島からやって来た香苗と俊輔は席に座り、その向かいに大輔と龍二・児童相談所の者が一人と少年課の田中が座っていた。
「それでは、話し合いを始めます」
「そんなのどうでもいいから、早く海斗と樹梨をここに連れてきて頂戴!
本人達の安否確認が先でしょ!」
「出来ねぇよ。虐待した親の前に出せるか」
「うるさいわね!!大体、大人の話し合いに何でアンタがいるのよ!!」
「イカレタ考えを持った女の相手を、親父やこの人達だけに任せてられるか」
「はぁ!!」
「香苗、座りなさい」
「何よ!!」
「大輔、お前大変だな。こんな猿みたいな女が母親で」
「血の繋がりが無いのが、唯一の救いです」
俊輔に宥められ、香苗は席に座った。資料を広げながら、児相の者が淡々と話しを始めた。
そんな会議室の隣の部屋で、海斗と樹梨は遊んでいた。二人の様子を伺いながら、麗華は辺りを警戒していた。
(とりあえず、今の所気配はない……)
その時携帯が鳴り、画面を開くとメールが届いており送り主は龍二だった。そこに書かれていたのは
『大輔の継母、クソ面倒。
長期戦になりそう』
(やっぱりか……)
「麗華お姉ちゃん、お兄ちゃん大丈夫かな?」
心配そうにする海斗に麗華は、笑みを浮かべながら彼の頭に手を置いた。
「大丈夫。アンタのお兄ちゃん、強いから」
その言葉に、海斗は少し安堵したような表情を見せた。
明るかった外が暗くなっていき、ゴロゴロと雷が鳴り響いた。次第にポツポツと雨が草花に当たり始め、雨脚は強くなっていった。
「雨だ……」
「やっぱ降って来たか」
「もういい!!アンタ達と話してても、埒が明かないわ!
樹梨!!海斗!!ここにいるなら、今すぐこっちに来なさい!!」
乱暴に隣の扉が開いたかと思うと、香苗の怒鳴り声が廊下中に響き渡った。その声に樹梨は泣き出し、彼女を泣き止ませようと海斗は慰めた。偶然外に出ていた麗華は、出てきた香苗と目が合いその場に立ち尽くした。
(うわぁ……面倒な時に部屋から出ちゃった)
「あんた、確か大輔と一緒にいた」
「お、お久しぶりです……」
「アンタなら知ってるんじゃないの?
海斗と樹梨がどこにいるか」
「知りませんよ。
私、兄に付き添って今日ここに来ただけですから……?
(凄い妖気……どこから?)」
彼女と同じく、龍二と大輔もその妖気を感じ取り辺りを見回した。その時、二人がいる部屋のドアがいきなり吹き飛んだ。
「な、何だ?!」
「焔!」
「渚!」
鼬姿から大白狼になった二匹は、二人の傍で攻撃態勢を取り煙が上がる部屋を睨んだ。すると部屋から、怪我をして泣きながら、樹梨の手を引いた海斗が出てきた。
「海斗!樹梨!」
「やっぱりいたのね!!」
香苗が駆け寄ろうとした瞬間、彼女の上に何かが飛び乗ってきた。倒れた彼女は起き上がろうとしたが、その上に何かかが乗っており目を向けた。
「……え?」
「何じゃ、あれ」
香苗を押さえつけるようにして、足を乗せたその妖怪は、四つの目を光らせた大きな黒い狐だった。
「あいつ……確か、島にいた」
「星崎、あれ凶暴な奴。
自分が気に入った奴を攻撃すると、殺しに来る。
自分の住処を荒らしても、殺しに来る」
「お前、詳しいな」
「相手にしたことあるから」
「なるほど」
「喋ってないで、助けなさいよ!!
大輔!!アンタ、母親が襲われてるのよ!!」
「育児放棄した血の繋がりの無い女を助けて、何の価値があんだよ」
「海斗君!樹梨ちゃん!
ゆっくり、こっちに来なさい」
児相の言葉に海斗は、すすり泣く樹梨の手を引きながら彼等の元へ歩み寄ろうと足を動かした。唸り声を上げる黒狐は、歩く二人とその先にいる麗華達を睨み付けていた。
「めっちゃ睨まれてんぞ」
「攻撃しないかどうかのチェックじゃないの?
