水平線の少女   作:宵闇@ねこまんま

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最前線の少女(11)

 港に着いて数分すると、水平線の向こうから、何人かの艦娘が海を滑ってくるのが見えた。

「帰ってきたわね」

 暁はぴょこぴょことその場で跳ねながら、手を振った。それに気づいた数人の艦娘が手を振り返した。遠目だが、その中に長波と島風がいる姿が見えた。

「おかえりなさい。演習の方はどうだった?」

「加古が珍しくよく動いていました。砲撃の命中率も悪くなかったです。ただ一発だけ油断してかすっちゃいました」

「古鷹ぁそりゃないよ。もっと素直に普通にほめてくれよ……zzz」

 飴色の髪の少女と、黒髪の少女が暁の質問に答えた。

 黒髪の少女の腕には、一筋の傷が見えた。

「加古さん! 寝るなら入渠ドックで寝てよね。古鷹さん、もういいわよ」

 黒髪の少女は陸に上がると、そのまま地面に倒れ込んで寝てしまった。

「加ぁ古ぉ。起きてよー」

 古鷹と呼ばれた少女が、加古を揺するが、反応はまったくない。

「しょうがないなぁ加古は。いいよ古鷹、私がドックに運ぶよ」

 後ろから現れた少女は背中に四つの巨大な主砲を担いでいた。

「比叡さん、いつもすいません……」

 比叡と呼ばれた少女は栗色の短髪で、かんざしが二つ付いたようなカチューシャを身に着けていた。比叡は主砲を消すと、地面に寝ている加古を抱き寄せ、山賊のように担いだ。

「いいって古鷹。今日のMVPだしね」

 そうやって笑う比叡は、大型犬のような印象を与えた。

「えっと……大破、中破、および小破なし。少量のダメージを負っているのが加古のみ。旗艦古鷹、加古、比叡、長波、島風、無事帰投っと。よし、じゃあ比叡に付いて行って、入渠ドックに加古を入れたら、そのままみんなに付いて行って整備部にまた行って。そこで補給を受けたら、執務室に戻ってきて。私は先に涼に報告しにいくわ」

 手元のノートに筆を走らせながら、暁はそのままてくてくと来た方向に帰っていった。

「お兄さんが提督見習い? 私は金剛型戦艦二番館、比叡です」

 比叡が手を差し伸べてきたので、勇次郎は快くそれに応じた。

「俺は三枝勇次郎、こっちは名取だ」

 名取もペコリと頭を下げた。

「私は古鷹型重巡洋艦の一番艦古鷹です。そこで寝ているのは二番艦の加古です」

 最後は申し訳なさそうに声のトーンが落ちていった。

「あぁ気にしないから。川内と比べたらまだマシだ」

 勇次郎の言葉に、比叡達は苦笑いした。

「その二人が同じ艦隊にいると、苦労が絶えないんですよ。戦闘になったら二人とも頼もしいんですけど」

 古鷹のフォローも虚しく、加古はいびきをかき始めた。

 その姿に溜息を隠せない古鷹を見ていると、木曾の姿が脳裏に浮かんだ。どこにも苦労人というものはいるのだなと改めて感じ、勇次郎もまた溜息をついた。

「とりあえず、気合いれて、ドックに向かいましょう!」

 比叡の後に続いて勇次郎は歩いて行った。ちらりと後ろを向くと、長波と一瞬目が合ったが、すぐに逸らされた。

 長波と島風は、帰ってきてからろくに話していなかった。

 

****

 

 ドックに加古が運ばれると、古鷹はそれについていき、比叡は島風を連れてどこかへいってしまった。残ったのは長波だけだった。

 比叡は去る前に島風と長波になにか耳打ちをしていた。島風は無表情のまま比叡に飛びつき、比叡はそのまま歩いていった。長波は厳しい顔のままこちらに向き直った。

「比叡と島風は補給の前に間宮行ってくるって。補給の流れを見たいならあたしに付いてきな」

 ぶっきらぼうに話す長波は、不機嫌な気持ちを隠すつもりはないらしい。

「えっと……」

 名取は自己紹介のタイミングを失い、おどおどとする。

「あたしは夕雲型四番館、長波だ。あんたは……」

「な、名取です」

「なっちゃん……だろ」

 長波の言葉に、名取は戸惑いつつも頷いた。

 長波はじろじろと名取の身体を見て、その眼には薄暗い光が宿っていた。

「補給は整備部の隣の補給部で行う。こっちだ」

 長波は勇次郎と名取の前をふてくされたように大股で歩く。

「勇次郎さん、長波ちゃんと何かあったんですか……」

「何かと言われると……」

 朝からの一連の流れを説明すると、朝から少女の裸を見てしまったということも性格に伝えないといけない。それはあまり気の進まないことだ。

「昼飯をおごってもらったり、今度鎮守府を案内してくれるって」

 そこまで聞いたところで、名取は何かを察し、長波の隣に進んだ。

「長波ちゃん、勇次郎さんは鈍いところあるから、気にしないで」

 長波はチラリと小声で話す名取を見て、視線を前に向けた。

「別に気にしてない」

「そうは見えないけど……」

「今までこういうことに無関心だったから、少し動揺してるだけだ」

 二人の後ろを歩く勇次郎は、二人の小声話に耳を澄ませてみたが、名取に一瞥され、耳を塞いだ。

「名取と勇次郎はどんな関係なんだ?」

 長波の質問に、名取は耳を赤くした。しかし、まっすぐな瞳で見つめられ、恥じらうことが申し訳なくなった。

「一応……告白されて、それを受けたけど……」

 長波は目を丸くした後、急いで平静を取り戻そうとしたが、顔に現れる動揺は隠せなかった。

「でも、それ以来そういう話はしてないから……勇次郎さんがどう思ってるのか、私もよく分からないの」

 名取の言葉を聞き、溜息をついた長波は、勇次郎に向き合った。

 長波は目の前の少女のどこか落ち込んだ様子は、勇次郎のせいだと見抜いていた。

「おい、勇次郎!」

 急に長波に振り返られた勇次郎はビクリと震え、長波はそのまま勇次郎のわき腹に向かって大きく円を描いて飛び膝蹴りを食らわせた。

 長波が小学生ほどの身長だからといって、全体重を乗せた蹴りが痛くないわけもなく、その場で膝を折り曲げ腹を抑えた。

「いってェよ……長波……」

 うめき声に混じった抗議の言葉を聞いた長波は、丁寧に勇次郎の隣に膝をつけると、ドスの効いた声で勇次郎の耳に囁いた。

「勇次郎はもう少し乙女心を理解したほうがいいぞ。とりあえず名取の気持ちもよく考えろ」

 フンと鼻を鳴らした長波は、名取の手を引いて、どんどん先に歩いて行った。

「いったい俺が何をしたと言うんだ……」

 腹を抑えたままうめく勇次郎の脳裏に、なぜか半笑いの棗が浮かんでいた。


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