「暁が指示を出すから、それに従って行動してね」
暁の言葉に、名取は子羊のように震えながら頷いた。
「大丈夫クマ。重巡の二人がさっさとやってくれるクマ。な、加古」
「ん? ふぁ~……そうだねー」
「言ったクマな? ちゃんと敵倒すクマよ」
球磨は過去に何かあったのか、やたらと加古に詰め寄る。古鷹は二人の間を取り持つように、穏やかな笑顔を浮かべた。
「まぁまぁ、私もがんばりますから」
「……球磨もがんばるクマ」
古鷹には強く言えないのか、大人しく引き下がった。名取はそれを見て、苦笑いを浮かべた。
「まぁ暁に従えば問題はないわよ。名取も、移動する時は前の人にスムーズに付いて行けばいいのよ。それで射撃の合図がきたら、撃つ。それだけ」
「演習なんだし、そんなに重くならなくていいわ。これはいかに強いか、っていうことより、いかに連携が取れるかってことだから」
陽炎と暁の励ましに、名取は曖昧に頷いた。
上手くやろうとすればするほど、脳裏には前の深海凄艦との戦闘が浮かんだ。あの時は無我夢中で、頭には勇次郎たちのことしかなかった。今は、不安と焦りがごちゃまぜになったものに包まれていた。
遠くから空砲が聞こえた。
「出るわ。単縦陣よ」
暁、陽炎、球磨に続いて進んだ。海を滑る最中、名取の頭には何もかもが入っていて、それでいて何も理解できないような混沌とした状態に陥っていた。
「名取ぃ、少しぶれてるよー」
後ろから加古の声が聞こえ、名取は慌てて体勢を整えた。しかし、そうしてる間に球磨との間に少し距離ができてしまった。
「敵は単横?。……少し近寄ったらこっちは加古を先頭にした輪形陣に移行。左右は古鷹、球磨、中心に私、私の後ろに名取、陽炎で続いて」
先頭の暁が指示を出した。数秒後、単縦陣はゆっくりと輪形陣に移っていった。
名取はその動きに不器用ながら付いて行った。名取が暁の後ろについたことを確認すると、暁は構えの合図を出した。
「主砲、構え。撃ったらそのまま右に急速転換。敵の射程から逃げるわ」
名取は震える右腕を左腕で押さえ、遠く先に見える守の艦隊に主砲を向ける。その瞬間、名取はあの軽巡の悲し気な顔が脳裏に映った。光の涙を流す彼女は、腕の主砲をこちらに向けていた。
「撃て!」
周囲に轟音が流れる中、名取はその引き金を引くことができなかった。
「名取?」
暁は名取をチラリと見た。名取は困惑した表情で暁を見つめ返した。その時、敵の砲撃の音が聞こえた。
「転換!」
名取はその指示に一歩遅れ、球磨にぶつかり、後ろに続いた陽炎も1テンポ遅れ、敵の砲撃の雨に直接撃たれた。
結果、名取、球磨、陽炎はどうみても大破と言えるほど赤く染まっていた。
「あの……」
「ドンマイクマ」
「さぁ戻りましょう」
陽炎と球磨は砲撃を交わした暁たちと離れ、提督たちの待つ船に戻っていった。名取は足取り重く、球磨たちから少し離れて滑った。
「うーん、少しまずいかな」
棗は苦しい顔で、戻ってくる球磨たちを見ていた。
勇次郎もその言葉の意味をよく理解していた。今のは明らかに名取が原因となった失敗だ。たぶん名取もそれをよく理解しているのだろう。1キロほど離れている距離からでも落ち込んだ顔が分かる。
「あれは、何かトラウマでも抱えている者の動きだな」
「そうですね。撃てなかったのも、何かが邪魔しているようでした」
しかし、勇次郎の考えとは異なる意見を二人の提督は述べた。
「勇次郎君、原因がわかるかい?」
「いえ、なっちゃんとそういう話はあまりしないので……。前の戦闘をどうやって潜り抜けたか、とかそういう話はなっちゃんも話しにくそうにしているので」
「難しいところだよね……。人のトラウマってのは。とりあえずまた数回出してみようか」
そこで一度会話は打ち切られ、帰ってきた球磨たちと反省点の話になった。
しかしその後、名取は数回演習に参加したが、一度も引き金を引くことはできなかった。