私、あいつの相手するの嫌だ」
「俺も相手する気ねぇわ」
「……三神、お前がどうにかしろ」
「了解です」
傍にいた渚に龍二は目で合図した。渚は黒狐の周りを歩きながら気を逸らさせ、その間に龍二は樹梨と海斗を抱えて戻った。下ろされた樹梨は、すぐに大輔に抱き着き海斗は児相の職員に連れられて、傷の手当てのために奥の部屋へと入った。
「さてと、二人を無事保護したが……」
「三神!子供じゃなくて、母親の方を保護しろ!!」
「あぁ、そっちだったんですか?」
「早く助けなさいよ!!
人の金で生活してるくせに!!」
「凄いな。妖怪に踏みつけられても尚、文句を言うとは」
「相変わらず、図太い神経をお持ちで」
「麗華、あの狐頼む。
俺、対処法知らん」
「えー」
「桜雨堂のイチゴ大福買ってやるから」
「焔、行くよ」
渚の傍に来た焔に、黒狐は唸るのをやめて彼をジッと見つめた。近寄る焔に黒狐は香苗を押さえつけていた足を退かし、ゆっくりと後ろへ下がった。
「あれま、焔を怖がってる?」
「上下関係で、一応焔が上だから。アイツの中で」
「へー」
「兄貴、今なら平気だよ」
「了解」
怖じ気ついている香苗の元へ行った龍二は、彼女を立ち上がらせるとその場から離れさせた。
「さてと、仕上げと行きますか」
「仕上げ?」
「樹梨ちゃん、あの黒狐の事知ってる?」
「うん……森に入った時、怪我してたからお兄ちゃんに手当てして貰って、それからしばらくの間ずっと一緒にいた」
「お前等、いつの間に」
「じゃあ、あの黒狐呼んであげて。
樹梨ちゃんの声聞けば、すぐに大人しくなるよ」
「本当?」
「うん。本当」
「……
クロ!お出で!」
樹梨の呼び声に、黒狐は耳を立てた。それを見た焔は狼から鼬の姿へと戻り、麗華の元へ戻った。彼がいなくなると、黒狐は一目散に樹梨の元へ駆け寄り、体をすり寄せ頬を舐めた。
「何か、犬みてぇだな」
(凶暴な妖怪だって言ってたけど、気に入った奴が一緒だと大人しいんだな。
大空に後で連絡しておこう)
「樹梨!!アンタ、またママに黙って森なんかに入って!!」
龍二の腕を振り払った香苗は、ズカズカと樹梨の元へ歩み寄り平手打ちをしようと手を挙げた。その行為に、樹梨は唸る黒狐にしがみ付き、頑なに目を瞑り力を入れた。
“パァン”
渇いた音が辺りに響いた。樹梨を前に立っていた大輔は、目の前に立つ人物に目を疑った。
「し、俊輔さん……」
「……香苗、もう終わりにしよう」
「そ、そんな……違うの…違うの!!
元はと言えば、海斗と樹梨が私の言うことを聞かないのがいけないのよ!!
樹梨はもう小学年生なのに、未だに夜泣きとおねしょは治らない!!
海斗は高学年なのに、家事を任せても完璧にやってくれない!!それどころか、担任の先生から授業中寝てるのでちゃんと躾て下さいって言われる始末よ!!」
(小五に何やらせてんだ、この女)
「兄貴、完璧にやらないのがこんなに駄目なことなの?」
「いや、完璧じゃなくて平気だ。
おふくろは仕事してた。そして、俺等の面倒を見ていた。完璧なんて無理だ」
「だよね」
「言っとくが、親父は家事に関して文句を言った事は無い。
全部自分でやっていた」
「流石父さん。尻に敷かれてる」
「私だって仕事してるわよ!!
二人のせいで、私が世間から駄目な母親って言われてるのよ!!あなたに分かる!?一生懸命やってるこっちの気持ち!」
「じゃあガキを産むんじゃねぇよ!!」
「アンタは黙ってなさいよ!!
そもそも、アンタが全部やっちゃうから海斗がまともに育たなかったのよ!!」
「五才児に料理作らせる母親があるか!!
