水平線の少女   作:宵闇@ねこまんま

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水平線の少女(14)

強い風と、高い波が船体を大きく揺らしている。

「あと少しで、漁をしていた場所だ」

 勇次郎の言葉に、名無しと春江が反応し、船の周りを目視する。

「なにも見えないけど……」

「いえ……見えます! 二時の方角に黒い煙が!」

 二人がその方向に眼を凝らすと、遠くにどうにか黒い煙が空に上がっているのが見えた。

「あれか!」

 勇次郎が舵を切り、アクセルを踏んだ。

 徐々にその場所に近づくと、赤い火もいくつか見えてきた。

「なんだよ、これ」

 そこには、かつては船の一部分であっただろう部品が、いくつも漂流していた。

 中には、大きく二つに分断された船もあった。

「だれかいないのか!?」

 勇次郎が、船に備え付けられていたスピーカーで呼びかけると、近くから声が聞こえた。

「こっちだ!」

 春江は、声のした方向に飛び込んだ。

 しばらくすると、春江は大きな船の破片に捕まった十数人の漁師を引っ張ってきた。

 漁に出たほとんどの漁師が、そこにいるようだった。

「親父!」

 その中には、厳慈も混ざっていた。

「勇次郎! なんでお前がこんなところに!」

 その声は、驚きよりも怒りが含まれていた。

「いいから、はやく乗れ!」

 勇次郎の言葉を遮り、厳慈は叫んだ。

「馬鹿野郎! 逃げろ!」

 その言葉の後、すぐに大きな爆発音が聞こえた。

 かなり近い場所を漂流していた船の残骸が爆発した。

「なんだこれ……砲撃?」

 勇次郎の言葉に、厳慈は頷いた。

「漁の最中に、急に狙われた。ほとんどの船が壊されたが、砲撃は止まねぇ」

 そう言ってる間にも、周りで爆発を伴う大きな水しぶきが上がった。

 海は燃える船で明るく照らされていた。

「砲撃って……誰が、なんのために?」

「わからん! だが、相手はある程度こちらの位置を把握しているようだ。お前らも、ここから早く逃げろ! 俺たちの事はいいから!」

 厳慈の言葉に、板切れに捕まっていた漁師は皆頷いた。

 俺の家族によろしく頼む!

 村を守ってくれ!

 娘と息子に、よくしてやってくれ!

 皆が、それぞれに叫んだ。

 誰一人として、自分より、家族を優先していた。

 春江は、若い数人の漁師を、できる限り船に乗せた。

「若いやつらは、勇次郎、お前が仕切れ!」

 厳慈は、なんの悔いもないように言った。

「親父、親父はどうすんだよ!?」

「俺達が乗る暇はない! いいから、いけ!」

 勇次郎は、唇を噛み締め、涙を飲んだ。

「冴子と月子となっちゃんのこと、頼んだぜ」

 厳慈は力強く腕を振りかざした。

 勇次郎が悔しさを胸に、アクセルに足をかけた時、暖かい光が船内を照らした。

「これは……」

「まだ、行かないでください」

 声の主は名無しだった。

 勇次郎が驚愕の表情で名無しを見た。

 その身体に、暖かい光が纏わりついていた。

「皆さんを、助けます。絶対に」

「なっちゃん……?」

 名無しは勇次郎に微笑みかけた。

 その顔には、自信と勇気が溢れていた。

 光は次第に収束していった。

 名無しの腕、腰、足。

 光が消えた後には、少女が持つにはあまりにも奇妙なものが残されていた。

 その手には、先がいびつなほど細く変形している鉄製の巨大水鉄砲のようなもの。

 その腰には、丸みを帯びた飯盒を半分に割ったようなものが張り付いており、そこから四本の棒と小さな煙突が伸びていた。

 棒の先には、手に持つものと似た形をした砲塔がついている。

 膝の下半分には、靴に覆いかぶさるような鉄の塊がついていた。その先端は滑らかな曲線を描き、底には一本の赤いラインが入っている。

「勇次郎さん、そこで待っててください。厳慈さんたちの救出を続けてください」

 名無しはそう言い残して、船内の扉を開けた。

 外は、満点の星と、周囲の燃えかけている船のおかげで昼間のように明るかった。

「なっちゃん!」

 船内から、勇次郎が呼びかける。

 名無しはゆっくりと振り返った。

「……記憶、戻ったんだな」

 勇次郎は、名無しの眼を見て悟った。

 その眼に迷いはなかった。

 名無しがこくりと頷く。

 扉が閉まると、名無しは不意に不安になった。

 しかし、覚悟は決まっていた。

 名無しはかつて見た。

 これから命を失うものと、残されるもの。

 その双方が、互いを想いあう光景を。

 壊してはいけない。

『次こそは、みんな守る』

 今、再びその光景を見た名無しの胸には、強い想いが宿っていた。

 砲撃は止まない。

 名無しは船体の先に立った。

 船内からは、勇次郎が見ていた。

 名無しはそれを確認すると、フッと笑った。

 不安はもうない。

 護るべき存在が、後ろにいる。

 それがどれほど名無しにとって強みになったことだろう。

「……出撃します」

 自分に言い聞かせるように言った。

 その言葉と共に、名無しは海へ飛び降りた。

「なっちゃん!」

 勇次郎は船内から叫んだ。

 その叫びは、スピーカーを通して海に響いた。

 勇次郎が困惑と不安を胸に船の先を見つめた。

 しかし、数秒後、そこには海を滑り突き進む名無しの姿が映った。

「どうなってんだ……」

 春江が呆然として呟いた。

「わかんねぇけど、なっちゃんは、俺達のために戦おうとしてる」

 勇次郎は、スピーカーに向かって、大声で叫んだ。

「なっちゃん! 頑張れぇ!」


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