水平線の少女   作:宵闇@ねこまんま

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水平線の少女(17)

 鋭い金属音が響き、銃弾が自分に当たっていないことに気づいた勇次郎は、不思議そうに顔を上げた。

 勇次郎がゆっくりと目を開けると、そこにはくノ一のような姿をした少女が立っていた。

「お兄さん、大丈夫かい?」

 少女が後ろの勇次郎に軽くウインクする。

「あ、あぁ」

 少女の手には、短刀が握られていた。これで銃弾をはじいたようだ。

「ば、馬鹿な……。貴様何者だ!」

「川内型軽巡洋艦、一番艦、川内参上!」

 少女は勇ましく名乗りを上げる。

「川内型……? 貴様らはなぜ撃たんのだ!」

 発砲音は聞こえた。しかし、黒岩の一つだけが村に響いていた。

「だってその人たち、おねんねしてるもん」

 川内と名乗った少女が、クスクスと笑って指をさした。

 黒岩が振り返ると、周囲にいた部下たちは皆倒れており、白目をむいている。

「安心してネ。気絶してるだけだから」

 川内は刀の峰を黒岩に向かって指さし、舌を出した。

「クソが……。なんでこんな田舎に艦娘が!」

 黒岩が続けて数発発砲撃ったが、その全てが川内の持つ短刀ではじかれた。

「おじさんおっそーい。……なんて、島風のまねー」

 川内は黒岩を馬鹿にするようにからかった。

「川内、それぐらいにしろ」

 港に集まった人混みの中から、黒のタンクトップ姿の一人の男が現れた。

「やあやあ、黒岩少将サン。はじめまして」

 男の体躯は百八十を優に超し、肩幅もそれに見合うがっしりとしたものだ。

 しかし、厳つい体格とは裏腹に、柔和な笑みを浮かべていた。

「貴様は……何者だ」

 黒岩の言葉に首を傾げて、何かに気づいたような顔をして後ろを振り返る。

「木曾―。制服―」

 その言葉のあと、人混みから夏だと言うのに、黒いコートを着た深緑色の髪の少女が現れた。

 よく見ると、黒い眼帯と軍刀も身に着けていた。

「お前、人に持たせといて勝手に行くな」

 ぶつくさと文句を言いながら、木曾と呼ばれた少女が男に制服を渡した。

 同じように、長い黒髪の美女も現れた。

「提督……置いていかないでください……」

 美女は倖薄そうな顔をしていた。

「悪いな、扶桑」

 黒岩と勇次郎の間に、タンクトップの男と木曾、扶桑と呼ばれた美女の三人が立った。

 男が木曾から受け取った制服を着た。

 それは海軍のものだった。

「貴様……提督だと?」

 黒岩は怯んだように細い目をさらに細める。

「はい、横須賀鎮守府にて提督をしている、棗涼中将と申します」

 棗と名乗った男は、名無しに向かって小さくウインクした。

「今の話、だいたい聞かせてもらいました」

 黒岩は悔しそうに唇を噛む。

「勇次郎君、でしたっけ? それに村の皆さんも。この人の言ってることのほとんどは真実です。『艦娘』は国で管理する決まりになっています」

 勇次郎は棗を睨んだ。それを見た棗は柔和な笑顔をさらに深める。

「そう睨まないでください。まだ続きがあります。現在の海軍には防衛大臣を長としたものが二種類あります。自国の防衛に努める海上自衛隊、そして数年前に発足した『鎮守府』。艦娘を管理する資格があるのは鎮守府です。あなた方海軍支部はその権利を持たない」

