「暁、こちら棗、状況報告を頼む」
暁が耳に手をやり、無線からの通信に耳を傾ける。
「あと十分くらいで連絡があった場所に着くわ。もうそろそろ木曾達が見えてくるはず」
遠くから波の音に混じって、砲撃の音が聞こえた。
「全員、戦闘準備。このまま単縦で進むわ」
棗にもその音が聞こえたのか、声に慎重さが加わった。
「敵は軽巡二隻、重巡三隻、戦艦一隻。火力なら負けてはいない。落ち着いて行動するんだ」
「わかったわ」
暁は後ろにいる名取に目をやった。昼間よりはしっかりと動けているが、主砲を握る手が震えているのは変わらない。
暁は比叡に先頭を譲り、名取に並んだ。
「名取……撃てるか怖い?」
暁の言葉に名取は頷く。
「名取はなんのために戦うの?」
「え、えっと……。勇次郎さんのためです。あの人とあの人の家族と、あの村を護りたいからです」
「そのためなら、自分が沈んでも構わない?」
名取はその問に、はっきりと頷いた。
「私の命一つでみんなが助かるなら」
「それは間違いよ」
暁が答えの途中にも関わらず一蹴する。
「それは、やってはいけないことよ。私はみんなを沈めないために戦うし、自分が沈まないために戦う。艦娘になったばかりの頃、妹たちに怒られちゃったの。それしか手段がないとしても、残されたものたちに残るのは行き場のない悲しみ」
「それでも私は……」
「名取、せっかくこうやって自分の好きに扱える身体を手に入れたのよ。そんな悲しい選択は選ばなくてもいいのよ」
暁は力一杯の笑顔を名取に向け、彼女を励ました。
「みんなが生きる選択をしましょう」
「暁! 木曾達が見えた!」
比叡の言葉に、暁は表情を引き締める。
「名取、あなたは強い。大切なものを思いながら戦うあなたは強いわ。でもその大切の中にあなたもいれてあげてね」
暁は素早く先頭に戻り、指示を出した。
「全員、速度を上げて。敵からの砲撃も始まる。夜に紛れて敵を撃滅するわ!」
名取にも、遠くに島風、木曾、木曾に肩を担がれている霞が見えた。
「島風!」
長波の声に、島風がこちらに顔を向けた。口の動きから言いたいことが容易に分かった。
「……悪かったよ、遅れて。今すぐ助ける!」
「敵艦発見! ……軽巡二、重巡……」
そこで暁は言葉を区切り、無線に状況を伝えた。
「敵、軽巡二、重巡二、戦艦二……、艦種誤認ね」
無線の奥で、棗と勇次郎が息を飲む。
「増援を送るか?」
「準備だけお願い」
暁は全員に通信を繋いだ。
「火力はわずかに向こうが上。それでも、ここで、暁達が討つ。大丈夫?」
その言葉に皆が答える。
「気合入ってます!」
「もちろんよ」
「待ちに待った夜戦だぁぁぁ!」
「任せろ!」
「が、がんばります!」
棗はそれを聞き、力強く頷く。
「敵艦を迎撃し、仲間を救護せよ! お前たちならできる!」
棗の激励の後、無線にザラザラとした音が混じる。
「……なっちゃん?」
「ゆ、勇次郎さん?」
名取は慌てて耳に手を当てた。
「初めてのちゃんとした出撃が慌ただしくなっちゃって、ごめんな。誰が悪いっていうわけじゃないんだけどさ、謝りたくなって」
「そ、そんな。勇次郎さんが謝ることじゃ……」
「なっちゃん、頑張ってとしかここから俺は言えない。でも、言う。頑張れ!」
「……はい。頑張ります!」
名取の腕から震えが消えた。視線は遠くに映る敵艦を捉えた。
「それともうひとつ」
「はい?」
「帰ったら、月子や親父たちへの土産を考えよう。だから帰ってこい」
「――もちろんです」
そんな名取を見て、長波は苦笑した。こんなところで惚気るなよ、と思いながら、その実羨ましく思っていた。それが行為に向けてなのか、名取に向けてなのかはよく分からなかった。
「それと長波」
「アタシぃ!?」
「川内、比叡さん、扶桑さん、暁」
素っ頓狂な声を上げた長波は耳を赤くしながら、続きを待った。
「みんなも、頑張って、帰ってきてくれ」
「……分かってるよ」
長波が答え、無線は再び棗のもとに戻った。
「というわけだ。頼んだよ」
「「「「「「了解」」」」」」
苦しい表情の木曾達が暁達の横を通り過ぎる。
木曾達を追い越し、暁達は敵艦に主砲を向ける。
追い抜く瞬間の木曾の表情が、名取の心に火をつけた。
「みんなで帰る」
暁の開戦の言葉と被ったその言葉は誰にも聞こえていなかったが、皆がその言葉を胸に抱いていた。
「撃てぇぇぇぇ!」