水平線の少女   作:宵闇@ねこまんま

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最前線の少女(2)

 電車から降りて、棗の運転するワゴン車に揺られること二十分。

 赤レンガで囲まれた大きな敷地が見え、懐かしい潮の香りが勇次郎の嗅覚を刺激した。

「もう着くよ。ここが横須賀鎮守府だ」

 棗がバックミラーに写る勇次郎に微笑んだ。

 その顔は自分の故郷を誇る若者のようだった。

 一番後ろの席では木曾と川内が相変わらずよくわからない話をしていたが、鎮守府の門が見えると静かになっていた。

「提督、お土産はこれでよろしかったのでしょうか」

 棗の隣に座る扶桑は、膝に置かれた紙袋の中をジッと見ていた。

「あぁ。あいつはそれが好きなんだ。他のみんなの分は後から配送してもらうけど、あの子には世話かけただろうし、特別にね」

 紙袋の中には、有名菓子店の詰め合わせと、熊だか猫だかよくわからない人形が入っていた。

「随分買いこんでましたけど、そんなにたくさん必要なんですか?」

 勇次郎は、ここへ向かう途中に、棗が色々な店の店員に、配送を依頼しているのを見た。

 チラリと見えた領収書には、たぶん三枝家の年間の食費と同じくらいの金額が書かれていた。

「うん。みんな年頃の女の子だから、こういうところで気を回しておかないと、愛想尽かされちゃうんだ」

 苦笑する棗だったが、やはりどこか嬉しそうだ。

「よし、ここら辺でいいかな」

 横須賀鎮守府と書かれた門をくぐり、少し進んだところで車は止まった。

「私は車を止めてくるから、二人を先に執務室に案内してあげて」

 棗の言葉に、木曾と川内が頷いた。

 そこで勇次郎達四人は車を降りて、棗と扶桑は車を止めに行った。

「さて、まずは間宮さんにでも行く?」

 川内の言葉に、木曾は噛みつく。

「提督に言われただろう! 執務室に行くぞ」

「いやぁ、私に頼むってことは、寄り道がてら鎮守府を案内しろって意味だと思って」

 その言葉に木曾は眉を顰め、少し考えると、それでも首を振った。

「駄目だ。まずは執務室に行って、それから俺が案内する」

「木曾は真面目だねぇ」

 川内は肩を竦めて、やれやれといった表情で勇次郎と名取の手を取った。

「んじゃ、執務室に行って、秘書艦にご挨拶でもしますか」

「おい、俺が先導する!」

 木曾の言葉など気にもせず、川内は勇次郎と名取をどこかへ引っ張っていった。

 夏が終わりかけているとは言え、まだ木々には緑の葉が多く残っていた。

 鎮守府には多くの木や花が存在しており、まるで国立の美術館のようだった。

 建物も数多く存在し、その入り口には、『重巡寮』や『軽巡寮』といった看板が掛けられており、奥には何人かの少女が話し込んでいる姿も見かけた。

 道幅は車が二台は余裕で通れるほど広く、全体的に白い印象が強い。

 寮の看板が掛けられている建物は、規模は違えど、形は全て同じようだ。

 それとは違う、図書館のような形をした建物や、工場のような形をした建物もいくつかあった。

 そのうちの一つを、川内に尋ねた。

「あの建物はなんだ?」

 それは、大きな煙突が付いており、モクモクと煙が上がっていた。

「あぁ、あそこは入渠ドック兼温泉。ちなみに女湯しかないから、注意ね」

「入渠ドッグ?」

 勇次郎は首を傾げる。

「うーん、説明めんどくさいな……。木曾、お願い」

 三人の後ろを仏頂面で歩いていた木曾に話題を振った。

 自分が説明するのがめんどくさいからって俺に話を振るな、という視線を川内に送りつつ、木曾は説明を始めた。

「艦娘が戦闘で傷ついた時、入渠ドッグに入れば、その傷が癒える。人間としての治療法が、勇次郎の村で名取に施していた絆創膏やら軟膏だとすれば、入渠は軍艦としての修理みたいなものだ。どちらも艦娘に有効だが、入渠の方が断然早い」

