水平線の少女   作:宵闇@ねこまんま

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最前線の少女(15)

「今日はよろしく頼む」

 差し出された手を、棗は快く握り返した。

「こちらこそ。守さん」

 手の持ち主は、笑顔を浮かべる棗と対照的に仏頂面だった。頭が棗の肩ほどの高さで、つりあがった目尻と頬に残る一本の傷は、周囲に威圧感を与えた。

 彼は佐渡島守と言う、大湊鎮守府の提督だ。今日は横須賀と大湊の両鎮守府での合同演習を行うので、大湊から護衛艦(艦娘ではない一般の艦)に乗り、十名ほどの艦娘と共に横須賀に来航したのだ。

「今日は陸奥さんはご一緒じゃないんですか?」

「あぁ、鎮守府で留守番だ。今日は水雷戦の演習が軸だから、戦艦は必要ないと思ってな」

 守の隣に立つ少女は辺りをきょろきょろと見渡していた。薄紫色の髪を肩にかけ、袖と襟が青色のセーラー服を着た少女だ。あまりに周囲を見渡すものだから、守は耐え切れず、少女の肩を叩いた。

「衣笠、古鷹たちのところに行ってもいいぞ。演習が始まるころには戻って来いよ」

「さっき古鷹から加古を起こすのに少し時間がかかるって連絡があったよ。まだ寮にいるんじゃないかな」

「ありがと、提督、棗さん」

 衣笠は重巡寮の方向に足取り軽く駆けて行った。

「あいつはそそっかしくて困る」

 守は溜息をついて、勇次郎の方に目を向けた。

「そいつはなんだ? 新入りか?」

「あぁ。勇次郎君、こっちにおいで」

 棗の言葉に従い、棗の隣に立った。勇次郎は守を見下ろす構図になったのだが、守から発せられる気迫から、無意識に肩に力が入っていた。その肩に棗が手を置き、緊張を解すように無言で伝えた。

「新しい提督になる、三枝勇次郎君だ」

「はじめまして、三枝です」

 守は厳しい眼で勇次郎を見た。一通り満足がいったのか、表情を少し緩めた。

「この仕事は大変なことの連続だ。へこたれるなよ」

 守が一瞬口角を上げたのを見て、勇次郎の緊張がほどけた。

「そこの……名取か。名取がお前の秘書艦か?」

 勇次郎の後ろにひっそりと立ってい名取に目をやり、勇次郎に尋ねた。

「え、はい。……なんでなっちゃんの名前が」

「今日は連れてきてないが、うちに長良型の二番艦、五十鈴がいるんだ。そいつと制服が似ていたからな。もし姉に会いたくなったらうちに来るといい」

「あ、ありがとうございます」

 名取はペコリと頭を下げた。

「で、話を進めていいかしら」

 棗の足元で靴を鳴らしながら挨拶が終わるのを待っていた暁が、我慢できず話に割って入ってきた。

「それもそうだな。俺の秘書艦代行は行っちまったから、進行説明は任せるぞ暁」

「もちろんよ。今日の演習目的は水雷戦隊、駆逐艦と軽巡を軸にした艦隊の練度向上よ。艦の種類も規模も大きいこの二種の艦の練度が上がることは、艦隊の資源節約、士気の向上が望めるわ。戦闘はペイント弾を使った疑似戦闘を行うわ。水雷戦隊を軸にする、といっても、戦艦や重巡を入れても問題ないわ。事前に通知したと思うけど、今日は空母は無しでお願い。説明は以上よ。何か質問は?」

「特にない」

「僕もないよ」

 棗と守は勇次郎をジッと見た。話は聞いていたが、特に意識をしていなかった勇次郎は首を傾げた。

「勇次郎君もいいかい?」

「え、俺も出るんですか?」

「君と言うか、名取君だけど。せっかくの合同演習なんだ。参加するのが良いと思うよ」

「大湊と横須賀、二つの鎮守府と演習経験を積むのは将来きっと役立つぞ」

 二人の提督の言葉は勇次郎にとっても納得のいくものだった。

 名取の方に視線をやると、名取は少しの戸惑いを見せたあと、小さく頷いた。

「よろしくお願いします」

 棗と守も頷き、演習を行う海上に向かう船に乗り込んだ。

 

****

 

