雷の音と共に豪雨が降り出した。その様子を教室から杏莉達は眺めていた。
「凄い雨……」
「大雨警報が鳴り響ている日に限って、登校日とは」
「二週間後には夏休み終わって、すぐ二学期が始まるのに」
「まさか、この中を帰れとは」
「速やかに下校して下さい」
杏莉の考えが的中した。鈴村の言葉に一同は声を上げた。
「この雨の中帰れって言うのかよ!」
「無理に決まってるじゃ無い!!」
「歩きの奴等なら未だしも、電車で来てる奴等はどうすんだよ!!
この雨じゃ、絶対動いてねぇよ!」
「うん、先生もそう言ったんだけど……
学年主任は、速やかに帰せって」
「ハァ!!」
「あの婆ぁ!!」
「コラ!!婆ぁって言ったの誰だ!」
玄関口……
立ち往生する生徒達。折りたたみ傘を持った生徒や傘を持ってきていた生徒は、傘を差し友達を中に入れて帰って行った。
「ツいてねぇ。こんな大雨の中歩かなきゃいけないなんて」
「本当」
「この雨、洗濯物が終わったな」
「俺の洗濯物も、今頃びしょ濡れだ」
「大変ね、お二人さん」
「ところで麗華」
「?」
「何で、頭にタオル巻いてるの?大輔もだけど」
「今から走って帰るから」
「俺はこいつの家に行って、ノート返して貰うから」
「……この中走るの!?
てか、どんだけ家近いのよ!!」
「電車で10分。歩きで3、40分」
「俺もそれくらい」
「近っ!」
「商店街突っ切れば、すぐだもんな」
「え?!翼、知ってるの?!」
「前にちょっとな」
「麗華、私達も」
「とっとと走って帰るぞ~」
「麗華~!」
「お断りします」
「まだ何も言ってない!」
「どうせ家に来たいんでしょ?駄目」
「何でよ!」
「何でも!
今日は特に……」
「特に?何?今日、何かあるの?」
「いや……それは……」
「俺等の走りについて来れば、来てもいい」
「ホント!?」
「星崎!!」
「“俺等”について来ればだ!」
先に走り出した大輔に続いて、麗華も走り出した。二人の後を杏莉達は慌てて追い駆けていった。
数分後……
息を乱し咳き込む杏莉達……鳥居の下にいた麗華はタオルを取りながら、彼等を見た。
「大丈夫?アンタ達」
「はぁ……はぁ……速過ぎなのよ!!」
「ちょっと……文化部には、キツい」
「昼間に食った物が」
「オェー!」
「卓也!?」
「こんなんでバテてどうすんだよ……」
「いや、一緒にするな!」
突然雷が鳴り響いた。驚いた杏莉は耳を塞ぎ、朝妃はしゃがんで耳を塞いだ
「無理無理!私、雷だけは苦手なの!」
「雨脚を酷くなってきたし……神崎、早く家に入れてくれよ」
「この階段登ればすぐだ」
「え?!この上なの!?」
「さっさとしろ」
階段を駆け上り、鍵を開けると麗華は大輔達を家に入れた。彼女は鞄を置くと、すぐに庭へと急ぎ干されていた洗濯物を取り込んだ。
「やっぱり、終わってた」
「お疲れだな」
「また洗濯しなきゃ……ハァ」
「風呂場借りるぞ」
「タオル出しといて」
「了解」
大輔からタオルを受け取った杏莉達は、体と頭を拭いた。
「風呂沸かしとくから、入りたきゃ入っていいよ」
「助かるー!」
「ありがとう!」
鼬姿の焔を拭きながら、麗華はどこかへ行ってしまった。翼は卓也を連れて部屋へ行き、杏莉と朝妃は風呂場へ行き戸を閉めた。
激しく降る雨が、雨戸を叩きその音が家中に響いた。
甚平の紐を結んだ卓也は、まだ雨戸が閉まっていなかった窓を見た。
「凄い雨だね」
「あのままだったら、学校に閉じ込められるところだったな」
「うん……?」
窓を器用に開ける黒猫(ショウ)に、卓也は気付き窓を開けた。黒猫は威嚇の声を上げると、後ろから入ってきた灰色猫(瞬火)と子猫達を、すぐに中へ入れ素早くそこから立ち去った。
「神崎さんが、飼ってる猫かな?」
「どうかしたか?」
着流しに身を包んだ大輔は、少し開いていた窓を閉めながら卓也を見た。
「さっき野良猫が入ってきて……」
「野良猫?」
「キャァアア!!」
「キャァアア!!」
朝妃達の悲鳴に、翼達はすぐにお風呂場へ行った。
同じようにして、彼女達の悲鳴を聞いた麗華は、風呂場の戸を開けた。
「麗華!!」
「変なおっさんがいたの!!」
浴槽に浸かる裸になった時雨……
「よぉ、お嬢さん。
雨降ってきたんで、上がらせて」
言い掛けた彼の頭に足を乗せ、湯槽に沈めさせた。
上せた時雨は、目に冷えたタオルを置きぐったりと仰向けに倒れた。
浴衣に着替えた杏莉と朝妃は、呆れた顔をして彼を見た。
「あ~ビックリした!
お風呂から上がって、着替えようとしたら鼻歌が聞こえるんだもの。何かと思ったら、裸のおっさんがいつの間にか入ってるし……」
「人の家で何をやってんのよ……」
「麗、こいつ今のぼせてるから無理だぞ」
「……ったく」
「ねぇ、この浴衣借りていいの?」
「いいよ。私のだし。
今、制服乾かしてるから」
「何から何まで、ありがとう!」
「別にいいって」
「それにしても、古い家ね」
「まぁね。明治に一回建て直してそのままリフォームして、今の形に」
「へ~」
「しっかし、真凛だけじゃなく麗華も神社の娘だったとは」
「陰陽師ってと言う時点で、巫女だろう」
「あぁ、そっか」
「ニャー」
どこからかやって来た二匹の子猫は、麗華の傍に駆け寄ると体を擦り寄せ足を伝い上へ登ろうとした。登ろうとする二匹を、彼女は抱き上げ肩に乗せ頭を撫でた。
「その子猫、神崎さんが飼ってるの?」
「違う。多分、野良猫が雨宿りに入ってきたんでしょ。
シガン、ショウ達の所に」
焔の傍にいたシガンは、鼻をヒクヒクと動かしながら子猫達を連れて襖の隙間から見ていた黒猫と灰色猫の元へ行った。
「さーて、この雨止むかね」
「嵐になるって言ってたから、止まないんじゃない?」
「……」
夕方……
一部の雨戸を開けた麗華は、外の様子を見た。外は先程まで降っていた雨が小降りとなり、草陰に隠れていたカエルが鳴き声を上げていた。
「何とか、小降りになってきた」
「この調子なら時間までには止みそうだな」
「まぁね。後は兄貴が来れば良いんだけど」
「麗華、神社で何かあるの?」
「まぁ、色々とね」
朝妃に答えた時、手に持っていた携帯が鳴った。画面に映し出されたのは『龍二』……ボタンを押しながら、麗華は電話に出た。
「……は?
川が氾濫した?」
麗華の言葉に答えるようにしてつけていたテレビから、川が氾濫したというニュースが放送されていた。
「氾濫したせいで、そっちに帰るの無理になった。スマン」
「……」
「麗華?」
「帰ってきたら、覚えとけよ」
そう言って麗華は携帯を切った。通話が切れた音が携帯から流れるの聞く龍二は、サーっと血の気が引いており側にいた同僚が、心配そうに声を掛けるが全く聞こえていない様子だった。