「そゆことー。名取もまだ少し傷が残ってるでしょ? 後で入渠ドッグに入れば、すぐに治るよ」

 川内は、名取の膝に貼られた絆創膏を見て言った。

「私は……また今度でいいです」

 名取は、自分の膝に残る傷と、それを隠すように張られた絆創膏を見た。

 それは、勇次郎と月子が我こそはと競って貼ってくれたもので、まだ少しそれを残しておきたかったのだ。

「それは……便利だな」

 勇次郎は感想がうまく言葉にできなかった。

 人間離れした特性が、名取達艦娘が人間とは少し違った側面を持ち合わせていることを、改めて思い知った。

「……傷は、治る。それだけの話だ。人も艦娘も同じだ」

 木曾が勇次郎に、当たり前の言葉を投げつける。

 それを聞いた勇次郎は、それもそうだと、納得した。

「ありがとな、木曾さん」

「……木曾でいい」

 勇次郎の顔から戸惑いが消えたことが分かった。

「んで、その隣が図書館、学校、トレーニングルーム」

 川内は銭湯の隣の建物を順番に指さしていった。

「が、学校!?」

 勇次郎は驚い川内の言葉を反芻する。

「そ。私は使わないんだけど、勉強したいって子、特に多いのは駆逐艦かなぁ。そういう子がよく使ってるよ。先生役も重巡の人だったり、戦艦の人だったり」

「鎮守府って、なんでも揃ってるんですね」

 名取が関心したように言った。

 その言葉に、木曾と川内が頷く。

「そう。鎮守府内でだいたいのものは揃う。外出だって申請すればできる」

 川内はVピースを名取に突き出した。

「わたし達は艦娘だけど、国民でもある。だから、『健康で文化的な最低限度の生活を営む権利』ってやつがあるらしいよ」

 名取は、笑顔を川内に返した。

「いい時代ですね」

「ねぇ。艦娘みんなそう言ってるよ」

 勇次郎は首を傾げた。

「どういうことだ?」

 首を傾げる勇次郎に、木曾は告げた。

「俺達艦娘は、かつての大戦の時の軍艦の魂を持っている。だから、あの時の生活を、貧しい生活の中、必死に生きていた時代を知っているのさ」

 その言葉の端には、悔恨の陰りが見えた。

 勇次郎が、彼女達の記憶に残る時代に想いを馳せていると、学校の方からチャイムが聞こえた。

 それと同時に十数人の少女が学校からワラワラと出てきた。

 そのうちの数人は川内たちに気が付くと、トコトコとこちらに歩いてきた。

「川内さーん。木曾さーん。おかえりー」

 勇次郎の腰ほどの身長で、やけに明るい茶髪が印象的な少女が話しかけてきた。

 その後ろには、双子の様にそっくりな少女が、先ほどの少女の後ろに隠れて、勇次郎を見ていた。

「ただいま、雷、電。響はどうしたの?」

「響ちゃんは、図書館で本を返してから来るそうです」

 気弱そうに隠れる少女が川内に応えた。

「木曾、もしかして俺嫌われてる?」

 少女が隠れながら勇次郎をいつまでも見ているものだから、勇次郎は不安になって木曾に尋ねた。

「安心しろ、ただ人見知りなだけだ。雷、電、この人は新しい鎮守府で提督になる人だ。提督見習いってところだ。もう一人は名取、長良の妹だ」

「はわわ、はじめましてなのです。暁型4番艦、電なのです。よろしくお願いいたします」

 電と名乗った少女は、おどおどしながら、勇次郎と名取に頭を下げた。

「電、そんなんじゃだめよ。もっと堂々としなきゃ。私は暁型3番艦、雷よ。よろしくねっ」

 対照的に、雷は元気いっぱいに挨拶した。

「あぁ、よろしく。三枝勇次郎だ」

「な、名取です」

 名取と電は似たようにおどおどして、二人が目を合わせると、二人ははにかんだ。

 どこか通じるところがあるようだ。

「うちのクズ提督は職務を放棄して遊びに行ってたってホント? 川内」

 雷と電の後ろから、グレーとブルーが混じったような髪をサイドテールで纏めた少女が歩いて向かってきた。そのままキッと川内を睨みつける。背丈は小学生程だが眼光の鋭さは日本刀のように鋭い。

