一斉射撃の第一射は敵に命中した。しかし戦艦は無傷で、命中したのは重巡一隻と軽巡一隻だ。砲撃を受け、敵もこちらの位置を把握した様子で、砲塔をこちらに向け撃ってきた。
「右に転換! 速力最大!」
暁の指示通りに全員が一斉に動く。綺麗に描かれた半円の白波の先には、大きな水柱が上がった。
「名取、その調子」
暁は驚いていた。昼間とはまるで別人の動きだ。おどおどとした態度は消え失せ、鋭い光がその眼を輝かせていた。
「いいねぇ。夜戦って感じで」
川内は主砲の装填を完了させ、再び敵に向ける。
「比叡、扶桑、準備はどう?」
「問題なし! 第二射いつでもどうぞ!」
「四基八門、いつでもいけるわ」
皆が第二射の準備ができていた。暁は速度を一度落とすように指示し、作戦を伝える。
「次は接近して戦艦を狙うわ。戦艦さえ沈めれば、長距離からの砲撃戦に持ち込める。少し危険が伴うけど、中距離からなら強い砲撃は来ない。行くわよ!」
再び速度を上げ、敵に接近する。敵もこちらに正面からぶつかってきた。どちらも単縦陣、敵の先頭は目標の一隻、戦艦だ。大きな盾のようなものの中心に砲身があり、それをこちらに向けている。
「目標正面! 撃てぇぇぇ!」
合図と共に砲撃が戦艦に襲い掛かる。六隻の艦娘の砲撃をその身一つで受けた戦艦は、ゆっくりと沈んでいった。
「……っ! 左に転換、ジグザグに!」
暁の動きに焦りが混じった様子が見えた。名取は先ほど倒れた戦艦の方に目をやり、その理由がわかった。
「全速力! 敵からの砲撃が来るわ!」
モクモクと煙を上げる戦艦の後ろから、もう一隻の戦艦がこちらに向かっていた。白と黒のコントラストが特徴のセーラー服を着た戦艦はその脇腹から主砲を二門こちらに向けていた。その顔には凍り付いたような笑顔が張り付けられ、恐怖を誘う。
暁の動きに沿うと、敵の砲撃が見えているように、綺麗にそれを避けて進んでいた。
しかし、戦艦の奥には軽巡と重巡が待っており、それらの砲撃も戦艦に続いた。
「くそぉ!」
長波の苦し気な声と耳障りな金属音が響いた。
「長波! どうしたの!?」
「少しかすっただけだ。問題ない」
長波はそう返答し、暁もそれを聞いてホッとした。
「距離を取ってもう一度、次で残りの戦艦を沈めるわ」
皆が頷き、次弾を装填した。赤く光る薬莢が海に落ち、色を飲まれながら消えていった。
「行くわ!」
再び敵に向き合った瞬間、違和感が艦隊を包んだ。
「戦艦はどこにいったの」
一直線にこちらに進んだ来る敵艦は、軽巡と重巡が一隻ずつで、不敵に笑っていた戦艦の姿はどこにもなかった。
「……全員、速度を少し落として。比叡、電探に反応は?」
「ないね。どこかに逃げたか、さもなくば――」
「動きを止めて潜んでる、か」
周囲を見渡し、暁はそこで敵がそのように動いた理由が分かった。
「あの雲……スコール?」
暁の視線の先には、曇天が立ち込め、その下には月明かりも通さない暗闇が待っていた。
「あそこに隠れてる可能性が高い。攻撃される前に他の二隻を沈めるわ!」
主砲を先頭の重巡に合わせ、引き金に指を乗せる。
視界の隅には先ほど沈んだ戦艦がモクモクと煙をあげ燃えていた。その一帯だけが鈍く光っていた。
「! 全員、ついてきて! 敵に先手を取られた!」
暁は進行方向を斜めにずらし、速力を上げた。
射程距離についたところで、敵重巡が主砲を光らせた。
腰からうねるように生えている主砲が唸り、鋭い弾道を描き襲ってきた。
「っくそ!」
長波がそれを受け、苦しみの声を上げる。
「長波!」
「大丈夫! まだ動ける!」
幸い直撃を避けたようで、艤装の一部が小さな煙を上げただけの様子だ。
「――全員、撃て!」
敵とのすれ違いざまに砲撃を仕掛ける。しかし敵の速力が上回ったのか、重巡の続く軽巡に一部命中したのみだ。
「敵軽巡、小破。このまま進むと雲にぶつかるわ。旋回のち、再び砲撃!」
暁が旋回し、再び敵に向かって進む。主砲の装填も完了し、次こそは先手を取れるよう狙いを定めた。
「暁ちゃん!」
名取の悲痛じみた叫びが暁の耳をつんざく。
「どうしたの、名取」
「長波ちゃんが、長波ちゃんが動けない!」
サッと暁が後ろに目を向けると、離れたところに長波が片足をついているのが見えた。
「長波!」
「マジぃな」
長波は苦し気に呟いた。