学祭が終わり、地獄の中間試験を終えた二年生は、修学旅行に行くため、空港へ来ていた。
「ねぇ麗華、水着どんなの買った?」
「あっちに着いてからのお楽しみ」
「あーん、麗華の意地悪ぅ」
空港に置かれている椅子に座っている麗華は、杏莉達と他愛のない話をしながら、ペット用キャリーに入れリードを着けた焔とシガンを撫でていた。
「やれやれ、今回は龍二様来られましたな?」
「何とか有休取れて良かった……
麗華、薬持ったか?」
「持った」
「携帯は?」
「持った」
「御守りは?」
「首に掛けてる……
そこまで心配しなくても良いよ。何も海外に行くわけじゃないんだから」
「けどよ……」
「小・中は、美幸ちゃんの所の近くだったもんな?
部活の合宿先も、伯父さん家の近くだったし」
「身近な人が居ないから、心配なのよ」
「オマケに焔も居ないし……」
「平気だって。氷鸞と雷光居るんだし」
「せめて丙だけでも」
「自分を守護する式神を、他人に就けるんじゃない!」
「うぅ……」
「まぁまぁ麗華ちゃん。
龍二君、心配なんだよ。大目に見てあげて」
「茂さんまで、そんなこと言わないで下さいよ」
「じゃあ、龍二君が安心する御守りをあげるよ」
そう言って茂は上着のポケットから、紐を取り出すと麗華の手首にその紐を結び付けた。
「はい、ミサンガの完成」
「本当に御守りですね……」
「俺てっきり、メスが注射を出すもんかと」
「私は何かの薬品かと」
「そんなもん持ち込んだら、修学旅行行けなくなるだろうが」
時間が経つにつれ、徐々に鈴海高校の制服を着た生徒が集まってきた。
「ようやく揃ってきたな?」
「集合時間の一時間前だからな。
なぁ麗華、大輔の奴はまだ来てないのか?」
「いや、もう着いたってメールが」
その時、子供の泣き声が聞こえた。泣き声の方を見ると、そこには大輔の足にしがみ付き泣く樹梨と彼女を引き離そうとする海斗がいた。
「うわ……悲惨な光景」
「下に弟妹が居る奴、あるあるだな」
「とくに下に懐かれてる奴だとな」
声の方に振り向くと、そこには翼が妹の恵を抱えて立っていた。
「大野……」
「さっきまで叔母さんにくっ付いてたんだけど、何故か今俺にベッタリ」
「あらま」
「緋音……俺何か、懐かしい光景を見ている気がする」
「私もよ、真二」
「お二人さんの気持ち、僕一番分かる気がする」
龍二に荷物番を頼み、麗華は大輔の元へと駆け寄った。
「神崎、何とか説得してくれぇ……」
「私に言われても……志津江さんは?」
「今向かってるところだ。あと十分くらいで着くって」
「ほら樹梨、お兄ちゃんから離れろ!
困ってるだろう!」
「嫌だ!」
「樹梨!!」
「四日後には帰ってくるら、母さんと海斗と一緒に待ってろ」
「……嫌だぁ。樹梨も行く~」
足から自身に抱き着いた樹梨を、大輔は仕方なく抱き上げ抱っこした。その様子を龍二達は懐かしむようにして、眺めていた。
「真二、何か懐かし過ぎて私涙が」
「緋音、俺もだ。涙が出てきて……」
「二人共、良ければハンカチ使うかい?」
「ありがとうございます。先輩」
「ありがとうございます。先輩」
「お前等、いい加減しろよ?」
「何思い出に浸ってんのよ、あの人達は……」
「鈴海高校の皆さん!間も無く、時間になりますのでクラスごとに集まって下さい!」
先生の声が響き、生徒達は家族と離れ自身の場所へと行った。その中、翼は恵を宥めると傍にいた都に受け渡した。恵は鼻を啜りながら、翼にバイバイと手を振りそれに応えるようにして翼は手を振り一緒にいた朝妃も、手を振った。
「ほら、お前より小さい奴、兄貴から離れたぞ」
「……」
「ほら、樹梨!もう降りなって。
お兄ちゃん、先生に集まれって言われてるよ!」
「……」
「離れる気配が無い」
「鈴村に、集まれそうにないって言う?」
「そんなわけにはいかないだろう?」
「樹梨ちゃん樹梨ちゃん」
「?」
呼ぶ声に、樹梨は顔を上げた。目の前には、管狐が数匹飛び交っており、彼女が差し出した手に身体を擦り寄せた。
「ほ~ら樹梨ちゃん、こっちでこの狐さん達と遊ぼう」
「……」
「兄ちゃん、先生に呼ばれてるからその間、あの狐と遊んでてくれ」
「黙って行ったりしない?」
「しない」
大輔の言葉を信じ、樹梨は彼から降りた。すぐ傍にまで来た緋音は彼女を抱っこすると、真二の元へ連れて行き彼が出す管狐と戯れさせた。
「海斗、樹梨の事少し頼んだぞ」
「うん!」
「星崎君!神崎さん!
