「おーい、朝ごはんだよー」
月子の声が、勇次郎の頭に響いた。
「んー」
勇次郎は曖昧に返事をしながら蒲団から出た。
階段を下り、居間に入ると、顔を真っ赤に染めた名無しと、いつも通りの家族が揃っていた。
「おはよう、勇次郎。はやく座んな」
冴子に促され、座ると、名無しが赤くなっている原因が分かった。
「なぁ、なんで赤飯なんだ?」
「なんでだろうね、お兄ちゃん。なっちゃん」
月子はニマニマして、箸を左右に振った。
「気にするな、息子よ。はい、いただきます!」
「「いただきまーす」」
「「いただきます……」」
勇次郎と名無しは、少し食べづらそうに、食を進めた。
つつがなく進んだ朝食の途中、厳慈は少し厳しい表情を浮かべた。
「今晩、少しでかい漁になる。帰るのは遅くなりそうだ」
厳慈が冴子に言うと、冴子は溜息をついた。
「若い子たちのガス抜きってところかい?」
「そういうこった。あいつら、ほっといたら勝手に海に出そうでよ。今晩みんなで今まで減った漁獲量を少し取り返してくる。夜の漁は危険だからよ」
厳慈はめんどくさそうに言う。
冴子は夜食のおにぎりの具を何にするか考えていたが、どうにも悪い予感がしていた。
「父ちゃん、気を付けるんだよ」
「分かっとる」
その悪い予感は、厳慈本人にもしていた。
しかし、若者を諫めるのは、いつだって年長者の仕事だ。
「勇次郎」
厳慈は、難しい顔で勇次郎を見た。
「俺に何かあったら、この家を任したぞ」
「縁起でもないこと言わないでくれ、親父」
勇次郎は、目を背けた。
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「んじゃ、行ってくる」
厳慈は夏にも関わらず、厚ぼったい合羽を着て、港に向かっていった。
「少し遠洋まで行くが、無線で連絡は出来る範囲だ。安心しろ」
厳慈は冴子の頭を軽く撫で、勇次郎たちに手を振った。
「大丈夫でしょうか……」
名無しの言葉に、勇次郎は乾いた笑いを零す。
「大丈夫だよ。親父は、この村で一位、二位を争う腕前だ。大丈夫さ」
最後は自分に言い聞かせるように、呟いていた。
「じゃあ、アタシは寝るけど、母さんたちはどうする?」
月子はいつもと変わらないような態度を示す。
「アタシは起きてるよ」
「俺も起きてる」
「……私も、起きてます」
月子は、驚きの表情で名無しを見ると、ニンマリと笑った。
「だったら月子ちゃんもおきてよー、っと」
そう言って唐突に名無しに抱き付くと、胸に顔をうずめてきた。
「あの……月子さん?」
名無しが困惑していると、勇次郎が月子の襟を引っ張って離した。
「んふふ、トランプ持ってくる!」
そう言って、月子はバタバタと階段を駆け上がっていった。
「なんだったんでしょう」
名無しが呟くと、今度は冴子が名無しの耳元に顔を寄せた。
「たぶん、嬉しかったんだよ」
「嬉しかった?」
「あぁ。きっとなっちゃんは寝たがるだろうと思って、自分から言い出して、言い出しにくい空気を作らない様に気を使ったんじゃないかい? でも、なっちゃんが起きてるって言ったから、まぁなんというか、家族意識ってやつかい? それが見えて、嬉しかったんだろうよ」
冴子も嬉しそうに、名無しの肩に身を寄せた。
「さぁ、温かいお茶でも飲みながら、うちの稼ぎ頭の帰りを待つかね」
そう言って台所に向かう冴子の背中は、強くて暖かいものだった。
「本当に、いい家族ですね」
「あぁ、自慢の家族だ」
勇次郎は嬉しそうに、居間へと向かった。
その途中で振り向いて、名無しを指さした。
「というか、何を他人行儀に言ってんだよ。なっちゃんも、家族だぜ」
そう言い残して、居間へと入っていった。
残された名無しは、ここにいる幸せを噛み締め、居間に向かった。