席に座った麗華と大輔、翼は深く息を吐いていた。
「何か、目的地に着く前にもう燃え尽きてるって感じね……」
「仕方ねぇだろう……妹が離してくれなかったんだからよ」
「右に同じく」
「言葉を理解するだけまだ良いじゃん。
私なんて、言葉の通じない動物相手にしてたんだから」
「それはお疲れ様」
「弟居るけど、私なんて普通に行けたからね」
「事情が違う」
数時間の飛行機移動をし、ついに沖縄へと到着した。空港で荷物を受け取る麗華は、ふとコンテナーを回る荷物の中に、見覚えのあるトランクを見た。そのトランクは、真っ赤な色をしており取っ手の部分に緑色のリボンが縛っていた。
(……あれって、まさか)
「麗華ぁ!行くよー!」
「あぁ!」
自分のトランクを持つと、麗華は杏莉達の元へと駆けて行った。
用意されたバスで、沖縄の道路を渡る麗華は龍二から借りたカメラで、沖縄の風景を撮影していた。
「麗華、用意周到ね」
「兄貴達がもう一度見たいから、撮って来てくれって。
先生達にも許可貰ってるし(半ば強引だったけど)」
「お兄さん達の頃も、同じプランだったの?」
「さぁ……けど、明日体験する乗馬は初めだって言ってたかな」
「そうそう!乗馬!凄い楽しみ!」
「自分で手綱引くから、ちゃんと動かせるかなぁ?」
「大丈夫大丈夫。馬って、案外優しいから素直に聞くって」
「それより、私は明日のプランが楽しみ!午前中は、乗馬体験をしてその後は、海で思いっきり楽しめる!
オマケに海の家で買い物してもオッケーだし!」
「僕は今日行く、美ら海水族館かな?
ジンベイザメが見られるのってここだけだし!」
楽しそうに話す中、バスは目的地に着いた。水族館へ着いた生徒達は、班ごとに分かれ水槽中を優雅に泳ぐ魚達を鑑賞した。
「流石に、魚には懐かれねぇな?」
「当たり前でしょ。
魚にまで懐かれたら、もう人間やめるしかないよ」
「そこまで行くか……」
同じ水槽を見ていた大輔は、ふと周りを見回した。各箇所で、自身の片割れと一緒に楽しむ鈴海高校の生徒達……班行動と言っておきながらも、別の班と合流し水族館を楽しんでいた。
(……彼氏彼女無し・ボッチ生には、キツイ場所だな)
「星崎」
「あ?」
「私、魚にも好かれてるみたい」
麗華が触っている水槽のガラスに、魚達が集まっておりガラス越しに手を口先でツンツンしていた。
「……石仮面、持ってこようか?」
「人間やめねぇよ」
その時、別の制服を着た生徒が歩いているのを、大輔は見かけた。
「どっかの学校も、修学旅行みたいだな」
「そりゃそうでしょ。
だいたいこの時期じゃん、修学旅行って。中学の時もそうだったし」
「そういえばそうだな」
「ほらほら見て!魚、ぎょうさん居るで!」
紅色と緑色のセーラー服を着た女性と、黒の学ランを着た男性が水槽のガラスにへばり付き魚を楽しそうに見た。
「関西地方の学校だな」
「そうだね」
「神崎さん!星崎君!
本物のジンベイザメが泳いでるよ!」
嬉しそうな声を上げる卓也の元へ、二人は駆けて行きジンベイザメが泳いでいる水槽の元へ向かった。
存分に水族館を楽しみ、外でお昼を済ませた麗華達はホテルに着いていた。バスから荷物を降ろした彼等は、ロビーに集まっていた。
「ここから十八時まで、自由時間とする。
この先にある海岸に行っても良いが、決して海に入らないように!」
「はーい」
「十八時からは、夕飯となるからくれぐれも遅れないように。
なお、部屋に着き次第制服を着替えるように。
それから、他校もこのホテルに泊まっている。くれぐれも問題を起こさないように。特に運動部!!
