水平線の少女   作:宵闇@ねこまんま

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最前線の少女(20)

「暁、こちら棗、状況報告を頼む」

 暁が耳に手をやり、無線からの通信に耳を傾ける。

「あと十分くらいで連絡があった場所に着くわ。もうそろそろ木曾達が見えてくるはず」

 遠くから波の音に混じって、砲撃の音が聞こえた。

「全員、戦闘準備。このまま単縦で進むわ」

 棗にもその音が聞こえたのか、声に慎重さが加わった。

「敵は軽巡二隻、重巡三隻、戦艦一隻。火力なら負けてはいない。落ち着いて行動するんだ」

「わかったわ」

 暁は後ろにいる名取に目をやった。昼間よりはしっかりと動けているが、主砲を握る手が震えているのは変わらない。

 暁は比叡に先頭を譲り、名取に並んだ。

「名取……撃てるか怖い?」

 暁の言葉に名取は頷く。

「名取はなんのために戦うの?」

「え、えっと……。勇次郎さんのためです。あの人とあの人の家族と、あの村を護りたいからです」

「そのためなら、自分が沈んでも構わない?」

 名取はその問に、はっきりと頷いた。

「私の命一つでみんなが助かるなら」

「それは間違いよ」

 暁が答えの途中にも関わらず一蹴する。

「それは、やってはいけないことよ。私はみんなを沈めないために戦うし、自分が沈まないために戦う。艦娘になったばかりの頃、妹たちに怒られちゃったの。それしか手段がないとしても、残されたものたちに残るのは行き場のない悲しみ」

「それでも私は……」

「名取、せっかくこうやって自分の好きに扱える身体を手に入れたのよ。そんな悲しい選択は選ばなくてもいいのよ」

 暁は力一杯の笑顔を名取に向け、彼女を励ました。

「みんなが生きる選択をしましょう」

「暁! 木曾達が見えた!」

 比叡の言葉に、暁は表情を引き締める。

「名取、あなたは強い。大切なものを思いながら戦うあなたは強いわ。でもその大切の中にあなたもいれてあげてね」

 暁は素早く先頭に戻り、指示を出した。

「全員、速度を上げて。敵からの砲撃も始まる。夜に紛れて敵を撃滅するわ!」

 名取にも、遠くに島風、木曾、木曾に肩を担がれている霞が見えた。

「島風!」

 長波の声に、島風がこちらに顔を向けた。口の動きから言いたいことが容易に分かった。

「……悪かったよ、遅れて。今すぐ助ける!」

「敵艦発見! ……軽巡二、重巡……」

 そこで暁は言葉を区切り、無線に状況を伝えた。

「敵、軽巡二、重巡二、戦艦二……、艦種誤認ね」

 無線の奥で、棗と勇次郎が息を飲む。

「増援を送るか?」

「準備だけお願い」

 暁は全員に通信を繋いだ。

「火力はわずかに向こうが上。それでも、ここで、暁達が討つ。大丈夫?」

 その言葉に皆が答える。

「気合入ってます!」

「もちろんよ」

「待ちに待った夜戦だぁぁぁ!」

「任せろ!」

「が、がんばります!」

 棗はそれを聞き、力強く頷く。

「敵艦を迎撃し、仲間を救護せよ! お前たちならできる!」

 棗の激励の後、無線にザラザラとした音が混じる。

「……なっちゃん?」

「ゆ、勇次郎さん?」

 名取は慌てて耳に手を当てた。

「初めてのちゃんとした出撃が慌ただしくなっちゃって、ごめんな。誰が悪いっていうわけじゃないんだけどさ、謝りたくなって」

「そ、そんな。勇次郎さんが謝ることじゃ……」

「なっちゃん、頑張ってとしかここから俺は言えない。でも、言う。頑張れ!」

「……はい。頑張ります!」

 名取の腕から震えが消えた。視線は遠くに映る敵艦を捉えた。

「それともうひとつ」

「はい?」

「帰ったら、月子や親父たちへの土産を考えよう。だから帰ってこい」

「――もちろんです」

 そんな名取を見て、長波は苦笑した。こんなところで惚気るなよ、と思いながら、その実羨ましく思っていた。それが行為に向けてなのか、名取に向けてなのかはよく分からなかった。

「それと長波」

「アタシぃ!?」

「川内、比叡さん、扶桑さん、暁」

 素っ頓狂な声を上げた長波は耳を赤くしながら、続きを待った。

「みんなも、頑張って、帰ってきてくれ」

「……分かってるよ」

 長波が答え、無線は再び棗のもとに戻った。

「というわけだ。頼んだよ」

「「「「「「了解」」」」」」

 苦しい表情の木曾達が暁達の横を通り過ぎる。

 木曾達を追い越し、暁達は敵艦に主砲を向ける。

 追い抜く瞬間の木曾の表情が、名取の心に火をつけた。

「みんなで帰る」

 暁の開戦の言葉と被ったその言葉は誰にも聞こえていなかったが、皆がその言葉を胸に抱いていた。

「撃てぇぇぇぇ!」


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