『母さんがあの状態だから……その……』
……この家を出ろってか。
『そ、それは』
(東京には、神崎がいるっけ……)行ってもいい。
『?』
どうせ、この家では俺はお邪魔虫みたいだからな……
学費だけ払って貰えれば、後は自分でやる。(貯金もあるし)
『そ、そうか……』
……母さんが。
『?』
……母さんがいれば、こんな事にならなかったのにな?
俺を引き取って、残念だな。
小島へ来た麗華と大輔。
「まさか、こんな所でアンタが役に立つとは……」
「あの男の会社は、全国に数多くあるからな。俺も何回か仕事現場に行ったことはあるから」
「へ~。
で、何かあったの?」
「え?」
「顔、酷いよ」
「……別に。
大したことは」
「……まぁ、重い話は全部九条に聞いて貰うんだな」
「何でそういう話になる」
「あのねぇ……
九条は仮にも、アンタの彼女だよ?少しは甘えてもいいんじゃないの?」
「お前に言われたかねぇよ」
「私は普通に、陽に甘えてるし」
「どこがだよ……?
神崎」
駆け寄ってきた麗華に、大輔はある場所を指差した。そこは草むらの下、崖下に洞窟……
「こんな所に、洞窟が……」
「まぁ、こんだけ伸びた茂みじゃ誰も気付かねぇよな?」
「だね。それに、ここを調べたのが八十を過ぎた婆じゃあ見落とすな」
「調べるか?」
「もちろん。これが原因だったら、工事を中止にして貰わないと」
懐中電灯を手に、麗華は崖を滑り落ち洞窟の中へ入った。彼女と一緒に、大輔も滑り落ち中へ入って行った。
中には、小さな社が建てられその前に小鬼の様な姿をした妖怪が背中に小太鼓を背負い、手に撥を持って座っていた。
「やっぱり……こいつが原因か?」
「半分正解」
「麗、まだ他に」
「いるね……
いるなら、出てきな!何もしないから!」
その声に反応するかのようにして、社が光りそこから傘を差した鬼が姿を現した。
「親子?」
「それか兄弟……
海に出てる船を襲ってるのは、お前等?」
「……この島、我等の家」
「我等の住み家、汚す者許さない」
「随分前に、巫女が来てここにいる奴等は皆別の所に移された」
「……あいつが帰ってくる。
ここにいないと、あいつが暴れる」
「あいつ?」
「詳しい話は後で。
とりあえず、しばらく工事は中止だ。こいつ等が待ってる奴を待たないと」
「だな」
「焔、アンタはここにいて」
「けど……」
「氷鸞をつけておく」
「……分かった」
焔を置いていき、麗華は大輔と共に洞窟を出て行った。
「……あいつ」
「?」
「あいつ、取り憑かれている」
「え?誰が?」
「帰ってくる、あいつの一部に」
「?」
星崎宅……
ズボンのポケットにつけていた鍵を鍵穴に入れ、大輔は鍵を開けた。
引き戸が開く音に気付いたのか、奥から俊輔と母親が出て来た。
「大輔?!」
「用が済んだらすぐ帰る。神崎」
「……
星崎さん、すぐに島の工事を中止して下さい」
「何故だ……」
「島に、妖怪がいました。
その妖怪は、仲間の帰りをあの島で待っています。仲間が帰ってくるまでの間でいいです……工事を中止に」
「それは出来ない」
「っ」
「何でだ?」
「昨日も話した通り、会社に負担が掛かる。無理な話なんだ。
妖怪だろ?だったら、除霊なり駆除なりすればいいではないか」
「……テメェ、それ本気か?」
「?」
「仲間の帰りを待ってる奴を、無理矢理追い出すのか?
俺みたいに」
「!!」
「大輔!!他人様の前よ!」
「アンタは黙ってろ!」
「親に向かって、アンタとは何よ!!」
「この十六年、お前等を親だと思ったことは一度もねぇ。
何が新しい母親だ……どうせ、親父の財産目当てで結婚しただけの女だろ!!」
「大輔!!」
“バチン”
鳴り響く乾いた音……大輔の頬が見る見る内に、赤く腫れていった。
「……謝りなさい。大輔」
「……」
「謝りなさい!」
「……こんな辛い思いするくらいだったら……」
「?」
「母さんと一緒に、この島から出たかった!!」
そう言うと、大輔は家を飛び出した。麗華は軽く礼をして、彼を追い駆けていった。
別の小島の浜辺へ来た大輔は、息を切らしながらその場に座った。
「……相変わらず、ここは好きだね」
「ハァ……ハァ……
母さんはいつも、俺の髪を梳かしてくれてた」
「……」
「俺の髪の毛、伸ばすと女みたいにストレートな髪になるんだ。
母親譲りだった……母さんは、その髪をいつも梳かしてくれた。伸びた時は」
「はーい、ストップ」
「……」
「それ、私が聞く話じゃない。
九条が聞く話」
「……あいつに話してどうすんだよ!」
「あのねぇ……彼女でもない私が何で彼女である九条より、アンタのことを知らなきゃいけないのよ」
「……」
「そんなこと知ったら、九条泣くよ」
「泣くわけ……」
「泣くよ。
女って、一途に思ってる人のことをもっと知りたいって思う。他の女が、自分が知らないことを知ってたら悲しむよ?
私に頼らないで、他に頼るんだって……」
「……」
「……分からないよ。
星崎の気持ちは」
「……」
「私に、親はいないから……実際いる、アンタの気持ちは分からない」
「……そうだったな…」
「心ノ隙間」
その声と共に、海から黒い影が姿を現した。
「な、何だ?あれ……」
「心ノ隙間……実ッタ」
「え?」
黒い影は、大輔に突進し彼の中へ入って行った。
「星崎!!」
胸を抑えながら大輔は、苦しんだ後そのまま倒れた。呼び掛ける麗華の声が遠のいて行き、彼はそのまま意識を無くした。
小島に住む鬼の妖怪……彼等は、目を開けて立ち上がった。
「どうかしたか?」
「あいつが、帰ってきた」
「?!」
「でも、体が無い……
誰かに取り憑く」
「取り憑くって……」
「止められるの、鬼驎様だけ」
「鬼驎様って……(まさか、雷光)」
別の場所……馬の姿になっていた雷光は、空を見上げた。空は怪しい雲が、ゆっくりと広がっていた。
「……まさか」
何かに気付いた雷光は、立ち上がりその場を去って行った。