どこの漫画の母親だ!!
完璧な母親って見られてぇなら、夜の街を遊びまわるなよ!!二人の面倒をきっちり見ろよ!!」
「母親にも息抜きが必要なのよ!!」
「夜に幼児と小学生置いて遊びまわって、その連絡を親ではなく中学の寮に来るような母親のどこに息抜きをしてねぇだ?」
「バリバリしまくってるじゃん。息抜き」
「おふくろの息抜きなんざ、山の中で木々から差し込む日差しに当たりながら、焔達の胴に頭を乗せてのほほんと日向ぼっこだったぞ」
「あれ、結構気持ちよかったよね」
「さっきから私の話に、茶々入れるの止めてもらえる?」
「あなたと同じ、働きながら私達を育ててくれた母親の話をしてるので。
あなたと全く同じ条件でしたが、私はおねしょをした覚えはありません」
「酷かったのは夜泣きぐらいだ。その夜泣きも、添い寝すればすぐに治った」
「人の恥ずかしい過去を暴露してるんじゃないよ!」
「他人と比べるの止めて頂戴!!
そういうのが一番嫌なの!!
あ~あ!せっかくあの女から金持ちの男を奪ったと思ったのに、全然理想の世界と違うじゃない!!
余計なガキはついて来るし、生まれたガキは私の指示通りに動いてくれないし、夜泣きは酷いしおねしょはするし、本当最悪!!こんなに大変なら、海斗と樹梨を産まなければよかった!」
静まり返る廊下……大輔の足にしがみ付いていた樹梨と別室から出てきた海斗の目に、自然と涙が流れ出ていた。
「香苗、言いたいことはそれだけか?」
「はぁ?」
「養育費は払わなくていい。
海斗も樹梨も、大輔も私が引き取る」
「大輔はともかく、海斗と樹梨は私の子供よ!!
二人の親権は、私が貰うわ!!第一、仕事人間のあなたに三人を養えるの?!」
「残念ですがお母さん、あなたには幼児虐待・育児放棄といった罪がありますので、それを償わなければ二人を引き取ることはできません」
「はぁ?!何で!?
母親が親権持つのが普通でしょ!!」
「親権持ったところで、二人の面倒まともに見ないで」
「養育費を使い込むのが、目に見えてんだよ」
「アンタは黙ってなさい!!」
「お母さん、とりあえずお話を聞きたいので少しいいですか」
暴れる香苗を、田中と児相の職員は別の部屋へと連れて行った。去って行く香苗を見届けた俊輔は、すすり泣く樹梨の頭に手を置きながら座り込んだ。
「すまなかった、三人共」
「散々俺等をほったらかしにしといて、結局引き取るのかよ。
面倒見れるのかよ」
「……」
「お父さん、僕達こっちに住むの?それとも、また島に戻るの?」
「それはまだ分からない。
とりあえず、その黒狐は俺が島へ連れて帰る」
そう言いながら、俊輔は黒狐を抱き上げた。黒狐は大人しく鼻をヒクヒクさせていた。
「……え?見えてるんですか?」
「ここ最近、また見えるようになったんだ」
「……またって、親父」
「昔、見えていたんだが……そのせいでクラスからの虐めが酷くて、隠したんだ。自分には見えてないと念じていたら、いつの間にか見えなくなっていた。
それが、ここ最近の怪奇事件で徐々に見えるようになっていた。この狐も、俺がまだ見えていた頃に仲良くしていた子だ。まさか、樹梨と仲良くなっていたとは」
「結局見えてたって事かよ。だったら、家業継げばよかっただろうが」
「やりたいことがあったんだ。今はそれをやっている」
「家業をやっている暇がないと」
「ま、俺等も似たようなもんだからな」
「お父さん。
三人は離婚が成立がするまで、こちらでお預かりします」
「お願いします」
「俺は平気です。今、親父が所有してるマンションで一人暮らしをしてるので」
「しかし」
「心配でしたら、俺の家で預かりますよ。
現在、俺の知り合いが妹の面倒を見て貰っているので」
「そうしていただけると助かります」
「じゃあ、しばらくは私の所で居候だね」
「嫌な響きだな、居候って」