間宮での食事の後、長波達と別れた勇次郎は一度自室へと向かっていた。
約束の時間までまだ二時間ほどあるのだが、どうにも外を歩き回る気分にはなれなかった。
その途中、見慣れた後姿が視界に入った。
「なっちゃん!」
名取の制服姿が遠くに見え、勇次郎は走って駆け寄った。
「おーい、なっちゃん!」
勇次郎の言葉に、名取はピクリともせず歩調を進めた。
勇次郎はそれに違和感を覚えたが、気にせず名取に話しかけた。
「聞いてくれよ、さっき酷い目にあってさ」
名取の背中に向けて語り掛けるが、まったく反応はない。
勇次郎は我慢できず、名取の肩に手をかけた。
「なっちゃんってば!」
名取がこちらをくるりと向いた。
「あの……誰かと間違えていませんか?」
名取だと思っていた少女は、名取とは別人だった。
少女は名取と同じく栗色の瞳をしていたが、その眼には名取にはない活気と自信があった。
額には白い鉢巻きを巻いており、汗が噴き出ていた。よく見ると身体全体が蒸気している。
髪色は名取と違い黒髪で、小さなサイドテールを作っていた。
「あ……すいません。着ている服が知り合いに似ていたもんで……」
勇次郎は申し訳なさそうに頭を下げた。
「……もしかして、勇次郎さんですか?」
少女は目を輝かせた。
「そうだけど……」
勇次郎の返事を聞くと、少女は勇次郎の手を握り大げさに上下に振った。
「はじめまして! 妹がお世話になっています!」
「は?」
勇次郎は首を傾げた。
「申し遅れました、長良型軽巡洋艦、一番艦の長良と申します。名取の姉妹艦です」
勇次郎は改めて長良を見た。
確かに、どこか名取の面影があるような気がした。
「名取から昨日の夜たくさん話聞きました! 噂通り、パーカーの上からもわかる、素晴らしい上腕二頭筋ですね!」
長良の視線は、勇次郎の腕に集中していた。
「なっちゃんはいったいどんな話を……。長良は何をしてたんだ?」
「今はお昼のランニングをしていました。今朝は哨戒でランニングできなかったから……」
勇次郎は長良が腕から視線を外したことに安堵しつつ、今朝、陽炎が言っていた哨戒班のことを思い出した。
「昨日哨戒に向けて仮眠を取っていたら、川内と木曾が名取を連れてきてくれたんです。名取は思ってたより内気だったけど、敵を一人で殲滅したって聞いて、やっぱり私の妹だなって。長良型のネームシップとして鼻が高いです」
長良は名取と同じく豊満な胸を張り、鼻をならした。
「そう……。そうだ。なっちゃん、名取がどこにいるか知らないか? 後で執務室で会うことになってるけど、その前に少し話したいなと思って」
長良は少し考えこんで言った。
「たぶん図書館か軽巡寮だと思います……。本に凄い興味持ってたし」
勇次郎はそれを聞いて、図書館に行くか迷ったが、また知らない艦娘と何か揉め事が起きそうな気がしたので、勇次郎は大人しく自室に戻ることにした。
「もしよかったら、名取に言伝しましょうか?」
「んー。お願いしようかな。一時前になったら俺の部屋に来てくれって伝えてくれ。一緒に執務室に行こう、とも」
勇次郎の言葉に長良は頷いた。
そしてクラウチングスタートの体勢をとり、猛スピードで駆けて行った。
勇次郎は慌てて走り去る長良に呼びかけた。
「そんな急がなくていいからなぁぁ!」
長良は勇次郎に大声で応えた。
「私走るの好きなんでぇぇぇ」
遠ざかる声を噛み締めながら、勇次郎は凝り固まった肩を自分で揉み解し、改めて自室への道を進み始めた。