暁は驚愕の表情を見せた。
「新しい艦娘よ! 久しぶりに見たわ」
暁は名取の手を引いて、少女の傍に立った。少女は気を失っているようで、海面に仰向けに倒れ込んでいた。腰まで伸びた黒髪は、巫女装束のような着物によく映える。
「この服、比叡さんと似てる、というかそっくりですね」
「金剛型かしら。比叡に聞きましょう」
無線で比叡を呼ぶと、比叡は長波を抱えすぐさま駆け付けた。
「これは……榛名でしょうか」
比叡は倒れている少女を抱きかかえ、立ち上がった。
「とにもかくにも、一度鎮守府に帰りましょう」
「そうね、川内と扶桑と合流して帰るわ」
そこで暁は思い出したように無線に通信を入れる。
「涼? こちら暁、終わったわ」
「暁の無線から全部聞いてたよ。ただ途中にも連絡は欲しかったかな」
「忙しかったんだからしょうがないじゃない。それより、新しい艦娘も連れて帰るから、みんなに伝えておいて。あとメアリーさんと整備部にも連絡」
「もう済ませてるよ。木曾達も無事に帰ってきた。お疲れ様、目標完了だ。ありがとう」
「なっちゃん、無事か?」
無線が勇次郎に手渡された。
「勇次郎さん! はい、……長波ちゃんも無事です」
「名取!」
長波がその場でジタバタと暴れるが、水しぶきがぴちゃぴちゃと跳ねるだけだった。
「そうか、よかった。お疲れさま」
「お、おう。まぁな」
照れる長波を見て、みんなが微笑む。
「榛名は私が運びますから、名取さん、長波ちゃんをお願いします」
「はい」
長波を肩に担ぎ、名取は海を滑った。まだ夜が明けるまで時間があった。
暗い海の上には綺麗な月が輝き、その輝きは暁たちを鎮守府まで照らした。
「おそーい。もうとっくに終わってるよ」
「川内さんさっきまであんなに静かだったのに、またいつものに戻ってしまいました」
苦笑する扶桑と騒ぎ立てる川内が暁の作る隊列に加わった。
「暁ちゃん」
川内に長波を預けた名取は、暁に並んだ。
「どうしたの?」
「私には、暁ちゃんみたいに自分も相手も助けるっていうのは難しいと思う」
暁は口を閉ざし、続きを促した。
「それでも、今日、暁ちゃんと一緒に戦って、それがどういうことか分かったし、いつかは暁ちゃんみたいになりたい」
「……それって私が一人前のれでぃーってことかしら」
暁はいたずらっぽい顔で名取をからかう。
「ふふ、うん。暁ちゃんは立派なレディーだよ」
「本気で言ってないでしょ! まったく」
頬を膨らませ、そのあとやっぱり笑い出す。それは年相応の感情豊かな子供のものだが、その背中には名取よりもずっと重いものを背負っている。
名取は暁の顔を眺めて、思う。
なんて強い子なんだろうと。
そこで鎮守府に来た時から覚えていた疑問が氷解する。
暁は強い。横須賀鎮守府の中で一番。それは戦闘面ではなく、精神面でもなく、おそらくそれは、『人間として』強いということなのだろう。
深海凄艦との最前線で戦うこの少女を、勇次郎と名取は強く心に刻んだ。