「名取君、艤装を出してくれないか?」
カレーを食べ終わり、食器を片付け終わるころには、既に二時近かった。
棗の言葉に、名取は戸惑いを隠せなかった。
そんな名取を見て、棗は何かに気づいたようだった。
「大丈夫、ちゃんと『直せる』から。安心しなさい」
名取はその言葉を聞いて、安心したように両手を前にかざした。
「主砲だけでいいですか? たぶん、『損傷』が一番酷いんです」
棗はこくりと頷いた。それに反応するように、名取の周囲に光の玉が現れ、収束していった。
「ふむ、だいぶこっぴどくやられたね。無理もない、君一人で敵を殲滅したんだから」
光が収束した後には、砲身がぐちゃぐちゃになり、あちこちが欠けた、P―90によく似た主砲が現れた。
「使い物にならないわね。よくこれで敵を殲滅できたわ」
「最後の一艦と、正面から撃ちあいになりまして、その時に……」
名取の脳裏には、あの瞬間が今でも克明に刻まれていた。
過去の記憶のフラッシュバックの中、今守るべき者の姿と、敵から感じる悲しみを胸に抱き、敵に砲身を向けた瞬間を。
「ふむ、他の艤装もかなり損傷が酷そうだ。勇次郎君、艦娘が戦闘から帰ってきた時、彼女らの身体は入渠ドックや医務室に行けば治る。しかし、艤装は別だ。これらを修理するには、工廠に行かなくてはいけない。うちの管轄で言えば、整備部がそれにあたる。整備部に艤装を預ければ、次の日にはだいたい直ってる。まぁ、一度見学に行ってきなさい。艤装の仕組みとかも、そこでよく分かるはずだから」
棗の言葉に続いて、暁がソファから立ち上がり、執務室の扉に手を掛けた。
「それじゃ行くわ。ついてきて」
「いってらっしゃーい」
棗の軽い言葉に押し出され、勇次郎たちは執務室を出た。
「工廠は入渠ドックのすぐ近くにあるわ。艦娘の中には、艤装を直すのをめんどくさがったり、男だらけの整備部に近寄れない娘もいるけど、名取はそうならないようにね」
暁の忠告に、勇次郎の頭にはとある軽巡と駆逐艦のネームシップが思い浮かんだが、口には出さなかった。
「はい……頑張ります」
名取もかなり人見知りするタイプだったので、勇次郎の胸には一抹の不安が生まれていた。
「みんないい人よ。なんてったって、涼が集めた人たちだもの。腕も信頼できるし、安心して」
暁は名取の不安がる顔を励ますように言った。
そんなことを言っている間に、工廠と思われる建物に着いた。
寮とは比べ物にならないくらい横に大きく、三本の煙突からは黒い煙がモクモクと上がっていた。
入り口と呼べるのか分からないが、広く開かれた門の上には、達筆な文字で『工廠』と書かれており、その端に『整備部』とも小さく書かれていた。
奥には多くの青年が汗を流しながら色々な作業をしているのが目に入る。
チェーンソーのようなものを持つ人がいれば、バーナーで何かを熱している人もいた。
「あれ、暁さんじゃないですか」
奥から溶接面を付けた青年が歩いてきた。
「ちょうどよかった。この人は整備部の部長、佐原さん。ここを取り仕切っている人よ」
「はじめまして、提督見習いの、三枝勇次郎です」
佐原という青年は溶接面を取った。その中からは、髪を茶色に染め、耳には輝くピアスをつけていた。身長は勇次郎の肩ほどで、肩幅もそれなりだ。
一点の曇りもない、綺麗な黒目が印象に残った。
「あぁ、噂の。長波ちゃんと風呂に入ったっていう。うちには長波ちゃんのファンが多いから、夜は襲われない様に気をつけて」
勇次郎は思わずキッと佐原を睨みつけた。
「おぉ怖い怖い。冗談です、勇次郎さん、すいません。ファンが多いのは確かですけど、長波様が認めた男なら文句を言うやつはいません。それにその眼、良い眼です。キレた時の棗によく似てます。あなたは良い提督になりそうだ。で、今日はなんの用ですか?」
「この子の艤装の修理をお願い」
名取はおずおずと前に出て自己紹介をした。
「長良型三番艦の名取です。よろしくおねがいします」
「長良型なら長良と同じ要領でできるから問題ないですね。どれ、見せてください」
佐原に言われた通り、名取は以前背中に纏っていた艤装や、主砲、足のブーツ状の艤装を全て出し、佐原に渡した。
「うん、確かに受け取った。明日には直ってるから、取りにきてください」
「じつはもう一つお願いがあって。直す風景を、勇次郎に見せてあげたいの」
佐原は目を大きく見開くと、溜息をついた。
「別にかまわないですけど、結構集中する作業になるんで、話しかけるのはNGでお願いします」
佐原の言葉に、勇次郎と名取は頷いた。
「修理は全部の艤装を見せるんですか?」
「いいえ、主砲だけでいいわ」
「一番めんどうなところを選びますねぇ」
佐原は苦笑した。
「では、二階にお願いします」
佐原に続いて、勇次郎達三人は工廠の階段を登っていった。