喧嘩売られても、絶対に買うんじゃないぞ!分かったか!?」
「ハ、ハイ」
「何か、酷ぇ言われよう」
「剣道部は喧嘩しねぇって、竹刀持ってない限り」
「私等弓道部も、弓矢無きゃ喧嘩しないって」
「そんなこと言うなら、薙刀部もよ」
「話は以上だ。解散!」
話が終わった生徒達一同は、各々の荷物を持って部屋へと向かった。
用意された部屋は、広い和室になっており窓から海が眺められる部屋だった。
「広ーい!」
「そりゃ女子八人、泊まるんだもん」
「広くなきゃ、お布団敷けないよ!」
「そうだけど……あ!
ねぇ、こっから海見えるよ!」
荷物を置いた杏莉は、一目散に窓の所へ行き窓を開けた。荷物を置いた麗華は、携帯が鳴っているのに気付き画面を見るとそこに映し出されたのは『龍二』。
「(着いたら電話するって言ったのに……)
ごめん、兄貴から電話来たからロビーにいるね」
「分かった!」
携帯を手に握りながら、麗華は部屋を出て行った。
「何か、麗華も大変だね」
「過保護なんでしょ?神崎さんのお兄さん」
「まぁ、親が二人居ないんじゃ、可愛い妹が心配になるのは仕方ないんじゃない?」
「そういえば麗華、余りにも心配するお兄さんに向かって、飛び蹴り食らわせてたところを見た記憶が……」
「仲いいんだか悪いんだか」
ロビー……
「兄貴、そろそろ切っていい?一応自由時間、六時までなんだけど」
心配する龍二の話を切ろうと、麗華は半ギレの声を出しながら話した。
「お前、マジで変な男寄って来たからって蹴り入れるのだけは」
「麗華ぁ!
真二だ!思う存分、修学旅行を楽しめ!」
後ろで騒ぐ龍二の声を無視して、真二はそれだけを言うと電話を切った。麗華は軽く溜息を吐きながら、画面を閉じ部屋へと戻った。
「集合時間までまだ時間あるし、海見に行かない?」
「賛成!」
制服から私服に着替えた麗華達は、貴重品が入ったポーチやバックを持ってホテルの外へ出た。外の海辺には、遊ぶ生徒達が大勢いた。
「うわぁ、もういっぱいいる」
「あれ?何か、他校の生徒もいるみたいだね」
「本当だ」
(……紅いセーラー服、どっかで見た記憶があるんだよねぇ。
どこだっけ?)
「ヘイ彼女!」
突然声を掛けられ、麗華達は振り向いた。そこには数人のチャラチャラした学生が、にやにやと笑いながら近寄ってきた。
「皆一人?俺等と一緒に、遊びに行かない?」
「え?」
「ごめんなさい。私達、連れがいるんで」
「そんなこと言わんでもええやろ?少し、付き合ってくれって良いってるだけや。なぁ?」
「すみません、先生から知らない人とは関わるなって言われているので」
「細かいこと気にすんなって」
そう言いながら、一人が朝妃の腕を掴んできた。軽く悲鳴を上げた彼女を助けようと、杏莉は男の腕を叩いたが別の男が、杏莉の手首を背後から掴んだ。同じ部屋の夕美と歌奈も別の男に囲まれに、逃げ道を塞がれていた。背後から麗華の肩に手を置いてきた男……次の瞬間、彼女は彼に肘鉄を食らわせた。
「な、何だ?」
「あぁ、思い出した。
黒学ランに、紅いセーラー服の高校……京都の麟音高校だ!」
「何言ってんだ?こいつ」
「おい、そいつの腕さっさと捕まえろ!」
腕を掴まれた瞬間、麗華は悲鳴を上げた。その悲鳴に驚きながらも、口を塞ごうとした男に突然飛び蹴りが飛んできた。吹っ飛ぶ彼に続いて、朝妃の腕を掴んでいた男は頬を殴られそのまま倒れた。
「な、何すん!!……だ……」
怒りに満ちた目で、陽一は麗華を抱き寄せて彼等を睨んだ。
「人の女に手ぇ出そうとは、ええ度胸しとるなぁ?」
「テメェ等、覚悟できてるんだよな?」
朝妃を後ろに行かせた翼は、拳をならしながら彼等を睨んだ。いつの間にか、連れは駆け付けた大輔がその辺に落ちていた棒で追い払っていた。
「……」
「テメェ等、歯食い縛れよ?」
「何外で問題起こしとんじゃ!!お前等は!!」
正座をさせられた大輔、翼、陽一は、頭に大きなたんこぶを作って剛田と陽一の担任の前にいた。彼等の後ろには絆創膏と包帯を巻いた先程の男性数名が、勝ち誇ったかのような表情で彼等を見下していた。
「そいつ等先に手ぇ出して来たんやろうが!」
「黙れ!!三神!!
