陰陽師少女   作:花札

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翌日の放課後……


麗華は着替え類の入った紙袋を手に、病院へ行った。病室へ行こうとした時、公衆電話の前で誰かに電話を掛ける大輔の姿があった。


「というわけで、しばらく入院することになった……


いきなり大声出すな!

は?来るな!!お前、学校あるだろう!見舞いは良いからな!!」


ガチャ切りした大輔は不機嫌そうにしながら、病室へ浮こうと体の向きを変えた。その目の前に、麗華がいたことに驚いた彼は腰を抜かした。


「ビックリした…」

「そこまで驚くこと?電話、九条?

てか、アンタの着替え類持ってきたんですけど?帰っていいかしら?」

「……ありがとうございます。

電話は、九条です」


病室へ帰ってきた大輔は、麗華に持ってきてもらった充電器で携帯を充電した。画面を開くと、メールが十件以上溜まっていた。


「電池切れかかってたから、メールを見なくて心配した九条が電話をかけてきて、電話に出た途端電池が切れたと」

「あぁ。さっき、折り返し電話したら見舞い行くだのなんなの言い出して……こっちには神崎がいるから平気だって」

「じゃあ、今の現状状況を九条に詳しく伝えとくね」

「マジで止めてくれ」

「じゃあ、きっちり連絡しな。じゃないと、あいつ本当に来るよ?」

「……」

「ねぇ」

「んー?」

「昨日、どうしたの?」

「え?」

「翠川さん見た途端、固まってたじゃん。おまけに涙まで溜めて」

「……ゃ」

「え?」

「あの人、俺の母親かもしれない」


手に持っていたタオルを、麗華は思わず落としてしまった。大輔は携帯の画面を見つめながら話を続けた。


「息子の勘てやつかね。あの人も、俺の事見て泣いてたし」

「……証明してみる?」

「いい。あの涙は何よりの証拠だ……


でも、どんな顔して会えばいいか分かんねぇ」

「……」


独りの生活

病院の庭でベンチに腰を下ろした翠川は、ボーっとしながら大輔が入院している病室の窓を眺めていた。

 

 

「やっぱり、ここにいたんですね」

 

「!」

 

 

声に驚き振り返ると、そこには麗華が立っていた。翠川はすぐに立ち上がり、彼女に挨拶をした。

 

 

「麗華ちゃん、今日もお友達の所に来たの?」

 

「えぇ。星崎、今家族と一緒に住んでなくて。着替えとかを持ってきたんです」

 

「え?彼、一人暮らししてるの?まだ高校生なのに」

 

「……

 

翠川さん、星崎……大輔の母親なんでしょ?」

 

「!?」

 

「さっき、ナースステーションで聞いたんです。翠川さんの下の名前。ずっと忘れてました。

 

 

翠川志津江。大輔が話したんです……島にいた頃、母親はしづさんって呼ばれていたって」

 

「……大輔、そんなに覚えてるの……

 

私と過ごしたのって、たった数年だったのに」

 

「顔は覚えてないけど、温もりは覚えてるって……ここ最近は、ずっと母親の夢を見るって言ってました」

 

「……」

 

「昔、話してくれましたよね。

 

 

自分にも、私と同じくらいの子供がいるって。私情で今は一緒に暮らせなくて他の所にいるって……

 

この子供が、星崎だったんですよね」

 

「……凄いね、麗華ちゃん。

 

そんな事、覚えてたなんて……小さかったから、話なんて聞いてないものだと」

 

 

目に涙を溜めながら、志津江は手で顔を覆いベンチに座った。泣く彼女の隣に、麗華は座り慰めるようにして背中を擦った。

 

 

その頃、屋上で街の景色を大輔は眺めていた。夕陽に染まった町をボート見る彼の傍に、シガンは歩み寄り鳴き声を発しながら、柵を上り彼の腕に体を擦り寄せた。

 

 

「母さんがいたら、多少は良くなるのかな……」

 

 

バイトから帰り、暗く誰もいない部屋の鍵を開ける……朝の食器は水に漬けたまま、脱ぎ捨てられたパジャマ代わりのTシャツとジャージがソファに置かれ、前日に干した洗濯物はそのままになっていた。荷物を寝室に置き、冷蔵庫から作り置きしているご飯を出し、それをレンジに入れた。温めている最中に、着ていた制服を脱ぎワイシャツと靴下を洗濯機に入れようと蓋を開けた。その中には、三日分の洗濯物が入っており、それを見た大輔は軽くため息を吐いた。

 

着ている衣類を全部洗濯機の中に入れ、洗剤を入れスイッチを入れた。回している最中にシャワーで頭と体を洗い、風呂から出ると寝室へ行きタンスにしまっている下着を穿き、脱ぎ捨てられていたTシャツとジャージを着ながらテレビを付けた。テレビから流れる音を聞き流しながら、レンジで温めてた晩御飯を黙々と食べた。

 

食べ終えると、食器をすぐに洗い流しで干した。回り終えた洗濯機から洗濯物を取り出し、風呂場に干した。寝室に入り置かれているベッドに入り、しばらく携帯を弄ると目覚ましをセットし眠りに付く……

 

 

そんな毎日を繰り返す大輔は、次第に家に帰るのが億劫になっていた。そしていつの間にか、麗華の家にお邪魔し夕飯をご馳走になっていた。

 

