「マジぃな」
長波は自身の背中に装備されている艤装に目をやる。エンジンのような働きをするはずのそれは、黒い煙を上げ、苦しそうな音を上げるだけだった。
「心臓部をやられたのか……」
長波の脳裏には、メアリーの忠告が響いていた。
『夕雲型はこの背中の艤装が心臓となって海を滑るのさ。逆に言えば、戦闘中これが破損したら、その場から動くことはできないだろうね』
額から冷たい汗が流れはじめたところで、暁から通信が入った。
「長波、どうしたの」
「艤装がやられて動けない。アタシは後でいいから、敵艦をやってくれ」
「――敵を倒したらすぐ行くから、待ってなさい」
敵が周囲に見当たらないことを考慮し、暁は長波の提案に乗ることにした。
通信が切れたところで、遠くから聞こえる砲撃音を聞きながら、長波は空を見上げた。
敵戦艦がいると思われる雲は、風向きを変え、戦闘場所から少しずれた位置に進んでいた。
できることがなにもない長波は、自然と先ほどの通信のことを思い出していた。
『長波、頑張れ』
間にはもっと多くの言葉が隠れていたが、長波にはその一言だけが鮮明に思い出されていた。自然とにやけていたことに気づき、頬をはたく。
「戦闘中だってのに、何考えてんだか」
自分のことながら呆れる。
勇次郎に会ったのは数日前のことだというのに、なぜ心に強く引っかかるのだろう。
その先に思考を進めたところで、恥ずかしくなり周囲に再び目を向けた。
「なっ……」
ある一点に視線が向けられたとき、長波の顔から血の気が引いた。
「――なんでそこにいるんだよッ!」
先ほど姿を消した戦艦が、悠然と長波の方向に進行していた。
その後ろには、煙を上げながら沈みかけている戦艦の姿があった。
「煙に紛れて……機会をうかがってやがったのか」
戦艦は進む。
気味の悪い笑顔を張り付け。
「くそっ!」
射程距離には程遠いが、長波は主砲を撃つ。
戦艦の前に小さな水柱が立つが、敵は微塵も気にしないようで、脇腹から生える主砲を向け、ニンマリと笑う。
沈メ。
そんな言葉が聞こえた気がした。
いつだって沈む覚悟はできていた。長波に乗った船員たちは、皆一様に肝が据わり、どんな絶望にも屈せず、そんな姿を見ていた長波は、自分もその一員だと信じていた。
常々そう思っていた長波は今、歯を震わせ、涙を流していた。一番驚いていたのはおそらく自身だった。死ぬ覚悟は戦う誇りだった。
その長波が今思うことはただ一つ、たった一人の人間の傍で生きたいということだった。
「勇……次郎」
敵の主砲が光る。長波は無力な自分を悔やみ、静かに目を閉じる。
「……次があるなら、あいつの隣に」
神様に聞こえるほどの小さな声で呟く。返事など期待していなかった。
しかし、そのつぶやきに応えるものがいた。
「次になんかいかせない!」
悲鳴に似た声が長波の手を引いた。
「逃げるよ!」
「な、名取?」
名取が長波の肩を持ち、最大速力でその場から離れる。その瞬間、身の丈を優に超すほどの水柱が上がる。
「どうしてここに……」
「暁ちゃんが一応長波を助けに行けって。間に合って良かった」
遠くで始まっている砲撃戦の音を聞きながら、長波は暁に感謝した。
「名取、ありがとう。あたし、大切な気持ちに気づいた」
「……負けないです」
二人は苦笑する。その二人の近くにまた砲撃が飛んだ。
「敵が近づいてくる。不味いな、追いつかれる」
名取は後ろに視線を向けた。
そこには笑みが消え、憎悪の感情がむき出しになった敵の姿があった。
「絶対に離しません」
それは長波に言っているようで、自分自身に言っているようだった。
「敵からの砲撃が来る!」
名取は右に進路をずらした。なんとかその一撃は交わしたが、先ほどよりも確実に狙いが定まっていた。
「……万事急すってやつかな」
「あと少しで、皆さんが来てくれます。大丈夫」
再び砲撃音が響く。同時に足元すぐ近くに着弾した。
「くそっ」
長波を掴む名取の腕に力がこもる。
コレデオ終イダ。
そんな言葉が名取達の胸に響いたところで、凄まじい爆発音が名取たちを襲った。