 演習に参加する艦娘は二つの船に分かれて乗り込んだ。勇次郎達提督と秘書艦である暁、衣笠、名取は一つの船に乗り込んだ。

 沖に向かい、鎮守府の影が見えなくなったところで、船は止まった。

「よし、まずは暁、響、雷、電、長良、天龍、お願い」

「こちらは朝潮、荒潮、霰、大潮、由良、鬼怒だ」

 無線で各船に無線で伝え、呼ばれた艦娘が海上に降り立ち、東西に分かれ数キロの距離を取った。そこで勇次郎はあることに気づく。

「響、雷、電は同じ艤装なのに、暁だけ違うんですか」

 その質問を待っていましたと言わんばかりに、棗は自慢話を始めた。

「あの艤装は『改二装備』というものでね。扱いが難しいから、一部の艦娘にしか装備を許されていないんだ。そのうちの一隻が暁なんだ」

 喜々として話す棗は娘自慢をする父親のような顔だ。

「そうなんですか……名取にもあるんですか?」

「長良型の『改二装備』はまだだが、長良型後期とも言える由良型の阿武隈には実装されてるな」

「まぁまずは練度を上げることだね」

 提督間の話を一度切り、棗は名取に話を振った。

「名取君、演習は鎮守府ごとに違うが、僕と守さんの合同演習はいつもこういう風に行う。次くらいにうちの艦隊の一員として参加させるよ」

「は、はい」

 三キロほどの距離を取った二つの陣営は、互いに準備が済むと無線で船に連絡が入った。

「旗艦暁、準備できたわ」

「旗艦由良、準備OKです」

 棗が空に向けてピストルを向けた。

「陣形、指令は各旗艦の判断に従うこと。では開始」

 ピストルの空砲が障害物のない海に響く。それに合わせて遠くから艦娘の立てる白い水しぶきが見えた。

「被弾の判断は自己申告だ。真っ赤になっても戦い続けて帰ってきたら、それこそ赤っ恥だから気を付けろよ」

「はぁ……」

 名取は遠くで繰り広げられる戦闘をジッと見ながら生返事で返した。守は一瞬顔をしかめたが、名取の真剣な表情を見て、自分の方が野暮だったと思い、共に水平線に目をやった。

 海上で接近しあう二つの艦隊が見える。暁が率いる艦隊は縦に六人が並んで一直線に進んでいる。由良が率いる二列になって進んでいる。暁が率いる艦隊に比べて遅いが、綺麗に並んで進んでいる。

 互いの射程に入った瞬間、由良と鬼怒が先頭で主砲を構えた。後ろに並ぶ駆逐艦はまだ確定の射程に入っていないからか、いつでも構えられるように主砲を持つ手に力が入っているように見える。

「綺麗な隊列ですが、少し鬼怒と由良が先走っていますね」

「あいつらで今度出撃させる予定なんだ。これを機に足りていない部分に気づいてくれればいい」

 守と棗が指揮官らしい感想を述べている中、勇次郎はなぜ天龍と長良が主砲を構えないのか疑問に思っていた。

 由良と鬼怒が第一射を放ち、数秒後暁たちの周囲に水柱が立った。命中はしていないらしい。

暁は由良たちが撃ったことを確認し、方向を九〇度転換し、由良達に面するように陣形を変えた。

「単横か?」

「いや、方向そのものを変えているから、単縦陣のままです。敵が追って来たら、そのまま敵の陣形を乱しつつ」

 棗の言葉に続いて、暁たちが一斉に主砲を構えた。第二射を用意しつつ速度を落とさず接近していた由良達は、暁との間合いを見違えたのか、駆逐艦たちに主砲を構えるように指示し、そのまま一斉射した。

「間合いを見違えさせ」

 駆逐艦が撃った弾は暁たちの眼前に落ち、届くことはなかった。

「第二射の準備が完了するころには」

 由良が再び構えた時、暁の艦隊は既に短距離砲も射程に入っていた。

「こちらからの一斉射撃」

 暁の指示のもと、六人が一斉に撃つ。弾の雨は由良たちを容赦なく襲い、霰、大潮、鬼怒が真っ赤に染まった。

 三人が手を上げ艦隊から離れこちらの船に戻ってきた。

 六対三になった戦闘はゴリゴリと由良たちが責められ、ところどころ赤い点がついていたが、暁たちの圧勝だった。

「ごめんなさい、負けちゃった……」

 由良が肩を落とし、艦隊の他のみんなに謝っている様子が見えた。一方暁はどや顔で棗のもとに進んだ。

「どう? どう考えても暁が一番だと思うんだけど」

「うん。良かったよ。他のみんなもお疲れ様」

 勝ち負け関係なく、艦娘のみんなの表情には疲労が見える。

「じゃあ次いくよ。暁、陽炎、球磨、古鷹、加古。それと名取、お願い」

 隣の船から加古を起こす古鷹の声が聞こえ、皆が苦笑いした。

「うちからは荒潮、時雨、五月雨、衣笠、高雄、それと……天津風、行ってこい」

 名取は不安げに勇次郎を見つめた。勇次郎も不安の暗雲が胸に立ち込めたが、それを表に出しましと、真顔で名取の肩を掴み、ぽんぽんと叩いた。

「しっかり見てるから。がんばってな」

 名取は不安を拭い去り、艤装を身に着けた。

「いってきます」

 暁が先行してこちらに手を振る。名取はそれに続いて海を滑っていった。

「天津風、陽炎型のですか? いつのまに」

「つい最近の戦闘でうちの艦隊に加わった。これが初航海兼初演習だ」

 守の言葉に棗は苦笑する。

「厳しいですね」

「あいつはそれをこなせる器量があると踏んでいる。それより名取だ。おぼつかない移動だな」

 たしかに、暁や他の艦に比べると、少し左右に動きがぶれているように見える。

「彼女も、戦闘を一回経験しただけで、それ以来海に出るのは初めてですね。戦果は素晴らしいですが。駆逐艦三隻、潜水艦二隻、軽巡のフラグシップ一隻、これらを一度の出撃で、彼女一人で殲滅しました」

 棗の言葉に、守は目を見開いた。たしかに、普通の軽巡なら駆逐艦と潜水艦を数隻ならなんとか撃退できるだろう。しかし、軽巡、それもフラグシップを一隻で殲滅するのは、守は聞いたことがなかった。

「ですが、彼女の普段の行動を見ていると、どうにもおどおどしているように感じますね」

 その言葉に、勇次郎は渋頷く。

「まぁ戦闘を見てみないと」

 勇次郎と守は頷いて、海上に目をやった。


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