もう終わりだろうかと思った名取は、すれ違う白い巫女服のような着物が見えた。
「痛たたた」
軽い言葉で砲撃を受けきったのは、比叡だった。
「遅れました。比叡推参です」
「比叡さん!? 大丈夫なんですか!?」
「はい! 気合でなんとか」
「気合……」
名取の困惑する表情を見て、比叡は慌てて訂正した。
「戦艦だから、敵の主砲の一発二発は問題なしです!」
しかし背中に広がる主砲のうち、二基はおかしな方向に曲がっている。
「でもちょっと痛いですね」
あははと笑う比叡は、表情を引き締め、敵戦艦を睨む。戦艦は戦況の逆転を感じ、ゆっくりと後退していた。
「比叡、あなたは長波をお願い」
後ろから颯爽と現れた長波が比叡に指示を出す。
「あの戦艦は、暁と名取で倒すわ」
「暁さん! 向こうの戦闘は……」
「あらかた終わっているわ。残りの処理は扶桑と川内に任せてる」
その描写を想像したところで怖くなり、名取は思考を止めた。
「じゃあ暁ちゃん、名取さん。私と長波ちゃんの分もやってきてください!」
こくりと頷き、暁は敵に向かっていった。
「名取!」
「長波ちゃん……」
「ありがとな」
長波に笑顔を返し、暁の後を追った。
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敵は既に後退を始め、暗雲の方向に向かっていった。
「敵はまだやる気みたいね」
「わ、わたし達二人で大丈夫でしょうか」
「名取は敵に超接近して、零距離で砲撃して。その後、雷撃よ」
「でも敵の位置が……」
暗闇の奥から小さな爆発音が聞こえた。二人は進行方向を少しずらし、砲撃を避ける。
「雲に入れば敵もこちらの位置が分からなくなるわ。作戦はこうよ」
暁が端的にそれを伝えると、名取は首を振った。
「そんなの危なすぎます! 暁ちゃんが危険に」
「名取、言ったでしょ。暁は沈まない。安心しなさい」
一瞬暁の笑顔が見え、それは雲に入ると同時に消えた。
「チャンスは一回。あなたならできるわ」
無線から入る通信に、名取は答えた。
「絶対に成功させます」
「……右に三〇度、そろそろ敵が近いはずよ」
暁の指示に従い方向を変える。
何も見えない空間で、波の音と見えない威圧感だけが感覚を刺激した。
「三、二……」
主砲を構え、魚雷をいつでも撃てるように調整する。
「一……、零!」
暁の肩の上の探照灯が眩しい光を暗闇に放った。すばやく周囲に視線を配り、敵を照らした。敵は暁から数メートルの位置で主砲を急いで暁に向けている。
「名取! 今よ!」
「撃て!」
敵が標準を合わせる前に、暁と名取は敵に零距離から主砲を放った。暁は腹部に、名取は背中に、それぞれ命中させた。
大きな爆風の後、一瞬の安堵が名取を包んだが、探照灯に照らされる煙と炎の中にゆらりと動く敵の姿が見え、気を再び引き締めた。
「離れて!」
暁は探照灯を消し、全力で離れた。名取も同様だ。
あてずっぽうに放たれた敵の攻撃は、暁のすぐそばに着弾した。
「今よ、魚雷発射!」
名取は暗闇の中で敵の位置が見えないと思っていたが、暁が大丈夫だと言っていたことの意味が分かった。
暗闇の中、敵戦艦の身体は、暁と名取が主砲を当てた部分が鈍く光っていた。
「はい!」
鈍い光に向けて魚雷を発射する。数秒後、悲痛な叫びと爆発音が混じった音と共に敵が燃え盛る様子が映った。
敵は恨みがましい表情でこちらを睨む。勝敗は一瞬で決した。
雲が流れ月の光が差し始め、敵の沈んでいく姿がはっきりと見えた。
「さぁ名取、帰るわよ」
「暁ちゃんは、全部計算してたの?」
名取は暁の行動の全てに関心していた。
「なにをよ。暁がいつも考えているのは、どうやってみんなを護るかと、どうやって自分を護るかってことだけよ」
暁は子供らしいVピースを名取に向ける。
「暁が一番なんだから!」