水平線の少女   作:宵闇@ねこまんま

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最前線の少女(12)

「ここが補給舎だ。もし戦闘で艤装が壊れてたら、隣の整備部に持っていく」

 長波は補給舎という小さな看板を掲げた建物を指さしていた。その大きさは隣に建つ整備部と比べると、まるで犬小屋のようだ。

「メアリーさーん。補給おねがーい」

 長波の言葉に応じるように、補給舎の大きな窓が開いた。

「あぁ長波ちゃん。演習おつかれさま」

 中から顔を出したのは、金髪碧眼の外人女性だった。毛先がカールしたブロンドは、女性の肩をくすぐるように柔らかく揺れている。年齢はおよそ20代後半と言ったところだろう。

「少し待ってな。他の連中は?」

 メアリーと呼ばれた女性は舎の奥でなにやらごそごそと物をあさっている。

「みんな後で、だって」

「あいつらめんどくさがりやがって。まぁ別々に来てくれた方が楽といえば楽なんだが。あたしは十時にはベッドに入るんだから、そこは気を付けてくれよ」

 メアリーは長波の後ろに立つ二人に視線を送った。

「そこのは?」

「あぁ、長良型の名取と、『ぼんくら提督』の三枝勇次郎だ」

「おい長波」

「あ?」

 反論しようとした勇次郎に長波の鋭い殺気が飛び、会話は打ち消された。

「……まぁいいや。名取ちゃん、君も補給していくかい?」

「い、いえ。艤装は今修理に出してて、主砲も修理の時に補給してもらいました」

 勇次郎はその工程を見ていなかったが、完成直前に佐原は弾薬を名取の主砲に込めていたのだ。

「あっそう。無くなったらいつでも言ってねぇ」

 そう言いながら、メアリーは多くの弾薬が入った木箱を取り出した。窓にはドライブスルーのような台が備え付けられており、その上に木箱はガダンという音を立てて置かれた。

「はい50口径。艤装出しな」

 その言葉に応じ、長波は艤装を顕現させ、台の上に置いた。

「よーし、おちびさんたち、出ておいで」

 その言葉を待っていましたと言わんばかりに、妖精さんが台を占拠した。

「弾薬の補給は任せたよ。燃料は任せな」

 妖精さんが弾薬をせっせと主砲や副砲に詰め込む傍ら、メアリーは長波の背中に装備されていたエンジンのような艤装の穴の一つに、チューブのようなものを突っ込んだ。そのチューブが黒く染まっていくと同時に、鼻を刺すような臭いが漂ってきた。

「それが、燃料なのか?」

「そうだよぉ。夕雲型はこの背中の艤装が心臓となって海を滑るのさ。逆に言えば戦闘中これが破損したら、その場から動くことはできないだろうね。艦それぞれだから一概に言えないが、まぁ艦娘も万能ではないということだ」

 勇次郎は海で敵に囲まれ動けなくなった艦娘を想像し、身震いした。

「こんな小さい建物に、補給物資をどうやって置いてるんですか?」

 名取はメアリーに質問を投げかける。たしかに、先ほどの弾薬の木箱も部屋に見合わない大きさだった。もしこれが20箱あったなら、メアリーはその場から動けなくなるだろう。

「あぁ、この建物は地下に広がってるのさ。うかつに外に置いておくと、敵襲が来た時誘爆する可能性があるからね」

 慢心は怖い怖い、と念仏のようにメアリーは唱えた。

「地下……か」

 勇次郎が目を凝らしてメアリーの後ろを見ると、確かに階段が続いており、周囲の棚には数種類の弾薬しか置いていないようだ。

「そう。この棚に置いてるのは今日の演習で補給することが予定された艦娘の補給用の物資。地下は整備部の建物にも繋がるほど広い」

 メアリーの話が終わると、妖精さんがぴょんぴょんと飛び跳ねた。

「あぁ終わったかい。ごくろうさま。じゃあ補給量のサインお願い」

 部屋の脇からメモ用紙のような紙を取り出した。そこには弾薬、燃料、ボーキサイトという項目と、艦種、番艦、氏名という欄があった。

 妖精さんが身の丈より大きな鉛筆を操り、弾薬の部分に、25という数字を書き込んだ。

「はい、ありがとう。これからも頑張ってね」

 妖精さんとメアリーが敬礼を交わし、妖精さんは姿を消した。

「燃料も補給完了。20っと。よし長波ちゃん、サインお願い」

 長波は用紙にさらさらと書き込み、メアリーに返した。

「これが補給の一連の流れだ。勇次郎が覚える必要はないかもしんないけど」

「覚えとくよ。艦娘を理解したいしな」

 木箱を棚に戻したメアリーは、ニッコリと笑顔を浮かべていた。

「勇次郎くん、だっけ? 今度新しい提督になるっていうのアンタだろう。ま、その艦娘を大切に思う気持ちを忘れるなよ」

 メアリーさんはそれだけ言い残し、窓を閉めた。窓の奥ではコーラ片手に携帯ゲームにいそしむ金髪女性が映ったが、勇次郎は見ないことにした。

「かっこいいこと言ってもあれじゃあなぁ」

「整備部とは妖精さんの扱いが大きく違いましたね」

 名取の言葉に、勇次郎は今さらながら驚いた。

「整備は妖精さんと共同作業になるからな。メアリーさんのは妖精さんと作業を分けてる、っていうのがメアリーさんの言い分だけど、たぶん違う。あの人、なんか隠してると思う」

「そりゃなんで分かるんだ?」

「……勘だよ」

 長波は照れくさそうに、勇次郎の質問に返答した。


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