「酷いなぁ霞。私たちは仕事で出かけてたんだよ」

 川内はヘラヘラと霞と呼ばれた少女の頭を撫でた。

「こら! 勝手に撫でるな! 仕事の割には川内が朝なのに元気なんだけど?」

「まぁ、勇次郎の実家でたくさん寝たからねぇ。月子っていう抱き心地のいい枕がいてさ」

「チッ」

 霞は舌打ちを残してどこかへ去っていった。

「ありゃりゃ、怒らせちゃった」

「霞に心配かけたんだ。後で謝っとけよ」

 木曾が溜息まじりに川内に助言した。

 川内は木曾に、はーいと返事をして、雷と電を撫でた。

「川内さんたちは、どこに行く途中だったの?」

「執務室だよ。ついでだし、雷たちも来る? 響が来たらみんなで執務室に行こう」

「それは良い案なのです!」

 電は嬉しそうに飛び跳ねた。

「木曾、いいのか?」

 勇次郎はこそこそと木曾に話しかけた。

「何がだ?」

「あんな小さい子を執務室に連れて行って。艦娘見習いか何かだろ?」

「勘違いするな。雷たちも、立派な艦娘だ」

 木曾は憤慨したように言った。

「こんな小さい子も、深海凄艦と闘うのか?」

 勇次郎の言葉は、雷たちにも聞こえていた。

「失礼しちゃうわ。私たちだって、立派に戦えるのよ?」

 そう言って、雷は右手を振りかざし、そこに光が集まった。

 光が収まると、その手には錨が握られ、背中には小さなエンジンのようなものと、砲塔がわき腹の横から覗いていた。

「そうだよー。この子たち、海の上だと凄いんだから」

 川内は自分のことのように誇らしげに言った。

「そうか……悪かったな。君たちを疑うようなこと言って」

「分かればいいのよ。それに、外の人が私たちを見たら、みんな同じようなこと言うから、慣れたわ」

雷はそう言って、艤装を光に戻した。

 勇次郎はその仕組みをいまだに知らなかったので、不思議そうに見た。

 実際、名取も以前の戦闘の時以来、艤装を見せてはくれないのだ。

「雷、あんまり頻繁に艤装を出すなよ。提督に怒られるぞ」

 木曾の言葉に、雷は川内と同じようにはーいと軽く受け流した。

「雷、電、おまたせ。川内さんたちも帰ってきたんだね。おかえり」

 そう言って、図書館の方から、腰まで伸びた銀髪を揺らして、雷たちと同じ制服を着た少女がトコトコと歩いてきた。

 落ち着いた雰囲気は、背丈にそぐわない大人っぽさを醸し出していた。

「そちらの方は……」

 銀髪の少女は、勇次郎と名取を交互に見た。

「俺は三枝勇次郎。提督見習いだ」

「長良型3番艦、名取です」

 二人が自己紹介すると、銀髪の少女は帽子を胸に抱いて、頭を下げた。

「暁型2番艦、響だ。よろしく」

「あぁ、よろしく」

 勇次郎が手を差し出すと、響は快くその手を握った。

「なんか、私たちと態度違くない?」

「そうなのです……」

 勇次郎は雷と電から非難の眼で見られている気がした。

 慌てて勇次郎は二人に手を差し出した。

「改めて、よろしく」

 にっこりと笑いかけると、二人は頬を膨らました後、微笑み返してその手を握った。

「んじゃ、執務室に行きますか」

 川内の言葉で、一行はようやく執務室への道を再び進み始めた。

 勇次郎は前と後ろで騒がしい少女たちの声を聞きながら、棗の言ったことを思い出した。

「確かに、姦しいじゃすまないな……」

「勇次郎さん? どうしたんですか?」

「……いいや、楽しいなって」

「そうですね」

 名取も勇次郎も、漠然と抱えていた不安は、どこかへ消えてしまったようだ。


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