 棗はにこやかに黒岩に詰め寄った。

「あの娘をどうするつもりだったか知りませんが、これは軍規違反にあたりますよ」

「っち……!」

 黒岩が棗に拳銃を向けた。

 標準を合わせたと同時に、拳銃は空高くに飛び、海に落ちた。

「貴様……」

「俺の提督にあだ名す奴は、容赦しない」

 木曾と呼ばれた少女が黒岩の拳銃を軍刀ではじいたのだ。銃をはじかれた手は痺れているようで、黒岩はその手を抑える。

「扶桑、標準をずらせ」

「はい、提督」

 扶桑と呼ばれた美女は、その肩に身の丈の半分はありそうな砲台を担ぎ、標準を黒岩に向けていた。

「一発、威嚇してくれ」

「はい、提督」

 扶桑は砲塔を海に向けた。

 次の瞬間、周囲の人の耳を潰すような轟音が鳴り響いた。

 砲塔からは煙が上がっている。

 数秒後、かなり離れた距離の海上に大きな水しぶきが上がったのが見えた。

「私に手を出すと、この砲撃があなたに向くことになりますよ」

 棗は変わらず柔和な笑みを浮かべていた。

「ふん。だいたい、最前線で戦ってる横須賀の提督がこんな田舎に何しにきた」

 黒岩は臆さず棗を睨んだ。

「実は、この村からそう遠くない距離の島に、深海凄艦の基地があることがわかりました。なので、この村に新しい鎮守府を建設することになったのです」

 その言葉に漁師たちがざわめいた。

「緊急のことでしたので、提督である私が、皆さんに事実説明をするためにきました。横須賀のほうは……私の可愛い秘書艦がなんとかしてくれてます。そして、この村に建設される鎮守府に新しく着任する予定の提督に連絡も兼ねてきました。まさか、艦娘もこの村に流れ着いているとは思いませんでしたが。おそらく、深海凄艦が現れたことが原因でしょう」

 棗はポケットから一枚の紙を取り出した。

「海軍、第八支部所属、黒岩礼二少将。あなたに着任命令が出されています」

 黒岩はポカンと呆けた後、腹を抱えて笑い始めた。

「なんだよ、結局そこの娘は俺のものになるんじゃねぇか。鎮守府ってのはハーレムだって聞いたぜ? だったらそんな辛気臭い顔した女より、もっと可愛い娘がいいなぁ」

 黒岩の言葉に、勇次郎は怒りをにじませる。

「ですが」

 棗は黒岩に紙を突き付けた。

「それは取り消します」

 そのまま懐から出したライターで紙を燃やした。

「は? 貴様、なにをしているのかわかっているのか? 国の命令に背いているんだぞ? それこそ軍規違反だ」

 黒岩は自信に満ちた笑顔を浮かべる。

「あなたは知らないかもしれませんが」

 その笑みを、棗は叩き潰す。

「提督の任命は、他の提督が一番強い権限を持っているのですよ」

 黒岩の顔から笑みが引いた。

「提督に必要とされる能力は、多くあります。観察眼、冷静さ、戦況分析能力。しかし、中でも最重要視されるのは」

 棗が笑顔を勇次郎に向けた。

「艦娘に、存在意義を与え、彼女らと共にある覚悟を持つことです。一言でいえば、愛というやつですよ」

 黒岩は憎らし気に棗を睨んだ。

「そんなものが、戦闘で何の役に立つ。こいつらは、ただの兵器だぞ」

 黒岩は木曾、扶桑、川内を見た。三人は気にすることもなく、棗の言葉を待っていた。

「そこが認識の違いです。彼女たちは兵器ではない。彼女たちは、私の部下であり、仲間であり、家族です。彼女らは、それぞれの想いを胸に、我々と共に戦うのです」

 ツカツカと黒岩にさらに詰め寄り、その襟元を掴み眼前にまで引き上げた。大人の男が宙にぶら下げられる様子は滑稽でありながら、尋常ではない怒りを抱える棗のおかげで笑うものは誰もいない。

「もし次俺の前でこいつらを物扱いしてみろ。命はないと思え」

 その眼は激しい怒りで燃えていた。

「分かったら、お仲間を連れて帰ってください」

 棗が手を放すと、黒岩は尻餅をついた。

 すぐに立ち上がり、勇次郎と棗を睨んで、足早に去っていく。その後ろを気を失っていない部下たちが倒れた部下を引きづっていった。

「さて、そこのお嬢さん、お名前を教えてもらいますか?」

「待ってください、彼女、ナナは記憶が……」

 春江が名無しを庇おうとすると、名無しは春江の肩に手を置いた。

「大丈夫です。春江さん。すべて思い出しました」

 名無しは春江にニコリと笑いかけると、フラフラとした足取りで、勇次郎のもとへ向かった。

「ふむ。ということは、勇次郎君はまだ、彼女の名前を知らない、ということかな。だったら、勇次郎君が最初に聞くべきだね」

 棗は頷いて、名無しの言葉を待った。

 ボロボロの名無しは勇次郎の隣に倒れ込むように座る。それを勇次郎は両腕で受け止める。

「勇次郎さん、こんなにボロボロになって」

「なっちゃんだって、十分ボロボロじゃねぇか」

 二人は可笑しそうに互いを見つめた。

「私、全て思い出しました」

「そうか。だったら、なっちゃんの本当の名前を教えてくれ」

 名無しは、カチューシャに一度触れると、その手を傷ついた勇次郎の頬に置いた。

 最初、言葉が詰まって口からは吐息が零れるだけであった。その後、深呼吸をはさみ、勇次郎の顔を正面から見つめる。

「私の名前は」

 同時に名無しは、自分の中の何かと見つめあった。

 それは、傷だらけでも、確かに希望を抱いていた、魂だった。

「名取と言います。長良型軽巡洋艦、三番艦の名取です」

 名取の顔には、ヒマワリのような明るい笑顔が咲いていた。


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