水平線の少女   作:宵闇@ねこまんま

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最前線の少女(7)

 間宮での食事の後、長波達と別れた勇次郎は一度自室へと向かっていた。

 約束の時間までまだ二時間ほどあるのだが、どうにも外を歩き回る気分にはなれなかった。

 その途中、見慣れた後姿が視界に入った。

「なっちゃん!」

 名取の制服姿が遠くに見え、勇次郎は走って駆け寄った。

「おーい、なっちゃん!」

 勇次郎の言葉に、名取はピクリともせず歩調を進めた。

 勇次郎はそれに違和感を覚えたが、気にせず名取に話しかけた。

「聞いてくれよ、さっき酷い目にあってさ」

 名取の背中に向けて語り掛けるが、まったく反応はない。

 勇次郎は我慢できず、名取の肩に手をかけた。

「なっちゃんってば!」

 名取がこちらをくるりと向いた。

「あの……誰かと間違えていませんか?」

 名取だと思っていた少女は、名取とは別人だった。

 少女は名取と同じく栗色の瞳をしていたが、その眼には名取にはない活気と自信があった。

 額には白い鉢巻きを巻いており、汗が噴き出ていた。よく見ると身体全体が蒸気している。

 髪色は名取と違い黒髪で、小さなサイドテールを作っていた。

「あ……すいません。着ている服が知り合いに似ていたもんで……」

 勇次郎は申し訳なさそうに頭を下げた。

「……もしかして、勇次郎さんですか?」

 少女は目を輝かせた。

「そうだけど……」

 勇次郎の返事を聞くと、少女は勇次郎の手を握り大げさに上下に振った。

「はじめまして! 妹がお世話になっています!」

「は?」

 勇次郎は首を傾げた。

「申し遅れました、長良型軽巡洋艦、一番艦の長良と申します。名取の姉妹艦です」

 勇次郎は改めて長良を見た。

 確かに、どこか名取の面影があるような気がした。

「名取から昨日の夜たくさん話聞きました! 噂通り、パーカーの上からもわかる、素晴らしい上腕二頭筋ですね!」

 長良の視線は、勇次郎の腕に集中していた。

「なっちゃんはいったいどんな話を……。長良は何をしてたんだ?」

「今はお昼のランニングをしていました。今朝は哨戒でランニングできなかったから……」

 勇次郎は長良が腕から視線を外したことに安堵しつつ、今朝、陽炎が言っていた哨戒班のことを思い出した。

「昨日哨戒に向けて仮眠を取っていたら、川内と木曾が名取を連れてきてくれたんです。名取は思ってたより内気だったけど、敵を一人で殲滅したって聞いて、やっぱり私の妹だなって。長良型のネームシップとして鼻が高いです」

 長良は名取と同じく豊満な胸を張り、鼻をならした。

「そう……。そうだ。なっちゃん、名取がどこにいるか知らないか? 後で執務室で会うことになってるけど、その前に少し話したいなと思って」

 長良は少し考えこんで言った。

「たぶん図書館か軽巡寮だと思います……。本に凄い興味持ってたし」

 勇次郎はそれを聞いて、図書館に行くか迷ったが、また知らない艦娘と何か揉め事が起きそうな気がしたので、勇次郎は大人しく自室に戻ることにした。

「もしよかったら、名取に言伝しましょうか?」

「んー。お願いしようかな。一時前になったら俺の部屋に来てくれって伝えてくれ。一緒に執務室に行こう、とも」

勇次郎の言葉に長良は頷いた。

そしてクラウチングスタートの体勢をとり、猛スピードで駆けて行った。

 勇次郎は慌てて走り去る長良に呼びかけた。

「そんな急がなくていいからなぁぁ!」

 長良は勇次郎に大声で応えた。

「私走るの好きなんでぇぇぇ」

 遠ざかる声を噛み締めながら、勇次郎は凝り固まった肩を自分で揉み解し、改めて自室への道を進み始めた。


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