戻ってきた二人に気付いた翼は、杏莉と朝姫を連れて彼等の元に寄った。
「卓也、神崎達は?」
「三人共、戦闘を再開するって言って外に出たよ」
「そうか……
で、あれは何なんだ?」
「卓也なら、何か分かる?」
「えっと……
あれは、マジムンっていう沖縄にいる悪霊のことだと思う」
「やっぱり妖怪なんだ」
「封印の仕方とかって分からねぇの?」
「これを封印するには、この土地の巫女・ユタの力が必要なんだ」
「え、でもユタってこの近くにはいなくない?」
「だから、神崎さん達には倒す以外選択肢はないんだ」
「だ、大丈夫なの?」
「今回ばかりは、祈るしかない」
「……」
浜辺で微動だにしない妖怪…マジムンは、麗華達の霊気を察知したのか、突然動き出した。口から放つゴキブリのような虫の大群に、彼等は素早く避けると空中に待機していた氷鸞と雷光の背中に乗った。
「何?あの気持ち悪い蟲」
「何か当たったらヤバそうや……」
「氷月と風月は晴彦と一緒に、後方から!」
「あいよ!」
「御意」
近くに来ていた雷光の背中に飛び乗った麗華は、薙刀を構えるとマムジン目掛けて振り下ろした。彼女の攻撃を防ぐマジムンだったが、背後から氷鸞に乗った陽一が、刀を突き刺した。痛みから悲痛な叫び声をあげると、マジムンは海中へ逃げようとした。
「させへん!!氷月!氷鸞!」
空で待機していた二人は、氷の息を吹き海を凍らせた。凍る海を見て、マジムンはすぐに浜辺に上がると地上に降りた二人の方を向いた。麗華と陽一は、薙刀と刀をマジムン目掛けて勢いよく振り下ろした。
両腕を無くし、膝から崩れるマジムン……咆哮を上げるが、その直後に無数の矢が突き刺さり振り返った瞬間、喉に雷を纏った矢が刺さった。その様子を見ていた生徒達は歓声を上げた。
浜辺に集まる麗華達……互いを見合いながら、倒れるマジムンを見つめた。
「何か、呆気なくない?」
「弱過ぎやろ。
第一形態、第二形態って事か?」
「けれど、妖気は全く感じまへん」
「……」
「麗様!陽様!晴様!」
「すぐにその場から離れて下さい!!」
雷光と氷鸞の言葉と同時に、突然虫人間のような姿をしていたマジムンが纏っていた鎧を割り、そこから大型の人間へと姿を変えた。
「何?!第一形態だったの、あれ?!」
「マジムンって変形するんかい!?」
「知りませんよ!!そんなこと!」
「お前等は後ろに下がれ!!」
そう言い放った牛鬼と安土は、毒を浸みこませた矢をマジムン目掛けて放った。その隙に麗華と陽一は傍に来た雷光の背中に乗り移り、晴彦は氷鸞の背中へと飛び移った。二人は姿を変えると、その姿のままマジムンに突進した。
「晴彦、牛鬼達の援護!」
「言われずともやってます」
矢筈を弦に嵌めた晴彦は、マジムン目掛けて放った。その矢はマジムンの腕に刺さり、彼はヌッと上を見上げた。
「な、何だ?」
「急に動きが止まった」
「あーきてぃ《離れて》!!」
どこからか聞こえた声に、氷鸞は安土と牛鬼を足で素早く掴むと、急上昇した。
次の瞬間、マジムンの口から夥しい蟲が出て来た。蟲達は絡み合い登り棒を作り、作られた棒にマジムンは足を掛けるとそのまま登り出した。
「アカン!空中戦始める気や!!」
「雷光、雷落として!!焔!」
名を呼んだ麗華だったが、すぐにいないことに気付き後ろを振り返った。
「風月、炎の技や!!」
「あいよ!」
手から炎の玉を出した風月は、落ちていく雷に向かって放った。炎に混ざった雷は、登ってくるマジムンに当たり彼はそのまま落ちていった。
「よっしゃ!落ちた!
波!」
「波はんは、いまへんで!」
「うっ!」
「氷鸞!水であの蟲達流せ!
氷月、崩れた蟲達を凍らせろ!」
「はい!」
「御意!」
牛鬼達を降ろした氷鸞は崩れかけている蟲の棒に向かって、水を放ち崩れ落ちた彼等に氷月は氷の息を吹きかけ凍らせた。
浜辺に着地したマジムンは、口から夥しい蟲を麗華達目掛けて放った。蟲達の攻撃が当たる寸前に、二人は雷光の背中から飛び降り避けた。
「麗殿!!」
「主!!」
落ちていく二人……札を出した彼等は、風を起こして落下速度を落としていき浜辺に尻を着いた。
「麗、すぐに立て!
蟲が来る!」
立ち上がった二人は、背中を合わせて武器を構えた。凍り付いていなかった一部の蟲達が、自分達を囲うようにして群がった。
「気持ち悪い……この蟲達」
「逃げ道、塞がれてしもうたわ」
一匹の鳴き声を合図に、蟲達は一斉に二人に襲い掛かってきた。降ってくる蟲達を、麗華と陽一は薙刀と刀を振り回して退治していった。
「数多過ぎや!!」
「蜘蛛見るだけで、気を失いそうなんだけど……」
「麗、気を確かに!!」
襲ってくる蜘蛛を斬った麗華だったが、知らぬ間に腕に登っていた百足が着ていたパーカーの上から噛み付いた。
「痛っ!!」
「麗!!
