水平線の少女   作:宵闇@ねこまんま

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最前線の少女(10)

「装備の修理を見るのは初めてなんですよね?」

「あぁ。前々からどういうからくりであんな装備が消えたり出てきたりするのか、さっぱりわからん」

 勇次郎が首を傾げたのを見て、佐原は苦笑した。

「これは所謂『国家機密』に入るらしいので、知っているのは艦娘と提督と我々のような関係者だけです。なので口外はしないようにお願いします。それと、修理作業を見たら驚くと思うんですけど、声には出さない様に……」

 佐原が人差し指を口に当て、軽くおどける。それを見た勇次郎は真剣な目で頷いた。

 暁は腕を組んで作業台に置かれた名取の壊れた主砲を見ていた。名取はどこか落ち着きがないように、辺りにキョロキョロと目を動かしている。

「それじゃ、はじめます。出てきてもらえますか……」

 佐原は主砲に向かって、小声で声をかけた。勇次郎は不思議そうにそれをみていたが、佐原の声の後に、艦娘が装備を出すときに現れるものと同じ光が名取の主砲から浮かび上がった。

 その光は玉となり、主砲の上に落ちた。

「これは……」

 光の玉の後には、勇次郎の小指程の大きさの小人がそこに立っていた。

 小人は青い制服と帽子を被り、名取と似て、どこかキョロキョロした佇まいで周囲を窺っていた。

「こんにちは。横須賀鎮守府、整備部部長の佐原幹夫です」

 佐原は小人に手帳のようなものを見せ、敬礼をした。

 小人もそれを見ると、慌てて敬礼をして見せた。

「この主砲、14㎝単装砲とお見受けします。この修理をお手伝いさせていただきます」

 佐原の言葉に、小人はペコリと頭をさげた。

「では、よろしくお願いします。鋼材はこちらで足りますか?」

 佐原は作業台の脇から鋼材をいくつか手に取り、作業台に音を立てない様に置いた。

 小人は嬉しそうにその場で飛び跳ね、鋼材の一つを持ち上げ、主砲の上に置いた。

「では、はじめます」

 佐原がそう言うと、妖精は手術の助手のように両手を胸の前で構えた。その様子に、佐原はニコリと笑って、棚からバーナーを取り出し、鋼材を熱した。

 赤く輝く鋼鉄を小人は見つめ、佐原が火を話すと、すばやく小槌でカンカンと叩いた。

 そこまで力を入れている様に見えなかったが、鋼鉄はあっという間に形を変え、主砲の壊れた部分を包み込み、その後には新品のように輝く主砲が見えた。

 小人は再び鋼材を壊れた個所に置き、同じように佐原がバーナーをかざし、小人がそれを叩く。それが繰り返された。

「あれは……なんだ?」

 二人の作業の邪魔にならない様に、勇次郎は小声で暁と名取に尋ねた。

「妖精さんよ。私たちの艤装には全部妖精さんが付いていて、普段は見えない姿で艦娘の傍にいるけど、戦闘時には艤装を具現化させてくれるの。修理も材料があれば妖精さん一人でできるんだけど、入渠と同じで、人間が手伝えばかなり早く終わるのよ。それでできたのが、この整備部」

「でも、妖精さんがあぁやって人間と共同作業するなんて、驚きました」

 名取は関心したように、佐原と妖精の作業を見つめる。

「最初は明石さんしか修理できなくて、装備が一つ壊れたらそれを直すのに相当時間がかかったのよ。でも今みたいに鎮守府が増えてきて、明石さんが各鎮守府を周らないといけなくなったとき、涼が提案したのよ」

 暁は、棗の名前を呼ぶときに少し自慢げになっていた。

「へぇ。でも、誰でもできるなら最初からそうすれば良かったんじゃないのか?」

 勇次郎の疑問に、名取は首を横に振った。

「ダメだと思います。妖精さんは人目に出たがらないので、普通の人はその姿を見ることも叶わないと思います」

「そうよ。この整備部の人間は涼が引っ張ってきたって言ったでしょ? 妖精さんは芯のまっすぐな人間には見えやすい傾向があって、その中でも明石さんから装備の改修について教えを受けた一部の人間にしか整備はできないのよ」

 勇次郎はなるほどという風に、頷いた。

「さっきの手帳はその証明みたいなものなのか」

「証明って言っても、明石さんからの一言が書かれているだけらしいけど」

 言葉を濁したところを見ると、どうやら暁もその中身は知らないようだ。

「静かにお願いしますって言いましたよね……」

 佐原はこちらに首を回して、疲れた顔を見せた。その奥には新品ピカピカの単装砲が机の上に乗っていた。

 主砲の上には、額を流れる汗をこすり、いい仕事したなぁという表情の妖精さんが座っていた。

「無事に修理完成しました。どうぞ」

 妖精さんを乗せたまま、佐原は主砲を持ち上げた。主砲の上では妖精さんが揺れを楽しんでいるようだ。

「あ、ありがとうございます!」

 名取は佐原から主砲を受け取り、妖精さんと目を合わせようとした。一方妖精さんは勇次郎の方をジッと見つめていた。

「……」

「……」

 二人の間に沈黙が流れた。数秒して、勇次郎は口を開いた。

「これからも、名取をよろしく頼む」

 覚えたての敬礼をどこかおぼつかない動作で行った。しかし、その眼には強い光が宿っていた。

 妖精さんは、今度は落ち着いた様子で敬礼をして、勇次郎の瞳の奥をジッと見つめた。

 その様子を暁と佐原は驚いた様子で見ていた。しかし、名取だけはその様子を微笑んでみていた。

 敬礼をしたまま、妖精さんと主砲は光の玉となってどこかへ消えていく。

「……驚いたわ。初めてで妖精さんと意志の疎通がとれるなんて」

「俺、明石さんのレクチャー受けてから一か月くらいしてようやく話せましたよ」

 二人の言葉に、勇次郎は首を傾げた。

「さっき暁さんも言ってたじゃないですか。芯がしっかりしてるんですよ、勇次郎さんは」

 嬉しそうに笑う名取を見て、暁も笑った。

「じゃあ佐原さん、残りもよろしくお願いします」

 暁の言葉に、嫌な事思い出したような佐原が溜息をついた。

「暁たちはこのまま港に向かうわ。演習に行った艦隊が帰ってくるから、そのまま補給と入渠の流れを確認するわ」

 工廠を出て行くとき、勇次郎は名取の後ろに妖精が微笑んでいる姿が見えた気がした。


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