数日後の昼、名無しは勇次郎と共に村の近くの山に来ていた。
「この山は低いけど、周りに高いものがないから遠くまでよく見える。もしかしたら、何か思い出すかも知れねぇ」
「そう……ですね」
名無しは汗一つかかず、勇次郎のペースについていった。
(結構はやいペーズだと思うんだが。倒れてた日からまだ数日しか経ってないけど、もう体調は問題ないのか?)
勇次郎は少し不思議に思いながら山を登り続けた。
「勇次郎さんは、学生なんですか?」
名無しは無言に耐え切れず、勇次郎に質問をした。
「いや、大学に行ってもいい年齢なんだが、ここら辺に大学がないから行ってない。ちょっと前までは親父を手伝って漁師やってたんだが……今は休職中だ。最近の言い方で言えばニートってやつだな」
「にーと?」
名無しは首を傾げる。
「ま、働いてないごくつぶしだ。おかげで居心地悪いったらねぇよ」
肩を竦めて、自分の立場の低さをアピールした。
「それは嘘です」
名無しは素早く否定した。
「それはどうして?」
「だって……あんなに暖かい家族、お互いを好きじゃなきゃできません」
勇次郎は頭をポリポリかいた。
「なっちゃんって、サラッと恥ずかしい事も言える人間なんな」
名無しは顔を赤くしてまた地面とにらめっこした。
「あはは、本当に反応が可愛いな。でも居心地が悪いってのも半分本当なんだ」
「え……?」
「ほら、頂上ついたぞ」
木々に囲まれた道が消え、開けた場所に着いた。
「あっちの海の方が俺たちの村だ。で、逆の方が都市部の町だ」
都市部には小さなビルがごちゃごちゃと置かれており、村と比べるとどこか寒い気がした。
「都市部の連中の中には、こっちの村を好いてない奴が何人かいる。最近も夜の海で勝手に遊んで溺れた奴がいたな。その責任はうちの村にあるだの、責任とれだの、面倒なもんだ」
勇次郎は大きく溜息をついた。
「海、綺麗ですね」
名無しは都市部の方をチラッと見るだけで、あとはずっと海を見ていた。
「なっちゃんは、海が好きなのか?」
「好きかどうかと訊かれると、なんとも答えづらいですが……海を見ると胸がざわつきます」
勇次郎は少し思案して、名無しに言った。
「やっぱり、海の向こうから来たのかね」
「かも……しれません」
「都市部の人間だったらここからの景色で何か思い出すと思ったんだが」
「すいません……」
なっちゃんは肩を落とす。
「謝んないでくれ。元々その可能性は低いと思ってたからさ。となると、海の向こうか……。ここら辺の島でうちの方に流れてくる潮はないんだが……」
「でも私、何か思い出せそうな気がするんです」
勇次郎は名無しを見た。名無しは相変わらず海を見つめているが、その眼は遠くの何かを確かに捉えているようだった。
「海を見てると、身体が熱くなって、胸が苦しくなって……」
「なっちゃん、大丈夫だ。落ち着け」
勇次郎は名無しの肩を抱いて落ち着かせた。
「医者だって言ってたろ。記憶喪失は時間をかけて治していこうって。身体の方はもう問題ないんだから、ゆっくり一歩ずつ進んでいこう」
「でも、勇次郎さん達に迷惑ばかり、痛い!」
勇次郎が軽く名無しにデコピンをした。
「なにするんですか~」
「また迷惑って言った。そんなこと微塵も思ってないから、もう言うな」
「だからって酷いですぅ」
涙目で抗議する名無しを尻目に、勇次郎は下山の準備をした。
「俺だっていい暇つぶしができていいんだよ。なんならずっと居てくれてもいいぞ」
「え、えぇぇぇ! そそ、それって」
「いいから早く帰るぞ。晩飯に遅れる」
名無しも慌てて勇次郎の後を追った。
最後にチラリと海を見て。
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