集合時間になったよ!」
「今行く!星崎」
「あぁ」
委員長の藤江に呼ばれ二人は、集合場所へと急いだ。
管狐と遊ぶ樹梨ちゃんを見て、都と一緒にいた恵は彼女の手を引き真二達の元へ歩み寄った。
「あれ?恵ちゃん」
「やっぱり、あの時のお医者さんだ!」
「顔色随分よくなったね。健康的だ」
「都叔母ちゃんの料理、スッゴイ美味しいんだよ!」
「そうかそうか」
「昨年は、姪と甥共々お世話になりました」
「いえ、僕は何も……
頑張ったのは、こっちの龍二君ですよ」
「神崎さんのお兄さんですよね?
本当にお世話になりました」
「当然の事をしたまでですよ」
管狐と遊んでいた樹梨は、ぱぁっと表情を明るくなりながら、向こうを見た。
「ママ!」
そう叫ぶと、樹梨は緋音から降り駆け寄ってくる志津江の元へ行き飛び付いた。
「はぁー、何とか間に合った」
「仕事だったんですか?」
「えぇ。息子達と来る予定だったんですけど、緊急の患者が入ってしまって」
「まぁ、大変」
「あら?もしかして、龍二君?」
「あ、はい。
お久しぶりです、志津江さん」
「あらあら、すっかり大きくなって。
今お仕事しているの?」
「警察の見習いを」
「あら!じゃあ、お父さんと同じ職業に?凄いわねぇ」
彼等が軽く挨拶をしている間、麗華達は各担当の先生達の話を聞いていた。
「以上、全ての言いつけを守るように!
それから、今回の修学旅行は昨年の林間学校やスキー教室と違って、公共の場であり観光地だ。
くれぐれも、自分達が鈴海高校の生徒だということを忘れないように!」
「ハーイ」
「特に空手部柔道部!
お前等、絶対に喧嘩を売るんじゃないぞ!!喧嘩を売られても、買うんじゃない!分かったか!?」
「は、はい」
「お、押忍」
(ま、喧嘩売ったら)
(大体買うもんな)
「それじゃあ、荷物を持って搭乗口へ移動します。
再度忘れ物がないか、確認してください!」
湯崎の声で、生徒一同は解散し各々の荷物の元へと戻った。
龍二達の元へと来た麗華と大輔は、龍二達から荷物を受け取った。キャリーのチャックを少し開け、シガンと焔の頭を、麗華は撫でてやった。
「そろそろ搭乗時間か?」
「うん。荷物持ってもう集まれって」
「樹梨のこと、ありがとうございます」
「良いって良いって!昔、似たような奴の面倒見てたから」
「似たような奴?」
「真二君、それ以上言ったらあまりよろしくないと僕は思うよ」
「そ、そうですね……」
大輔の傍でシガンの頭を撫でていた麗華が、真二に殺気のオーラを放ちながら眼を飛ばしていた。
「ほら樹梨、お兄ちゃんに行ってらっしゃいって!」
「帰ってくる?」
「樹梨!お兄ちゃんは」
「帰ってくるよ。
四日後にちゃんと帰ってくる。だから、少しの間我慢してくれよ」
「……うん」
「海斗も、俺がいない間二人を頼んだぞ」
「う、うん!頑張る!」
二人の頭を撫でると、大輔は志津江と少し話をした。その頃、麗華はなかなか手から離れようとしないシガンを撫でながら声を掛けていた。
「シガン、いい加減離れてぇ」
「ほらシガン、麗華ちゃん行けなくなっちゃうから、そろそろ離そう」
すると、キャリーの中に入っていた焔が麗華の手に纏わりつくシガンの首輪を口に咥え引き離した。その隙に麗華はトランクを片手に大輔と共に既に集まっている搭乗口へ行き、彼等に手を振りながら入って行った。
「焔、お手柄だな」
「キュ~……」
「シガン、落ち込むな。
心配なのは俺も一緒だ」
「俺等が行った時の麗華も、こんな感じに少し寂しかったのかなぁ」