水平線の少女   作:宵闇@ねこまんま

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水平線の少女(12)

「おーい、朝ごはんだよー」

 月子の声が、勇次郎の頭に響いた。

「んー」

 勇次郎は曖昧に返事をしながら蒲団から出た。

 階段を下り、居間に入ると、顔を真っ赤に染めた名無しと、いつも通りの家族が揃っていた。

「おはよう、勇次郎。はやく座んな」

 冴子に促され、座ると、名無しが赤くなっている原因が分かった。

「なぁ、なんで赤飯なんだ?」

「なんでだろうね、お兄ちゃん。なっちゃん」

 月子はニマニマして、箸を左右に振った。

「気にするな、息子よ。はい、いただきます!」

「「いただきまーす」」

「「いただきます……」」

 勇次郎と名無しは、少し食べづらそうに、食を進めた。

 つつがなく進んだ朝食の途中、厳慈は少し厳しい表情を浮かべた。

「今晩、少しでかい漁になる。帰るのは遅くなりそうだ」

 厳慈が冴子に言うと、冴子は溜息をついた。

「若い子たちのガス抜きってところかい?」

「そういうこった。あいつら、ほっといたら勝手に海に出そうでよ。今晩みんなで今まで減った漁獲量を少し取り返してくる。夜の漁は危険だからよ」

 厳慈はめんどくさそうに言う。

 冴子は夜食のおにぎりの具を何にするか考えていたが、どうにも悪い予感がしていた。

「父ちゃん、気を付けるんだよ」

「分かっとる」

 その悪い予感は、厳慈本人にもしていた。

 しかし、若者を諫めるのは、いつだって年長者の仕事だ。

「勇次郎」

 厳慈は、難しい顔で勇次郎を見た。

「俺に何かあったら、この家を任したぞ」

「縁起でもないこと言わないでくれ、親父」

 勇次郎は、目を背けた。

 

****

 

「んじゃ、行ってくる」

 厳慈は夏にも関わらず、厚ぼったい合羽を着て、港に向かっていった。

「少し遠洋まで行くが、無線で連絡は出来る範囲だ。安心しろ」

 厳慈は冴子の頭を軽く撫で、勇次郎たちに手を振った。

「大丈夫でしょうか……」

 名無しの言葉に、勇次郎は乾いた笑いを零す。

「大丈夫だよ。親父は、この村で一位、二位を争う腕前だ。大丈夫さ」

 最後は自分に言い聞かせるように、呟いていた。

「じゃあ、アタシは寝るけど、母さんたちはどうする?」

 月子はいつもと変わらないような態度を示す。

「アタシは起きてるよ」

「俺も起きてる」

「……私も、起きてます」

 月子は、驚きの表情で名無しを見ると、ニンマリと笑った。

「だったら月子ちゃんもおきてよー、っと」

 そう言って唐突に名無しに抱き付くと、胸に顔をうずめてきた。

「あの……月子さん?」

 名無しが困惑していると、勇次郎が月子の襟を引っ張って離した。

「んふふ、トランプ持ってくる!」

 そう言って、月子はバタバタと階段を駆け上がっていった。

「なんだったんでしょう」

 名無しが呟くと、今度は冴子が名無しの耳元に顔を寄せた。

「たぶん、嬉しかったんだよ」

「嬉しかった?」

「あぁ。きっとなっちゃんは寝たがるだろうと思って、自分から言い出して、言い出しにくい空気を作らない様に気を使ったんじゃないかい?  でも、なっちゃんが起きてるって言ったから、まぁなんというか、家族意識ってやつかい? それが見えて、嬉しかったんだろうよ」

 冴子も嬉しそうに、名無しの肩に身を寄せた。

「さぁ、温かいお茶でも飲みながら、うちの稼ぎ頭の帰りを待つかね」

 そう言って台所に向かう冴子の背中は、強くて暖かいものだった。

「本当に、いい家族ですね」

「あぁ、自慢の家族だ」

 勇次郎は嬉しそうに、居間へと向かった。

 その途中で振り向いて、名無しを指さした。

「というか、何を他人行儀に言ってんだよ。なっちゃんも、家族だぜ」

 そう言い残して、居間へと入っていった。

 残された名無しは、ここにいる幸せを噛み締め、居間に向かった。

 


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