水平線の少女   作:宵闇@ねこまんま

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最前線の少女(18)

 棗の机の上に置かれたトランシーバーのような無線通信機がノイズの混じった音を響かせた。

「哨戒班の木曾達かな。でも帰ってくるには早すぎると思うけど……」

 棗がソファから立ち上がり、ゆっくりと立ち上がり無線に手を伸ばした瞬間、ノイズと共に確かな砲撃音が聞こえた。

 すばやく無線を取り、暁に目配せをする。

 暁は頷き、別の通信機を手に取る。

「こちら執務室、なにがあった」

「提督か? こちら木曾、鎮守府沖を哨戒中、敵の待ち伏せにあった。小さい島に隠れてたんだ」

 通信機の向こうの木曾は悔しそうな声で報告する。

「了解した。被害状況、敵の数、艦種はわかるか?」

「敵は恐らく六隻、軽巡二隻、重巡三隻、戦艦一隻だと思われる。被害状況は……」

 一息間を置いて、木曾はさらに苦しそうに言った。

「島風中破、木曾中破、……霞が大破だ」

 暁の顔から血の気がサッと引いた。

 棗は顔色こそ変えないが、拳を固く握り震わせている。

「今なんとか霞を曳いて撤退している。敵も追ってきている。……すまない、提督。俺が付いていながら」

「謝るな木曾。すぐに向かう。なんとかそのまま逃げてくれ」

「……私は置いて行きなさい」

 木曾の隣から小さな声が聞こえた。弱り切った霞の声だ。

「そんなことできるわけ」

「そんなこと俺が許さん!」

 木曾が言い切る前に、棗は怒声を飛ばした。

「ちゃんと帰って来なさい。帰ってこなかったら怒るからな」

「……分かったわよ」

 霞が渋々了承し、勇次郎は暁に指示を出した。

「暁、出撃できる艦は?」

「涼……!」

 暁は幼い眼を鋭くして、首を振った。それを見た棗は無線の通話口を押え、暁を促した。

「ほとんどの子が演習で疲労して今すぐには動けない。今ここから招集をかけてたら間に合わない」

 事実だけを淡々と告げた暁は、歯を食いしばって必死に思考を張り巡らせていた。

 棗も同様に考えを張り巡らせ、ある一つの考えに至った。

「……今から言うメンバーを集めてくれ」

 暁も一瞬遅れて棗と同様の考えに至った。

「川内、長波、扶桑、比叡」

 それは今日の演習に参加していないメンバーだった。

「私も行くわ」

 その言葉に勇次郎は驚いた。疲労で言うなら、今日の演習で一番疲労しているのは暁に間違いなかったからだ。

「行けるのかい?」

「もちろんよ。暁に任せなさい」

 胸にトンと拳を打ち、自信に満ちた顔を棗に返した。

「……任せるよ。これで五人、あと一人……」

 棗は勇次郎に目を向け、その隣にいる少女に視線を続けた。

「名取君、大変心苦しいんだが、行ってもらえないか?」

 名取は苦しい顔を上げた。その肩は小さく震えていた。

「勇次郎君、名取君は君の鎮守府の艦娘だが、今回の戦闘、彼女の力が必要だ」

「でもなっちゃんは撃てないんじゃ」

「これが荒療治だ。これで治らなかったら、もう後は時間に任せるしかない」

「俺はなっちゃんを護るために提督になりました。戦える状態ならともかく、今の状態のなっちゃんを戦闘に向かわせるのは、反対でず」

 棗は頭を抱えるが、勇次郎の言い分も理解していた。

「……五隻で出撃す」

「名取、あなたはそれでいいの?」

 棗の言葉を遮り、暁は震える名取に厳しい言葉を投げかけた。

「あなたは艦娘として、この状況を見過ごしてもかまわないの?」

「おい暁!」

 勇次郎が暁に食ってかかろうとするのを、棗が止めた。

「あなたがどういう理由で戦闘を行うのか知らないけど、仲間が沈むのを黙ってみていられるの?」

「それは……」

 名取は言葉を続けることなく、ただ首を横に振った。

「だったら、行かなきゃだめよ。一生後悔するわ」

 暁の眼の奥に、激しい感情の昂りが見えた。

「勇次郎さん、私」

 名取はそれを見て、感じて、心臓が不思議な鼓動を打った気がした。

「――なっちゃん?」

「私、行きます」

 名取を見た勇次郎は、前の戦いで名取が見せた、迷いが消えた雰囲気を感じた。

「いけるんだな?」

「行きます。そして、帰ってきます」

「……暁、棗さん、なっちゃんをお願いします」

 勇次郎は頭を下げた。それを見た棗は肩を叩く。

「こちらこそ、ありがとう。木曾、艦隊を編成して向かう。なんとか持ちこたえてくれ」

 無線の向こうの木曾に棗が伝える。その言葉には強い意志が溢れていた。それは木曾にも伝わっただろう。

「了解だ」

 無線が一度途切れ、棗が目を配らせる。

「いやぁ、良い話だねぇ」

 開いた窓の外から、静かな夜だと言うのに、やけに明るい声が聞こえた。

「川内、あんたいつの間に」

「最初の方から聞いてたよー。夜戦の香りがして」

 ニシシと笑う川内を見て、暁は溜息をつく。

「じゃあ、出撃も問題ないわね」

「もちろん、夜戦だー!」

「あとは長波と扶桑、比叡か……」

 棗は無線を手に取った。

「扶桑と比叡にはさっき戦艦寮に無線で連絡したわ。すぐ来るって」

「ならあとは長波か、駆逐寮に連絡しないと」

「長波なら今ここに来てるよ」

 川内は窓枠に腰掛け、主砲を愛おしそうに撫でながら言った。

「さっき下歩いてるの見たから声かけといた」

 その言葉を言い終わらないうちに、執務室の扉が大きな音を立てて開いた。

「島風達が……危ないって……」

 息を切らしながら絶え絶えに言葉を紡ぐ。

 続いて比叡と扶桑も現れる。

「比叡、気合十分です!」

「扶桑、いつでも出撃できます」

 そして執務室に出撃のメンバーが全員そろった。

「夜分遅くにすまない。哨戒中の木曾達が敵の奇襲にあった。これを迎撃する。第一目標は木曾達の保護、第二目標はお前たちの帰投だ。頼む!」

 棗の敬礼に、全員が敬礼を返し、執務室から慌ただしく去っていった。


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