痛ってぇ!!」
足に激痛が走った陽一は、すぐさま下を向いた。海パンの上から、太股を羽虫が尻に付いた針で刺していた。
陽一はすぐにその羽虫を、刀で叩き切ると麗華の元へ行き、彼女の腕から落ちた百足を突き刺し殺した。二人が攻撃をやめた瞬間、蟲達は一斉に襲い掛かってきた。
「手ぇ上げろぉ!!」
聞こえてきた声に、陽一は麗華を抱え手を上げた。その時、何かが通過し二人を空中へ連れて行った。蟲達はいなくなった二人を探すようにして、当たりに散っていった。
「ぎ、ギリギリセーフ……」
「危なかったぁ……」
「参戦して正解だったな」
「サンキュー、大輔。助かったわ」
蛇の目傘を背負った大輔は、寄ってきた風月に陽一を渡し、雷光の背中に麗華を乗せた。
「麗華、腕見せろ」
「痛って!」
飛んできた牛鬼は、袖を上げて腕を見た。噛まれた箇所は紫色に変色しており、少し腫れ上がっていた。
「すぐに毒抜きしねぇとやべぇ……安土そっちは!?」
「こっちもだ!
早く毒抜かねぇと、死ぬぞ!!」
「麗華、陽一、一旦引くぞ」
「分かった……」
「雷光、風月、二人連れて先に宿に戻ってろ」
「御意」
「あぁ」
「安土も先に戻って、準備してろ」
「応」
人の姿となった雷光は、麗華を抱き抱えて風月と共にホテルへと戻った。彼等を追い掛けようとしたマジムンに、大輔は傘を広げて彼の周りを雲で覆った。それに加えて、氷鸞は辺り一面に氷を張り動き回る蟲達の動きを封じ、牛鬼は手から糸を出すと巨大な繭を作り、その中にマムジンを閉じ込めた。
「これで、時間稼ぎは出来ると思うが……」
「出来るだけのことはやりました。
それより早く、二人を」
「あぁ」
ホテルへと戻った牛鬼達は、大輔に案内されて二人が居る部屋へ向かった。
部屋に入ると、中には敷かれた布団の上に横になる麗華と陽一、さらに彼等を看る晴彦と安土達がいた。
「すぐに毒抜きする。
カッターかメス無いか?あとライター」
「先生達に聞いてきます」
「頼む。大輔、洗面器と水、用意してくれ」
「分かった」
タオルで縛ってある麗華の腕の傷口に、牛鬼はアルコール消毒で拭いた。
「今から傷口を切って、毒を抜く。激痛が走るかもしれねぇけど、我慢しろよ」
「……ヘーイ」
「……ハーイ」
「雷光、風月、傷口切る際二人を抑えろ。良いな?」
「御意」
「あいよ」
「言われた物、持ってきました!」
ライターとカッターを二つずつ手に持った晴彦は、部屋の中へと飛び込んだ。同時に、空の洗面器と水が入った洗面器を、大輔は二人の傍に用意した。
「眼鏡と大輔、お前等も手伝え」
「眼鏡って……」
二人はカッターに火を点け、消毒した。その時、心配して駆け付けた杏莉達が、部屋の中へと入ってきた。
「麗華、大丈夫!?」
「え?!何で部外者が、入って来てんの!?」
「ちょっと、言い方!!」
「今から治療すんだから、関係者以外出てけ!!」
「私達は麗華の親友です!!親友見捨てて、出て行けません!!」
「このアマ……」
立ち上がった牛鬼は、杏莉の肩を掴むとそのまま壁に叩き付けた。
「邪魔だって事が分かんねぇのか!?
今すぐ出て行かねぇなら、テメェの首にこのカッター」
「ギュウキ」
微かに聞こえた麗華の声に、牛鬼はスッと正気に戻ったかのようにして、彼女の方を見た。
「カッター、降ロセ」
「……」
「白鳥……心配してくれるのは…有り難いんだけど……
かなりエグいところ……見なきゃいけなくなる。
私等の……苦しん…でる姿、見せたく…ないから……
ごめん」
「……でも」
「口答えするんだったら、今ここで」
「牛鬼、やめなはれ。
あとが怖いで」
陽一に言われ、牛鬼はカッターを降ろし杏莉に背を向けた。力無く座る杏莉を、卓也は立たせると翼達と共に部屋を出て行った。
「あんまり酷いことするな。
アイツ等、神崎のこと心配して」
「どうだか」
「兄貴、さっさと始めようぜ。
麗華の意識、混濁してるぞ」
「……始めるぞ」
カッターを手に、牛鬼は麗華の横に座った。
牛鬼と安土は、同時に二人の体に刃を入れた。痛みから悲痛な声を上げ、麗華と陽一は起き上がろうと暴れ出した。その行為を、雷光と大輔、風月と晴彦は阻止するようにして抑えた。