月影院が呼びに来なければ、危うく問題になっていたんだぞ!」
「問題はそいつ等や!!
嫌がる女をナンパする一般人は許されて、何で正当防衛をした俺等がお叱り受けなきゃあかんねん!!」
「普通に手を挙げるな!暴力は、やった方が負けなんや!!
ほら、頭下げろ!!」
「絶対嫌や」
「三神!!」
「俺等が頭下げる前に、そいつ等が先に頭下げて下さい。
こっちの女子生徒に声かけて無理やり連れて行こうとした、そいつ等の方が悪いんですから」
「そうよ!こっちは怖かったんだから!」
剛田の後ろで、卓也の傍にいた杏莉は涙目になりながらそう訴えた。恐怖から泣いている歌奈と夕美、朝妃はロビーの席に座っており、華純はずっと麗華に抱き着き泣いていた。
「暴行に関してはやり過ぎたと、反省はしていますが……そいつ等には、全く反省の色が見えないんですけど?」
「……」
「し、してきた方が悪いんだよ、してきた方が」
「治療費、払ってもらうぞ?」
勝ち誇った顔で言う男達を見た麗華は、携帯を取り出し電話を掛けるフリをした。
「あ、お世話になってます。
長野県警の警視・神崎輝三の姪の麗華何ですが……はい、いつもお世話になってます」
「お、おい、神崎?」
(あ、麗キレた)
「輝三に繋いでもらっていいですか?」
「け、県警って……警察?」
「テメェ等、今ここで誠心誠意私等に謝るなら、この電話切ってもいいけど?
謝らないなら、地元に帰った途端……務所行きだ」
殺意に満ちた目に、男性達は恐怖のあまり素早く土下座をして深く謝った。その目に、陽一は軽く身を引き剛田は引き攣った顔をした。
「治療費等入りませんので、どうかそれだけは!!」
「大学どこ?
そこに今から連絡するから、教えろ」
「大学に入っていません!!
そもそも専門出て、仕事探している最中なので」
「そっかぁ、そんな期間に問題起こしたら、就職に響くもんね。
じゃあ、今日中にチェックアウトして地元に帰って。
出来なければ、察に連絡する」
「は、はい!今すぐに帰ります!」
「荷物まとめます!!」
そう言いながら、彼等はすぐに部屋へ戻った。数十分後に自分達の荷物を持ってチェックアウトし、素早く宿から出て行った。
「……神崎、お前」
「悪い虫は、とっとと追い払わないと」
「……」
「つくづく、お前怖いわ」
「使える権利は使えってね。
それより白鳥、流石演劇部。おかげで助かったわ」
「こうでもすれば、謝るかと思ったのに」
「え?まさか……」
「泣く演技って、結構難しいね」
「立花、お前もか!?」
「夕美と歌奈もですよ」
「はぁ?!」
「ちなみに、私も演技でした」
「神崎までもか?!」
「掛ける振りしただけです。
ああでもしないと、アイツ等のこと許せなかったので」
「神崎、お前顔怖いぞ」
「落ち着けや、麗」
「と、とにかくお前等が無事で良かった。
それから、神崎……
あの男子生徒、確かお前の従兄弟だよな?」
「従兄弟兼義弟です」
「……へ?」
「は?」
驚いた剛田と陽一の担任は、気が抜けたような声を出した。
「俺の姉貴と麗の兄貴が結婚して、今は義弟妹や」
「三神の姉……じゃあ三神美幸と」
「神崎龍二が結婚して……!?
思い出した!!六年前、お前達の兄貴達のせいで酷い目に遭ったことを!!」
「そうや!!大事件起こしてもうて、鈴海高校となるべく遭遇しないよう、予定組んでたんやぁ!!」
「六年前は、うちの生徒がとんだご無礼を」
「そんな、うちもです!!」
「何やってんの?兄貴達は」
「どうせまた、姉貴が余計なこと言ってそれを龍義兄が止めようとして、大喧嘩にでも無ったんやろうな」
「君の言う通りだよ、三神」
「やっぱりか……」
「今も昔も変わらないって事ね」
「せやな」