水平線の少女   作:宵闇@ねこまんま

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最前線の少女(6)

 勇次郎の耳に、人のささやき声が聞こえた。

 その数はかなり多く、周囲を囲まれているようだった。

「……ッ痛」

 意識が覚醒し始めると、額に痛みを感じるようになった。

 顔にはタオルのようなものが掛けられており、その奥から蛍光灯の光が差し込んでくる。

「お、起きたか」

 どこかで聞いたような声がして、勇次郎がタオルをめくり周囲に目をやると、長波が勇次郎の隣に座っていた。

「……ここは」

「駆逐寮のエントランスのソファ。勇次郎は陽炎の投げた風呂桶で気絶したんだ」

 長波の言葉に、勇次郎は記憶を取り戻していった。服は朝来ていたものを再び身に着けており、パーカーだけが身体に掛けられていた。

 勇次郎の座るソファを、多くの少女が通り過ぎていった。

 玄関から差し込む光を見て、勇次郎はギクリとした。

「今何時だ?」

「十時だよ」

 勇次郎の背中に嫌な汗が流れる。

「棗さんとの約束の時間過ぎてんじゃん……」

 勇次郎はどんよりとした顔で俯いた。

「それなら問題ない。暁が提督に知らせて、約束の時間は午後一時からになったって」

「それならよかった」

 安堵の溜息と共に、勇次郎の腹が鳴った。

「とりあえず間宮さんに行くか」

 長波は勇次郎の手を引いた。

「起きるのおっそーい!」

 長波の後ろから、白い長髪に黒いうさ耳リボンを付けた少女がぴょこりと現れた。

「うるさい、島風。これから間宮行くけど、一緒に行くかい?」

「行くー」

 うさ耳リボンの少女は、超ミニスカートにかなりきわどい下着が丸見えで、制服のような白のシャツも相当短い。

「長波、この子は?」

「あぁ。島風、自己紹介」

「はーい。島風でーす」

「三枝勇次郎だ……」

 やけに高いテンションに、羞恥の陰は見えないので、本人が気にしないなら言及するのは申し訳ないと思い、勇次郎は島風の服装については黙認することにした。

「それじゃ行こうか」

 長波と島風に引き連れられ、間宮という看板が掛けられた店に向かうと、中は広かったが、十時という時間だからだろうか、人はあまりいなかった。

 食券式のようで、券売機の上には割烹着を着た女性二人が描かれたポスターが張られていた。

 そこには、『間宮へようこそ』という文言が添えられており、片方の女性は赤いリボンで髪を後ろで纏めており、もう一人は高校生ほどで、同じく赤いリボンでポニーテールを作っていた。

「彼女たちは?」

「間宮さんと伊良湖さん。二人とも艦娘で、給糧艦っていう艦種。食糧を艦隊に補給するのが本来の役割なんだけど、現代では艦が、艦娘が食糧補給を行う必要があんまりないだろ? だけど、料理の腕はピカイチだから、鎮守府専用の料理人みたいな仕事をしてる。定期的に鎮守府を周って、新しい料理とか、お菓子を作ってくれるんだ」

 勇次郎は曖昧に頷きながら厨房を見た。

「今はいないよー。ゆーじろー来るのおっそーいから、もう別の鎮守府に行っちゃったよー」

 島風はなぜか勇次郎のまわりをグルグルと小走りしていた。

「提督たちが帰ってくる少し前に、確か……大湊に行ったんだっけ。間宮さんがいない間は、間宮さんに料理を教わった食糧科の人達が作ってくれるんだ。間宮さんとは比べられないけど、すっげぇ美味しいから!」

 長波が『美味しい』の部分を強調して話すと、厨房から笑い声が聞こえてきた。

「さて、あたしはカツカレーにしよっと。島風は?」

「わたしもう買ってるよ? 塩ラーメン」

 長波は呆れた笑い声を零すと、勇次郎に目をやった。

「勇次郎は何にする? カレー系がおすすめだよ」

 メニューは膨大にあり、その中でカレー類が二割ほど占めていた。

「じゃあ、ポークカレーで」

 長波はそれを聞くと、すばやくポークカレーとカツカレーの券を買った。

「金はだすよ」

「いいって。あたしの奢りだ」

 はにかんだ口から、綺麗に尖った八重歯がチラリと見えた。

「……長波、アイスは好きか?」

「え、まぁ好きだけど」

 勇次郎はその言葉を聞くと、素早く券売機に金を入れ、アイスクリームのボタンを三回押した。

「俺の奢りだ」

 勇次郎の言葉に、長波は微笑んだ。

「まったく、しょうがないやつだなぁ」

 長波は言葉では文句を垂れていたが、その顔は満面の笑みだった。

「はやくー!」

 島風は券を係の人に渡し、四人掛けのテーブル席を陣取っていた。

 勇次郎と長波は苦笑しながら、そこへ向かった。

 しばらくすると、カレーを二つ持ったおばさんがニヤニヤしながら机に持ってきた。

「いつも『美味しい』って言ってくれてありがとね、長波ちゃん。これ、サービス」

「いつもありがとー! おばちゃん!」

 カレーの上には、卵が一つ乗っていた。

「彼氏さんと島風ちゃんにもね」

 おばさんがウインクすると、長波は耳を真っ赤にして抗議した。

「ちょっと! おばちゃんからかわないで! 彼氏とかじゃないってば」

「あらそぉお? ま、ごゆっくりー」

 おばさんは相変わらずニヤニヤとして厨房に戻っていった。

「まったく、おばちゃんってば……」

 長波はぶつぶつ言いながら卵の黄身を崩していたが、勇次郎は意に介せず、カレーを口に運んだ。

「んん! 美味しい!」

 勇次郎の言葉に、長波はパッと笑顔の花を咲かせた。

「だろ! ここ以外にも色々店あるから、こんど行こうぜ!」

「あぁ。今度はなっちゃんも一緒に」

 長波の表情がピシリと固まった。

「なっ……なっちゃん?」

「あぁ。長良型三番館の名取。俺の……相棒みたいな存在だ」

 勇次郎の複雑な表情を見て、長波は真顔になった後、また顔を赤くして、カレーにむしゃぶりついた。

「おいおい、あんまり焦って食うと詰まるぞ」

「いいんだ別に!」

 島風はいつの間にかアイスに手を付け始めていた。

「ゆーじろーは鈍感だねー」

 勇次郎が不思議そうに長波を見ている傍らで、島風は薄ら笑いを浮かべていた。


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