名無しはすべてを思い出していた。
自分が何者で、何をなすべきかを。
少し進むと、黒い何かが浮いているのが見えた。それは魚のような姿をしているが、その口は人を飲み込むような大きさであり、大口からは砲塔が見える。
その黒い何かは、名無しを確認すると、名無しに向かって大口を開き、鈍く光る砲塔を定める。
「駆逐艦……」
名無しは素早く手に持っていたものを構えた。
狙いを定め、引き金を引く。
同時に、その手のモノから、轟音が鳴り響いた。その先からは、玉がまっすぐに飛び、黒い何かに当たると大きな爆発を巻き起こした。
黒い何かは、大きな悲鳴を上げ、水底へと沈んでいく。
名無しはすでに次の標的を見つけていた。
先ほど倒した個体のすぐ近くに、まだこちらに気づいていないようだ。
同じように、素早く照準を合わせる。
しかし、死角から何かが飛んでくる予感がした。
すぐにその場を離れ様子を見る。
予感は的中し、先ほどまでいた場所に大きな水しぶきがあがった。
「どこ……?」
次の砲撃が来る前に、先ほどの個体に砲撃を仕掛けた。
その個体はこちらに気づく様子もなく、何も問題がなく倒せた。しかし、先ほどの死角からの砲撃が頭から離れない。
よく目を凝らし、周りを見渡す。
だが、新しい敵は見当たらなかった。
しかし、気配だけは感じる。
その気配が一段と強くなった瞬間。
「三時の方向! 下だ!」
その言葉と同時に、名無しは丸い玉を、三時の方向に、足についている鉄の塊から放出した。
しばらくして、大きな水しぶきが海面から上がった。
「潜水艦!?」
名無しは驚きの声をあげる。背筋に嫌な汗が流れると共に声の主に感謝した。
「勇次郎さん!」
「下の敵は任せろ! ソナーにばっちり写ってる!」
スピーカーから聞こえた声は、勇次郎のものだった。
「ありがとうございます!」
互いに、声は聞こえていなかった。
だが、二人の気持ちは同じだった。
「勇次郎さんと村の皆さんは、絶対に守る!」
「なっちゃんと村のみんなは、絶対に守る!」
潜水艦を続けさまに二隻攻撃した。
潜水艦はそれで全てのようだ。下からの嫌な気配も消え去っている。
名無しの視線の先に、敵影が写った。駆逐艦だ。こちらに口を大きく開けているのが見える。
そちらに近づき、撃たれる前に撃った。
その瞬間、何かが名無しの横を過ぎていくのが見えた。
「そっちに、行かないで!」
駆逐艦が陽動だったと気づいた時には、既に敵は名無しの先を進んでいた。
急いで後を追うが、距離は一向に縮まらない。
速度はほぼ同じだ。
狙いがうまく定まらず、主砲を構えることもできない。名無しの背中に冷たい汗が流れる。
敵の先には、勇次郎達の船がある。
「ミナゾコヘ……案内シヨウ」
敵がニヤリと笑った気がした。
「あなたは……軽巡ね」
その敵がどうやら敵のボスのようだ。
他の敵はもう見えない。
砲撃も聞こえない。
敵の目からほとばしる光が、残光となっていた。
「そちらには、いかせない。護るべき人がいるの」
名無しは、姿勢を低く保ち、狙いを絞った。一発で仕留める。その意志が敵にも伝わったのか、敵もそれに応えた。
「オマエモ……私ガ憎イノカ」
敵は、進む方向は変えず、身体を名無しに向けた。速度は幾分落ちるが、狙いを定めるにはそれが最善だ。
敵の目から零れる光が、涙の様に流れていた。
「あなたの事は、憎くない」
名無しは、そう言って、照準を定めきる。引き金に指を乗せ、意識を集中させる。
「それでも、私は私の大切な人を守るために、あなたを倒す。失わないために、あなたの命を奪う」
敵も腕に生えるような形で存在する砲塔をこちらに向けた。
「私ハ憎イ。何モカモガ。何故私ハ生マレタ。何故戦ウ」
「きっと、あなたには守るものがないからだよ。たった一つの自分の命を守るために、生きてるんだ。でもその命を守る理由が分からない。だから、憎いんだと思うよ」
名無しは、憐れみと悲しみを想った。自然と口から零れた言葉は、無意識ながらも、的を得ているように思えた。
「守ルモノ? ソレガアルト何二ナルト言ウノダ」
「生きる理由になる。それは、自分を認めることにつながる」
名無しは悲しい顔で引き金に手を引いた。
「あなたに次の生があるなら。それを持てるように、祈ってる」
最後に敵も笑った気がした。
向かい合ったまま、二人は引き金を同時に引く。
激しい爆風が海風に混ざって消えていった。