 

(俺って、図々しいな)

 

「キュー?」

 

「自分から全部やるって言ったくせに、結局神崎達の力借りちまった……

 

海斗と樹梨、ちゃんと飯食ってるかなぁ」

 

 

 

 

その夜……大輔は夢を見た。

 

 

泣き喚き、抱っこされている父の腕から降りようと暴れる幼い自分を、父は必死に抑えていた。泣く自分の目線の先には、船に乗る一人の女性が立っていた。振り返った女性は、涙を浮かべて何かを言っていた。その言葉を一瞬耳に入ってきた……

 

 

『ごめんね……大輔……

 

 

お母さんを……許して』

 

 

聞こえたと共に、辺りが光に照らされた。

 

 

「母さん!!」

 

 

飛び起きる大輔……息を切らしながら、床頭台に置いていた携帯を手に取り画面を開いた。

 

 

「午前三時か……」

 

 

携帯を持ち、財布を持った大輔は病室を出て行きロビーに置かれていた自販機で飲み物を買った。缶ジュースの蓋を開け飲もうとした時、懐中電灯の光が照らされ大輔はすぐに後ろを振り返った。そこにいたのは、夜間の見回りをしていた志津江だった。

 

 

「……」

 

「えっと……その」

 

「……少し、お話ししない?

 

初めての入院で、不安でしょう?」

 

「……」

 

 

少し赤くなりながらも、大輔は小さく頷き彼女と一緒にデイルームの席に腰を下ろした。

 

 

「麗華ちゃんから聞いたわ。

 

あなた、一人暮らしなんですってね。高校生なのに。

 

 

偉いわね」

 

「いえ、そんな……

 

 

親と仲悪いんで、その勢いで……」

 

「……お母さんとお父さんとは、うまくやっていないの?」

 

「今のおふくろとは、全然。あの人、自分の子供産んだにも拘らず、毎夜遊びに行って……そのせいで、二人はいつもほったらかし」

 

「……そのこと、お父さんに言ったの?」

 

「言ったって、聞いちゃくれない。

 

仕事人間だから、人の話は聞かなくて……中学の時、継母と大喧嘩してその末に、出てけって言われて……

 

 

だから、高校からこの町で」

 

「……昔と変わらないわね。俊輔さん」

 

「?」

 

 

顔を上げる大輔……志津江は仕事服からボロボロのお守りを取り出した。それを見た大輔は驚き、思わず立ち上がった。

 

 

「そ、そのお守り……」

 

「同じの持ってるよね?

 

 

一昨日、チラッと見えたの。あなたの鞄に同じお守りが付けられてたのを」

 

「……」

 

「ごめんね、大輔……

 

 

離婚した時に、あなたを連れて行くべきだった……でも、当時の私はまだ看護師に成りたてで、とても子育てをできる環境じゃなかった。

 

 

両親を早くに亡くしてて、誰も頼る人がいなくて……経済的に余裕があって、子育てをしてくれる人が近くにいたら」

 

「子育てしてくれる人……あんな女が……

 

そんなわけねぇじゃん……」

 

 

フラッシュバックで思い出す幼き日々の過去……仕事と言って家に帰ってこない父。自身に構わない継母は、次第に夜になると外へ出歩くようになった。広い部屋で一人残された大輔……近所の人達は毎日のようにして彼を気にかけ、夜一人にならないよういつも家に来てくれていた。

 

しばらくして、弟が生まれ、数年後には妹が生まれた……その日から、継母は自分の事を見なくなった……そしていつしか、邪魔者扱いされるようになった。

 

 

 

ポロポロと流れる涙……手を強く握りしめながら、大輔は椅子に座り伏せて泣いた。そんな彼の背中を志津江は擦りながら、話を続けた。

 

 

「まさか、大輔が東京に出てるとは思わなかったの。

 

ずっと……ずっとあの島で、幸せに」

「幸せなんかじゃなかった!

 

 

親父は俺の事なんて、見てもくれなかった……進路相談にも来なくて、友達と同じ高校に行くって言おうとしたら……

 

『学力に問題はないし、この島より東京の高校はどうだ?

 

母さんがあの状態だから……その……』

 

 

血の繋がりもねぇあんな女の為に、何で先住の俺が出て行かなきゃいけねぇんだよ!!育てられねぇなら、俺を生むな!!俺を引き取るなよ!!俺を何で連れて行ってくれなかったんだ!!」

 

 

志津江の手を振り払い、大輔は自身の病室へ戻った。部屋に戻った彼は、持っていた缶を投げ捨て、ドアの前に座り込んだ。

 

すると、鞄の中に隠れていたメル達が姿を現し、体を震えさせて泣く大輔の元へ行った。戸惑う三人の中、メルは彼を慰めるようにして頭を優しく撫でた。ニアは傍にあったティッシュ箱を手に持ち彼の傍に置き、続いてリユがゴミ箱を持って行った。

 

 

「馬鹿だよな……俺、もう高校なのに…ガキ見てぇなこと言っておふくろを……母さんを困らせて」

 

 

立ち上がりティッシュで涙を拭きながら、大輔は鞄に付けていたボロボロのお守りを取りそれを握った。

 

 

「……馬鹿だよなぁ。本当」


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